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要望

「第3都市の結界を心配していたけれど、まさかの展開が待っていたようだね」

俺が第3都市へセシリアが行ったことと、神聖石の異変に気が付いて彼女が保護したことを話し終えると、ユリウス殿下はため息をつくように言葉を吐き出した。

セシリアが実は前任の大聖女ソフィアの後継者であったこともすべて話した。

大聖女リリスを引きずりおろしたいと思っている殿下にとってはセシリアは希望になる。

彼女はまだ大聖女になるという覚悟を持っていないけれど、殿下にはすべてを報告しておかなければいけない。

「リリス嬢の大聖女としての力も疑っていたけれど、セシリア嬢が大聖女になれるだけの力を見せつけてくれれば、簡単にリリス嬢を追い込めるかもしれない」

「そうなるとセシリアが危険に晒される可能性もあります」

リリスの後ろにはトールス伯爵がいる。金を使っていくらでもセシリアを危険な目に遭わせて、リリスを大聖女として存続させる力を持っている。

「そこは全面的にこちらで守ることになるだろう。大聖女の候補であるセシリア嬢を危険に晒すわけにはいかない」

「セシリアが大聖女だと名乗ってしまうと、神殿内も混乱することになります。あまり大げさに動くのは得策ではないと思います」

今までじっくりリリスを追い詰めるための証拠を集めて来たのに、ここに来てセシリアを表に立たせてリリスを追い出そうとするのは混乱を招いて、神殿だけではなく帝都全体を巻き込んでしまう可能性もある。できるだけ今は慎重に判断するべきだと思った。

「やけに慎重だな。大聖女リリスにはさんざん嫌な思いをさせられていたはずなのに」

話を聞いていた護衛騎士のライズが口を挟んできた。

「今まで慎重だったんだから、急に動くのは危険を伴う」

俺が反論すると、ライズは眉間に皺を寄せた。

確かにリリスが擦り寄って来たり、まったく仕事と関係ない話をしてきて誘われたことだってある。

真面目に大聖女として仕事をしている姿をほとんど見たことがなくて、補佐聖女達も結婚相手を探して男漁りをしている姿を見ていると鬱憤が溜まっていくのはわかっていた。それを我慢して護衛をしていたのは、いつかリリスを大聖女として相応しくないと引きずりおろすためだ。

ライズの言いたいこともわかる。早くリリスから離れたいという気持ちだってある。

それでも、迷って苦しんでいるセシリアを急に大聖女に引っ張ることをしたくなかった。

なってほしいという気持ちはあるけれど、無理に大聖女にさせたいとも思わない。

「セシリア本人も大聖女の後継者だということを知って、混乱している部分もあるようです。急に大聖女になれと言われても戸惑うことしかできず、今も答えを出せずに迷っている様子でした。あまり外から刺激して彼女の気持ちが後ろ向きになることは避けたいと思います」

「その気持ちが固まるのはいつになりそう?」

殿下の言葉に俺はすぐに答えられなかった。セシリアは帝都に戻ってきても大聖女になるとは言わなかった。覚悟がまだ持てないのだろう。いつなのかと質問されても答えは彼女だけが知っている。

「あまり長くは待てないぞ。カイルがいない間に神殿内は少し雰囲気が変わった」

俺が第3都市に行っている間も、殿下は大聖女の動向を調査していた。

その結果、大聖女に依頼された仕事があまり進まず、補佐聖女達もろくに成果を上げていなかった。そのため他の聖女や聖人に仕事が増えることになって、体調の悪い大聖人様も動かなくてはいけない時があったらしい。

急に大聖女が仕事ができなくなったことに疑問を持つ者もいて、仕事が減らないことで大聖女の周辺はピリピリしていた。

原因はわかっている。今まで仕事をこなしていたのはセシリアだったからだ。

彼女のおかげで大聖女に依頼されていた仕事は上手くいっていた。セシリアが抜けたことで仕事を選んでいる暇などなくなったのだ。

それに粗い仕事をしていたことで依頼者からも不満が出てきた。

その悪循環が神殿内の空気を悪くしていた。

「おかげで僕の婚約者も神殿に行かないといけなくなった」

殿下の婚約者はイリアナ=センテル侯爵令嬢だ。婚約者でありながら強い神聖力持っていたことで、結婚するまでの間聖女として神殿で働くことを選んだ。

とはいえ、最近は皇太子妃としての修業もしなくてはいけないということで、城に来ることが多くなり、神殿には月に数回しか行かなくなっていたはずだ。

今回もしばらくは神殿に行く予定がなかったらしいが、仕事の効率が悪くなってきたことで、イリアナ嬢にも声がかかってしまった。

「もう周囲は大聖女リリスが仕事のできない、役立たずだと気付き始めている。あまりのんびりしていると、別の方向から大聖女リリスを失脚させろと声を上げる可能性があるぞ」

そうなると、慎重に事を勧めてきた殿下の計画は破綻する可能性もある。

余計な混乱が生じて、セシリアを大聖女にすることも難しくなることだってあり得る。

「できるだけ早くセシリア=ローズネルを大聖女にしたい」

これは要望というより命令に近いと悟った。

殿下は今すぐにでもセシリアを大聖女にするために動けと言っている。

命令されてしまえば動くしかない。

脳裏にセシリアの困っている表情が浮かぶ。嫌がっているのではなく迷っているのだ。背中を押してあげれば彼女は大聖女としての覚悟を持ってくれる可能性がある。だが、失敗すれば複雑な気持ちを抱えたままセシリアは大聖女になることになる。そうなれば、本来の彼女の力が発揮されない可能性も出てくる。

それが一番の懸念だ。

「カイル」

名前を呼ばれて顔を上げると、ユリウス殿下は穏やかな表情をしていた。

「僕だって無理強いはしたくない。でも、知ってしまった以上皇太子として国の未来を考える必要がある」

ユリウス殿下は将来国を統治する皇帝になる存在だ。帝国の未来を護らなければいけない責務があり、帝都を護る神聖石を管理している大聖女が役立たずだとわかったのなら排除するのも仕事だ。

皇室と神殿はそれぞれに機関が違うけれど、神殿に口出しすることはできる。険悪な関係にならないようお互いに話し合いを行うことだってある。

リリスが大聖女として相応しくないと言うことができても、実際に引きずりおろすのは神殿側が行うことになる。そのために必要なのは大聖人と密かに連絡を取り合って、大聖女リリスを失脚させるための準備をする必要があった。

「セシリア=ローズネルが大聖女として名乗ってくれるのなら、彼女は男爵家で地位はそれほど高くない。後ろ盾が必要なら皇太子が全面的になってあげよう」

セシリアが大聖女になった後のことも殿下は考えてくれている。

皇太子が全面的に支援してくれるのなら、トールス伯爵家を後ろ盾にしているリリスと渡り合うことはできる。いや、皇太子殿下の方がずっと各上なのだから、下手に手を出すこともできなくなるだろう。

セシリアの安全は保障されたと言ってもいい。

だからといって俺は快く殿下に協力できるかと自分に問えば、そうではない自分がいることもわかっていた。

最終的にはセシリアの気持ちが大事になるためだ。

無理強いはしたくない。でもセシリアには大聖女になってもらいたい。

揺れ動く気持ちが言葉にできなくて、俺は黙って殿下を見つめてしまった。

「カイルに言ったところで、何も解決しないことくらいわかっているよ。僕が協力することをセシリアに伝えておいてくれ。そのうえで彼女がどう判断するのか確認してきてほしい」

殿下は俺の意見が聞きたいわけではなく、セシリアがどうしたいか反応を確かめてこいということだったらしい。

「わかりました」

「そうとなれば、ローズネル男爵家のことをより詳しく調べておいた方がいいだろう。確か領地持ちだったな」

神聖石の発見によって小さいながらも村を持っている貴族だ。どこかの都市に住むことなく、村で領主として生活している。それくらいの情報は入ってきていたが、より詳しいことはわからない。

「セシリアが大聖女候補なら、大聖女リリスにばれると危険になるだろう。護衛を付けたいところだけど、それは余計に疑われるからできない。そこで、カイルにはできるだけ神殿に行く機会を増やしてもらおう」

セシリアの護衛にはなれないけれど、リリスの側にいることで補佐聖女であるセシリアの様子を見守れるようになると考えたようだ。でも、俺が大聖女に会う時、彼女はいつも不在で仕事をしている。見守れるかと言われると出来ているとは思えない。

「神殿内にも協力者が必要です。聖人ザック=ツル―は彼女の事情を知っていますし、協力的です。それ以外にも協力してもらえそうな人間を探しておきます」

第3都市のラニアやベリルを呼び寄せることもできない。神殿内でセシリアに協力的で秘密を護れる人間を選ぶ必要があるだろう。

そう考えた時に1人だけ思い浮かぶ聖女がいた。

「神殿のことはカイルに任せることにしよう。僕はセシリアを大聖女にするための道筋を用意しておこう」

そう言って殿下は立ち上がった。

「この後イリアナとお茶の約束をしているから僕はもう行くよ」

婚約者であるセンテル侯爵令嬢は、皇太子妃教育を受けに城へ来ているようだ。時間を見つけては殿下も会うようにしている。

「イリアナも神殿で聖女の仕事をしているから、セシリアのことを何か知っているかもしれないね。少し話を聞いてみることにするよ」

この時の俺も殿下も、イリアナ嬢がセシリアの先輩聖女として教育係をしていたことを知らなかった。後でそのこと知った時は、何かの廻り合わせではないかと本気で思うことになった。


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