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第18話 お久しぶりです、お兄ちゃん!

 5月も半ばの週末、俺は駅で拓海と待ち合わせをしていた。


 ここは俺の住んでいる街から数駅行ったところにある駅。駅前にはちょっとした商店街もあるが、そんなに大きくは無い。


 こんな所で何故待ち合わせかと言うと、夏月の自宅に行くためである。夏月の家はこの駅から歩いて15分ほど。夏月の家で勉強会をするために、ここに来ているのだった。


 事の発端は数日前。いつものメンバーで昼食を食べていたら、突如神崎さんが言い出したのだ。「みんな中間テストの準備してる?」って。


 そう、5月下旬には中間テストが行われる。


 学年首席で入学して来た夏月は、何を今さらって感じで神崎さんを見てたけど、「夏月ちゃーん、助けて!」という親友の必死のお願いにため息ついて「じゃあ、勉強会やりましょう」って提案して来た。


 それで何ならみんなでやろうってことになって、ここに至るという訳である。


 今は朝の9時前。


 友達の家に押しかけるには少し早いが、午後、早めに帰らないといけないため、勉強の時間を確保するために、朝早くから始めようとなったのだ。


 実は今日は俺の誕生日でもある。梨沙姉がケーキを一緒に作ろうと言ってるので、それに間に合うように帰らないといけない。


 ちなみに誕生日のことは夏月達には伝えていない。勉強会で集まる日が誕生日だって言ったら、まるでプレゼントをねだってるみたいじゃ無いか。だから、後日、何か機会があれば伝えておこうと思う。


 さて、そんなこんなで10分ほど待った頃、拓海がやって来た。


「よう、お待たせ」


「そんなに待ってないよ。じゃあ行こうか」


「あれ? 神崎は?」


「神崎さんは彩名さんの近所だから、直接家に行ってるって」


 拓海の疑問に答えるが、神崎さんと彩名さんは中学が一緒。つまり、同じ校区に住んでるわけで、わざわざ駅まで出てくるはずが無い。


 地図アプリを起動して歩き始める。


「了は彩名さんのうちに行ったことあるのか?」


「いや、こっちに来てからは無いよ。小学校の時一緒だったのは別の県だからな」


 そう言えば、あんなことになるまでは、夏月の家に遊びに行ったこともあったっけ。ご両親は共働きだったから、あまり会った記憶が無いけど、確か妹がいたな。


 なんか、ちょこまかとまとわりついては「お兄ちゃん、お兄ちゃん」言ってた。名前は確か──





 懐かしい記憶をたどっているうちに、夏月の自宅についた。豪邸という訳では無いが、瀟洒な感じの一軒家である。白いタイル張りの外壁がモダンな印象を与えてくる。


 玄関のドアホンを鳴らすと、すぐに扉が開いて夏月が迎えてくれた。


「いらっしゃい」


「「お邪魔します」」


 拓海と声をハモらせながら挨拶して家の中に入る。すると、夏月の背後からもう一人、顔を出した。

 ──夏月とよく似た女の子。


「お久しぶりです、了お兄ちゃん!」


「君は、ええと……冬香ちゃん?」


「覚えてくれてたんですね! はい、夏月お姉ちゃんの妹、冬香(とうか)です!」


「大きくなったね」


「もう中3ですから。来年は高校生ですよ」


 いや、本当に大きくなった。それに可愛くなった。


 夏月とよく似たストレートロングの艶やかな黒髪。

 背は夏月より少し低い。目も夏月と少しだけ印象が違うか。

 大人びた知的な雰囲気を醸し出す夏月の目に対し、快活な明るい印象を与える目。

 それらが相まって年相応の可愛さを醸し出している。


 懐かしい再会に盛り上がっていたら、夏月が冬香ちゃんに目を向けた。咎めるような視線では無く、しょうが無いなあとでも言うような優しい目


「ほらほら、冬香。お客さんを玄関先で待たせちゃダメでしょ」


「いっけない。上がって下さい、了お兄ちゃん。それと、ええと……」


「芳澤だ。芳澤拓海。よろしくな」


「はい、芳澤先輩!」





 二人に案内されたのは夏月の自室。

 小学生の頃は良く夏月の自室で遊んでいたけど、流石に高校生になっていると意識してしまう。


「お邪魔します」とドアをくぐると、女の子の部屋にしては落ち着いた部屋。

 8畳ほどの部屋にベッドと机と本棚、それに今日のために置かれたであろうローテーブルがあるだけ。


 そのローテーブルには神崎さんが座っていた。


「あ、芳澤君、高科君いらっしゃい、何も無い部屋だけど、まあ寛いで」


「美奈、あんたの部屋じゃ無いでしょ」


 ジト目を向ける夏月に神崎さんがペロッと舌を出している。いや、二人ホント仲がいいんだな。


 さて、勉強するかと座ろうとしたところで、机の上に置かれた写真立てに気づいた。


「あれ、これ?」


 俺と夏月? この間、遊園地に行った時の? だけど、夏月と二人で写真撮ったりとかしたっけ? 梨沙姉も入れて三人で撮ったりはしたと思うけど。


「あーーーーーーーーっ!!」


 手に取ってよく見ようとしたところで、夏月からひったくられた。


「ちょ、ちょっと、伏せてたと思うんだけど!」


「ああ、その写真立て、倒れてたから立て直しといたよ」


「美奈ぁーっ!」


 夏月が神崎さんの肩をつかんでブンブン振っている。

 いったい何やってるんだろうな、こいつら。


 まあ、いいか、と気を取り直して、勉強を始める。


 夏月がもっぱら神崎さんに教えている横で、一人、参考書とにらめっこだ。

 勉強は苦手では無い。流石に夏月ほど頭は良くないけど。


 中学時代は友達がいなかったから放課後や週末はずっと家にいた。ゲームも時間が制限されてたから、逆に言うと、勉強しかやることが無かったのだ。


 だから、まあ、勉強は慣れてる。決して好きという訳では無いが。





 黙々と勉強して、たまに拓海に質問されたことに答えて──そうやっているうちにもう昼だ。宅配のピザが届いたところで、いったん休憩にしようとみんなでキッチンに移動する。


 キッチンには冬香ちゃんが待っていた──ケーキを用意して。


「え?」


 一瞬戸惑う俺の方をみんなが向いて、クラッカーの紐を引いた。

 パアアンッと鳴り響く破裂音の中、みんなの声が重なる。


「「「誕生日おめでとう!!」」」


「え、どうして?」


 みんなには伝えていなかった。プレゼントをねだってるって思われたくなくて。それなのに何故?


「覚えてるよ。大切な友達の誕生日だもん」


「そうそう、勉強会が決まった後、夏月ちゃんから提案があったんだよね。『高科君の誕生会も一緒にやりたい』って」


「そう言うこと」


 優しい夏月の声に神崎さんと拓海の声が重なる。


 その説明を聞きながら、俺は呆然としていた。

 何か返さないといけない、お礼を言わなければいけない。なのに、言葉が出て来ない。


「あ……」


 言葉の代わりに、こぼれそうになる涙を一生懸命こらえる。


 生まれ育った街を離れて、友達の一人でも出来ればいいと思っていた。

 それが、優しい梨沙姉がいて、叔母夫婦がいて、そして、夏月を始めとしたクラスメートが友達でいてくれる。


「……ありがとう」


 漸く、その一言だけを絞り出して、みんなを眺める。優しい笑顔を浮かべているみんなを。


「湿っぽいのはそれくらいにして、ケーキ食おうぜ」


「そうだな」


 拓海の言葉に救われた。

 あのままだと微妙な雰囲気にしてしまっただろう。楽しいはずのパーティーを。


 みんなでテーブルを囲んでケーキを味わう。夏月は「何てことない市販のケーキだよ」って言ったけど、これ以上無いほど美味しかった。


 その後はピザを食べながら、思い思いに語り合う。


「そう言えば、みんなの誕生日はいつなの? 俺ばっかり祝ってもらったら悪いし」


「俺は4月だな。4月20日」


「もう終わってるじゃねーか」


 何と拓海の誕生日はもう終わっていた。仕方ないので、来年盛大に祝おう。


「あたしは10月10日。昔は祝日だったらしいのに、今は休みじゃ無い。残念」


 陸上娘の神崎さんは旧体育の日だ。なんかイメージ通り過ぎて笑ってしまう。


「はいはーい、私は12月25日です!」


「クリスマスじゃん」


「そーなんです。毎年、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼント、纏められちゃうんです。酷いと思いません? お姉ちゃんはちゃんと年2回もらってるのに!」


「その代わり、私より単価高いものもらってるじゃ無い」


 冬香ちゃんは、どこぞのメシアと誕生日が同じようだ。プレゼントを纏められてしまうのは確かに痛いが、世界中から祝われてると思えば、まあ、いいのでは無いだろうか。


「じゃあ、彩名さんは?」


 夏月に話を振ったら、じろっと睨まれた。


「私は高科君の誕生日覚えてたのに……」


 ヤバい、ヤバい、ヤバい。確か……


「7月……だったよな?」


「そう、7月30日。絶対忘れないでね」


「う、うん、覚えた。もう大丈夫。ごめん、彩名さん、気を悪くしないで」


 プクッと頬を膨らましている夏月に謝っていたら、今度は、別の方から文句が飛び出した。


「了お兄ちゃん、お姉ちゃんのことは、ちゃんと『夏月』って名前で呼んであげてください!」


「え?」

「ちょ、ちょっと冬香?」


 夏月と一緒に困惑する俺に詰め寄るように冬香ちゃんは続ける。


「だって、『彩名さん』って言われたら、私かお姉ちゃんか区別付かないじゃ無いですか!」


 ……それは確かにそうだ。

 未だに困惑した表情を浮かべている夏月に呼びかける。


「夏月」

「は、はい」


 夏月は真っ赤になって硬直してしまった。


「もう誕生日忘れたりしないから、許してくれる?」


「も、もちろん」


 ……取りあえず許してもらえた。良かった、良かった。


 その後はまた、他愛も無い会話を続けていたのだが、突然、拓海が真顔になった。


「それでだな。一つ謝らないといけないんだが、今日がお前の誕生日って聞いたのが数日前でさ、俺、部活もあるからプレゼント買いに行く暇無くてさ」


「右に同じ」


 何かと思えば、拓海と神崎さんがプレゼントが無いことを謝罪して来た。


「そんなこと。こんな誕生会をしてもらっただけで、十分嬉しいからさ。もう、それだけでホント十分」


 嘘じゃ無い。もう本当に十分だ。十分、幸せだ。

 そこに夏月の言葉が重なった。


「私は用意してあるから」


 そう言うと包み紙を渡してくる。中に入っていたのは、革製のブックカバーとメタルブックマーカー。


「ブックカバーは私からで、ブックマーカーは冬香から」


「あ、ありがとう……」


「高科君、ラノベとか趣味って言ってたでしょ。それ使って」


 そうか。入学初日、夏月に見つからないようにって早口でまくし立てた自己紹介、覚えててくれたんだな。だいたい、俺が本を読むようになったのも夏月の影響だし、夏月には感謝してもしきれない。


「夏月、それに冬香ちゃんも、本当にありがとうね」


 俺は今日という日を生涯忘れないだろう。

 幸せな気持ちに包まれて、夏月の家を辞したのだった。



 ❖ ❖ ❖



「夏月、夏月って呼んでくれた。嬉しい!」


 自室でベッドにうつぶせになって足をじたばたさせている。

 嬉しさと少しばかりの気恥ずかしさがない交ぜになって、どこかむず痒い感じ。


 それに喜ばしいことばかりでは無かった。


 写真──りっちゃんも入れて三人で撮った写真を画像編集ソフトで加工して、りっちゃんの姿を消して、高科君とのツーショットにしてしまったって、バレて無いよね?


 バレたら、ちょっと呆れられるくらいじゃすまないかも。大事な思い出を改変するなって怒られる可能性あるよね。


 うー、やっぱり元に戻しとくか……


 そんなことをうだうだと考えながら、うわーうわーと唸っていたら、ドアをノックする音がして、妹が入って来た。


「お姉ちゃん、うるさい。何やってるの」


「な、何でもない!」


 我ながら誤魔化せてないなと思う下手な返し。冬香はため息を吐いた。


「お姉ちゃん、本当に奥手だよね。あんまりにもじれったいから余計な手助けしちゃったけど」


「あ、あれはありがとうね、本当に」


 冬香が口を挟んでくれたおかげで、高科君が私のことを名前呼びしてくれるようになったのだ。それは感謝しないといけない。


 アタフタとお礼を言う私を見ながら冬香は再び大きなため息。


「そんな奥手だと他の女の人に盗られちゃうよ。了お兄ちゃん、凄くかっこいいんだから」

「う……」


 痛いところを突かれた。何と言っても、りっちゃんが、強力過ぎるライバルがすぐ傍にいる。

 ただ、それは自分で何とかするしか無い。


「わかってるって、そんなこと。それより冬香、あんた、そんなことを言いに来たの?」


「ううん、違うよ。話に来たのは進路のこと。私、お姉ちゃんと同じ高校に行くことに決めたから」

「え?」


 いきなりの宣言に戸惑ってしまう。だいたい、冬香はこれまで「お姉ちゃんと比較されたくない」って、別の高校進学を狙っていたはずなのに。


 ……もしかして、冬香も高科君、狙ってるんじゃ?

 あり得るかも。冬香は昔、高科君にべったりだったし。


「まさか、冬香も高科君狙いなの?」


「は? 違うし」


「え?」

「え?」


 あれ、違った?


「……じゃあ何で?」


「さーて、何故でしょうねえ」


 はぐらかされてしまった。どうしよう。妹の考えがわからない。


「何でーーーっ⁉」

「お姉ちゃん、うるさい!」


明けましておめでとうございます。

本年最初の更新です。いかがでしょうか。

よろしければブックマーク、評価等いただければ励みになります。

なお、本日はこの後21時頃、お正月番外編として「幸せは既にそこに在る」を投稿します。

また、本編次回の更新は1月3日(金)20:00頃 第19話「二人は「そういう関係」?」です。

お楽しみに。

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