時間軸
今飲んでいる紅茶は数日前に飲んだ紅茶を変わりないと思うけど、これも3年前に飲んだ紅茶ということになる。
「なんだか慣れないから、まだ頭が混乱します」
「ふふ、ゆっくり馴染んでいくしかないわ」
目の前に座って同じように紅茶を口にしているイリアナ先輩は、すでに皇太子殿下と2年前に結婚して皇太子妃となり、1児の母になっていた。子供は昨年生まれたのでもうすぐ1歳だという。
あの後私はライム様から神殿の3年間について話をしてもらった。
大聖人ジーン様は私が眠っている間に崩御されて、1年前に補佐聖人であったライム様が新しい大聖人に選ばれた。もともと素質があったことで、ジーン様は後継者としてライム様に定めていたらしい。公表はされていなかったけれど、他の補佐聖人2人は知っていた。
そのためスムーズに大聖人としての任命を受けたという。選定の会議は行われたようだけど、そこではライム様を大聖人にする確認をした程度で、揉めることはなかったらしい。
リリス様の件が公になったことで皇帝陛下は激怒し、会議で金が動くことがないように監視が置かれることになった。
リリス様がまともに動けなかったせいで、結界の修復が遅れたとも考えているらしく、2度と不正があってはいけないと命令があったらしい。
そして、私が眠りついてすぐ、ジーン様が私を大聖女に指名したそうだ。
ソフィア様の後継であったことが発覚して証拠も出てきたとかで、神聖石の保護をしているのが私であることも公表されたらしく、同じように会議で私が大聖女でよいという確認がされただけで、いつの間にか私は大聖女セシリアになっていた。
ちょっと寝ているだけという感覚が消えないまま、私は立場を変えて、周囲も大きく変化していた。
混乱する部分もあったけれど、ライム様の話が終わるとすぐに別の人が訪ねて来た。
それは皇族に仕えている近衛騎士団の団長で、私に丁寧にあいさつをした後で城に来てほしいと言ってきた。
皇太子妃がお会いしたいと言っておりますと言われたら、誰の事なのかすぐにわかったし、いつの間にか皇太子妃になっていることに驚いたけれど、断るわけにもいかないと思ってすぐに城まで来てしまった。
そして、今イリアナ先輩ではなく、皇太子妃様とお茶をするというとんでもない状況になっている。
つい最近会ったはずのイリアナ先輩が寝て起きたら王太子妃になっていて、子供までいる。久しぶりという感覚がないためか、何を話したらいいのか迷ってしまった私だけど、イリアナ先輩が3年の間に何が起こったのかを掻い摘んで話してくれたので、私は聞き手になってお茶会は進んでいた。
こうやって他の人とも会った時、私にとっては1日の出来事でも他の人には3年分の時間が流れているから、とにかく話を聞くのが一番いいのだとこの場で学ばせてもらった。
「皇太子殿下はより忙しくされているんですか?」
目の前にいるのは皇太子妃だけど、どうしても先輩として接してしまう。それをイリアナ先輩も許してくれている。それに、私はいつの間にか大聖女になっていたので、先輩よりもある意味立場は上になっている。
状況が変わり過ぎて対応できない私は、開き直って今までと変わらない態度を通すことにした。
「そうねぇ、子供が生まれてからより仕事量が増えているような気がするけれど、周りに優秀な人間が多いから、それほど苦労はしていないように感じているわ」
客観的に見ただけの感想のようだけど、イリアナ先輩もよく皇太子殿下のことを見ているのだろう。必要に応じてきっと支えているはずだ。
それに優秀な人間がいると言っていたけれど、確か皇太子殿下の補佐にイリアナ先輩のお兄様がいたはずだ。自分の兄を褒めている。なんだか微笑ましく思えた。
「おや、僕の話をしているように聞こえたけれど」
はっとしたように振り返ると、少し離れたところにユリウス皇太子殿下が立っていた。
部屋でのお茶会だったけれど、2人だけでお茶をしたいというイリアナ先輩の要望で他に誰もいない代わりに部屋の扉が開けられていた。
扉の前に立っている殿下は動きやすい服装をしていて、大聖女に会うという服装ではない。仕事のついでにたまたま通りかかっただけのような雰囲気がある。
もしかするとイリアナ先輩に会いに来たのかもしれない。私のことは気にしないで。
昨日会ったはずの殿下の雰囲気が急激に変わっていて、やっぱり3年経っているのだなと改めて思うことになった。
「久しいな大聖女セシリア」
「・・・お久しぶりでございます?」
「そこは疑問形なのか」
ユリウス殿下が苦笑する。
私にとっては昨日の事なので、久しいという言葉がしっくりこなくて首を傾げてしまった。
まだまだ馴染めていない。
「まぁ仕方がない対応なのだろう。それよりもなにか僕の話をしていなかったかな?」
にこやかに私たちの話を聞いてきた。
「あら、女性の話に首を突っ込むだなんて、紳士の行動ではありませんよ」
イリアナ先輩が同じようににこやかに答えた。
盗み聞きを問いただしているようにも聞こえるけれど、特に聞かれて困る話でもなかった。
なんとなく2人の雰囲気から会話を楽しんでいるような気がした。
「これは失礼。僕の噂が気になってしまったんだよ」
殿下は一体何をしにここへ来たのだろう。
そんな疑問が出てきてしまった。
すると部屋に入ってきた殿下の後ろから2人の騎士が姿を現した。
茶色の髪にそれよりも濃い色の瞳をした綺麗という表現がぴったりのライズ=アルネスト様が先に入ってくる。相変わらずの美形に女の私でもため息が出てしまいそうだ。3年経ってさらにその美しさに磨きがかかっているような気がする。
その後ろからもう1人の騎士、金髪の長い髪を後ろで1つにまとめて緑色の瞳が私へと向けられた。
カイル様には神聖石から出た時に会った記憶がある。
彼も雰囲気が変わっている。精悍な顔立ちはかっこいいという表現が一番だ。
前よりも男らしくなったような気がして、視線が合った瞬間ドキッとしてしまった。
前も金髪を伸ばしていたけれど、それが随分と伸びている。今では腰まで伸びていた。
3年という歳月の長さを思い知らされる。
カイル様は視線が合うと目元を和ませた。
笑顔を向けられたわけではなく、目だけで挨拶をされたような気分だ。
それだけの事なのに、頬が熱くなるのを感じた。
周囲に人がいるのに、こんな反応をしてはいけない。
咄嗟に視線を逸らしたら、イリアナ先輩と目が合った。
しかも、すべてを理解しているかのように微笑んでくる。
「殿下もお優しいですね」
何故か先輩はユリウス殿下に言っている。
「僕は気が利くからね」
どういうことだろうと殿下に目を向けると、胸を張って当然だと言わんばかりにしている。
意味がわからないけれど、とりあえず殿下を肯定しておいた方がいいだろう。
「ありがとうございます?」
「そこも疑問形なのか」
「とりあえずは・・・」
なんだか皇族と大聖女の会話ではないなと思う。
随分の和やか雰囲気になった。
「カイル。大聖女セシリアが帰る時は見送りを頼むぞ」
「承知しました」
カイル様は静かに頷いて私を見た。
よくわからないけれど、帰りはカイル様が送ってくれることになったらしい。
「ありがとうございます」
とりあえずお礼だけは言っておくことにした。
なんだか不思議な雰囲気になりつつも、その後ユリウス殿下は再び仕事があるからといって部屋を出て行ってしまった。
カイル様は残ることになって、私はイリアナ先輩ともう少しだけお茶を楽しんでから神殿に戻ることになった。




