第14話 梨沙っちはポンコツ可愛い
「ほーーん、そんで梨沙っちは、そのなっちゃんって子を含めた3人で遊園地に行くことになったと?」
「そうなの、沙希ー。どう思う?」
昼休みの屋上で並んでお弁当を食べながら、隣に座る友人に話しかける。
片瀬沙希。私の友人の一人で、高1の時、知り合った。
50音順で席が真後ろだったことと名前の「沙」の字が同じだった。ただ、それだけで仲良くなった子。でも不思議と馬が合った。
今では素の自分をさらけ出せる、親友と言っていい唯一の友達。
少しウェーブがかったセミロングの黒髪が美しい、大人びた印象の子。
彼女に事情を洗いざらい話していた。
GW初日に了君と一緒に遊園地に行くことになって、ウキウキしていたら、なっちゃんも誘っていたらしいこと。えって思ったんだけど、二人きりで行かせるわけにいかないから、結局3人で行くことに同意したことなど、全て。
話を聞いた沙希はこちらを向いて一言。
「クズだね」
「え?」
「だって梨沙っちという女がいながら、他の女にも手を出してるんでしょ」
「そ、そうじゃ無い。そうじゃ無いから」
慌てて沙希に、私たち3人の関係を説明する。
例え親友であろうと、了君をクズだという発言を受け入れる訳にはいかない。
「──だから、了君は、純粋に3人で仲良く遊びたいんだと思う。再会してから私となっちゃんがギスギスしてるから、仲良くして欲しいんだと思うな」
「そのギスギスしてる原因が自分だってことには気づかずにってこと?」
「う、うん、それは……そうかも」
「はあ……今どき流行らない鈍感系主人公だったか……」
「あははは……」
乾いた笑いが出てしまう。
私にも沙希の言う比喩はわかる。
確かラブコメ漫画なんかでよくある、女の子から好意を向けられても気づかず、無自覚にハーレムを築いてしまう主人公だったか。鈍感系とも難聴系とも揶揄されるキャラクター。
確かに、了君はそうした鈍感キャラと似てるかもしれない、と思う。
でも、同時に、そんな単純な話では無いのかもしれない、とも思う。
……どう言う訳か、了君は自己肯定感が恐ろしく低い。
恐らく彼は、自分が女の子にもてる、ということを想像出来ない。いや、もしかしたら、彼は、女の子から向けられる好意を認識すること、そのものが出来ないのでは無いだろうか?
流石に真正面から好きだと言われれば別だろうけど、匂わせ程度では全く分からないのでは無いか?
デートの時、周囲の女の子が彼をチラチラ見ていたのに、彼自身は、それを全て隣にいる私に対する視線だと思っていた。
鈍感なのでは無く、彼は、女の子が自分に好意を向けること自体をあり得ないこととして、最初から考えないようにしてる?
もちろん、全ては推測だ。心理学の専門家でも無い私に真偽のほどはわからない。
でも……あの日、私の家にやって来た彼を見れば明らかだ。彼が心に深い深い傷を負っていることなんて。
どうすれば彼の心を癒してあげられる? そして私の心を届けることが出来る?
「押し倒してしまえばいいんだよ」
「はぇ?」
いや、落ち着け、私。私の心の声が聞こえているはずが無いから、これは「鈍感系主人公」である了君をどうするかという紗季なりのアドバイスだ。
「ヤっちまえば、どんな鈍感君でもイチコロだって」
でも……押し倒す……? ヤる……?
……え? えぇっ? それって……?
「無理、無理、無理、無理ーーーーっ!!!」
思わず身体をかき抱いて絶叫してしまった。
そりゃ、そこまでやれば流石に了君だって私の好意に気づいてくれるだろうけど……でも……
「私だって了君に触れられるのは嫌じゃ無いよ。でも、そう言うのって、ちゃんと手順を踏んでからだと思うの」
「手順?」
「そう、ちゃんと告白してもらって、恋人としてのデートを重ねて、ロマンチックなキスをして……それから」
「告白するんじゃなくて、告白してもらうんだ?」
「そ、そりゃ女の子としては、男の子の方から『好きだ』って言ってもらいたいもんじゃない?」
真っ赤になりながら答える。それを聞いた沙希は、一瞬天を仰ぎ、深々とため息を吐いた。
「男も女も、両方ポンコツだったか」
「ひどっ。ポンコツじゃ無いもん!」
こちらの抗議に一瞬優しそうな視線を向けた沙希だったけど、辛辣な物言いは変わらない。
「そんなんじゃ、他の女に盗られちゃうよ」
「え?」
「その了君って子、外見だけはいいんでしょ? 周りの女子がほっとかないって」
「了君は外見だけじゃ無いもん!」
「突っ込むところ、そこ? とにかく、悠長に告白されるのを待ってる間に、他の女に盗られちゃっても知らないからね」
うう、痛いところを突かれた。
何より、なっちゃんと言う強力なライバルがいる。同じクラスで……二人は今、何をしているのだろう?
一緒にお弁当食べたりしてるのだろうか。私の作ったお弁当をなっちゃんと一緒に……
ダメだ、ダメだ、と頭を振って、脳裏に浮かんだ嫌な考えを振り払う。
了君が誰とお弁当を食べようと自由じゃ無いか。そこまで束縛する女になってはダメだ。
でも……
なっちゃんの方から踏み込んで来たらどうしよう?
なっちゃんが自分のお弁当箱からおかずを取り出して了君に「はい、アーン」とか言って。
了君は躊躇しちゃうんだけど、「このくらいのこと気にしちゃうの?」とか挑発されて。
了君はつい、彼女のお箸から直接食べちゃうんだ。
それで、なっちゃんが「間接キスだね」とか妖艶に笑って。
その濡れた唇を了君の耳元に寄せて「次は直接味わってみたくない?」とか囁いて。
それで唇が耳元から口元に……
「ダメえええええええええええええっ!!」
いけない、いけない。
妄想に動揺して絶叫してしまった。
目の前には驚いて目を丸くしている沙希。
「ご、ごめん、ちょっと変なこと考えて……」
沙希の口角がニッと吊り上がった。
「ほらほら、先手を取らないとヤバいって梨沙っちも思ったんでしょう?」
「う……」
「ほら、覚悟決めて、さっさと押し倒せ!」
「うー、でも、でも……」
「でも?」
「こないだ、『あんまベタベタするな』って了君に怒られちゃったー。了君に嫌われたくないよう!」
目の前では、再度空を仰いで盛大な溜息をこぼしている親友。
「ダメだ、こりゃ」
「何、その言い方ぁ」
半泣きで睨んだら、睨まれた当人はその視線に気づいて逆にニッと笑った。
「ま、いいか。梨沙っちはそう言うとこが可愛いよね。うんうん、ポンコツ可愛い」
「それ、褒めて無いよね?」
「褒めてる、褒めてる。梨沙っちは可愛いなあ」
「心がこもって無ーい!」
抱き着かれてワシャワシャされてるけど誤魔化されないもん。プンプン!
次回は12月13日(金)20:00頃更新。
第15話「まるで宝石のような」。お楽しみに。