セシリアのすごさ
「大聖女の補佐というのは、こんなところにも顔を出して自分を売り込むのか」
セシリアが出て行った扉を見つめてぼやくが、残された聖女や聖人たちは片づけをしていて声は聞こえなかったようだ。特に誰かに言った言葉ではない。独り言に近いので、反応がないことを嫌だとは思わなかった。
部屋の奥で作業をしている聖人は5人。セシリアは彼らの中に意中の男性でもいたのかもしれない。自分をアピールするために手伝いをして好感を上げるつもりだったのか。
あまりにもくだらない行為だと思う。他の補佐聖女達も高位貴族を伴侶にしようとあちこち目を付けては自分をアピールして言い寄っているところを見たことがあった。
特に今の大聖女は皇太子殿下の護衛騎士を気に入ったらしく、大聖女という立場を利用して自分の護衛騎士に引っ張ってきてしまった。
「大聖女も落ちたものだな」
前任の大聖女は努力家で巡礼にも積極的に参加していた。精力的に動いていたが体を壊して若くして亡くなってしまったのが残念だ。その後にリリスが大聖女に選ばれたが、彼女は前任と比べるとほとんど大聖女としての仕事をしていないと言ってよかった。
「大聖女があれでは補佐も頼りにならないな」
補佐役に仕事が回されているという話は聞いていたが、男を追いかけてばかりの補佐では役に立たない。そのため他の聖女や聖人たちにしわ寄せがくる。詳しいことまでは把握していないけれど、私のところにそんな話が来るのだから、おそらく事実だろう。とはいえ、あくまでも噂程度の話しか聞いていなかった。
机の上が片付けられていくのを眺めていると、神聖石でパンパンになっている袋に目がいった。
「随分と仕分けに時間がかかったのだな」
合格できた神聖石が袋に入っていることを確かめて、これだけの量を仕分けたとなると相当の時間を費やしたのだろうと思い、近くにいた聖女に声を掛けた。確か新人の聖女のはずだ。
だが近くにいた彼女は明らかに戸惑った表情をしている。
「作業は1時間ほどです」
「いや、これだけの量になるには3時間以上は必要だっただろう」
自分で言いながら、今の時間を確認した。ここは会議に使われる部屋なので、時間がわかるように時計が置かれている。時計を見ながら、通常の仕事を終えてからだと彼女の言う通り1時間くらいしか作業をしていないことに気が付いた。3時間もやっていたなら、仕事を早く切り上げるか、同時進行をしなくてはいけない。
「それは1時間で終わらせた量です。ちなみに聖女3人分です」
もう1人の聖女カリナの顔と名前は知っている。
たった3人でやるには量が明らかに多い。ふと聖人5人が作業をしていた方と見ると、目の前にある袋の半分ほどが詰まっている袋が置かれていた。
「ついでに言っておきますが、8割はセシリアの仕事です」
「は?」
カリナが自慢げに言うので私は耳を疑ってしまった。
袋に入っている合格した神聖石を仕分けたのは先ほど出て行ったセシリアだという。
「セシリアさんの作業はすごかったです。一瞬で神聖石を判別していました」
「彼女の神聖力の使い方はすごく上手いのよ。力自体も強いけど、効率的に使いこなせるから作業も早くできるの。セシリアの真似は絶対できないから、勉強するなら他の聖女を見習った方がいいわよ」
メグの感動したような口調に、カリナは冷静に諫めている。そんな2人の話は耳に入ってきても理解することなく私は目の前の袋をじっと見つめていた。
男漁りの仕事ができない補佐聖女だと勝手に決めつけていたが、カリナの言うことが正しければ、どうやらその認識を改める必要がありそうだ。
片づけを終えた聖人たちにも話を聞くと、彼らも作業をしながら黙々と仕分けているセシリアの手さばきを認識していた。早い判断に自分達が遅すぎるのではないかと疑ってしまったという。
結局袋に溜まっていく量に、セシリアが大聖女の補佐だからできるのだと思い込むことにしたようだった。
その話を聞いてセシリアが出て行った扉を振り返った。
すでに彼女は部屋を出て行き、きっと宿舎に戻っていったはずだ。
「まさか、本当に」
その言葉しか出てこなかった。
「私たちも帰りましょう。早く戻らないと食堂で食事ができなくなるわ」
宿舎に併設されている食堂は、食事できる時間が限られている。それを逃すと外で食事を済ませなければいけなくなる。宿舎を利用している者たちは無料で食事ができる場所のため、お金を払って外で食事をすることが少ない。それに平民出身の聖人や聖女にとってはありがたい場所でもある。
カリナは片づけをしている聖人たちを急かして、できるだけ早く部屋を出ようとしていた。
「ロンデル様。片づけも終わりましたので私たちはこれで」
呆然としていると、持っていた神聖石が詰まった袋を取り上げられて、カリナは部屋を出て行った。その後をほとんど空に近い箱を抱えたメグがついて行く。聖人たちも各々に荷物を抱えると私とすれ違いざまに会釈をして出て行った。
1人静かになった部屋に残されたが、まだセシリアのことを考えていた。
自分勝手な大聖女に、条件の良い男性を探すのに必死な補佐聖女達。それとは明らかに違うセシリア。
カリナの言う通りほとんど仕分けがセシリアの仕事であったのなら、彼女の力は相当なものだろう。
好き放題している大聖女達の元で腐らせていい人材ではない。
「こちらに引き込める方法を考えないといけないな」
女性神官や聖女達は大聖女の管轄とされている。聖人たちと一緒に仕事をすることはあってもセシリアは大聖女リリスの管理下になる。彼女をこのままにしておけばきっと後悔する気がした。
「大聖人様にも相談してみるか」
この時セシリアは私に目を付けられたことを知ることはない。
「まずはセシリア=ローズネルのことをより詳しく調べてみるか」
大聖人に相談することでセシリアをリリスから引き離すことができればいいが、そのための情報がもっと欲しいと思った。
忙しい補佐聖人という立場ではあるが、久しぶりに心が躍っていることに私はすぐに気付かなかった。