任務
「大聖女の巡礼が行われることになった」
1通の手紙を読んでいたユリウス殿下は、読み終わった手紙をひらひらと振りながら部屋にいる全員に言っているようだった。
「大聖女セシリアの目覚めは帝都中に知れ渡っています。次は各都市に知らせる目的で巡礼を行うのは妥当だと思います」
補佐官のティースが納得したように言うと、ライズも頷いている。
「大聖女セシリアの実力を疑う者たちもいましたので、実力を見せつける良い機会になるかと」
帝都の危機はセシリアの力によって救われた。そのことも帝都の人々は知っている。ただ、どんな風に守られたのか具体的なことはわからず、帝都を守るために姿を見せられないことも最初は疑問に思っていなかった人々だったが、少しずつ本当にセシリアが護っているのかという疑問へと変わってしまっていた。
神殿はセシリアのおかげであると意思を曲げることはなかったし、大聖人ジーンに続いてライムもセシリアを大聖女として認めて、彼女の力が帝都を守っているのだと主張し続けていた。
しかし、人々の目に入らないところでやっていることのため、セシリアに対しての不信感というのは確実に広がりを見せていた。
彼女が神聖石の中で眠っている姿を目の当たりにしていた俺は、そこに憤りを覚えることもあったけれど、声を上げたとしてもどれだけの人が信じてくれるのかわからない。それに余計なことを言ってセシリアの存在を逆に否定される可能性もあった。そのため何も言わずにこの3年間ずっとセシリアの様子を見守るだけとなっていた。
この部屋にいる全員がセシリアの実力を理解している。だからこそ彼女が巡礼に行くことを賛成していた。
「巡礼となると聖騎士の護衛が必要になりますね。大陸中を回ることになれば年単位で派遣しなければいけなくなります」
ティースが言うと、ユリウス殿下は考えるように天井を見上げた。
多くの聖騎士が大聖女の護衛のために派遣されれば戦力が落ちると考えているようだ。でも、帝都は神聖石の結界に護られている。聖騎士が減ったとしても大きな問題にはならないだろう。
綻びはすべて消えて、今は安定している。それをやってのけたのもセシリアだ。
帝都も重要だけれど、大聖女セシリアの安全も重要だと思う。
「人数もそうだけど、腕の立つ聖騎士を付けないと皇家として神殿を軽んじていると思われたくないな」
今の皇家と神殿の関係は良好だと言えるだろう。
リリスの件で神殿は皇帝を激怒させた。大聖女が偽りであったことで帝都が危機的状況に陥ったのだから当然だ。大聖人ジーンも責任を取らされると思われていたが、セシリアが帝都を守ったことが皇帝陛下の怒りを少しだけ緩和してくれていた。後継者となれる存在がいたことですぐに対応できたことは評価してもらえたらしい。
それにもとはといえばトールス伯爵家が絡んでいたことだ。貴族が絡んでいたことで皇帝も神殿だけを責めるわけにもいかなかった。当然のように貴族たちにも怒りの矛先は向いていた。
大聖女ソフィアの時に平民出身という理由で見下すことを止めるように言われていたけれど、今度は大聖女選定に裏で金が動くことのないように皇家の息のかかった監視が付くことも決められた。
神殿としては肩身の狭い状況になるかもしれないが、ジーン様はすべてを受け入れていた。
だからといって皇家は神殿を軽視しているわけではない。神聖石を護り保護している神殿がなければ、帝都の結界を維持することも難しくなってしまう。
皇家と神殿のバランスは重要なのだ。
「聖騎士に関してはこちらで調整いたします。大聖女の日程が決まり次第いつでも動けるように準備をしておきましょう」
ライズの言葉に俺も頷くと、ユリウス殿下はなぜか俺をじっと見つめてきた。
「巡礼も必要だけれど、大聖女セシリアは目覚めたばかりだ。今は立場も弱い。普段の護衛もいたほうがいいと思うな」
ニヤリと口元を歪ませたのを見て、俺は背中にひやりとしたものを感じた。
俺が口を開く前にユリウス殿下はいいことを思いついたと言わんばかりに手を叩いた。
「カイル=アズリクフ。君は明日から大聖女セシリアの護衛騎士に任命する」
言葉を発しようと開きかけた口を閉じることを忘れて、俺はその場に固まってしまった。
「君は大聖女の護衛をしていた経験があるだろう。セシリアの護衛自体もしていたことがあったし、ちょうどいいじゃないか」
何がちょうどいいのだ。俺はユリウス殿下の護衛騎士のはずなのに。
「それに、せっかく目を覚ましたセシリアを待っていたのだから、ここはいい機会になるだろう」
俺が3年間時間を見つけてはセシリアに会いに行っていたことを殿下は知っている。ライズやティースだって知っていたので、全員が深く頷いていた。
それを見た途端顔が熱くなるのを感じた。
「いや、その・・・」
セシリアに会いたかった。もしかすると今日目を覚ましてくれるかもしれない。そんな期待といつ目覚めるのかわからない不安を毎日持っていた。
ジーン様が亡くなり、ライム様が大聖人になっても、神聖石の部屋に入る許可はもらえていた。
誰もが俺がセシリアに特別な感情を持っていることを承知しているのだ。
「大聖女様も忙しいご様子。護衛でもしなければ側にいられる機会もありませんね」
「ティースもそう思うか。この前妃が城に呼び寄せてくれたことで話ができる状況を作ってあげたというのに、あまり会話もしていなかったみたいだし、その後会っていないんだよ。もっと積極的に動けるようにこちらがお膳立てしないといけない」
ユリウス殿下が盛大にため息をついてくる。俺だって会えることは嬉しいけれど、仕事がある。それにセシリアも忙しそうにしているからゆっくり会えることなんてしばらくないと思っていた。
「というわけで、カイル=アズリクフは明日より大聖女セシリアの護衛騎士として任命する」
こんな簡単に決めていいのだろうかと思うけれど、今回の護衛に関しては快く引き受けられた。
「承知しました」
リリスに探りを入れるためにわざと護衛をしていた時とは違う。今度は自分の意思でしっかりと守りたいと思える。
「あぁ、それともう一つ」
殿下は何かを思い出したように俺に指を突き付けてきた。
「願掛けは終わったのだろう。すっきりさせてから行くように」
それが何を意味するのかすぐにわかった。俺は無意識にうなじに手を伸ばしていた。
一つに束ねられた自分の髪は3年切ることはなかった。そのためもう腰に届くほどの長さになっている。
これは殿下の言う通り願掛けだった。
神聖石に入ってしまったセシリアが戻ってきてくれることを願ってだ。
髪の長さが彼女を待っていた年月を物語っている。
この髪を切ってしまえと殿下は言っているのだ。
俺もそう思う。彼女に会いに行く前に耐えていた時間を物語る髪は切ってしまおう。
「わかりました」
俺もこれで心の重荷を降ろせる気がした。そして、新しく一歩を踏み出せるはずだ。
まずは髪を切らなければいけないが、その後すぐにセシリアに会いに行くことを決めた。それが、事故によって神殿が大騒ぎになっているところに遭遇することになるとは、その時の俺は思いもしてなかった。




