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時は流れて

静かな部屋に俺の足音だけが聞こえる。

薄暗い部屋の中央には静かに鎮座する神聖石。その中に本来なら存在することのない人の姿が見えていた。

うねりのある長い茶色の髪が広がり、足を抱えるようにして微動だにしない彼女はしっかりと瞼を閉じているため青い瞳の色を確認することはできない。

動く気配もなくて眠っているのだと言われても、生きているのかどうか見ただけではわからなかった。

不安に思っても俺に確かめる術はない。

神聖石に触れる許可は俺にはないし、下手に触れて神聖石に異変が起きると、中にいるセシリアにどんな影響が出るのかもわからない。そんな危険を冒すつもりはないので、俺はただ神聖石の中にいる彼女を見上げているだけだ。

「・・・まだ駄目か」

今回も何の動きもない。

がっかりする気持ちはなかった。

もう慣れてしまった自分に苦笑するしかない。もしかしたらという気持ちも少しはある。でも、今回も駄目なのだろうと思う気持ちの方が大きいのも事実だ。

「もう、3年だよ。そろそろ起きてくれるとありがたいんだが」

セシリアに話しかけても返事はない。おそらく聞こえていないだろう。それでも俺はここに来るたびに最近のことや自分の考えを話している。

「数日前に殿下のお子様が1歳の誕生日を迎えた。国として盛大に祝福したんだ。帝都内も祭りを開いて活気のある日だった」

そんな風に祝いの祭りができるほど、人々は帝都の中で安定した生活をしているが、すべてセシリアが神聖石を安定させてくれているからだ。

「大聖女の姿がないことで、周りは新しい大聖女をと言っている。ここに帝都を守ってくれている大聖女がいるのに、そんなことをよく口にできるよな」

この3年で神殿内は変わった。

セシリアは姿を見せることのできない大聖女として神殿と皇帝陛下が認めてくれた。

最初の1年は姿が見えなくても大聖女が護ってくれているという認識があって、人々の心に穏やかな気持ちがあったようだ。

ただ2年を過ぎると、セシリアが姿を見せないことと平和に慣れてしまったことがあって、神殿内でも新しい大聖女がいてもいいのではないかという話を稀に聞かれるようになった。

それが3年を過ぎた最近はその話がちらほらと聞こえる頻度を多くしてきていた。

神殿でそんな話が出てくると、帝都に住んでいる人々の心にも新しい大聖女という存在を求めている可能性はある。

それでも、俺はセシリアが大聖女だと思っている。

神殿も陛下も認めているが、やはり本人が人前に出てこないことで人々の意識が薄れてきているのも事実だ。そのためにも彼女には早く目を覚ましてもらわなければいけない。

「早く戻ってきてほしいな」

そう願っていても、簡単なことではないのだろう。

神聖石の保護はまだ終わらないのだろうか。このまま一生眠り続けるのか。嫌な方向に考えが向いてしまうが、頭を振って考えを追い払ってみる。

「約束を果たせないな」

それが未だに心残りだ。

神聖石の保護が無事に終れば、セシリアと話したいことがあった。その約束を取り付けていたのに、まだ果たせていない。

今日はここまでだ。部屋に入る許可はもらっているけれど、あまり長居はできない。

「また来るよ」

そう挨拶して部屋を出ようと扉に向かって歩いていると、不意に背後で気配を感じた。

暖かくて優しい気配。そんな感覚にハッとしたように振り返ると、静かに鎮座している神聖石がいつもより淡い光を強くして明滅し始めていた。

何かが起きているのは明白だ。すぐにでも誰かを呼ぶべきだったのかもしれない。だが、俺はその場を動くことができなかった。

呼吸することを忘れたようにじっと神聖石を見つめていると、やがて明滅していた光がひときわ強く光を放つと、俺は耐えきれなくて瞼を閉じた。

それでも隙間から光が入り込んできて、腕で目元を覆って防ぐ。

それは一瞬のように感じたけれど、もしかするともう少し長い時間だったかもしれない。

いつの間にか光が消えて、俺は腕をどけて瞼を開いた。

静かな部屋に神聖石は相変わらずだ。

だが、その手前に人が立っているのがわかった。

俺は息を飲んで言葉を失った。

少し体を揺らすようにして何とか立っているような姿は弱々しく、今にも倒れてしまいそうだ。

記憶にある彼女よりも肌が白いように思える。髪も頬にかかっていて払う気力がないようだ。

ゆっくりと開かれた瞼の下から見えた瞳は疲れたように虚ろで、俺に向けられたはずの視線も俺を認識している気がしなかった。

「・・・セシリア?」

はっきりわかっているはずなのに確認するような声になってしまう。

一歩彼女に近づくと、途端にセシリアは全身の力が抜けたように膝から崩れた。

咄嗟に駆け出して手を伸ばすと、床に倒れるぎりぎりで彼女の体を受け止めることができた。

その軽さと冷たさに、俺の背筋がぞっとしたように冷たいものが駆け抜けていく。

「セシリア」

今度ははっきりと彼女の名前を呼ぶ。すると、セシリアがゆっくりと俺を見た。認識したのか口元に笑みが浮かぶ。意識がはっきりしていることにほっとする。

「・・・・・約束」

小さな声でそれだけ聞き取れた。

「え?」

それだけ言ってセシリアは再び瞼を閉じて、今度こそ全身の力が抜けたように俺に寄り掛かってきた。

気を失ったのだ。

呼吸はしっかりとしているから、見ただけだが命に関わることは何もなさそうに思えた。

ほっとすると同時に全身の力が抜けそうになった俺だったが、このままセシリアを抱えて床に座り込むわけにもいかない。

俺は彼女を抱えると神聖石の確認をすることもできずに急いで部屋を出て行くことにした。


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