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10 泥水と麻袋


 ザーザーザー。ドサリ。

 降り止まない雨の音に紛れ、窓の外で何かが落ちる音がした。

 その音にほのかに芽生えていた胸の暖かさがアルバスから消失する。

 氷を刺したような冷たさがアルバスの胸を貫いた。


「ああ、もうその時期か」


 音の正体には心当たりがある。


「~~♪」


 ジャッジャッジャ。鍋を振る音でハクアは外の音に気付いていない。


「ハクア、少し外に出るよ。家の外に忘れ物があるんだ」

「え、でも、大雨だよ?」

「大丈夫。すぐに、ほんのちょっとで帰ってくるから」


 誤魔化して、アルバスはザーザー降りの雨の中へ出た。




「……あった」


 雨の中、庭へ回り、落ちてきた音の正体を見てアルバスはため息を吐いた。

 そこにあったのは小さな麻袋。落とした時に被った泥で汚れている。

 アルバスは雨空を見上げた。黒い雲の下にぽつんと一つの影がある。そこに居たのはホウキに乗った魔法使いだった。


「こんなのいらないのに」


 この袋を、その中身をアルバスは受け取りたく無い。

 この十年間ずっと、定期的に降って来る度にそう思っていて、何度もそう言ってきた。

 だが、十年の経験は言っている。袋を受け取らなければ、空の魔法使いは去らないのだ。

 雨空の魔法使いはホウキの上でジッとこちらを見下ろしている。顔は分からない。ローブを被っているからだ。

 麻袋を落とす魔法使いは複数人の入れ替わり制だ。体格が違ったりするから分かる。

 でも、誰一人としてローブを取る事は無かった。きっと顔も見せたくないのだろう。

 高い空でホウキに座する魔法使いへアルバスができる事は何も無い。


「……ほら、受け取ったよ。帰って」


 聞こえないと分かっていながら、アルバスは麻袋を持ち上げ、空へと示した。

 その姿を確認するや否や、興味を失った様に魔法使いが何処かへと飛び去っていった。

 二度と来ないで欲しい。けれど、これまでも来ていたのだから、これからも来るのだろう。

 無力感に苛まれ、アルバスは魔法使いが去った空を見る。ザーザー降りの雨粒が体を打ち付けるが、何よりも冷たかったのは胸の奥だった。

 そうしてしばらく雨に打たれた後、アルバスは頭を振った。いつまでもここに立ってはいられない。何かが変わるわけでは無いのだ。

 もう一度、深くため息を吐いてアルバスは家へと戻り、その扉を開けた。


「あ」


 扉のすぐ向こう。ハクアが立っていた。


「……」

「あ、えっと、大丈夫かなって思って。大雨だし。何かするなら手伝えるかなって」

「迎えに、来てくれたんだ」


 アルバスの口から笑い声が出た。少しだけ胸の冷たさがマシになる。

 ハクアの眼がびしょ濡れに成ったアルバスの髪、そして、持っている麻袋に向けられた。


「それは?」

「ん? まあ、気にしないで。ちょっと外に落ちてただけだから」


 隠すように麻袋を持ってアルバスは部屋の中に入る。少しの時間とはいえ、大分濡れてしまった。早く、体を乾かしたい。


「ちょっと着替えてくるよ。ご飯の準備は頼んでも良い?」

「うん。任せて。スープも用意したから」

「素晴らしいね」


 麻袋が重い。雨水と泥を吸ったのだ。

 だから重いのだと言い聞かせ、アルバスはカラカラと笑った。

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