第17話 「あーん」が怖い
GW明けの朝、学校に続く遊歩道を梨沙姉と二人、登校する。
連休2日目にはとんでもないやらかしをしてしまったが、その後は特に波乱なく、軽井沢観光を楽しんだ。今日からは再び学校生活。5月には中間テストもあるし、気を引き締めなければ。
そう思いながら歩く俺に、後ろから掛けられる声がある。
「おはよう、高科君」
「たっかしーな君、おっは~」
「よう、了」
振り返ると、夏月に神崎さんに拓海。
「おはよう。3人そろって登校とは珍しいな」
「駅で偶然会ったんだよ。俺達電車通学だからな」
疑問に拓海が答えてくれるが、そりゃそうだよね。同じ高校に電車で通ってたら、同じ時間帯に駅にいるのは当然だ。
それにしても、わずか4日会わなかっただけなのに、随分と久しぶりのような気がしてしまう。みんな連休中はどう過ごしていたのだろう。
そう言えば、神崎さんは3日に地区予選とか言ってたな、と思い出し、聞いてみる。
「神崎さん、地区予選どうだったの?」
「もち、県大会出場決定!」
「そうか、流石だな」
「へへへ、ありがと」
前半の3連休に行われた拓海の親善試合も快勝だったみたいだし、体育会組は有意義な連休だったんだな。
「高科君はGWどうだったの? 軽井沢行ってたんでしょ?」
何の気なしに夏月から聞かれた問いに答えようとした、その時──
「そうそう、春日先輩の別荘でずっと一緒だったんでしょ? なんも無かった?」
「!!」
神崎さんからの爆弾質問に固まってしまった。そのまま、ギギギ……と梨沙姉と顔を見合わす。
次の瞬間、俺も梨沙姉も真っ赤になってバッと顔を逸らした。
「た、高科君?」
「え、何? 何その反応? 図星?」
不安そうな夏月の声に被さるように神崎さんに興味津々に聞かれ、思わず焦ってしまう。
「何でも無い! 何でも無いから!」
2人の追及を振り払い、学校に急いだのだった。
その日の昼休み。チャイムと同時に、目の前に夏月が立った。
いつもの4人で学食に行くんだなとお弁当箱を取り出していたら、腕をガシッと掴まれた。
「高科君、ついて来て!」
「え?」
戸惑う俺の手を引いて、ズンズンと教室を出ていく。後ろから神崎さんの困惑した声がかかった。
「えーと、私たちどうすればいいんだっけ?」
「今日は芳澤君と二人で食べて!」
友人にぴしゃりと告げると、呆気に取られてる神崎さんと拓海を置いて俺を引っ張っていく夏月。
「ちょ、ちょっと彩名さん。どこ行くの?」
「どこか、人のいないところ!」
そう告げると、空き教室や校舎裏などを覗いて回ったが、なかなか二人きりになれるところが見つからない。そうして、今は屋上にやって来ていた。
屋上に続くドアをバンと開けた夏月が、外を覗き込む。しかし、そこには先客がいた。
「梨沙姉?」
梨沙姉が別の女子生徒と一緒にお弁当を食べてる。
「なっちゃん、それと……了君?」
梨沙姉の訝し気な視線が注がれる。
夏月は一瞬、ドアを閉めようとしたようだったが、気が変わったのか、梨沙姉の方に一気に詰め寄っていた。
「りっちゃん、正直に答えて。朝のあの態度はいったい何?」
「朝?」
「GWに何かあったのかって質問に、すごい思わせぶりな態度してたじゃ無い? 何があったの? 正直に答えて!」
いきなりの質問に、梨沙姉は呆気に取られていたが、その横の女子生徒が口を挟んできた。
「少し落ち着いたら。あなた、名前なんて言うの?」
「あ、あの……」
「ああ、私は片瀬沙希。梨沙っちの親友……でいいのかな?」
横合いから口を挟まれた夏月が戸惑っているのを、自分の方から名乗ることを求められたと思ったのだろう。名乗って来る。だけど、梨沙姉の親友かどうかを俺らに聞かれてもわからないだろ。
「失礼しました。1年2組の彩名夏月です。りっちゃん……春日先輩の幼馴染……でいいんだっけ?」
だから俺に同意を取ろうとするな。
「ああ、じゃあ君が『なっちゃん』なんだ。で、そっちの男の子は?」
「高科了です。梨沙姉の従兄弟です」
「そうかあ、君が『了君』か。いや、梨沙っちから話は聞いてるよ。そうかあ、君が」
いや、何か勝手に納得している。梨沙姉、いったいどんな話をしてるんだ?
「とにかく座ったら? 話はお弁当食べながらでも大丈夫でしょう?」
「……わかりました」
片瀬さんに勧められ、腰を下ろす。梨沙姉の隣に。反対側には夏月が座って来た。右から片瀬さん、梨沙姉、俺、夏月の順である。梨沙姉と夏月に挟まれ、居心地は良くないが、二人を並んで座らせるよりマシだろう。
そうしてお弁当を食べ始めたのだが、半分も食べないうちに、また夏月が口を開いた。
「それで、りっちゃん。さっきの質問の答えなんだけど……」
梨沙姉は、一瞬どう答えたものかと考えたようだったが、次の瞬間、ニヤッと笑った。……猛烈に嫌な予感がする。
梨沙姉は俺に密着してきて──
「私たち、キスしたんだ!」
「ちょ……」
「何ですってぇえええええええええ!!」
梨沙姉の暴走を止めようとしたが、夏月の絶叫にかき消された。
「た、高科君、キ、キスしたって本当なの⁉」
「ち、違うから! 事故だから!」
「事故?」
「そ、そう。梨沙姉を起こそうとしたら、飛び起きた梨沙姉の口と俺の口がぶつかって……」
「は?」
事情を知った夏月が半眼で梨沙姉を睨みつける。
「何よ、それ。キスでも何でもないじゃん!」
「口づけしたことには変わらないもん!」
梨沙姉も言い負けてない。いや、それただの屁理屈じゃない?とは思うが、下手に口出ししない方がいいだろう。
そう思っていたら、左側から、つまり夏月の方から、ダンッと大きな音がした。何事かと見ると、夏月が箸でお弁当の肉団子を突き刺している。
一瞬、怖いと言う感想が浮かんだが、次の展開は想像の斜め上だった。
「高科君、はい、あーん」
その声とともに、箸に刺した肉団子を俺の口元に持って来る。
え? その箸、今の今まで夏月が使ってたよね? これ食べると、いわゆる「間接キス」って奴になるんじゃないの?
その懸念は、梨沙姉も共有するところだったらしい。
「ちょっと、なっちゃん、何してるの!」
「りっちゃんは黙ってて!」
「はい……」
夏月の勢いに圧されて引っ込んでしまった。
しかし、どうする? 間接キスはヤバいよな。でも食べないと夏月怒りそうだしなあ。
ええい、ままよ、とパクリと肉団子を食べる。
夏月は満足そうに笑うと、俺が口に含んだばかりの箸先を自分の口元に持って行くと……チュバ、と口に含んだ。チロリと箸先を舐める舌が艶めかしい。
その夏月の様子にドキリとしていると、今度は右側から声がかかった。
「了君、はい、あーん」
見ると、梨沙姉が唐揚げを自分の箸で挟んで、俺に差し出している。
えぇ、今度はこっち?と思うが、夏月の分を食べて、梨沙姉の分を食べないというのも角が立つしなあ、とパクリと食べる。
「高科君、あーん」
「了君、あーん」
両方から同時に声が──
夏月から焼売が、梨沙姉から卵焼きが差し出されている。
どうすりゃいいんだ、これ?
「アッハッハッハ!」
悩む俺を前に爆笑が響く。見ると片瀬さんが腹を抱えて笑っている。
「片瀬先輩、笑ってないで助けて下さいよ」
「そうだね、じゃあ私の分も食べる? はい、あーん」
「「ダメ!!」」
片瀬さんがタコさんウィンナーを差し出してきて、それを梨沙姉と夏月が声を揃えて却下する。その様子にいっそう片瀬さんが爆笑して、どうしようもないカオスに陥るのだった。
その日の午後、ほぼ二人分のお弁当を食べた俺は、押し寄せる睡魔に勝てず、ナナ先生にどつかれた。しかし、これは決して俺のせいでは無いはず。
それにしても、「あーん」が怖い……
次回の更新については、変則的ですが以下となります。
1月1日20:00頃:第18話「お久しぶりです、お兄ちゃん!」
1月1日21:00頃:お正月番外編「幸せは既にそこに在る」
お楽しみに。