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覚悟のお茶会

目の前に出された紅茶は、香りからしてどこにでもありそうな紅茶のように思えたけれど、一口飲んで全く違うことにやっぱり皇族が口にする物は違うんだと実感するしかなかった。

私も貴族の端くれで育ったけれど、男爵領の小さな村育ちではこんなおいしい紅茶を口にすることなんてなかった。家族みんなで村の領民たちと同じ食事に飲み物を口にするのが当たり前だったことを思い出す。

帝都に来てからこんなおいしい食べ物があったのかと思い知らされることが何度かあったけれど、その食事も馴染んでしまうと、ここで出された紅茶はさらに上を行くのだとわかる。

だからといって男爵領で食べていた物に恥ずかしさは感じない。それが当たり前で、生きていくうえで必要な食事だったのだから、恥ずかしいと思うことなんて何一つないとわかっている。

ただ、こんなおいしい物を口にできる人がいることが少しだけ羨ましいなと思ってしまうことは仕方がない。

「イリアナから君の話は時々聞いていたんだよ」

紅茶で目の前の事から現実逃避していた私だけれど、飲んでいた紅茶のカップが高価な物だろうということに思い至って、落としでもしたら大変だと思ってそっとテーブルに置いていると、ユリウス殿下がにこやかに話しかけてきた。

「私の話をですか?」

「初めての教育係だったけれど、優秀な後輩が当たったようで教えることがほとんどないとね」

「基本的なことはすべて習得していましたよ。他の仕事も一度教えたら自分ですぐにできるようになってしまうし、私よりも神聖力があるので、私以上の仕事ぶりを発揮してくれることもありました」

殿下の隣に座っているイリアナ先輩が嬉しそうに話すと、なんだか恥ずかしくなってしまう。

聖女になりたての時は必ず先輩聖女が教育係として付くことになる。私の場合は半年間だけだったけれど、先輩の判断で私は早めに他の聖女達と一緒に仕事をすることがあった。他の聖女達も1人で大丈夫だろうと判断されると、少しずつ仕事をもらえるようになる。

リリス様の目に留まるまで私も仕事を与えてもらえていたけれど、その間も時々イリアナ先輩は声を掛けてくれて困っていることがないかと尋ねてくれていた。

優しい先輩に当たってよかったと思っていたのは私の方だと思っている。だけど、補佐聖女になってからは関わることがなくなってしまっていた。イリアナ先輩がリリス様と距離を置いていたことも要因だと思っていたから、仕方がないことだったけれど、今回補佐聖女を辞めたことでお茶に誘いやすかったはずだ。

「魔物討伐が行われた時も、随分と駆けずり回っていたことを知っていますよ」

半年前に帝都の近くに発生していた魔物の群を騎士団が討伐することがあった。怪我人が多く出る可能性を考慮して神殿が全面的にサポートすることになっていた。

それほど強い魔物は多くなかったと聞いていたけれど、あまりの数に予想通りの怪我人が担ぎ込まれて神殿内は騒然としたことを覚えている。

あの時に怪我を隠したカイル様を見つけて治療したのが、彼との初めての接触だった。それ以降気にかけてくれているけれど、カイル様はリリス様のお気に入りなので下手に接触して睨まれるのを避けていた。

そうでなくても仕事で執務室にいることがあまりなかったから、カイル様とまともに会話をしたのも第3都市に同行することになった時だ。

そんなことを考えていたら自然とカイル様に視線が向いてしまった。

すると向こうも私を見ていたのかばっちりと目が合った。もしかするとカイル様も魔物討伐の時私に治療されたことを思い出していたのかもしれない。

あの時イリアナ先輩は参加していなかったから、私の仕事ぶりは誰かから聞いたのだろう。

「あなたの仕事ぶりは私にとって誇りになるわ」

たまたま後輩として付いただけだったけれど、先輩が喜んでくれるのは正直嬉しい。一生懸命仕事をしてきてよかったと思える。

「強い神聖力に、積極的な仕事ぶり。現在の大聖女と比較してはいけないくらい立派な聖女ということだな」

皇太子殿下の言葉に私はもう一口飲もうと思ってカップに伸ばした手が止まった。

顔を上げると殿下が口元に笑みを浮かべているのに、目が真剣に私を見ているのがわかった。

大聖女ソフィアの後継者として私に名乗り上げてほしいと、無言ではあったけれど言葉が聞こえてくるようだ。

「大聖女リリスが聞いたら怒るでしょうね」

イリアナ先輩は気にした様子もなく言う。仕事をあまりしていないリリス様のことをよく理解していて、私の事情もきっと分かっているから余裕のある態度でいるような気がした。

イリアナ先輩は私に強制するようなことを何も言ってこない。皇太子殿下は遠回しに私を大聖女にしたいのだと訴えている。

私はいったいどうしたいのだろう。

そんな疑問が浮かんでくるけれど、はっきりとした答えがまだ言葉にできない。

補佐聖女は辞めてきた。だからといって大聖女を名乗りたいと思っているわけでもない。

今はリリス様の元から離れたことに安心していて、この先のことをまだ思い描けていないというのが実情だった。

ユリウス殿下は私を見つめてくるけれど、私は何も答えられず視線を逸らしてしまった。

不敬になるだろうかと後から不安に思って周囲を見てみると、誰も私を責めるような顔をしていなかった。イリアナ先輩は優雅にお茶を飲んでいる。2人の騎士は会話に参加しないように静かに佇んでいるだけ。

帝都に戻ってきてそれほど時間が経っていない。もう少し時間が欲しいというのが正直な気持ちだ。

「どうやら困らせてしまったようだね。この話はやめておこう」

私が無言になったことで殿下が話を切り上げてくれた。

「そういえば、第3都市に行ったのは初めてだったわね。私も実は行ったことがなかったの。どんなところだったのか話を聞きたいわ」

イリアナ先輩が思い出したように話題を変えた。

都市間の移動は整備された道があるので護りさえしっかりしていれば誰でも行き来できる。イリアナ先輩も他の都市に行った経験があったけれど、第3都市はまだ行ったことがなかったようだ。

「あそこは花の都市と呼ばれているでしょう。花を産業にしている都市なら、いろいろな花で溢れていたのかしら」

噂を聞いていろいろと想像していたようだ。でも、申し訳ないけれど私は都市をゆっくり散策している暇がなかった。すぐに神殿に向かって神聖石の保護をしたし、帰りに少しだけ買い物をさせてもらっただけで、観光らしい観光は何もしなかった。

そのことを話すと、イリアナ様は残念そうにする。

「せっかく行けたのに、観光もできないなんて第3都市の良さを何も知らずに帰ってきたのね」

「でも、お土産は買えました」

花の都市である第3都市ではバラの香水が今人気だと聞いていた。帝都に流通はしているけれど数は少なく値段もそれなりにするので買おうとは思わなかった。

でも、本場の都市で香水を買おうとすると品ぞろえの良さと値段の圧倒的な安さに驚いたことを思い出す。

カリナに買って行ってあげようと思っていたけれど、結局自分の分まで買ってしまった。そして、いつ会えるかわからないと思いながらも先輩の分も買っていたのだ。

実はそれを持ってきていた。行きの馬車では自分の恰好に場違いではないかと慌ててしまって渡すチャンスを逃してしまったけれど、今なら渡せる。

「イリアナ先輩に似合いそうなものを選んでみたんですが、気に入ってもらえると嬉しいです」

持ってきていた小さなカバンから香水の瓶を取り出して差し出す。

「まぁ、私のことを考えて買ってくれたの。ありがとう」

嬉しそうに受け取ったイリアナ先輩が香水を掲げるようにして持ち上げる。

「セシリアからのプレゼントだなんて、大切に使わせてもらうわ」

「そういったものは普通男性から女性に贈るものだと思うが、お土産に香水とは大胆だな」

ユリウス殿下が呆れたように言ったけれど、何が大胆なのか私にはわからなくて首を傾げた。

大量に売られていて安価だったのだからお土産にしてもいいと思う。

男性から女性に贈らなければいけないという話はお店の人もしていなかったし、問題はどこにもないはずだ。

「よいではありませんか。せっかく買ってきてくれたのですよ。もしかしてユリウスの嫉妬かしら」

「嫉妬?」

どこに嫉妬する要因があったのかわからない。

「男性から女性に香水やドレス、アクセサリーといった身に着ける物を贈る時は、自分の選んだもので相手を染めたいという意味合いがあるのよ。だからドレスやアクセサリーは瞳や髪の色と同じものを贈ることが定番なの」

私からイリアナ先輩に香水を贈ったことで、私の選んだものにイリアナ先輩を染めたいという意味だと思ったらしい。私にそんな感情は一切ない。

「大丈夫よ。ユリウスもちゃんとわかったうえで発言しているだけだから」

つまり、私は揶揄われたのだろうか。

そう思うけれど、ユリウス殿下はどこか拗ねたような表情をしているような気がした。

「第3都市の神殿は帝都と変わっているところはあったかしら?」

先輩は話の続きをする。都市のことはわからなくても神殿なら話せると思って話題を振ってくれたように思う。

「特に大きく変わるところはありませんでした。聖女の代表は前に帝都の神殿に居たそうです」

大聖女ソフィアが存命だった時に補佐聖女をしていた人だった。だからこそ私の事情を見抜くことができたともいえる。

「それなら、向こうでは帝都の話ばかりしていたのでしょうね」

「それほどゆっくりとお話ができたわけではありません。でも、大聖女ソフィア様の話を聞けましたし、私にとっては有意義な時間でした」

本当はソフィア様の補佐をしたかった。その気持ちは今でも心の奥にある。

追いかけていた目標を失ってしまって、今度は自分が大聖女になるかもしれない立場にいる。

不思議な巡りだなと思う。ソフィア様は私が帝都に来ることを待っていたはず。もう一度再会できたら、後継者として育てるつもりでいたのだろう。

何も知らない私はソフィア様の言うとおりに後継者として力をつけていた可能性がある。

そうなっていれば今のように迷うことはなかったはず。

今は大聖女リリス様が存在しているから、大聖女は私だと名乗ることをしたいと思っていなかった。でも、周囲は今の大聖女を引きずりおろしたいと画策している。

大聖女の座が空いた時、今度こそ私はそこに座らなくてはいけなくなるような気がした。

そんなことを考えてはっとする。

せっかくイリアナ先輩が話題を変えてくれたのに、再び大聖女のことを考えていた。

このお茶会はゆっくりとした時間を過ごしながら他愛ない話をして楽しむ場所にはならないようだ。

内心苦笑して私は空を見上げた。

どこかで覚悟を決めなければいけないのだろう。それが早いか遅いかだけで、辿り着く先は一緒のような気がする。

「どうかしたの?」

空を見上げているとイリアナ先輩が不思議そうに声を掛けてきた。

「なんでもありません」

急に黙ってしまったことを心配されたようだ。笑顔で答えて話を戻そうとした時、私は大きな破裂音に耳を塞ぎたくなった。

それはこの後の最悪な展開への一歩となる音だったことをその瞬間は気が付くとことができなかった。


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