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大聖人様

「帰ってきて早々すまないね」

大聖人ジーン=アルカラント様の執務室に入ったのは初めてだった。

補佐聖女になってから連絡をするために大聖人様のところに行こうとしても、他の補佐が代わりに行ったり、補佐聖人に伝言を任せることもあった。大聖人様が体調を崩して会えないということもあった。

初めての部屋に緊張しながら入ったけれど、殺風景なのにどこか落ち着く部屋の雰囲気に、私はいつの間にか気持ちが落ち着いていた。

先ほどまでのリリス様とロンデル様の攻防に緊張していたのを忘れそうになってしまう。

部屋の造りは大聖女の執務室と変わりない。奥に大聖人様の執務机があって、その手前に補佐達の机が並んでいる。そして、そのさらに手前に人が来た時に対応できるソファとテーブルが用意されている。大聖女の執務室は5人目の補佐聖女である私の机を置いている分、ソファが手狭になっているけれど、ここは補佐が3人なので少しだけゆとりがあるように感じられた。

私はそのソファに座って、大聖人様と向かい合っていた。たしか、80を超えていたはずだけれど、座っている姿勢はよく、まだまだ現役でいられそうな気もするけれど、私と向かいっているからしっかりとした態度を取っているだけで、本当はゆっくりとベッドで休んでいなければいけない体のはずだ。それでもしっかりと私を見つめる視線は大聖人としての威厳を感じる。

穏やかな口調は私が緊張しないようにという配慮だろう。

目の前には紅茶が用意され、私が仕事を解決したことへの労いと、急に呼びつけたことへの労わりを感じることができた。

リリス様や補佐聖女達にこんな対応はできないだろうし、先ほどは仕事のしわ寄せを責められていたので、雲泥の差だと思ってしまう。

「第3都市の神聖石の異変に気が付いて保護をしてくれたようだね」

私の隣にはザックさんが座ってお茶を飲んでいる。報告すべきことはすべて済んでいるので話すこともなく悠然としている態度がなんだか羨ましい。

ジーン様の後ろにはロンデル様が黙って立っている。

他の補佐は仕事で外出中のようだ。

私は口を開こうとしてすぐに閉じた。

神聖石の話をすれば大聖女や大聖人しかできないことをしたことがばれる。それを補佐聖人のロンデル様にも聞かせていいのだろうか。いや、ザックさんがすでに話している可能性が大きい。私を迎えに来たのだから話しても問題ないのかもしれない。

考えながらも、違ったらどうしようという気持ちもある。

迷いを捨てられないでいると、ジーン様は穏やかな表情で口を開いた。

「彼のことは気にしなくていい。口は堅いから大丈夫」

ちらりとロンデル様を見ると、目を閉じてそこには存在していないかのように微動だにしなかった。大聖人ジーン様の意思に背いて私のことを言いふらすような人ではないと思う。最初は敵意を向けられていたけれど、さっきはザックさんを庇うためとはいえ、私のことも一緒に守ってくれていたと思うし、きっと大丈夫だろう。

「第3都市に到着した時点で、私はまず結界の調査をしました」

第3都市の結界に異変があるという依頼だったので、まずは結界を調べることから始めた。そこから結界の違和感と、神聖石に触れたいということを神殿の代表に頼んで神聖石の保護をすることになったことなど、順を追って説明していった。

ジーン様は途中で質問することなく最後まで私の話をずっと聞いてくれていた。その代わりザックさんが途中で彼なりの意見も話してくれて、神聖石の保護が無事に終ったところまですべてを話した。

その後のラニア様の大聖女の後継者に関する話はすることなく、まずはジーン様の様子を窺ってみた。私がやったことが大聖女でなければできないことだときっと気が付いているはずだ。

内心ドキドキしながらジーン様の言葉を待っていると、話を聞いて整理がついたのか大きく頷いてからジーン様が口を開いた。

「よくそこまで、できましたね」

一介の聖女では神聖石の深部の保護はできないはずだと言われているような気がした。私はどう返事をしたらいいのか迷ってしまい、曖昧に頷くだけになってしまった。

それを不快に思われたかもしれないと後から気が付いたけれど、ジーン様はすべてをお見通しのように穏やかな様子で私を見つめていた。

すべてを見透かされている。その視線だけでそう思えて、私は覚悟を持って続きを話さなければいけないと思った。

「神聖石の深部を調べることは知っていたのですが、初めてやったので不安は少しありました。それでもそこを乗り越えない限り神聖石の保護は成功しないと思っていたので、力に振り回されることなく神聖力をコントロールして保護することに勤めました」

「誰もができることではないけれど、よくやってくれました。私がやるべき事を代わりに成し遂げてくれたことに礼を言わせてもらいます」

大聖人ジーン様からお礼を受けられるなんて思いもしていなかった。私は言葉に詰まって慌ててしまい、隣を見るとザックさんはにこやかに笑っていた。ロンデル様は静かに目を閉じていて今も動かない。

「私は、私にできることをやっただけです」

「それが簡単にできることではないから、そのことへの労いも含めましたよ」

慌てる私とは対照的にジーン様は静かで穏やかな雰囲気を崩すことはなかった。

「あなたのような聖女がいてくれて頼もしい限りですね。私はあまり動けない身となってしまったけれど、しっかりと動いてくれる者がいてくれることを誇りに思います」

その言い方だと、自分の代わりとなれるのが大聖女リリス様ではなくて、私なのだと言われているような気がした。何かあった時は私に動いてほしいと言っているようだ。

それは私に大聖女になれと遠回しに言っているような気もするけれど、このまま聖女であってもジーン様の代わりを務めてほしいと言っているようにも思えた。

どう捉えたらいいのかわからないけれど、今ジーン様は私が大聖女の後継者だとわかっていての発言であることは間違いない。ただ、この場で明言をしないのは、私の迷いの気持ちを汲んでくれていると思いたい。

「ありがとうございます。これからも精進します」

私は自分から大聖女ソフィア様の後継者だと明かすことはしなかった。自分でもラニア様から聞かなければ一生わからなかったことだし、まだ大聖女になると覚悟を決めたわけでもない。

「急に呼び出して悪かったね。長旅で疲れているだろう。今日はゆっくり休みなさい」

労いの言葉をくれたけれど、私の机には山積みの書類があることを思い出してしまった。ゆっくり休むのは無理だろう。

私は返事が出来なくて静かに頷くだけになってしまった。

もしかするとこの状況もジーン様はお見通しなのかもしれない。

話が終わったことで、私はザックさんと一緒に部屋を出ることになった。

ソファから立ち上がって部屋を出ようとしたところで、ジーン様に呼び止められる。

「セシリアさん」

優しい呼びかけに振り返ると、ジーン様はどこか懐かしむような表情をしていた。なんだか私を見ているようで別の誰かを見ているような視線を感じる。

「私はいつでもあなたの味方ですよ」

「・・・ありがとうございます」

大聖人の後ろ盾をもらった気がするけれど、ジーン様は私を見ているようで違う人を見ている気がしたので、今の言葉をそのまま受け止めていいものか迷いも出てしまった。

そのまま部屋を出た私は、扉が閉まると肺の中の空気を押し出すように長い息をついた。

「緊張したようだね。お疲れ様」

一緒に部屋を出たザックさんが気遣って声を掛けてくれる。

「いろいろとばれているはずですけど、何も言われませんでしたね」

「セシリアさんの気持ちを優先したんだろうね。大聖人という立場で命令することもできたかもしれない。それを敢えて何も言わずにセシリアさんの意思で決めてほしいと思っているんだよ」

私もそんな気がしている。

ザックさんは私が後継者であることを直接言葉にしてジーン様に伝えていなかった。とはいえ、遠回しに私が後継者であることをほのめかす言い方はしていたらしい。それだけでジーン様はすべてを理解したようで、一度私と直接会ってみたいと考えて呼び出したようだ。

私もソフィア様の話をすることなく、淡々と自分がしたことを報告するだけだったけれど、ジーン様はすべてを承知していた。

「まだいろいろと考えることはあるだろうから、焦ることはないと僕は思うよ。それに、1人で抱えきれないと思ったら、僕たちに言ってくれてもいい」

僕たちというのは事情を知っているカイル様も含まれているのだろう。立場の違う人からの意見も聞くことができるし、相談ならいつでも受け付けるという意思表示だと思う。でも、彼らは私の味方でいてくれると言っても、大聖女になってほしいという希望も持っている。簡単に相談していい相手でもないような気がした。

「そうですね。どうしても困った時は相談させてもらいます」

私1人でどうしても抱えきれなった時はどちらかに声を掛けようと思う。それまではできるだけ1人で考えよう。

そう心の中で決意していると、ザックさんが急に立ち止まった。まっすぐ前を向いていたので、私もその視線を追うと、1人の女性がこちらに歩いてくるのが見えた。

知っている人物だったので私は思わず声を出していた。

「イリアナ先輩」

帝都でも珍しい銀髪はよく目立つ。青い瞳が私を捕らえると優しく細められた。

「セシリアさん。お久しぶりですね」

イリアナ=センテル様は、侯爵令嬢で、ユリウス皇太子殿下の婚約者という私と話ができるような身分の方では本来ない。でも、イリアナ先輩は私が神殿で新人聖女として入った時の指導をしてくれる先輩だった。その時から皇太子殿下の婚約者ではあったけれど、聖女の先輩という立場で接してくれていたので、私も先輩として今でも親しくしてもらっていた。

最近は皇太子妃の勉強もしなくてはいけないということで、神殿と城を行き来する日々のはず。あまり神殿で顔を合わせる機会がなかった。

「第3都市の神聖石の保護に向かったと聞いていましたが、帰って来たのですね」

まだ私が戻って来たことを知らなかったようで、無事に戻って来たことを喜んでくれているのがわかる。

穏やかな雰囲気で、新人の頃はわからないことを丁寧に教えてくれる優しい先輩だった。今もその雰囲気は変わらない。

「帰って来たばかりです。今は大聖女様と大聖人様に報告をしていたところです」

とは言っても、リリス様には第3都市でどんなことをしたかなどの話はしていない。聞いてくれる雰囲気でもなかった。

「忙しそうで体を壊さないようにね。ゆっくり休むことも大切ですよ」

優しい言葉にほっとするのと同時に、こんな人が大聖女だったらもっと色々と話を聞いてもらえるのにと思ってしまった。

イリアナ先輩はソフィア様に雰囲気が似ている気がする。

「なかなか会えないから上手くやっているのか気になる時があるのよ。そうだわ。今度ゆっくりお茶でもどうかしら?」

せっかく会えたけれど、イリアナ先輩はこれから用事があるらしい。私も戻って仕事をしなくてはいけない。

「誘っていただけるのはありがたいのですが、お休みがいつもらえるかわかりません」

第3都市に優雅な旅をして遊びに行ったと言うような判断をしている補佐聖女や大聖女が、私に休みをすぐにくれるとは思えない。

せっかくイリアナ先輩からのお茶のお誘いでも、仕事で会えない気がする。

それは先輩も理解しているのか、少し考える素振りを見せてから何かを思いついたような顔をした。

「それなら会える口実を作りましょう」

何を思いついたのかわからないけれど、一緒にお茶ができる状況を作れるらしい。

首を傾げた私にイリアナ先輩は内容を話すことなく楽しみにしていてねと言ってその場を去ってしまった。

「どうするつもりでしょう」

「さぁ」

隣にいたザックさんの首を傾げていた。

2人で首を傾げながら、答えが出ないまま私は執務室へと戻ることになった。


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