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噂話

夜の食堂は宿舎で寝泊まりしている聖人や聖女で賑やかな空間となっていた。

それぞれ男女で宿舎の建物は違うけれど、食堂は共同なので食事の時間は神聖力を持った者たちが一同に集まる貴重な時間でもあった。こういう場所で普段顔を合わせない者同士の会話が生まれ情報交換の場にもなる。

セシリアも補佐になるまでは食堂が情報を集める最適な場所となっていた。

ただ、補佐になってから大聖女の仕事を押し付けられたり休みを取れる日も少なくなってしまい、ゆっくり食堂で話をしながら食事していることができなくなっていた。

そのため賑やかな食堂で1人席に座って夕食を食べることが多くなった。夕食の後は部屋に戻って休むだけなので、知り合いがいれば一緒に食事をすることもあるけれど、基本1人が多い。そして、今は残念ながら楽しく会話をするような知り合いが近くにいなかった。

静かに食事をしていると、周りの聖女や聖人たちの話が聞こえてきて、それになんとなく意識を向けていく。

「帝都の周辺にまた魔物の群れができそうだと報告があるらしいぞ」

「1か月前にも討伐があったのにまたなのか?」

神聖石の結界によって守られている第1都市である帝都に魔物が侵入してくることはまずない。ただ、結界の外は魔物の闊歩している世界が広がっている。

大陸のほとんどが魔物に支配されているけれど、魔物は基本個々に行動している。それが稀に群れを作って集団行動をすることがある。今までの歴史の中で、魔物が群れを作った場合、近くの村や町が襲われる事例があった。村を守っている神聖石は小さい物で結界があったとしても、大量の魔物が押し寄せてくることで耐え切れなくなって壊れてしまう。そうなると神聖石の力を失った村や町は一夜と持たずに地図上から姿を消すことになった。人が住める安全な場所が失われることになるため、魔物の群れが報告されると近い都市から騎士団が派遣され討伐が行われるのだ。

「また、神殿からも討伐隊への派遣要請があるだろうな」

「前回は被害が大きかったから、できるだけ群れが小さいうちに討伐するのかもしれない」

食事の手を止めることなく私は1か月前に行われた魔物討伐の時のことを思い出していた。

それなりに大きくなってしまった魔物の群れは皇帝陛下の命で第1都市の騎士団によって討伐が行われた。しかし、群れの規模が予想よりも大きかったため討伐は難航し、予想以上の怪我人を出してしまった。

神殿では討伐に派遣された聖女や聖人がいたけれど、それでは追いつけない怪我人が神殿に運び込まれて大混乱になったことを覚えている。

私も当然怪我の治療に奔走していた。その途中でカイル=アズリクフ様を見つけた。

彼は他の騎士たちの怪我を優先して、自分が負っていた傷を隠していた。それを目ざとく見つけて治療したのだけど、それをきっかけにカイル様に懐かれているらしい。謝罪で顔を合わせて会話をしたのが最後で、遠くに見かけることはあっても、まともに会話をするようなタイミングはなかった。

「最近第3都市で流行り始めている香水を手に入れたの」

「あそこはバラの都市で有名だから、新しい品種のバラで抽出した香水が人気だって聞いたわ」

「いいなぁ、後で香りを嗅いでみたいわ」

一方聖女達が最近の流行りの話題に華を咲かせている声が聞こえてきた。

お年頃の聖女にとって流行りには敏感なようだ。宿舎にいる聖女は平民出身が多いため、都市で働く女の子たちと感覚は同じなのだろう。

私も20歳ではあるけれど、そこまで流行りの物に詳しくない。そのためここで聖女達の会話を聞くのは流行りに置いて行かれないための重要な情報源になっていた。

皿の上に乗っていた夕食が綺麗に胃に収まると、盆を持って立ち上がる。

聞こえてきた情報を集めるだけで、特に誰かと会話をすることなく食堂を出て行く。

この後は部屋に戻ってゆっくりするつもりだった。夜更かしをしてしまうと明日に響いてしまう。できるだけ早く寝るためすぐに部屋へと向かうことにした。

部屋へと歩みを進めながら、先ほど聖人たちが話していた魔物の群れのことを考える。

再び大きな被害が出ると、多くの怪我人を神殿で受け入れることになる。

あの時は大聖女も治療を行うことになっていたけれど、彼女は患者を選んで治療をしていた。私はリリス様や他の補佐聖女達が弾いた患者の治療をしていた。こんな時でさえも身分で患者を判断していて、私が対応できなかった患者は他の聖女達に回されていた。

自分の神聖力が他の聖女や聖人よりもはるかに強いことは自覚している。その分治療できる人数も多く抱えることができ、酷い怪我に関しても時間をかけずに治療することができる。

だからといって堂々と力が強いことで注目を浴びることはしたくない。それがリリス様の勘に触る可能性もあった。

余計なことに巻き込まれるのはごめんなので、できるだけ目立たないように治療することを心掛けていた。必要に応じで強く力を使うこともあったけれど、できるだけ私がやったことだとばれないようにすることに気を付けていた。

「討伐が行われる日程はできるだけ早く知らせてもらえると良いけれど」

色々と予想を立てて準備をしておく必要がある。急な討伐にならないことを祈るしかない。

そんなことを考えながら部屋に戻ると、テーブルの上に置いてあるお菓子箱が目に入った。

カイル様が持って来たお菓子をカリナと一緒に食べたけれど、まだ残っている。

箱の蓋を開けると甘い香りが一気に広がってきた。夕食後なので今は食べる気にならない。

「ここで食べたらきっと太るわね」

そんなことを言いながら蓋を閉めた。

体型は神聖力とは関係ない。太るとすぐにリリス様に指摘されそうなので体型維持は必要不可欠だと思っている。容姿で余計な非難はされたくない。それに体力がないと休みの日にあちこち動き回ることもできない。

「とりあえず明日の準備をして今日はもう休みましょう」

私室はベッドとクローゼット、机と椅子がある簡素なもので、トイレと入浴場は共用だ。貴族令嬢なら平民と同じ空間を使うなど絶対に嫌だと思うのが普通なのだろうけど、男爵令嬢の私は全く気にしていなかった。こんな風に考えると男爵位が全員一緒だと勘違いされそうだけど、村に住んでいた私だからの考えだということは理解している。

私の父親であるローズネル男爵は、領地に神聖石が発見されたことで小さいながらも村を所有している。私はその村で生まれ、都市に移住することなく育った。

結界に護られているとはいえ、規模はそれほど大きくなく、生きていくうえで必要な食料は結界内に作った農地で栽培されていた。そのため人が住める面積が少なく、皆が協力して生きていかなければいけない環境だった。男爵令嬢でも平民とそれほど変わらない生活環境だったと思っている。そのおかげと言うべきか、帝都に来て聖女の宿舎で共同生活することに違和感がない。

カリナも子爵令嬢ではある。でも、彼女は帝都生まれの帝都育ちのはずだ。聖女として神殿に来た時にひとり立ちをする目的で宿舎に入ってきたけど、最初は抵抗があったらしい。それでも、次第に慣れていくと、今では何も感じないほど普通に生活できていた。

「慣れってすごいわね」

そんな感想を零すと、カリナを置いてきたことを思い出す。

一緒に夕食が食べられるかと思ったけれど、ロンデル様の登場で結局1人になってしまった。

ロンデル様は補佐聖女である私を嫌っているようだけど、カリナたち聖女に対して酷いことを言うことはないはずだ。

「明日にでもその後何か言われたか聞いておこうかしら」

嫌味を言われていたとしても私がロンデル様に抗議したところで彼は何も思わないだろう。そのことに少しだけ悔しさを感じてしまうが、そもそもカリナたちが虐められたという前提になる。

おそらくそんなことはないだろうから、ここで勝手な悔しさを滲ませても意味がない。

「余計なことを考えてないで、休んだ方がいいわね」

疲れているのかもしれない。湯船にゆっくりと使って疲れを癒して休むのが一番いいだろう。

「明日もきっと忙しくなるだろうし」

問題が起きたならその時に解決すればいい。そんな風に考えて明日の備えて休むことにした。


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