大聖人との約束
「ジーン様」
私の声に扉に手を伸ばしていたジーン様が振り返った。
視線が合ったことでなんとか間に合ったという安心感が広がる。それと同時に近くに青い顔をして立っている補佐聖女のエメラとティナがいることに気が付いた。彼女たちの目の前には巨漢の男性が腕を組んで立っている。見るからに聖人の服を着ているけれど、聖人というより傭兵のような体格をしている。
彼に見覚えがある。補佐聖人のサイガ=ニケル様だ。
サイガ様の前で2人の補佐聖女が説教を受けているような構図だ。
話しかけなくてもなんとなくどんな状況なのか予想できてしまった。
たぶん2人の補佐聖女も神聖石の部屋に入りたいと考えていたのだろう。部屋の前にいればジーン様に会えて一緒に部屋に入れると思ったようだけれど、おそらくサイガ様が一緒にいて彼女たちを止めた。
坊主頭で体格がよくて迫力のあるサイガ様はそこに立っているだけで圧力になる。
ジーン様に頼む前に委縮してしまったようだ。
確認することなく私はジーン様に近づいた。
「ジーン様。セシリアが一緒に部屋に入りたいそうです」
先頭にいたロンデル様が私より先に口を開いて説明してくれた。
ジーン様は振り返ると私を見て驚いた顔を一瞬したけれど、すぐに穏やかな笑みを浮かべてくれた。私の事情を知っているからこそ、ロンデル様の申し出をすぐに理解してくれたのだ。
「よいのですか?」
一体何の確認だろう。質問の意図がわからなくて首を傾げながらも、私は一刻を争う状況に確認が必要だとは思えなかった。
「今は神聖石の保護が最優先だと思います」
私の答えにジーン様は納得した様子がなくて、小さく首を横に振った。
「あなたがこれからやろうとしていることは、今後のあなたの立場を大きく変えることにあります。その意味と覚悟を持っていますか?」
「あっ・・・」
何を言いたいのかわかって、私は言葉を詰まらせた。
この先部屋に入れば神聖石の保護をすることになる。そのためにここに来たのだけれど、神聖石の保護ができるほどの力を持っている聖女だとわかれば、大聖女にと声を上げてくる人はきっといる。それに私は大聖女ソフィアの後継でもあった。そのことを知られたら、もう後戻りはできなくなる。ジーン様はずっと先のことを考えて私に質問してくれていたのだ。
神聖石の事しか考えていなかったので、今問われるとすぐに答えが出せなかった。
皇太子殿下の前では覚悟したつもりだったのに、大聖女と同じ立場になる大聖人様の前ではまだ心が揺らいでしまっていた。
私の覚悟はまだ弱いということなのだろう。
「この先のことを考えるためには、今の状況を打開しなくてはいけないと思います」
言葉が出てこない私ではなく、後ろに立っていたカイル様が声を上げた。
「確かに先のことを考える必要はあります。ですが、今はなによりも神聖石を護ることが最優先だと思います」
それに、とカイル様がさらに続けていく。
「皇太子殿下を含めた皇家は全面的にセシリアの味方になることを決めています」
皇太子殿下には会ったけれど、皇家全体が私の事情を知っていて私が大聖女になることを認めてくれている。皇太子殿下で留められていると思っていたら、皇帝陛下にまですでに話はいっていたようだ。
そこまで大きなことになっているとは思っていなかったけれど、今はとても心強いと思ってしまった。
この先のことを考えたら二の足を踏んでしまう気持ちは確かにある。ただ、今は目の前の神聖石を護ることが大事なことだ。その先がどうであれ、私には支えてくれる人たちがいることだけは忘れてはいけない。
「私の立場が変わることはわかっています。でも、私は1人ではないようです」
自然と言葉が出た。振り返るとカイル様の優しい眼差しが私に注がれていた。彼自身も私の味方でいてくれようとしている。ここでやっぱりやめますなんて言う心はどこにもなかった。
「一緒に部屋に行かせてください」
ジーン様に視線を戻せば、今度こそ納得したように穏やかな笑みを見せてくれた。
「この先に大聖女リリスがいるはずですが、おそらく何も改善されていないでしょう。あなたの力が頼りになるはずです。私もできるだけのことはするつもりですが、何せこの年で体力もあまりない状況。おそらくセシリアを頼る形になってしまうでしょう」
最初からジーン様はご自身の体のことを考えて、神聖石の保護が最後までできるのかどうか不安はあったのかもしれない。私の申し出に安堵しながらも、私の覚悟が本物であるかどうかを確かめてくれていた。
とても優しい大聖人様である。
ジーン様が私の額に手を伸ばしてきた。そっと指が額に触れて離れると、納得したように頷く。
「許可を与えました。これで神聖石の部屋に入れますよ」
意外にあっさりとした許可だと思いながら額に触れてみるけれど、特に変わったことはない。ジーン様が許可を出してくれたと言ってくれたので、扉を潜ることはきっとできるのだろう。
「ロンデルと、そちらの護衛騎士も一緒に入りなさい。先に入っている大聖女リリスの対応も必要になるかもしれない」
2人の額にも触れて扉を示した。
「ありがとうございます」
カイル様は入る気満々でいたようで、驚くこともなく淡々と私を促して部屋に入ろうとする。
ロンデル様が先を歩いて扉に手を触れた。
「中の状況がわかりません。どんな状況であろうと、神聖石の保護を優先してください」
結界が壊れたり歪んでいる状況は神聖石が影響しているからなのは間違いないけれど、部屋の中がどんな状況になっているかはわからない。私がしなくてはいけないことはとにかく神聖石の保護だ。それ以外はロンデル様とカイル様に任せるしかない。
「わかりました」
覚悟を決めて返事をするとロンデル様が扉をゆっくりと押し開けた。
そこに広がっていた光景に、私はため息を漏らしつつ、荒れた神聖力の渦の中に一歩を踏み入れることとなった。




