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第27話 他の男には見せられない

 それから一週間。

 あれ以来、フラッシュバックは無い。


 そもそも今週は期末テスト。

 主要教科だけの中間テストと違い、全教科のテストがある。

 それ以外に気を取られる余裕なんか無かった。


 それにしても全教科とは言え、美術とか音楽とかまで試験がある。

 それも実技じゃ無く、ペーパーテストだ。


 いや、考えようによっては、実技よりペーパーテストの方が楽なのかもしれないけど、事前に何を勉強すればいいのかもわからない。


 特に音楽の試験なんて、楽譜が読めない俺に対する嫌がらせか。


 そんな益体も無い愚痴を言いたくなる一週間が終わった金曜の昼。

 今日の午前中で試験は終わり、午後はお休みである。


 教室の中には「やっと終わった」という安堵と、二週間後の夏休みに向けた期待とないまぜになったような、弛緩した空気が流れていた。


 そんな中、クラスのお調子者もといムードメーカーである斎藤が声を上げた。


「なあ、みんな、カラオケ行こうぜ!」


 それに数人の男女が乗っかって、すぐにグループが形成される。

 その中の女の子たちから声がかかった。


「ねえ、高科君も行かない?」


「悪い。今日午後はもう予定があるんだ」


「ええー、そうなの?」


 誘ってくれるのはありがたいが、実際、今日は予定がある。

 決して俺のレパートリーがアニソンしか無いから行きたくないという理由では無い。


 一方、そのやり取りを聞いて、斎藤がすぐ近くに寄って来た。


「なあ、高科も行こうぜ」


 そう周りに聞こえるように言いながら、耳元に口を寄せる。


「お前が行けば、他にも女子が寄ってきそうだしよ、行こうぜ」


 そう言われても、本当に予定があるんだから仕方ない。


「いや、本当に予定があるから」


「予定って何だよ」


「いや、ちょっと野暮用で」


「あ、彩名さんとデートか?」


「「「ええー、やっぱり了×夏?」」」


「違うわ!」


 思わず変な方向に話が行ってしまった。

 仕方ない。夏月に迷惑かける訳にいかないし。


「梨沙姉にちょっと用事頼まれてるんだよ」


「「「なんだと、春日先輩とデートか?」」」」


 今度は男子が色めき立った。

 だから違うっての。


「デートじゃ無いよ。単に買い物に付き合えって言われてるだけだよ」


「「「デートじゃん!」」」


「いや、俺ら一緒に住んでるだろ? 生活必需品を買いに行くのに、荷物持ちとしてついて行くだけだから」


 嘘である。


 だって、知られるわけにいかない。


「去年の水着がきつくなったから新しい水着、一緒に買いに行こ」なんて言われているなんて。


 絶対、誤解される。

 だから、これは必要な嘘なんだ。






 午後、繁華街。

 以前、俺のイメチェンのために来た街である。


 その時は、デートと言う名目もあって、駅で待ち合わせしたけど、今回は普通に家から一緒に来ている。

 また、前回みたいに梨沙姉をナンパしようという男が出ないとも限らないし。


 その駅前にあるファッションビルの一角で、俺はとっても肩身の狭い思いをしていた。


 何しろ、女性用水着コーナーである。

 そこら中にビキニが展示してあるのだ。


 こんな中に女の子と一緒とは言え、男がいてもいいものだろうか。

 心なしか、周囲から冷たい視線が飛んでいるような気がする。


 でも、梨沙姉はそんな視線が俺に飛んでるのを知ってか、知らずか、もう元気いっぱいである。


「ねえねえ、了君、どうどうこんなの? 似合う?」


 上機嫌で水着を身体の前に当てては意見を聞いてくる。


「似合ってるよ」


「これはどう? さっきと比べてどうかなあ?」


「似合ってるよ」


「もう、さっきからそればっかり! ちゃんと見て!」


 そんなこと言ったって、あまりじろじろ見るのも失礼だし……。


 そうしているうちに梨沙姉は数着の水着を選ぶと俺の手を取った。


「了君、試着コーナーに行こう!」


「はいはい、試着コーナーね……って、ええええええええええっ!」


「何、そんなに驚いてるの? 試着しないとサイズが合うかどうかわからないじゃない」


 いやいやいや、そう言う問題では無くってですね。


「俺、男だよ」


「だから?」


「いやいやいや、女性用水着の試着室に男がいたら通報ものだって」


「別に中に入るわけじゃ無いから。カップルで試着した水着見てもらうのなんて普通だから」


 ……ええと、俺と梨沙姉は従姉弟同士であってカップルじゃ無いんですが。


 でも、腕を引っ張られて離すことが出来ない。

 そのまま連行される。


 幸いなことに、試着コーナーは店の奥で隔離されたスペース。

 試着コーナーに入ってこない限り、俺がいることは他の客からは見えない。

 それに梨沙姉がカーテンを開けても他の客から覗かれることは無い。


 梨沙姉は一番奥の試着室に向かうと、こちらを向いた。


「じゃあ、着替えてくるから、感想教えてね」


「う……ん」


 それからカーテンを開けて、立ち止まる。

 どうしたんだろうと思ったら、振り向いた。その顔が赤い。


「一緒に入る?」

「……」


 何言ってるんだよ、梨沙姉、入る訳無いだろ!


「バカな事言ってないで、さっさと着替えて!」


「う、うん」


 梨沙姉が試着室に入ってカーテンを閉める。

 俺はようやく安心して試着室前のソファに座ったのだった。


 しかし、奥まったコーナーとは言え、やっぱり緊張するな。


 そう思っていると、さらさらと衣擦れの音がした。

 あ、これ、梨沙姉が服脱いでる、と思ったら、一層緊張してしまう。


 妄想に悶々としていたが、カーテンが少しだけ開き、梨沙姉が顔だけ出した。


「ねえ、誰もいない?」


「誰もいないよ」


 まあ、俺はいる訳だが、梨沙姉が聞きたいのは、「俺以外にだれか男がいるか?」ってことだろうから「いない」で正解なのだ。


 答えを聞いて、ホッとした表情を浮かべた梨沙姉は、おずおずとした感じでカーテンを開けた。


「どう?」


 梨沙姉が着てきたのは、白のフリルビキニ。

 トップスにもボトムスにもフリルがあしらわれ、可愛らしい感じの水着。

 露出もそう多くないから、ビーチでも安心である。


「いいんじゃ無い? 可愛いし、過激すぎないし」


 うん、安心、安心。


 まあ、ちょっと物足りないんだけど。

 それに、梨沙姉にはこんな可愛い系水着はちょっとイメージが違うと言うか。


 いや、決してもっとエロい水着を期待している訳じゃ無いぞ。


 ……すみません、嘘です。思い切り期待してました。


 そんな内心の思いが顔に出てたのだろうか。


「うーん、了君の反応が今一。もっと過激なのがいいのかな」


 ブツブツと不穏なせりふを吐きながら引っ込んだ梨沙姉がカーテンのうちでもぞもぞしている。


「じゃーん!」

「!!」


 カーテンが開き、「それ」を見た途端、硬直してしまった。


 黒の三角ビキニ。別にマイクロビキニじゃ無い。でも、梨沙姉の日本人離れした体型を隠せるはずも無く。


「ダメだ、ダメだ、ダメだ!」


「え?」


「そんなの、他の男に見せられる訳無いだろ!」


 その声に、今さらながらのように顔を赤くした梨沙姉がシャッとカーテンを引いて隠れた。でも、すぐに顔だけ出して……


「エッチ」


 いや、だから……あざと過ぎるよ、梨沙姉。


 その後も、ワンピースタイプやらスポーティーなものやら試着して、最後の一着。


「どう?」


 ……凄く良かった。


 クロスホルターネックビキニと言うのだろうか。

 首から布地がクロスして胸を覆うタイプのビキニ。


 ボトムスはレイヤードタイプ。


 色は落ち着いたパープルをベースに一部黒。


 さっきの三角ビキニほど露出が多いわけでは無いけど、セクシーで大人びたデザインが梨沙姉のスタイルにすごく映えている。


「うん、これがいいな。今までで一番いいよ。すごく綺麗だし」


「き、綺麗って、了君、褒めすぎ……でも、嬉しい」


 梨沙姉が真っ赤になって顔を隠している。そんな仕草も可愛い。





 その後、その水着を購入して、ちょうどファッションビルを出てきたところ。


 梨沙姉はすごくご機嫌だ。

 俺に腕を絡ませて、身を寄せながら見つめてくる。


 学校の周りでこんなことやったら、どんな誤解を受けるかわからないけど、まあ、ここなら大丈夫かと梨沙姉の好きにさせている。


「ねえ、了君。さっき、『他の男に見せられる訳無い』って言ってたよね?」


「そうだっけ?」


「言ってた。あれって、嫉妬してくれたの? 独占欲ってやつ?」


「……覚えてない」


「むううう」


 ついとぼけてしまったけど、梨沙姉の言うとおりだ。


 梨沙姉のあんな姿を他の男が見ると思ったら、ついモヤモヤしてしまったんだ。

 独占欲……なのかは、よくわからないけど。


「まあ、いいだろ、そんなこと。いい水着も買えたんだし」


「うん、臨海学校楽しみだね!」


 臨海学校か。

 勉強は指定されたグループでやることが基本だし、梨沙姉は学年が違うから勉強で一緒になることは無いだろうけど、3日目の自由行動の時は誰と組もうと自由だからな。


「そうだね。俺も梨沙姉と海水浴、楽しみだよ」

「うん!!」


 梨沙姉が満面の笑みを浮かべて、さらに俺にギュッと身を寄せてきた。そのタイミングで──


「おい、高科!」

「それのどこが、生活必需品の買い出しだよ!」

「裏切り者!」

「リア充爆発しろ!」


 斎藤を始めとするクラスメートの一団とバッタリ。そう言えば、学校周辺でカラオケって言ったら、この街だよな。


 ……あ、(社会的に)死んだ。


次回は三者面談。

3月7日(金)20:00頃更新。

第28話「私は教師なのだから」。お楽しみに。


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