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変化

第3都市から戻ってきてから神殿に来ることがなかったせいか、久しぶりの神殿が懐かしく感じる。

セシリア達を送った時は中に入らなかったことも理由だろう。

俺は皇太子殿下の護衛騎士なので、基本的に城で勤務するが、大聖女の護衛騎士も命じられてから神殿にも足を運ぶことが多くなった。懐かしさを感じるのは神殿に馴染んでいた証拠なのかもしれない。

大聖女には会いたいわけではないけれど、幼馴染みのザックがいるし、セシリアと出会ったことで少しは神殿に好感が持てている。

とはいえ、今日は大聖女リリスに会うためにやって来た。定期的な顔合わせだ。第3都市の報告はセシリアがしているはずだから、俺はいつも通りにするだけだった。

殿下の命令でリリスの能力を調べるという仕事もあるので、あまり会いたくなくても様子を探るために接触は必要だ。

自分にそう言い聞かせて、ため息が出そうになるのを飲み込んでから神殿に入り口に向かうと、そこで見知った女性が見えた。

いつもは神殿内をあちこち動き回っていて会って話をすることはほとんどできないが、見かけることもあまりないセシリアが、荷物を抱えて神殿から出てくるところだった。

「セシ・・・」

声を掛けようとしたところで、セシリアが荷物を抱えたまま後ろを振り返った。

誰かに呼び止められたようだ。

奥から別の女性がセシリアに駆け寄ってくるのが見えた。見覚えのある聖女だ。

リリスの側にいつもいる補佐聖女の1人だ。

赤髪の聖女はたしか、ヒーリスと呼ばれていた。長い髪をうなじで簡単に縛っているが、その髪が走るたびに大きく揺れていることから急いでいるようだった。

セシリアは荷物を抱えたままその場に佇んで首を傾げている。呼び止められたことに疑問を持っているのが俺にも伝わってくる態度だ。

もう少し近づいてみると、ヒーリスがセシリアに追いついて話しかける声が聞こえてきた。

「あんた、後悔してないの?」

「何のことですか?」

「今なら間に合うわよ。私が口添えしてあげるからリリス様に謝罪しましょう」

早口に言ってセシリアの腕を掴んだ。

そのまま神殿内に引き返そうとしたが、セシリアはその場を動こうとしなかった。拒絶している態度ではなく、ただヒーリスの態度が不思議なようで立ち止まって引き返すつもりがないのがわかる。

「どうして私が謝罪をする必要があるのでしょう」

ヒーリスの行動に呆れているような声だった。

「私は自ら補佐聖女を辞めると言いましたが、それを撤回する意思もありません」

その言葉に俺は衝撃を受けた。今セシリアは補佐聖女を辞めたと言わなかったか。

一体何が起きたのだろう。

「自分の言ったことに後悔することになるわよ」

セシリアの腕を離したヒーリスが睨むようにして言うが、セシリアは気にしていない様子だ。

「補佐聖女としてできる仕事もありましたけど、普通の聖女になっても仕事はあります。どうぞ私のことは気にしないで補佐聖女としてリリス様を支えてあげてください」

セシリアの意思は固いようだ。静かな言葉に聞こえても強い覚悟があるのを感じた。

「私たちだけで補佐聖女の仕事をするなんて」

セシリアが戻ってこないことを理解したようで、ヒーリスの顔に焦りが浮かんだ。

今まで彼女に仕事を押し付けて自分達は好きなことだけをしてきたのだから、それができなくなることを想像したのだろう。もともと補佐聖女の仕事をさぼっていたのだから自業自得だと言える。

「大丈夫ですよ。補佐聖女はまだ4人もいますし、皆さん優秀だからこそ補佐に選ばれているでしょう。私が抜けたからって大きな問題は起きないでしょう」

にこやかにセシリアが言うと、ヒーリスの顔が青ざめていくのがわかった。

これはわざと言っている。

2人の会話が気になるのか周囲の聖女や聖人たちが視線を向けてきていることに気がついた。これはすぐにでもセシリアが補佐聖女を辞めたことは神殿内に広がるだろう。それよりも今はこの状況を収めたほうがいいような気がした。

「セシリア」

誰も声を掛けることなく様子を窺っているので、俺が声を掛けることにした。

部外者ではあるが、部外者だからこそ声を掛けやすい。

「カイル様。おはようございます」

俺に気が付いたセシリアは何事もなかったように挨拶をしてきた。とても冷静な反応に俺も落ち着いて話しかけられる。

「何か問題でもあったのか」

2人の会話を聞いていなかったように質問すると、彼女は数回瞬きをしてから笑顔を見せた。

「特に問題はありませんよ」

辞めたことは問題ではないのだろうか。

その笑顔が随分とすっきりしているように見えて、彼女の心に変化があったように思う。

そう考えた時に、セシリアが大聖女になるという考えが一気に押し寄せてきた。彼女はもうリリスの補佐ではない。何のしがらみもなくなるけれど、男爵令嬢という弱い立場では後ろ盾もない。そこへ皇太子殿下という後ろ盾があれば、最短で大聖女セシリアが誕生するという想像ができてしまった。

すると、セシリアが苦笑した。俺の考えがわかったのかもしれない。

「カイル様はリリス様に用でしょうか?」

話を変えるように話しかけてきた。

「殿下への報告が先で大聖女への挨拶が出来ていなかったからな。その程度だ」

大聖女と顔を合わせることはたいしたことではないという意味を込めたのだが、彼女はそれを理解しているだろう。

「私はこの後用事がありますのでこれで失礼します」

荷物を抱えているのをアピールするように挨拶をしてセシリアが通り過ぎていく。その後ろ姿が心の重荷をおろして軽やかなように見えた。

「カイル様。リリス様にご用事でしたらご案内します」

すっかり会話からはじかれていたヒーリスが青い顔のまま声を掛けてきた。

セシリアが補佐聖女を辞めたことを引き留められなかったことがショックなのだろう。それに対して俺から言えることは何もない。あとは自分達で今後どうにかするしかないだろう。

それに、セシリアがいなくなったことでこれから彼女たちはさぼっていた分の仕事をこなさなくてはいけなくなる。それができなければ彼女たちの能力に疑問を持つ者も増えてくるだろう。そうなればリリスに大聖女の資質を問うことも簡単にできるはずだ。彼女を引きずりおろすための道標が出来上がったように思えた。

「重要な用事を思い出したので、大聖女への挨拶は今度にする」

リリスに会うよりも、殿下に知らせる方が大事だ。

ヒーリスが先に歩いて案内しようとしていたが、それを無視するように俺は城へと向かうため来た道を戻っていった。


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