神聖石の保護
「さて、面倒ごとは片付いたことだし、神聖石の保護を始めようか」
じっと扉を見つめていると、ジーン様が軽く手を叩いた。
いつまでも黙っているわけにはいかない。私にはやらなければいけないことがある。
気を取り直して振り返ると、ジーン様がロンデル様に支えられながら神聖石の前に立っていた。
体が弱っているのに無理をしてここへ来てもらったことを改めて思い知ることになった。こんな方に神聖石の保護を手助けしてもらわなければいけないかと思うと、自分の不甲斐なさを感じてしまう。そして、リリス様が何もできなかったことで、ジーン様に余計な負担が掛かっていた可能性もあった。
そう考えると、私が大聖女の後継者であるともっと早くに声を上げるべきだったのではないか。こんな状況になると誰もわからなかったし、私自身、リリス様がいざという時にしっかりと動いてくれるのなら、力を貸して支えるつもりでいたから後継者という言葉を出すことに躊躇いがあったのも事実だ。
いまさらそんなことを考えても仕方がないことはわかっている。
「何をどうしたらいいのか、指示を出してくれるとありがたいのだが」
私が考え事をしていると、ジーン様が神聖石を見上げながら言ってきた。
詳しく調べていなくてもジーン様も大体の状況は把握できているはずだ。
「神聖石の深部を探りたいのですが、力が乱れていて上手くいかないんです。神聖力の乱れを安定させることはできますか?」
奥深くの力を見極めたいけれど、乱れた神聖力が邪魔をしてよくわからない。それを落ち着かせるか、ジーン様の力で押さえつけてくれれば助かる。
「やってみましょう」
そう言ってジーン様が神聖石に手を伸ばした。
「あまり長い時間は無理かもしれない。できるだけ早く神聖石に何が起こっているのか確かめてくれるとありがたいね」
触れる直前にジーン様が何気ない雰囲気で言葉をかけてきた。
でも、それが何気ない気軽なことではないことを私も承知している。
簡単に神聖石の深部を調べられたらジーン様を頼ったりはしない。おそらくこの場の緊張をほぐすためにあえて言ったのだろう。
「善処します」
私は息を吐きだしてからジーン様の隣で同じように神聖石に手を伸ばした。
ゆっくりと神聖力を注ぎながら神聖石を調べていく。
神聖石の奥にある、荒れ狂った神聖力のその先を見極めようとすると、急激な力の乱れが押し寄せてきた。
息が詰まりそうな荒波の力に体に力が入る。
すると、押し寄せてきた力が急に穏やかになった。
それと同時に別の神聖力が私の力を包み込むように優しく纏ってくるのを感じる。
これがジーン様の神聖力なのだとすぐに気が付いた。
私の力を護るようにジーン様の力が流れていく。
周囲の乱れていた力が穏やかになっていくのがわかった。
これが大聖人ジーンの本来の力なのかと思うと、私の力もまだまだだと思い知らされる。神聖力は強いけれど、ここまで他の力を圧倒するように鎮められる技術は私にはない。
まだまだ力を磨かなければいけないなと思い知らされた。
「今のうちに」
はっとして横を向くと、ジーン様の額に大粒の汗が浮かんでいるのが見えた。
力のすごさに感動している場合ではない。体調が良くない中で力を使っているのだから、無理をしているのは明らかだ。
私はもう一度意識を集中させて、今度は穏やかになった神聖石の深部へと力を注いでいった。
荒れ狂っていた神聖力が穏やかになっていて、その奥にある神聖石の中心部に力を注いでいく。
ゆっくりと明滅するような、鼓動を感じると表現した方がいいのか、そんな感覚が神聖石の奥から感じられた。
「これは・・・」
第3都市の神聖石の時には感じなかったものがそこにはあった。
ジーン様の力を借りているから感じられるようになったのか、帝都の神聖石だからなのか、とにかく何かが息づいているような気がした。
ゆっくりとその存在に力が触れる。
触れた瞬間、これが神聖石の核のような存在なのだと理解した。
ただ神聖力を放っているだけの石ではない。生命体とは違うけれど、神聖石の中に意志のようなものがあるのだとはっきりとわかった。
第3都市の神聖石も私の力を振り回して、まるで意志があるのかと思ったけれど、はっきりとしたことはわからなかった。でも、今目の前にある神聖石にはしっかりとした意思があるのだと感じられる。
核を包み込むように神聖力を注いでいく。
この核に異常が出たから神聖石の力が乱れたのだと思う。保護するというより核を治療するような気持ちで力を注いでいく。
するとゆっくりと呼吸するように明滅していた核が急に光を強くしたのを感じた。
生き返ってきているのだと思った。もしかすると神聖力が足りなくなって乱れていたのかもしれない。
リリス様は保護をしていたと言っていたけれど、深部の確認や保護をしていなかった。そのため神聖力が届かずずっと苦しんでいたのかもしれない。
「もう大丈夫」
核に話しかけるように声が漏れる。
自分が持っている力をできる限り注いで神聖石の回復をしよう。
そう思ってさらに力を注ごうとした時、隣でどさりと何かが倒れるような音がした。
「大聖人様」
ロンデル様の声が耳に突き刺さる
はっとして横を確認したら、ロンデル様に支えられて両膝を付いたジーン様が荒い呼吸をしていた。
神聖力よりもジーン様の体力の方が限界を迎えてしまったようだ。
「ロンデル様。ジーン様を部屋の外に」
これ以上は頼れない。そう判断して私はすぐにロンデル様に部屋から出るように言った。ここに居てもジーン様に対応してあげられない。
「ですが、まだ保護が終わっていないはずです。私も補佐として少しでも力になれるのなら」
ロンデル様がジーン様の代わりになろうとしたけれど、すぐにそれを断った。
先ほどの力の荒波をロンデル様が鎮められるとは思えない。
「ジーン様の回復をお願いします。あとは私ができるところまでやってみます」
ジーン様の力がなくなったことで、再び神聖石から不安定な力が噴き出してきた。
このまま放っておけば神聖石が壊れてしまう。
私はもう一度意識を集中させて神聖石に力を注ぎ始めた。
「大聖人様。一度部屋を出ます」
ロンデル様の声が遠くに聞こえた。意識を神聖石に集中しているので耳に届く音が遠くに感じる。それでも、ロンデル様は一度退避することを選んでくれたことはわかった。
だからこそ私は何も気にすることなく神聖石へと意識を集中させることができる。
もう一度神聖石の深部へと力を注ぐ。不安定な力に翻弄されて深部に辿り着けないかもしれない。そう思っていたけれど、今度はすんなりと深部へ力が入っていくのがわかった。
一度辿り着いたことで力の乱れが落ち着いたのか、私の保護が効いたのかはわからないけれど、核が穏やかに明滅しているのが感じられた。
「もう一度」
息を吐きだして意識を核に集中する。
ゆっくりと神聖力を注いでいくと、明滅が大きくなっていくのがわかる。
どれくらい神聖力を注げばいいのかわからないけれど、とにかく自分が持てる力を注ぎ続けるしかない。
核が私の力を吸い込んでいくのを感じた。
バサッ
耳元で何かが羽ばたくような音が聞こえた気がした。
意識が核に向いていたので、それが何なのか確認するのが遅れた。
「え?」
目を開いてまっすぐに前を向いた私は、目の前にあるはずの神聖石が巨大な光る鳥の姿をしている光景を目にして、呆然とすることしかできなかった。
それと同時に何かが腑に落ちたように心が凪いでいくのも感じ取った。
すべての音と景色が消えたように、目の前の黄金の鳥と私だけの世界がそこにあって、私はしばらく黄金の鳥を見上げることになった。




