神聖石
「なんで・・・どうして」
神聖力を流しているのに、目の前の神聖石が自分の力を受け入れているような気がしない。
力の流れを感じない。それに神聖石の力も感じられなかった。
「何がどうなっているのよ」
わけがわからない。わたくしは大聖女なのだから、大聖女の力を受け取らないと神聖石の力は維持されない。
神聖石が本来持っている力だけが削がれていって、このままでは神聖石が弱って壊れてしまう。
今までこんなことはなかったのに、今になってどうしてなのか反応がなくなってしまった。
まるで神聖石に意志があって、わたくしの力を拒絶しているかのようである。
「大聖女のわたくしを受け入れないなんて、そんなこと許されるわけがないでしょう」
叫んでみても部屋には誰もいないから反応してくれる人はいない。
「このままでは帝都が魔物に侵食されて崩壊してしまうわ」
奥歯を噛みしめて足を踏み鳴らしてみたけれど、まったく反応がない。
神聖石の目の前にいれば魔物が帝都に入ってきてもここだけは安全だろう。でも、力を失ってしまったら、ここにもいつか魔物が来るかもしれない。
とにかく安全を確保しなくてはいけない。このまま魔物の餌食になるのはごめんだ。
せっかく大聖女になったというのに、神殿の頂点にいるはずのわたくしが危険に晒されるなんてありえない。
もう一度神聖力を流してみたけれど、やはり神聖石に反応がない。
「ここを出た方がいいわね」
このまま神聖石が壊れてしまったら、側にいたわたくしが責任を取らされることは間違いない。そうなる前に大聖人様を交代した方がいいだろう。そして、わたくしはもっと安全な場所を探して移動してしまおう。
そう思って部屋から出ようと一歩足を引いた時、部屋の扉が開く気配がした。
誰かが入って来たようだ。ここに入れるのは大聖女と大聖人だけ。許可があれば他の聖女や聖人も入れるけれど、わたくしは補佐達の誰も入る許可を出さなかった。
きっと大聖人様が入ってきたのだろうと思って振り返ると、そこには予想と違う人物が入ってくるところだった。
大聖人様が来たのなら大聖人様に神聖石の保護を丸投げしようと思っていた。わたくしの力が尽きたとでも言えば変わってくれるはずだ。
この危機的状況でわたくしの言葉を疑っている暇はないはず。
そう思って期待したのに、目の前には眼鏡をかけた補佐聖人ロンデルと朝方わたくしの補佐を辞めたセシリアがいた。そして後ろには2人を護るようにカイル様が付き従って入ってくる。
あの方はわたくしの護衛騎士のはずなのに、どうして2人と一緒にいるのだろう。
無性に腹立たしさを感じる。
「何しに入ってきたのよ。ここはあなたたちが入ってきていい場所ではないわ」
咄嗟に叫んでいた。でも、3人は動じることなく部屋に入ってくると、わたくしのことなど気にしていないのか、ロンデルがセシリアに何か話しかけている。
なんて態度だ。大聖女であるわたくしを無視するなんて、事が落ち着いたら補佐だけじゃなく神殿から追い出してやるわ。
「かなり危険な状態ですね」
わたくしを無視してロンデルが神聖石を見上げている。
「そうですね。詳しく調べないといけませんが、放っておくことはできません」
セシリアも神聖石を静かに見つめて呟いた。
彼女の力が強いことは知っている。だからこそ補佐として昇格させたのだ。彼女の力があれば仕事を押しつけても難なくこなせるだろうと踏んだのだ。
それに神殿に来てまだ2年しか経っていなかったので、いろいろとこき使っても文句が言える立場でもない。利用しがいがあるから補佐にしたけれど、やはり見ただけで神聖石の状況を見抜けるほどの実力があったようだ。
さすがだと思ってしまう自分に悔しさが込み上げる。わたくしにも力があればこれくらいすぐに対応できるのに。
「まず、詳しい状況を調べます。その後どれだけの保護ができるのか試さないといけません。ジーン様の力も借りないといけないと思います」
セシリアが数歩前に出ると、やっとわたくしに気が付いたように視線が合った。
「リリス様。神聖石の保護はどこまでしましたか?」
「なにを偉そうに」
無意識に言葉が漏れていた。
セシリアはわたくしをいないことのように扱っていた。神聖石の保護をすると言ってもわたくしではなく大聖人の力を借りるつもりでいる。
なんて生意気なのだろう。この部屋に入ってこれたのも大聖人の許可をもらったからだろう。
「わたくしの力で保護していたところよ。もう力が付きそうだったから大聖人様に代わっていただこうと思っていたのよ。あなたが保護できるというのなら、やってみればいいわ」
力があるとはいえ神聖石が受け付けなければ意味がない。わたくしのように苦しめばいいんだわ。彼女の質問になんて答える義理もない。
それよりも今は部屋を出てもっと安全な場所を探さなくてはいけない。
大聖人にすべての責任を押し付けるつもりだったけれど、ここはセシリアに押し付けてしまおう。大聖人ジーンも、部屋に入る許可を出したことで責められるだろうけど、わたくしの知ったことではない。
責任転嫁ができたと内心ほくそえんでいると、セシリアは質問を聞き返すこともなく、すぐにわたくしから視線を逸らして神聖石へと近づいていった。
少しだけ面白くない気分ではあるけれど、今は部屋を出ることだけを考えよう。
そう思いながら足早に扉へと向かっていると、扉の前にカイル様は立っていた。
彼は無言でわたくしを見つめてくる。
護衛騎士のカイル様ならわたくしの言うことを聞いてくれる。部屋から出たところで咎めたりしないだろう。
そう思ってどけるように指示しようとしたところで、急に手首を掴まれた。
がっちりと力強く掴まれて、ドキッとしたけれどカイル様の顔を見た瞬間、血の気が引くのを感じた。
「どこに行く」
そこには怒りを含んだ視線がわたくしを射抜いていた。息を飲みこんで呼吸をすることを忘れてしまった。
「この状況を放っておいて逃げようとは、大聖女としての資格はお前にはないようだな」
完全に見下されている言葉だけれど、言い返せる気がしなかった。それほどまでにカイル様の怒りがわたくしに伝わってきていた。
その時のわたくしは直感で逃げられないとわかった。それと同時にすべてが終わったのだと思った。




