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皇太子殿下

揺れる馬車の中、侯爵家の馬車は乗り心地がいいなと思いながらも、目の前のイリアナ先輩のドレス姿に自分が場違いだと何度も後悔することになった。

皇太子殿下と会うのだから、当然婚約者であるイリアナ先輩もそれなりの恰好に着替えるのは当たり前だ。そのことに神殿で会った時には考えが及ばなかった。同じ聖女の制服で行くと勘違いしたせいで、今私は非常に落ち着かない気持ちになっていた。

イリアナ先輩は落ち着いた雰囲気のドレスを身に着けている。どこから見ても立派な侯爵令嬢にしか見えない。

そこに一介の聖女がついて行くのは周囲から見てバランスが良くないように思えた。

付いてくるべきじゃなかったと後悔しながらも、断ればイリアナ先輩を傷つけることになっていたと考えて、結局ついて行くことになっていたと結論が出てしまう。

馬車の中で何度同じことを考えたかわからない。

ため息が出そうになるけれど、イリアナ先輩の前で嫌そうな態度を取ることもできず、私は笑顔が引きつらないように努力することに神経を注ぐことにした。

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」

私が緊張していると思ったらしく励ますように言ってくれる。これは緊張ではなく後悔の渦に沈まないように努力しているだけです。

そのことを口にすることもできなくて、私はとりあえず頷いておくことにした。

窓の外を見るといつもは遠くに見えている城がだんだん近づいているのがわかった。

帝都の中心に聳え立つ城はどこにいても見える。ただ、あまり近くで見たことがないので、近づけば近づくほど、こんなに大きかったのかと思ってしまった。

城に行けば皇太子殿下が待っている。きっとイリアナ先輩の後輩としてではなく大聖女ソフィアの後継として見てくるだろう。

そう考えた時、イリアナ先輩がなぜ今皇太子殿下に私を紹介しようとしたのか疑問が浮かんだ。

教育係としてイリアナ先輩の下に着いたのは半年。リリス様の目に留まって補佐聖女に昇格することで教育係を離れてしまった。それと同時に皇太子妃教育も本格化して神殿に来ることが少なくなった。

あまり顔を合わせることができなくなっていたのに、今になって急に皇太子殿下に紹介するというのは、タイミングが良すぎる気がした。

まるで、私が大聖女の後継だと知っているかのようだ。

もしかすると知っているのではないだろうか。

「イリアナ先輩」

「なにかしら?」

先輩の名前を呼んでしまったけれど、私はそれ以上言葉が出なくて首を横に振った。

「なんでもありません」

追求してはいけないような気がしたのだ。もし、すべてを知っていてさり気なく私と皇太子殿下を合わせるつもりなら、ここで私が気付いたことを指摘しない方がいいと思った。

黙ってこのまま皇太子殿下に会った方がいい。ただのお茶会のようになっているけれど、きっと緊張した話題が持ち上がることだろう。今はただ馬車に揺られて気持ちを落ち着けていた方が自分のためのような気がした。

「ほら、もう着いたわよ」

話をしている間に城に到着したようだった。馬車がゆっくりと速度を落としてやがて止まる。

外から扉が開けられて、イリアナ先輩が先に降りて行った。

それに続いて馬車から顔を出すと、こちらに手を差し出しているカイル様がいた。

「え、カイル様?」

午前中に会ったばかりだ。私が城に行くことは伝えていなかったけれど、イリアナ先輩が皇太子殿下とお茶をすることを知っていて迎えに来たのかもしれない。でも、私に手を差し出していることが不思議だった。エスコートすべきは先輩のはずなのに。

そう思っていると、先に降りたイリアナ先輩が別の騎士に手を取られて先を歩いているのが視界に入った。見たことのある騎士だ。

「手を」

イリアナ先輩の姿を追っていると、カイル様が声を掛けてきた。どうやら私のエスコートをしてくれるようだ。ただ、私は一介の聖女なのに、エスコートをしてもらっていいのだろうか。

「君はセンテル侯爵令嬢が連れてきた客人だ。気にせずエスコートされていればいい。それに城に来ることはほとんどないだろう。誰か側にいたほうが心強いと思うぞ」

私の心を読んだようにカイル様に言われては手を取るしかない。確かに城に来たのは始めてなのだ。しかもこれから皇太子殿下に会うことになる。そんな時に知っている人が側にいてくれると心に余裕ができるだろう。

「ありがとうございます」

私の不安を先に考えて行動してくれたことに感謝だ。

手を借りて馬車を降りると、先に降りていたイリアナ先輩を呼ぶ声が聞こえた。

視線を向けると先輩に向かって笑顔を向けている男性が立っていた。

「あら、殿下。わざわざ迎えに来てくださったのですか?」

「今日は特別な客もいるというからね。最初に挨拶をしておいた方がいいと思ったんだ」

明らかにそこだけ雰囲気が違うのがわかる。煌びやかというか荘厳というか、それほど私と年も変わらないように見える青年だけれど、威厳のようなものを纏っているのがわかった。それが皇族だからなのかと思うと、一気に緊張してしまった。

そこにいたのは見ることがあったとしても遠くからしか見たことのない帝国の星。皇太子殿下が笑顔でイリアナ先輩の手を取っていた。そっと手の甲にキスを落として挨拶をしている。

イリアナ先輩が隣に立つと、なんて絵になる2人なんだろうと思ってしまう。これが皇族の品なのかもしれない。

挨拶を終えた皇太子殿下が私に視線を向けた瞬間、背筋が伸びるような緊張感が押し寄せてきた。貴族の中でも下っ端の男爵家が皇家の人間と接触する機会なんてあるわけがない。一生視線が合うこともないと思っていた相手が私をじっと見ている。

まずは挨拶をしなければと思ったけれど、身体が思うように動いてくれなかった。

物凄くぎこちない動きになっていることを理解しながら、私は何とか口を開いた。

「皇太子殿下にご挨拶申し上げます。ローズネル男爵家が長女セシリア=ローズネルです」

聖女となったことで神殿の所属となり、聖女としてあいさつすることが普通なのは知っている。ただ、皇太子殿下に挨拶をするときは爵位をはっきりさせておくことが必要になるため男爵家のセシリアとして挨拶をした。

そうすることで皇族はたとえ聖女だとしてもその後ろに誰が付いているのかをはっきり認識して対応してくる。下級貴族の聖女だとわかったら、簡単にあしらわれてしまうことも覚悟するしかない。

「よく来てくれたね聖女セシリア。君のことはカイルから話を聞いている」

柔らかい口調でできるだけ上からの物言いにならないように気を付けているような気がした。

「今日はイリアナから紹介したい聖女がいると聞いて、楽しみにしていたんだよ」

にこやかな笑顔を向けて来たけれど、皇太子殿下は私が大聖女の後継だと知ったうえで会うことを決めたのだと思っている。

確認はしていないけれど、ただの親切でここまで先輩が連れて来たとは思えていない。

「私の可愛い後輩よ。あまり虐めないでちょうだいね」

イリアナ先輩がどこまで知っているのかわからないけれど、近づいてきて私の肩に手を置いた。一応聖女の後輩として紹介しくれている。ここは一介の聖女として動いた方がいいだろう。

「ここにいつまでも立っていてはゆっくり話もできないだろう。今日は天気がいいからイリアナの気に入っている庭園に準備しておいた」

「嬉しいわ。あそこは静かでゆっくりお茶を飲むには最適なのよ」

他愛無い話をしてゆっくりとじた時間を過ごすならいい場所なのだろう。でも、これから私は皇太子殿下と会話という戦いをすることになるだろう。

覚悟をもってお茶をしなくてはいけない。

そう思いながら導かれるように城の中へと足を踏み入れることになった。


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