その後
「トールス伯爵は娘がしでかしたことは自分とは関係ないことにしたいようで、リリス=トールスとの縁を切ったようです」
「そうは言っても伯爵が大聖女選定時に手を回した証拠は掴んでいる。まったく関係ないということはできないだろう」
「聖女リリスは現在投獄されていますが、数の少ない神聖力の使い手です。どうにかして利用するべきではないでしょうか?」
「伯爵家が潰れると、トールス伯爵の商会が潰れる可能性もあります。そうなると他の商会にも大きな影響が出る可能性もありますし、混乱するのは目に見えています」
「商会は他の後継者が引き継げば何とかなるだろう。商会自体は大きな問題を持っていないのだから継続させることはできるだろう」
「聖女リリスだけをさばくことはできないのか?」
「伯爵も大聖女の選定に関わっていたのならなにかしらの罰は受けるべきです」
様々な意見が飛び交う中、僕は頬づえをついてその意見を聞き流していた。
どれだけリリスのことを処罰しようとしても、伯爵を蹴落とそうとしても、ここに居る貴族たちは今まで何もしないでいたのだ。リリスを大聖女として崇め、伯爵の商会からいろいろな物を買って伯爵の懐を豊かにしていた。その自覚は彼らにはあるのだろうか。
そう考えながらも僕も伯爵の商会を利用することはあった。ただ、大聖女リリスに関しては怪しいと感じていて側近の護衛騎士を探りとして送っていた。
結局帝都の結界が壊れることで大聖女リリスが無能であることが発覚して、帝都は危険な状態になった。
それを救ってくれたのは大聖女の資格を持っていたローズネル男爵家のセシリア=ローズネルだ。
彼女は身を挺して帝都を守ってくれた。
彼女の存在をもっと早く知っていたら、また別の道があったかもしれないが、セシリアは大聖女になることを渋っていた。すでにリリスが大聖女であり、その役目を果たしてくれるのならそれでいいと思っていたからだ。
結局こうなることは決まっていたのかもしれない。そんなことを考えると彼女が神聖石の中に入って保護することも決まっていたかのように思えて、それはそれで気分が悪くなる。
彼女を犠牲にしなければいけなかったのはやはり嫌だと思う。
一度しか会ったことのない彼女だったが、大聖女になるにはふさわしいと思えた。
あの時の覚悟を決めた彼女の表情は今でも忘れられない。
考え事をしていると、いつの間にか部屋の中が静かになっていた。貴族たちの視線が僕に向いていて、僕の発言を待っているようだった。さんざん自分たちの意見を述べてまとまりがつかなかったようだ。最後は僕にすべて丸投げするように視線が訴えてきているのがわかる。
結局人任せなのかと思うと、僕は皇太子なのだからそれもそうかと納得もしてしまった。
「現在のセシリア=ローズネルはどうなっている?」
右後ろに控えている護衛騎士カイル=アズリクフに問いかけると、彼は背筋を伸ばして口を開いた。
「変わりなく神聖石の中で眠っています。大聖人様の話では神聖石は安定しており、保護も上手くいっているということです」
リリスが大聖女の資格を失ったことでカイルも護衛騎士の任を解かれた。今は僕の護衛騎士に専念してもらっている。ただ、時々セシリアの様子を確認するため神殿には行ってもらっていた。
彼女に対してカイルがどんな感情を持っているのか、直接聞いたことはないけれど、おそらく淡い恋心はあると思っている。だからこそ、彼自身のためにもセシリアの様子を確認させていた。
今日も神殿に行ってきてもらったが、相変わらずのようだ。
「もうひと月は経つが、まだ保護が終わらないのだな」
「大聖人様もいつ保護が終わるのか見当もつかないと言っていました。とにかく神聖力を注いで少しでもセシリアの負担を軽減しようとしているようです」
とは言っても大聖人ジーンは高齢のため毎日神聖力を注ぐこともできない。時々の頻度で保護はしているが変化はないという。
他の聖女や聖人の力を借りるにしても、神聖石の深部へ力を注ぐことができない。そのため大聖人だけが今は頼りになってしまう。
「セシリアが目を覚ましてくれるのなら、すぐにでも大聖女として認定したうえで、偽の大聖女の判決をどうしたいか聞くこともできるのだがな」
セシリアはリリスの補佐聖女をしていた。その時に仕事を押し付けられて、リリスは自分のしたい仕事だけをしていた事実は突き止めている。大変な思いをしてきた彼女の意見も聞きたかったのだが、どうやらここで僕が判断しなければいけないようだ。
「リリスに関しては神殿と相談もしたいが、帝都の神殿にいることはできないだろう。聖女としての資格をはく奪することもできるが、神聖力はそのままだから、おそらく地方で聖女が必要な神殿に行かせることになるだろう」
聖女も聖人も数が少ない。それなら人手不足の神殿に連れて行きとにかく働いてもらうのが贖罪となるだろう。
今のところ投獄されているリリスは大人しくしている。帝都に住む人々は誰もがリリスは偽物だと知っている。それほどの騒ぎを起こしたということだ。ただし、セシリアが大聖女の後継であり神聖石の保護を今もしていることは隠されている。神聖石の中で眠ったように保護していることを説明するのは難しいからだ。時期を見て新しい大聖女がセシリア=ローズネルであることは公表したいと思っているが、今はその時ではない。
「伯爵に関しては商会を維持させる方向がいいだろう。その代わり伯爵には引退してもらうことになるだろうな。そのうえで伯爵が裏で流してきた金の動きを調査することも忘れるつもりはない」
大聖女の選定でも金が動いていた。それを受け取っていた貴族や神殿の人間もあぶり出して相応の罰は受けてもらうつもりだ。
貴族たちの顔を窺うと、この中にも伯爵から怪しい金を受け取った経験がある者がいるかもしれない。大聖女選定に関わっている者はいないようだが、他にもいろいろと調べていけば足元をすくわれる者たちが出てくるだろう。
僕の視線の意味を理解したのか、貴族たちはまっすぐに視線を向けてくる者もいればすぐに逸らしてしまう者もいた。
「今回の会議はここまでだ。調査が進み次第リリスと伯爵の処分を決めることにしよう」
僕の言葉で会議は終わり場が一気にざわつき始めた。
穏やかな会話が許されて、貴族同士で会話をしながら部屋を出て行く。
僕は椅子の背もたれに寄り掛かってカイルに声を掛けた。
「これからもセシリアの様子は逐一報告をしてくれ。何か変わったことがあったらすぐに知らせるように」
「承知しました」
「・・・いつになったら目を覚ましてくれるのだろうな」
「それは大聖人様でもわからないので、何とも言えません」
カイルに答えを求めたわけではない。僕の勝手な希望だ。早く目を覚ましてほしい。
そうなれば彼女を大聖女として神殿も認めることになるし、皇族としても帝都を救ってくれたセシリアに感謝を示すことができる。
カイルが一礼して部屋を出て行こうとする。その後ろ姿に僕はため息が出た。
彼の背にかかるほどの長かった髪が綺麗に切られている。
あれは彼の覚悟の意味が込められていて、いつ見ても複雑な気持ちになるのだ。
セシリアが目覚めるまでの願掛けだ。
これから再び伸ばすらしい。彼女が目を覚ました時に切るつもりでいることを聞いている。
髪が長く伸びる前に目を覚ましてくれたらいいのにと心の中で思いながら僕はカイルの背を見送った。




