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嫌われている

「今日はこれくらいにしましょうか」

少し離れたところで神聖石の選別をしていた聖人が声を出したので、私は手に持っていた神聖石を使える小さな神聖石の袋に放り込んだ。

ずっと同じ体勢だったので、両手を天井に突き上げるようにして伸びをする。

「結構進めたわね」

背筋を伸ばして固まってしまった筋肉をほぐしていると、隣のカリナが肩を回しながら目の前の袋を眺めていた。

「予想以上にはかどったと思うわ」

「すごいです」

カリナの嬉しそうな声に、メグが感心したように声を漏らす。

3人で作業した目の前の袋は合格した神聖石の袋がパンパンになっている。もともと不合格の神聖石が少なかったのは良いことだ。発見された伯爵家の所有にはなるけど、これで多くの聖物を作ることができるだろう。

箱の中を覗き込んでみると、半分以上なくなっている。隣で同じように箱を覗き込んだカリナは嬉しそうだ。

「残りは明日になるけど、これなら早く片付けられるわ」

「セシリアさんの仕分けのスピードには感心しました」

メグが目を輝かせて私を見てきた。最初は会話をしながら手を動かしていたけれど、だんだん会話が空くなっていって最後は黙々と作業に没頭にしてしまった。その間メグはこちらの作業風景を時々見ていたようだ。手に取るなり神聖力を流してすぐに判断して袋に放り込む。

新人のメグにとってはこの作業も不慣れだったのだろう。

カリナもそれなりに作業を進めていたはずだけど、私の方が判断が早かったのは事実だ。

明らかに作業速度が違いすぎて神聖石で埋まっていく袋に驚きを通り越して感動して見ていた。

「さてと、残りは明日で今日は片付けて宿舎に戻りましょう。夕食を逃したくないわ」

食堂が閉まるまでまだ時間があることにほっとした。でも、のんびりしていると食堂に入る前に閉められてしまう可能性もある。夕食を逃せば街に行って食べるか、朝まで我慢になってしまう。何としても食堂に入らなければ。

夕食のことを考えて片付ける動きも速くなる。

「明日も手伝ってくれると、助かるんだけど」

片づけをしながらカリナがそんなことを言ってきた。私がいなくても大丈夫そうなことを言っていたのに、手が空いていたらまた手伝ってほしいとさり気なく頼んできている。

別に嫌だとは思わないけれど、今日はたまたま会ったからこそ手伝ったことを忘れているのではないだろうか。

「明日の仕事次第じゃないかしら」

嫌だとは言わずに、明日の都合に任せることにした。明日にならなければその日の仕事量がわからない。患者が多ければ手伝うことは無理だろう。

「期待しとくわ」

「そこは期待しないでよ」

カリナの冗談に言い返していると、部屋の扉が唐突に開いた。

ゆっくりとした動きではあったけれど、部屋にいる全員の注目を集めるには十分だった。

全員の視線を集めて開かれた扉から入ってきたのは、50歳くらいに見える眼鏡をかけた茶髪の男性だった。知っている顔だ。

「あ、ロンデル様」

咄嗟に声が出ると、何故か鋭い視線を向けられることになった。

「セシリア=ローズネル。なぜここに居る?」

相手は私をしっかり認識してから、不信感をあらわにした言い方をしてきた。

ロンデル=アーネスト。大聖人の補佐をしている聖人で、茶色の髪にそれよりも濃い色の瞳が、眼鏡越しに鋭く睨んでくる。そのためいつも怒っているように見られて周囲の者たちはハラハラしていると聞いたことがあった。

同じ補佐として何度か顔を合わせているので、いつも不機嫌だというわけではないことを知っているつもりだったけれど、今は声の雰囲気も相まって私に対して不機嫌だと思えた。

彼は大聖女リリス様を嫌っている。そのため補佐聖女とも仲よくしようとは思わないようで、どちらかといえば嫌われているなと感じていた。

「大量の神聖石の選別をすると聞いて、手伝っていました」

とりあえずここにいた理由を説明しておこう。

「君は大聖女の補佐だろう。一緒に仕事をする必要がないのでは?」

今の言い方は一般の聖女や聖人を区別して補佐は立場が上なのだから仕事をする必要がないと言われているようにも聞こえる。だけど、彼の言いたいことが別にあることを何度か顔を合わせていたことで知っていた。

ろくに仕事もできない補佐が一緒にいては、他の聖人や聖女達の迷惑になるだろう。自分の力量を把握して仕事をしなさい。

私にはそう聞こえた。

彼はほとんど仕事のできない補佐聖女だと思い込んでいるのだ。

どうしてそうなっているのか最初は不思議だった。一緒に仕事をしたことがないし、私にどれだけの力があるのかロンデル様は知らないはずなのに。

不思議に思っていたけれど、仕事を選んで巡礼もしない大聖女に、男漁りをするように高位貴族との繋がりを持とうとしている4人の補佐聖女。彼女たちを見てきたロンデル様は私も同じだと思いこんでいることに気が付いた。

私の仕事ぶりを見せれば誤解も解けるとは思うけれど、一緒に仕事をする機会なんてないし、わざわざ説明するのも面倒なのでそのまま放置している。そのため使えない補佐聖女として認識され発言が厳しくなっていた。

特に気にせず、とりあえずここは退散したほうがいいだろうと考えていたら、一緒に神聖石の選別をしていたカリナとメグが複雑そうな顔を見合わせていた。今まで一緒に神聖石の選別をしていたので、使えない聖女と言われていることに混乱しているのは明らかだ。奥で作業をしていた聖人たちも離れていたとはいえ、私の作業風景は見えていた。彼らもどう反応したらいいのか困っているようだった。

ここでロンデル様に説明することはできるけれど、彼が私の説明をどれほど信じるか不明である。

この場が余計に混乱すると宿舎に帰る時間がどんどん押してしまう。そうなると夕食を食べ損ねてしまう可能性が出てきてしまう。

一瞬どうするべきか考えてすぐに答えは出た。

隣のカリナそっと耳打ちをする。

「後はお願い」

ここは部屋から出たほうがいいだろう。

カリナが驚いた顔をしている。説明しないのかとはっきり顔で表現してきたけれど、苦笑しておいた。

ここに留まるとさらに小言が飛んで来そうなのですぐに部屋を出ようと思った。仕事を手伝ったんだから、後のことはカリナに任せてもいいはずだ。私がいて揉めて時間を費やすより、後でカリナたちから説明してもらった方が丸く収まると思った。

それに私から説明するのが面倒でもあった。

だけど、部屋の入り口にロンデル様が立っていて、部屋から出ることができない。

「仕事ができない上に片付けもしないとは、良い身分だな」

どいてほしいなと思っていると、完全な言いがかりをつけられてしまう。

仕事のできない補佐聖女がいても仕方がないと言っていたのはロンデル様なのに、出て行こうとするとそれに対して文句を言われるのはおかしくないだろうか。

内心イラっとしてしまったけれど、表情は笑顔を作った。

「他の聖人や聖女の迷惑になると仰ったではありませんか。ろくに仕事ができない邪魔者はいない方がいいと思いまして」

そう言うとロンデル様の眉がピクリと動いた。言い返したことが気に入らなかったのかもしれない。

「明日の仕事に響くといけませんので、私は帰らせていただきます。あとは優秀な彼らに任せた方が早く片付くでしょう」

そこをどいてくださいという意味を込めて言ったけれど、ロンデル様に睨まれただけで動いてくれなかった。

面倒な人だなと内心ため息をつきつつ、彼にぐっと近づいて見上げる形を取った。

「それとも、邪魔者をいつまでもここに留めておく理由が何かありますか?」

「・・・・・」

何か言い返したそうではあったけれど、結局ロンデル様は何も言わずに体を扉からずらした。

軽く会釈をしてそのまま部屋を出る。振り返って扉が閉まる寸前の部屋に視線を向けると、明らかに同情するようなまなざしの聖人とメグ。微笑みを浮かべて手を振っているカリナが見えた。

今の状況を彼らなりに理解してくれたと思う。後でカリナにその後の状況を聞くことにしよう。

扉が閉まり静かな廊下には私1人。突っ立っていても仕方がないので宿舎に帰ることにした。

「もう少し見極めてから判断してくれるとありがたいのに」

歩きながらロンデル様の態度にぼやいてしまった。そして、ふと気が付いたことがあった。

「ロンデル様は、どうして来たのかしら?」

まさか手伝うために来たのかと考えてみて違う気がする。彼も大聖人の補佐役だ。仕事を抱えて忙しい。手が空いたからと言って手伝うという想像ができなかった。

「仕事の進捗状況を確かめに来ただけね」

そう結論付けて、今夜の夕食は何を食べようかと頭を切り替えた。

その後、出て行った部屋で何が起こっていたかなど私は知る由もなかった。



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