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崩壊

激しい音が耳に飛び込んできて、私は驚きで立ち上がって辺りを見回してしまった。

音は一か所だけではなく別々の方向から間隔をあけることなく聞こえてきた。

何かが壊れるような激しい音に耳を塞ぎたくなったけれど、それよりも何が起きたのか確認しなければという気持ちの方が勝ったことを自分で褒めてあげたい。

「どうした?」

突然立ち上がったことで皇太子殿下が不思議そうに首を傾げていた。

先ほどの破壊音が聞こえていなかったような態度だ。

隣のイリアナ先輩に目を向けてみたら、両手で耳を塞いでいた。まっすぐ前を向いて毅然としているように見えるけれど、顔色が良くない。

護衛騎士の2人は周囲を警戒するように緊張感が漂っている。

その様子に皇太子殿下だけが気が付かなくて他の人たちは反応がそれぞれ違うけれど、何かが起こったことだけはわかっているのが確認できた。

それだけである予想が立てられた。

「今、帝都を護る結界に何かが起こったようです」

私の言葉にユリウス殿下の顔色が変わった。

「どういうことだ」

真剣な声は私の言葉を疑っていない。皇太子殿下は神聖力を持っていないため気付くことができなかったけれど、イリアナ先輩は聖女として働けるだけの力がある。殿下の護衛騎士は聖騎士なので神聖力を少しは持っていたから気が付けたようだ。

激しい音は上空から聞こえてきた。そして、神聖力を持った者だけが反応したことを考えると、帝都を包み込んでいる結界に異変が起きたことは想像できることだった。

ただ、こんな状況はあってはいけないことでもある。

「詳しいことはわかりませんが、一か所ではないようです」

私が説明するよりも先にイリアナ先輩が青い顔で口を開いた。

「結界全体が壊れたわけではないようです。数か所に穴が開いたような壊れ方をしたと思います」

私がさらに続けると、殿下が緊張した真剣な表情に変わった。

実際に見たわけではない。結界が壊れる瞬間をただ感じ取ったのだ。

神聖力さえ持っていれば、詳しいことはわからなくても誰もが気付けるほどの衝撃があった。

今頃神殿は大騒ぎになっているはずだ。

「詳しいことは神殿に聞かなければわからないか」

殿下はこの後の行動を考えているようで、独り言のように言葉を漏らしていく。

「結界が破壊されたのなら、魔物が侵入している可能性もあるな。すぐに帝都全体に避難勧告を出すべきだろう」

「全体の避難となりますと、混乱が生じます。結界が壊れた場所を中心に順次避難させるべきかと」

聖騎士のライズ様がユリウス殿下の後ろに立って助言する。

「だが、どこが壊れたのか詳しい場所を把握していない。まずはそこを確かめないと」

「南門近くに一か所。西側の神殿に近い場所に一か所。北側の上空に一か所あります」

ユリウス殿下が悩むように呟いたのを聞いて、私は立っていたことを思い出して冷静になるためにゆっくり椅子に座りながら口を開いた。

「他にも完全に壊れたわけではありませんが、亀裂が生じたと思われる場所が4か所。あとは結界全体に歪みが生じているような気がします。亀裂の場所が壊れたら、それこそ結界全体が崩壊する可能性も考えられます」

空を見上げると、帝都を包み込むようにドーム状になっている結界が、はっきりとそうだとはわからない程度に歪んでいるのが感じられた。この歪みは第3都市で経験したのと似ている。第3都市は一時的に歪んでは戻ってしまうという気が付くことが難しい状況だったけれど、帝都の結界は歪んだままだ。

「そこまでわかるのか」

驚いたように言ってきたのはカイル様だった。

大聖女の後継として私の力を間近で見てきたカイル様でも驚くのだから、他の人たちも言葉にはしなくても驚きを隠さずに私を見ていた。

「私の言葉を信じてくださるのなら、西側は神殿に避難させるべきでしょう。神殿自体が神聖石を所有していますので、緊急時には独自の結界を張ることが可能です。北側は上空なので空から侵入できる魔物にさえ注意すれば急ぐことはないと思います。それよりも南側が一番危険です。ほとんどが平民の居住地と商業街になりますから、魔物が侵入してくると混乱が避けられません」

貴族が住んでいる区域は屋敷1つが大きく敷地も広いため、住んでいる人口密度は濃くない。それに比べて平民の区域は家がひしめき合っていたり、商売をする場所が住居兼務の場所も多い。人口密度は貴族の比ではない。あんな場所に魔物が侵入したら被害はより大きくなるだろう。

一気に説明するとユリウス殿下が驚いたように固まっている。

一気に言い過ぎたかと思って、もう一度説明しようと口を開いた時、殿下の表情がわかった。

覚悟を決めたような表情に、私の言葉を信じてくれたのだとわかった。

「すぐに非難を開始してくれ。神殿はすでに気付いているはずだから、結界の準備をしているだろう。神殿に近い住民はそちらに避難させる。それ以外で身を護れない者たちは城で受け入れる」

城は建物以外にも庭などで敷地が広い。壁に囲われていて敷地内を見ることはできないが、相当の人数を受け入れる面積はありそうだ。

「城にも神聖石はある。緊急時に結界を張るために用意されているから、すぐに準備をしよう」

皇帝陛下が住んでいる場所だ。万全の体制を常に整えている。

帝都を護るほどの神聖石ではなくても、城全体を護れる神聖石なら避難してきた人たちも安心できる。ただ、問題もある。

「結界の張るには聖女か聖人が必要です。神殿に要請するにしても時間がかかるかもしれません」

神聖石の力を借りて結界を張るやり方は聖女になった時に教えられる。やり方は教わっていても、実際に結界を張ったことがある者はほとんどいないはずだ。技術と神聖力の強さが必要になるためだ。そのため、結界の張り方は教えているけれど、それ以外の神聖石が結界を保つための神聖石の保護の仕方を中心に経験を積んでいくことになる。新しい神聖石が発見されると、そこに村や町を作り事になった時、初めて結界を作る経験ができる。私もまだ新しい神聖石で結界を張ったことがない。

ここで結界を張りますと胸を張って言えればよかったのかもしれないけれど、誰か経験のある人が一緒の方が絶対にいい。

「それなら心配ない。城には常に聖女や聖人が常駐している。それも神聖力がそれなりに強い者を神殿から派遣してもらっている。彼らならすぐに結界を張れるだろう」

私が出張る必要は何もなかったらしい。

「それよりも君には急ぎ神殿に戻ってもらいたい。何しろ、帝都の結界は神殿にある神聖石で形成されているから」

帝都を囲う結界は帝都の中心である城ではなく、神殿に保管されている。そこで結界を作り出しているため、結界に異変が起きているなら、神殿の神聖石を確認しなければいけない。

「ここのことは心配しなくてもいいわ。私もここでできることをするつもりよ」

イリアナ先輩は城に残って聖女として動いてくれるらしい。結界を張るための手伝いをするか、もしも魔物が侵入してきて怪我人でも出た場合は治療を担当してくれるようだ。

心強い言葉に私は頷いて立ち上がった。すぐにでも神殿に戻って状況を確認しなくてはいけない。

ただ、私はただの聖女になってしまったので神聖石が保管されている部屋には入れない。あそこは大聖女か大聖人以外は基本入れない。どちらかの許可をもらわないと補佐であっても入れないようになっている。

さっき補佐聖女を辞めてしまったので、余計に入る資格を失ってしまったけれど、それでも入れる可能性がないわけではない。

リリス様ではきっと入る許可はもらえない。それなら、私の事情を知っている大聖人様に会えれば、許可をもらえる可能性は十分にある。

大聖女の後継者として力があることを知っているのだから、大聖人様もこの緊急時に許可はくれるだろう。

そう思ってすぐにでも神殿に向かおうとすると、ユリウス殿下に声を掛けられた。

「1人で行くのは危険だ。魔物が侵入してくる可能性もあるからカイルを護衛役として同行させよう」

「ですが、殿下やイリアナ先輩の護衛騎士が必要ではありませんか」

城の中にいるとはいえ、危険がないとは限らない。皇太子殿下と将来の皇太子妃だ。護衛騎士を1人私の貸し出していいのだろうか。

「城の中には他にも騎士はいる。それよりも未来の大聖女を危険に晒すわけにはいかないだろう」

完全に私を大聖女として扱っているような口ぶりにイリアナ先輩を見れば、やはりすべてを承知していたようで、にこやかに頷いた。

帝都の危機に大聖女になるかどうかは後回しだと思っていたけれど、どうやらここは覚悟を決めなければいけない時が来たのかもしれない。

私に猶予はもうなかったようだ。

目を閉じて息を吸い込むと、ゆっくりと目を開けながら息も吐きだす。

肺が空っぽになるまで吐き出してから呼吸を整えて、私はまっすぐにユリウス殿下を見た。

「まだ大聖女ではありませんが、皇太子殿下の期待に応えられるように精一杯務めさせていただきます」

大聖女になりますと宣言するわけではないけれど、私の心が決まったことは伝わったはずだ。

「頼む」

短く言うとユリウス殿下はイリアナ先輩をエスコートしながら城へと戻っていく。

私はその姿を見てから、その場に残ったカイル様に声を掛けた。

「急いで神殿に戻ります。まずは大聖人様と会わなくてはいけません。神聖石の部屋に入れる許可が下りたら、私は神聖石の保護をします」

「神殿までは避難者もいるだろうから人が多いだろう。馬を使うことができないからできるだけ最短で行けるようにしよう」

カイル様がそっと手を差し出した。こんな時でもエスコートしようとしてくれる。そのことになんだかほっとしてしまった。もしかすると私の緊張をほぐそうと敢えてしてくれているのかもしれない。

心の中で感謝しながら手を重ねると、カイル様に導かれるように歩き出した。


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