懐かしいはずなのに
目が覚めた時天井が見えて、ふかふかの布団が気持ちいいと思った。
そんな感想が出てくるのが久しぶりな気がする。
そういえば、いつも大聖女の部屋を使っていたけれど、布団をふかふかだと思うことはなかった。
感覚があまりないような夢の中にいるような感じだった。
そう考えて、そうだ私は神聖石の中で夢を見ていたのだろうと理解した。
夢を見ながらずっと神聖石に力を注いで保護を続けていたのだ。
自分の考えに心底納得できている。
起き上がるとシンプルな部屋には誰もいなかった。
だけど、見覚えのある部屋だ。
「ここ、大聖女様の部屋よね」
私が寝泊まりしていた部屋だ。まったく変わりない。
必要最低限の家具しか置かれていない殺風景な部屋。
大聖女リリス様は伯爵家の往復をしていたから、この部屋はソフィア様が使っていて以来空き部屋になっていたのだ。
「どうしてここに?」
なんでここに私は寝かされていたんだろう。
まだ夢の中だろうかと思ったけれど、夢の中とは違う感覚が体に伝わってくる。ここは現実の世界だ。
ベッドを降りて体を動かしてみる。
痛みはないし、違和感もない。
ちょっと神聖石の中にいたくらいなら、身体に影響は出ないのだろう。
初めての経験だったからよくわからない。
「とりあえず誰かに声を掛けた方がいいわよね」
何が起こっているのかよくわからなくて、確認するためにも部屋を出ようとした時、ノックもなく扉がゆっくりと開いた。
そのことに驚いて固まると、窺うようなゆっくりとした動作で頭が見えた。
部屋を覗き込むように顔が見えると、濃茶色の長い髪に深緑色の瞳に見覚えがあった。
親友のカリナが、部屋の様子を窺うようにそっと顔を覗かせて、私と目が合ったとたんに彼女も固まってしまった。息を飲む音がはっきりと聞こえて、相当驚いているのがわかる。私が眠っていると思って静かに部屋に入ろうとしたように思うけれど、それにしても慎重に入りすぎではないだろうか。
「カリナ?」
知っている顔のはずなのに、なんだか雰囲気が違う親友に首を傾げる。
前より大人びて見える気がした。
「セシリア・・・」
カリナが震える声で私の名前を呼んだ。
「うん」
頷くとカリナが扉を勢いよく開け放って、思い切り私に駆けよると抱きついてきた。
その勢いに押された危うく2人でベッドに倒れ込みそうになる。
何とか踏ん張ってカリナを抱き留めると、泣いているのか涙声が耳元に届いた。
「よかった。ずっと心配していたのよ」
カリナには私の事情を言っていなかった。大聖女の後継者になることを悩んでいたから、下手に他の人に話せなかった。親友であるカリナに話せなかったことを後で怒られるかもしれないと思ったけれど、悩んでいる間に帝都の結界が壊れる異変が起きたため、結局何も話せずに私は神聖石の保護をして、神聖石の中に入ってしまったのだ。
きっと誰かから私の状況を聞かされたのだろう。あの部屋には聖女でも許可がなければ入れないから、急に姿を消した私をずっと心配してくれていたようだ。
大丈夫だよという意味を込めて軽く背中を叩いてあげると、カリナが何度か深呼吸を繰り返した。
落ち着こうとしていることがわかって、私はカリナが落ち着いて離れるまで待つことにした。
しばらく黙ってカリナの背中を叩き続けていると、落ち着いたのかカリナが離れて私の顔をじっと見つめた。
「変わってないね」
その一言に釣られて私もカリナの容姿を伝えた。
「カリナは変わったね。なんだか、さらに大人びたような」
年を取ったという表現は避けた方がいい。私を心配して精神的なダメージが大きかったのかもしれない。
「そりゃそうよ。セシリアが眠ってから3年経っているもの」
「・・・・・ん?」
今3年とか言われたような気がする。私が神聖石に入ってから3年経ったなんて信じられない。
少し夢を見ている間に保護をして、それが終わったから出てきただけで、私の中では夢を見て覚めた程度なので1日の感覚だけど、保護に時間がかかっていたとしても数日だと思っていた。
「まさか、そんなに経っているはずないわよね」
何かの冗談かと思って言ってみたけれど、カリナの真剣な視線が私に突き刺さる。
「本当に3年も経ったの?」
確認するとカリナが頷く。
「神聖石の中は時間が止まっていたのかもね。セシリアは何も変わってないもの」
「つまり、私は3年後の帝都に戻って来たってこと?」
私の感覚と周りの状況が一致しなくて、私は混乱しそうになった。
でも、建物が大きく変わることはないし、知っている人たちが3つ年を重ねているだけだと思いなおすことにした。
「セシリアが目を覚ましたこと報告してくるわ。私は今世話係をさせてもらえたからセシリアの様子を確認しに来ただけなの」
神聖石から出たけれど、私はしばらく眠っていたらしい。念のため体が大丈夫かを確認されたらしいけど覚えていない。異常がなかったことで部屋で休まされて、親友でもあるカリナが世話をしてくれることになった。
「今更だけど、痛いとか具合が悪いとかはない?」
「大丈夫。寝て起きただけだから問題ないわ」
私にとってはその感覚しかなかった。確認を終えてカリナが部屋を出て行く。
「セシリアが目を覚ましたって聞いたら、いろんな人が押し寄せてくるかもしれないから、それは覚悟しておいてね」
部屋から出る前にカリナが思い出したように言って扉が閉められた。
「覚悟って・・・必要なのかしら」
3年眠っていたことを考えると、目が覚めた私に会いたい人はすぐにでも来るかもしれない。
でも、押し寄せるほどだろうか。
とりあえず部屋にいた方が良さそうなので、私は窓に近づくと外を見た。
「何も変わってないように見えるけど」
窓の外から見える空も街並みも記憶の中の帝都と変わりない。
窓から見える範囲では結界も無事なようだ。夢の中と変わりない。
『セシリアのおかげで、結界は問題ない。この地は今安定しているぞ』
急に頭に響く声に、私は驚いて天井を見上げた。
そこから声が聞こえてきた気がしたからだ。
それも聞き慣れた声だった。
「あっ」
見上げた天井に手のひらくらいの黄金の鳥が浮かんでいる。
飛んでいるというより浮いているという表現が正しい。どういう原理かわからないけれど、空中に留まっていた。
「カムイ様」
帝都の神聖石である黄金の鳥の名前を口にすると、カムイ様はゆっくりと私の顔の近くまで降りてきた。
両手を差し出せば、手のひらにふわりと乗る。
威厳のある巨大な黄金の鳥とは違い、少し丸みがあって手のひらに収まる大きさは可愛い。
でも、神聖石にその表現は失礼だろうから口にはしなかった。
「どうしてここに?」
カムイ様は神聖石の中で眠っている間、時々帝都内に姿を見せることがあった。神聖石の中なのだからカムイ様がいることに何の疑問もなかったし、会えた時は会話もしていた。
ただ今は目を覚まして現実の世界にいるのだから会えるはずがない。そう思っていたけれど、カムイ様は悠然と私の前に姿を現した。
『我と直接触れたことが影響しているのだろう。今までそんなことをした者はいなかったから、我もよくわからない』
神聖石の中に入って神聖力が混ざったことでカムイ様の姿を私は見ることができているらしい。詳しいことはカムイ様にもわからないようだけれど、特に私の体に大きな問題が起こるわけでもないらしい。
『この方が我の言葉を直接伝えることができて良い』
カムイ様が納得しているのなら私がどうこう言える立場でもない。
神聖石には私たちが知らない謎がまだたくさんあるのだろう。神聖石が発見されてから結界が張れることを発見するまでにも時間はかかったはずだし、他に新しい発見が今になってあったとしても驚くことではないのかもしれない。
カムイ様でもわからないことを私が考えてもわかるわけはないので、ここは納得しておくことにする。
「神聖石に意志があって、黄金の鳥の形をしていること、みんなに話してもいいでしょうか?」
神殿の奥に入ることを許された人だけが見ることのできる神聖石だから、限られた人に話してもいいかを確認すると、カムイ様はすぐにやめておけと言ってきた。
『我に入って深部の保護をしたのはセシリアただ1人。おそらく我を見ることができるのはお前だけだろう。他の者に話しても我を見ることができなければ信じることができない可能性が高い』
カムイ様の鳥の姿は意志の塊とも言えるらしく、私は神聖石の中に入ったからこそカムイ様を認識できるらしい。そのため他の人にここに黄金の鳥がいて、神聖石の意志なのだと話しても見えなければ信じてもらえない。
『我が声を伝えられる存在は1人いればいいだろう』
「でも、私の言葉も信じてもらえない可能性はありますよ」
見えないことで、私がカムイ様の声を代弁しても信じてくれる人がいない。それでは意味がない。
『そこは行動で示せばいい』
私がカムイ様の声を伝えた後に、私自身が行動で示せば周りは私の言葉を少しずつ信じてくれるはずだと言う。それには時間がかかるし、私はゆっくり休むことができないことを悟ってしまった。
『そもそも大聖女の言葉を否定する者もそういないだろう』
「え?」
不思議なことを言われた気がして私が首を傾げると、ちょうど扉をノックする音が聞こえた。
返事をするよりも先に扉が開かれて、見覚えのある屈強な聖人が入ってきた。
返事を待つことがもどかしかったのかすぐに扉を開いてはノックの意味がないなと思う。
「補佐聖人のサイガ様」
記憶にある姿と変わりない丸坊主で体格が良いため聖人というより格闘家に見えてしまう。それでも神聖力を強く持っているから聖人を名乗れる。
「セシリア様。本当に目が覚めたのですね」
「あ、はい」
見た目が威圧的に見えるけれど、その声はとても優しくて心配していたことが伝わってくる。
セシリア様と呼ばれてむず痒い気持ちが生まれていた。同じ補佐なら様付けもありえるけれど、私はリリス様の補佐を辞めて普通の聖女に戻っている。サイガ様の方が立場は上なのだから変な気分になった。
「本当に神聖石の中から出てこられたのですね」
サイガ様の後ろからもう1人の補佐聖人であるロンデル様も入ってきた。
さらに後ろから私とあまり変わらない年齢の青年が私を上から下まで確かめるように視線を動かしながら入ってきた。
「特に問題はなさそうですね。念のため神聖力の乱れも確認しておいた方がいいでしょうか」
見覚えがあるけれど誰なのかはっきりしない青年が、ゆっくりと私の前に立った。
サイガ様とロンデル様が扉の前に立つ。なんの挨拶もなく問答無用で私の神聖力を確かめようとしているけれど、2人はそれを止めようとしなかった。なんだか、青年の方が身分が上のような扱いをされているようで、私は首を傾げた。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
思い出せないのでとりあえず聞いてみることにした。
2人よりも上の立場といえば大聖人ジーン様しかいない。
私が首を傾げて尋ねると、青年はきょとんとした顔をした後、何かを思い出したようにはっとしてから胸に手を当てて軽く会釈した。
「申し遅れました。僕のことを覚えていませんか?ジーン様が大聖人を務めていた頃に補佐をしていたライム=ダイオンです」
名乗ってもらって思い出した。
補佐聖人の中にとても若い聖人がいた。確か私と同じ年に神殿に入ってきて、私と同じ時に補佐聖人に抜擢されていたはずだ。
地方から来たことなど、似た境遇に勝手に親近感を覚えたことがあったことを思い出した。ただ、一緒に仕事をする機会がなくて、補佐になってもリリス様から押し付けられた仕事に奔走する日々に、ゆっくり話しをする余裕はなかった。遠目に見る程度の関係だったのですっかり忘れていた。
「ライム様。お久しぶりです」
彼は帝都の結界が壊れた時、帝都にいなかった。ジーン様の命で地方に行っていたはずだ。
結界が壊れたことを聞きつけてすぐに戻って来たのかなと思ったけれど、そう言えばカリナが私は3年眠っていたと言っていたし、その後の帝都のことを何も聞いていないからよくわからない。
数日眠っていただけの気分でいるから、3年といわれても未だにピンとこないのだ。
頭が混乱してしまう。
「随分と久しぶりになってしまいましたね。セシリア様は3年前と変わりがないようですし、僕はその間に年上になってしまいましたよ」
笑顔でライム様が言ってきたので、私は何度か瞬きをした。
同じ年だったはずのライム様。そこから私は時間が止まってしまって20歳のまま。でも、ライム様は23歳になっていた。
「え・・・えぇぇ!」
時間の感覚が未だにわからなくて、私はとりあえず叫ぶことしかできなかった。




