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約束

神聖石の部屋を出ると、引きずられるようについてきていたリリスが再び暴れ出した。

「わたくしを誰だと思っているの。大聖女に対して無礼にもほどがあるわ」

まだ自分が大聖女だと言いたいようだが、部屋での会話からすでにリリスは大聖女としての資格を失ったと思ってもいいはずだ。

大聖人ジーンがリリスには大聖女としての資格がないと判断している。神殿にはまだ発表されていないとはいえ、すでにリリスを大聖女として扱う必要は俺にはないし、一緒に出てきた補佐聖人のサイガも完全に無視している。ただ、暴れるように騒ぐものだから睨むようにリリスを見ながら、低い声で黙れと一言だけ言った。

それを聞いてリリスが一瞬怯んだように静かになるけれど、再び叫んできた。

「わたくしはまだ大聖女よ。それに、わたくしを排除したらトールス伯爵家が黙ってはいないわ」

自分の立場が危うくなったことで、家の力を振りかざして優位に立とうとしている。

確かに今までトールス伯爵家という富豪の力が背後にあることを考えてリリスを断罪することに慎重だった。でも、今の状況は違う。

「この危機的状況に大聖女としての力を発揮することもできず、帝都を護ることができずに神聖石の部屋に引きこもって自分だけ助かろうとする卑怯な人間をトールス伯爵が庇うと本気で思っているなら、考えを改めた方がいいぞ」

静かな声で言ったが、リリスの耳にははっきりと聞こえたようだ。暴れていたのがぴたりと止まった。

俺を見上げる瞳は明らかに動揺している。

「どういう意味よ。お父様が私を見捨てるというの?」

そんなはずはないと言いたいようだが、自分の仕出かしたことを考えたのか、伯爵が助けてくれない可能性も頭によぎったようだ。

「そんな・・・嘘よ。お父様はいつだってわたくしの味方だったわ」

「そうだろうな。大聖女になるためにいろいろと手を回していたようだし、証拠を集めるのに時間がかかったが、それを突き付けられても大聖女の資格を失っている娘を果たして助けてくれるか疑問だな」

大聖女リリスの護衛騎士をしている間に、ユリウス殿下は他にもいろいろと調べていた。その中にトールス伯爵家も少しずつ調べていたのだ。

トールス伯爵家を調べるというよりも、リリスに関わることを調べていた。その中で大聖女選定時の状況も調べた。選定には神殿の人間だけでなく貴族も半数が関わって選定をしていた。

貴族が関わっていることを殿下は気にしていたのだ。神殿の人間だけなら神聖力の強さで選定していただろう。ただ、大聖女と大聖人は多くの民衆の前に顔を出さなければいけない。神殿の代表なのだから当然ではあるけれど、神聖力だけでなく代表として相応しい人間であるかを判断するため貴族の代表も混ぜられるようになっていた。

トールス伯爵は娘を大聖女にするため裏で金を流していた。

貴族たちは大金が懐に転がり込んできたことで、何の迷いもなくリリスを推薦したようだが、神殿側はリリスの神聖力を懸念していた。大聖女になるには不安だと判断していたのだ。しかし、結局リリスが大聖女に選ばれたことから、おそらく神殿側の人間も数人ではあるけれど金に目がくらんだか、どこかで脅迫されていた可能性もあった。

まだ詳しいことを調べる必要があったのだが、この騒ぎでそれができなくなってしまった。

それでも、調べた結果だけでもリリスを追い込むには十分な材料だったようだ。

彼女も大聖女になるために父親が何をしたのか知っていたようで、顔が血の気を引いて白くなっていくのがわかった。

「わたくしは、な、何もして、いませんわ。お父様が勝手にしたことで・・・」

「娘を大聖女にしたいがために勝手に動いたと周囲が判断すると本気と思っているのか」

リリスが大聖女になりたいと言ったからこそ父親は動いたはずだ。娘可愛さに動いたトールス伯爵も、今後何らかの代償を払うことになるだろう。

どんどん追い込まれていくリリスは体がわずかに震え出した。自分の状況の悪さをやっと理解できたのだろう。だがもう遅い。父親の力を後ろ盾に身勝手なことをしてきた彼女を助けてくれる人はいない。

新しい大聖女はすでに決まっている。

決まっているというか、決まっていたのだ。

セシリアが成人さえしていれば大聖女になっていて何も問題はなかった。だが彼女が神殿に来る前に大聖女ソフィアが亡くなってしまったことは残念でしかない。それも庶民出身だった彼女は貴族たちの要望に応えようと必死に働いて体を壊した。そう考えるとすべては貴族の身勝手が原因になっているともいえるだろう。

今後大聖女や大聖人を決める時はいろいろと変わっていくことになるだろう。そうでなければ同じことを繰り返してしまう可能性がある。

「あぁ、あ・・・あぁ」

リリスが呻くように声を漏らしている。それを哀れだと思うことはない。自業自得だ。

このままどこかの部屋に閉じ込めておいても問題を起こすことはないだろう。聖女として今の神殿の力になってくれたら一番よかったのだろうが、それができていたらこんなことにはなっていない。

「このままどこかの部屋に放り込んでおこう。邪魔でしかない」

サイガも同じことを考えていたようだ。

「補佐聖女達はどうした?」

そういえば神聖石の部屋に入りたいと訴えていた補佐聖女がいたはずだが、彼女たちの姿がない。サイガの迫力に負けていたから、諦めたと思うが。

「自分たちの安全だけを優先するような聖女は聖女として失格だ。そんな奴らは今すぐ神殿から出て行けと言った。そうでなければ他の聖女達の手伝いをしろと言ったらすぐに出て行った」

サイガに言われたら注意ではなく脅迫に聞こえたかもしれない。城から追い出されたらいつ魔物が襲ってくるかわからない街の中にいることになる。それだけは嫌だろう。仕方なくだろうが手伝いに向かったようだ。

まずはリリスをどこかの部屋に放り込むことにする。

ふたたびリリスを引きずりながら進んでいくと、なんだか神殿内が騒がしくなってくる。

神聖石の部屋は神殿の奥にあるのでほとんど人がいない。

だんだん人の気配を感じるようになっていき、バタバタと走るような音も聞こえてきた。

緊急事態で聖人や聖女達が動いているのはわかるが、それにしても騒がしさを感じた。

「何かあったのか?」

人の声も聞こえるが、俺がいる場所からまだ距離があるためはっきりとした言葉がわからない。

「カイル様は先に行ってください。リリスはこちらで片付けておきます」

サイガが何かを察したように言ってくれる。ただ、彼の言い方は少し物騒に聞こえる。補佐聖人なのだからそんなことはないと思うが、その迫力が思わせてしまっていた。

「頼む」

そんなことを考えながらもリリスに構っている時間が無駄だと判断してサイガに任せることにした。

すぐに走りながら神殿内の確認をしていく。

人が多くなってくると、白い制服を着た聖人や聖女達が慌てたように走っているのが見えた。

「何があった」

その慌てぶりに俺が声を掛けると、青い顔をしている聖人が1人立ち止まると縋りついてきそうな勢いで俺に訴えてきた。

「ま、魔物が帝都内に侵入したようで、神殿の近くにも迫ってきています」

神殿の近くにも結界が壊れた場所があるとセシリアが言っていた。その場所を魔物に察知されてしまったようだ。どれくらいの魔物が侵入したのか確認すると、彼も詳しい状況がわからないようで首を横に振った。おそらく魔物の侵入を知らされただけで、状況は何もわからないのだろう。

「結界はどうした?」

神殿にも個別で結界を張ることができるはずだ。

「時間がかかっていて、まだ完成していません。襲われて怪我人がいるという報告も受けて、今は怪我人の受け入れと結界を早く張るために力が強い者たちは全員神聖石に集められています」

結界を張るための神聖石に力の強い者たちを集めてできるだけ急いで結界を完成させようとしているようだ。

怪我人がいると聞いて、俺はすぐに走り出した。

神殿の入り口に向かって走っていくと、どんどん人が増えていく。避難してきた人たちがほとんどで、その中に神官が紛れていて、聖人や聖女達の姿がほとんどない。皆どうにかして神殿に入って安全を確保しようとしているのか、入り口に人が溢れている。魔物が侵入したという情報は人々の耳にも入っているようだ。

どこからか怒声が聞こえてくる。泣き声も聞こえるが、俺はそれをすべて無視することにした。

今は侵入してきた魔物を排除するほうが先だ。

人の波をかき分けて何とか神殿の外に出る。

結界の綻びは神殿の西側だとセシリアが言っていた。

魔物がいるとすればそちらに向かっていけば発見できるだろう。

そう考えてとにかく走った。

「どこだ」

人の流れに逆らって走っていく。

その時少し離れた場所から悲鳴が聞こえてきた。

はっとして悲鳴が聞こえたほうへと走った。

それはすぐに見つけることができた。逃げ惑う人々の間に赤い毛並みの巨体が見えて、鋭い牙をむき出しにした熊の姿をした魔物がいた。鋭い爪を振り回して近くに人を襲おうとしている。

俺は咄嗟にその間に飛び込んで、剣を抜いた。

突然の侵入者に熊は素早く反応して振り上げた爪を振り下ろす前に後方へとさがった。

思っていた以上に機敏に動けるらしい。

「1匹だけか」

周囲に視線を走らせるが、熊は目の前の一体だけのようだ。

結界が壊れたことに気が付いたのはこの熊だけなのだろう。ただ、油断はできない。他の魔物も気が付いてしまえばどんどん帝都に侵入されてしまう。

まずは目の前の熊を倒すことだけに集中しなくては。

剣を構えなおして踏み込むと、熊は牙をむき出しにして吠えた。そのまま俺に向かって突進してくるが、それを避けながら剣を振ると剣先が熊の腹部に当たった。

ただ、弱かったのか、わずかに毛が舞ったくらいで傷をつけたとはいえない。

熊が赤い瞳をぎらつかせてくる。牙をむき出しているせいで口からよだれが垂れている。

再び爪を振り回して迫ってくる。それを回避しながら熊の背後に回ると、その背中に剣を突き付けた。

途端に巨大な叫び声を熊が挙げた。

剣を引き抜く前に熊が暴れる。危うく振り回されて飛ばされそうになるが、足に力を入れて剣を引き抜いてその場を離れることができた。

熊が唸り声を上げながらどっと地面に倒れ込んだ。

あの一撃だけではまだ倒せないかと思ったが、熊はそのまま動かなくなった。剣が深く刺さったことが致命傷になったようだ。それと、結界が壊れているとしても神聖石の力はまだ働いているのだろう。結界内に入れば神聖力の影響を受けて魔物が弱くなっている。聖騎士の一撃ということもあって、倒すことができたのかもしれない。

周囲を確認すると、やはり熊は1匹だけのようだ。

魔物を倒したことで周囲の状況もしっかりと把握できるようになると、複数の怪我人がいることも確認できた。

急いで怪我人を運ぶように無事だった人たちに指示を出す。

このまま周囲を確認してから神殿に戻ろうと思っていると、不意に空気が変わったような気がした。

重い空気が軽くなったような、優しい風が吹き抜けていくようだ。

何が起きたのかわからなかった。周囲も今の風を感じなかったのか、誰も今起きたことを気にしている様子がない。

ただ、その風が俺の脳裏に1人の聖女を思い浮かばせていた。

「・・・セシリア」

ふと彼女の名前を呼んでみたけれど、ここにはいないので当然返事があるわけがない。

今頃神聖石の保護をしているはずだ。もしかするともう保護が終わったのかもしれない。そうなると結界が戻ったということなのだろう。空気が変わったように感じたのはそのためかもしれない。

ここで想像していてもわからないので、確認のため神殿に急いで戻ることにした。

倒れた魔物は駆け付けてきた騎士たちに任せて、俺は他にも魔物がいないかを確かめながら神殿へと急いで戻っていく。

異常がないことを確認しながら、神殿にいるセシリアのことを思い浮かべていた。

もしも神聖石の保護が無事に終ったのなら、彼女とした約束を果たせる。

そのことを思うと胸の奥に温かい物を感じる。彼女には自分の気持ちを伝えるつもりだ。

どんな答えが返って来るかはわからないけれど、伝えたいと思った。セシリアが大聖女になったら会える機会も減ってしまうだろうし、距離ができてしまう可能性もある。その前に自分の想いだけは知っておいてもらいたいと思った。

神殿が見えてくると入り口に殺到していた人々の様子も変わっていることに気が付いた。

早く中に入ろうとしていたはずなのに、誰もがゆっくりとした足取りで神殿の中に入っていく。まだ避難は続いているため神殿には集まってきているようだが、空気が変わったことを神聖力を持っていない人々も感じ取ったのかもしれない。慌てていた表情が少し和らいでいるようだ。

それに、案内をしている神官たちも落ち着いている。聖女や聖人の姿は見えないけれど、神聖力を持っている者たちは何が起きたのかわかったはずだ。彼らが避難してきている人々に何か説明してくれたおかげで落ち着いているとも考えられた。

人の波を縫うように神殿へと俺も入っていく。

「カイル様」

神聖石の部屋へと歩いていると、声を掛けられて立ち止まった。

「大聖人様」

そこには補佐聖人のロンデルに支えられながらもなんとか立っているジーン様がいた。

顔色が悪いことから力を使いすぎたか、体力が尽きてしまったのだろう。もともと老体に無理をしているのだから仕方がない。

彼がここに居ることを考えると、セシリアが1人で神聖石の部屋にいるようだ。

「神聖石は?」

「保護が終わったようですね」

近くの窓から外を見たジーン様は明らかにほっとした顔をしている。

結界が戻ったことを確認できたようだ。

「セシリアが上手くやったようですね」

「私も力を貸しましたが、この老体では限界がありました。彼女1人に任せてしまったのですが、やはり大聖女の後継者です。やってくれました」

大聖女としての力を見せつけてくれたセシリアは、間違いなく次の大聖女になる。

「部屋に1人でいるはずです。どれだけ力を使ったのかわかりませんが、動けないでいるかもしれない。迎えに行ってくれませんか?」

「それはもちろん」

すぐにでも会いたいと思っていたので、ジーン様の申し出を快く受け入れた。

一度部屋を出てしまったので、もう一度部屋に入るための許可をもらって俺はすぐに神聖石の部屋へと向かった。ジーン様はすぐにでも休まなければいけない。ロンデルに支えられてゆっくりとした足取りで歩いていった。

神殿の奥へと進んでいくとやがて扉が見えてきた。

大聖人か大聖女の許可がなければ決して入ることのできない扉の前に立つ。

一度深呼吸をしてから扉に手を触れた。

セシリアがどんな状態でいるのかわからないから急ぎたい気持ちもあるけれど、状況がわからないのでここは落ち着いて入ることにした。

ゆっくりと扉が開かれて部屋の中に鎮座している神聖石が目に入る。

だがそこに会いたかった人の姿がない。

すでに部屋を出たのかと思ったが、それなら彼女とどこかで出くわしていていいはずだ。ジーン様が先に出てきているのだから、その後にセシリアの姿を見ていいはず。

それなのに彼女の姿は通路でもこの部屋でも見えなかった。

違和感だけがそこにある。

部屋の中を見渡した時、その違和感の正体に気づいた。

一瞬見間違えかと思ったが、確かめるように俺は神聖石を見上げた。

ほのかな光を放ちながら静かに佇む神聖石。

その美しさは変わらない。

「・・・え?」

見上げた瞬間、俺は自分が見たものが信じられず声を漏らすことしかできなかった。

神聖石がほのかに輝くその中に、俺が会いたいと思っていた女性が膝を抱えて静かに眠るような姿をしていた。

セシリアは神聖石の中にいた。

何が起きているのかわからず、俺はしばらくそのまま神聖石を見上げることしかできなかった。


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