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目の前の扉が懐かしく思う日が来るなんて思いもしていなかった。

私は大聖女の部屋の前で、感激している自分に少し驚いた。

聖女となってから帝都を出たことがなかったので、久しぶりに見る光景が余計に懐かしく思えるのかもしれない。

「よし」

気合を入れて扉をノックしたけれど、何故か部屋から返事がなかった。

この時間ならまだリリス様はいるはずだ。

依頼で誰かの治療に向かったとしても、補佐聖女の誰かがいてもいいはずなのに、部屋は静かだった。

首を傾げながら中を確認するため扉を開けてみた。

「失礼します」

帰ってきた挨拶と報告をしなければ私の仕事は終わらない。

扉を開けると最初に飛び込んできたのは、どんよりとした空気感だった。

窓を開けて喚起をしていないのかなと思ったけれど、中に人がいることに気が付く。

リリス様は不在のようだったけれど、補佐聖女が2人いた。

「・・・ただいま戻りました」

誰もが疲れた顔をしていた。一体何が起きたのだろうと思いながら声を掛けると、1人が顔を上げて私を認識する。その途端、目を見開いて勢いよく立ち上がった。

「セシリア!」

叫び声に近い声が部屋に響くと、残りの2人も顔を上げて私に気が付いて立ち上がった。

予想していなかった反応に戸惑うしかない。1人がずかずかと私に近づいてきた。

茶色の髪が少し乱れていて、それよりも濃い色の瞳が明らかに怒りを孕んでいた。

「今頃帰ってきて、あんたのせいで」

私と同じ補佐聖女のティナ=ルーベンは怒りをぶつけてくるけれど、怒らせるようなことをした覚えはない。私は今神殿に帰って来たばかりなのだから。

他の2人も睨んでくるけれど心当たりがない。

どう反応したらいいのだろう。

とりあえず何か言わなければ口を開きかけたところで、急に部屋の扉が開いた。

勢いよく開かれたことで驚いて振り返ると、眉間に皺を寄せた部屋にいなかった補佐聖女エメラ=フォカナが立っていた。私と目が合って驚いた顔をした後、眉間の皺がより深くなる。

「あんた、いつ帰ってきたの」

明らかに不服そうな言い方だ。

「ついさっき帰ってきたところです」

「第3都市まで護衛付きの優雅な旅路は楽しかったでしょうね」

「えっと」

優雅な旅ではなかったけれど、物凄く不機嫌で私に八つ当たりしているのは明らかだ。

状況がわからなくて下手に返事が出来ない。

私の返答を期待しているわけではないようで、エメラはずかずかと部屋に入ってくると、私を押しのけて自分の席に座った。

何が起こっているのか全くわからない。他の補佐聖女に事情を聞きたいけれど、全員が私を敵視するように睨んでいるので誰にも何も聞けない。

まずは自分の席に座るべきかと思って机の上を見ると、大量の書類が乱雑に積まれていて、ここでも何が起こっているのかわからなかった。

第3都市へ向かうため、仕事はすべて片付けておいた。他の補佐聖女に仕事を押し付けてしまうと睨まれるのがわかっていたからなのに、どうしていなかった私の机に大量の書類が置かれているのだろう。

「あの・・・」

隣がエメラだったので、睨まれるのを覚悟で机の上の書類を指さしながら質問した。

「この書類はいったい」

「あんたがいない間に溜まった仕事に決まっているでしょう。私たちにしわ寄せがきて大変だったんだから、帰って来たならすぐに仕事をしなさい」

誰かがいない時は他の補佐聖女が仕事を肩代わりしてくれるのが当然のはず。4人もいれば私1人分の仕事は上手く振り分けられるだろうと思っていたのに、どうやら4人とも自分の仕事以外に手を付けることをしなかったようだ。そして、どうしても必要な仕事だけはしていたのだろう。それをしわ寄せと表現しているようだった。

まさかという気持ちと、やっぱりという気持ちが両方ある。

ここで何か言い返したところで、余計に仕事が増えるだけだとわかっているから、ため息をつきたいのを我慢して積まれている書類を整理することにした。

椅子に座って積まれている書類に目を通そうとした時、部屋の扉が乱暴に開けられた。

今度は何だろうと思って顔を上げると、リリス様が明らかに怒りを漂わせながら部屋へと入ってきた。

機嫌が悪いのは見ただけでわかったけれど挨拶をしないわけにもいかない。

「リリス様」

立ち上がって声を掛けると、リリス様が睨んできた。普段の大聖女としての気品ある振舞いはどこにもない。

「帰ってきたの」

短い言葉は侮蔑が含まれているような気がした。

「第3都市の結界の異変ですが、無事に解決できました。詳しい報告をしたいと思いますが」

「・・・解決したなら別にいいわ。自分の仕事をしなさい」

間があったのは解決できると思っていなかったように思える。それに、仕事をしろという言い方もエメラが言ったようにしわ寄せを受けて大変なのだから働けと言われているような気がした。

考えすぎだろうかと思うけれど、リリス様や部屋全体の雰囲気が私を責めているようにしか思えなかった。

「原因などの報告をしておいた方が、今後のためだと思いますが」

とりあえず報告をさせてほしいことを伝えると、何故か睨まれた。

「あなたのせいで仕事が山積みなのよ。もう過ぎたことを聞いている暇なんてないわよ」

怒鳴りはしなかったけれど、怒りをぶつけられているのがよくわかった。

リリス様も私がいない間に依頼をこなさなくてはいけなくて、いつも以上に仕事をしていたのだろう。でも、いつもは私がほとんどの仕事を押し付けられてやってしまっていたから、余裕が十分にあっただけで、今の状況が本来の仕事量だと思う。仕事をまだ選んでいたのなら余裕があるとも言えるはずだ。

普段から真面目に仕事をこなしていたら、今大変だと思うことはなかっただろうなと思ったけれど、決して口にはしない。

「帰って来たならさっさと仕事をしなさい。あなたのせいで余計な仕事が増えているんだから」

怒りが収まらないのかずかずかと部屋の一番奥にあるリリス様の席まで歩いていく。その後ろにここにはいなかった補佐聖女ユリア=アルタモレも部屋に入って来たけれど、私と目が合うとすぐにそっぽを向いて挨拶することなく自分の席へと戻っていった。

この場の最悪な雰囲気に、何も言わずに仕事をした方が良さそうだと判断して私は再び椅子に座ると書類の整理を始めることにした。

乱雑に置かれている書類は日付もばらばらで、急いでこなした方がいい仕事と後でも良さそうな仕事もぐちゃぐちゃだ。補佐聖女達は適当に自分達ができそうな仕事を選んで、残りを私の机に放り投げていたのだと想像ができてしまった。

まずは全部整理してから仕事を始めるしかない。

そう思って数枚の書類と手に取ると、今度は扉をノックする音が聞こえた。

今日はゆっくり書類整理もできないのだろうかと思って扉に視線を向けると、ゆっくりと扉が開かれて先ほど別れたザックさんが顔を出した。

「ザックさん」

「セシリアさん。もう大聖女様への報告は終わった?」

ザックさんは私を見つけると明るい声で話しかけてくる。それがこの部屋の空気を少しだけ軽くしてくれた気がして感謝するしかない。

報告という程の報告はしていないけれど、リリス様がいらないと言っていたので報告は終わったと頷いた。

「よかった。実は大聖人様に僕も報告してきたんだけど、一緒に仕事をしたセシリアさん本人からも話を聞きたいと言われて、今から大聖人様に会ってもらえないだろうか?」

「今からですか?」

大聖人様への報告はザックさんに任せている。私の大聖女の後継者という立場もきっと話しているはずだ。それを考えると私から直接話を聞きたいというのは第3都市の報告の事ではないと思えた。

すぐに来てほしいと言われたけれど、目の前には山積みの書類。

どうしたらいいだろうと迷っていると、ザックさんが私の目の前の書類に気が付いた。

「もしかしてそれは君の仕事?」

首を傾げて書類を指さした。

「私が第3都市に行っている間に溜まっていた仕事です」

その説明を聞いてザックさんは一瞬難しい顔をして黙ってしまった。

でもすぐに呆れたように口を開いた。

「ここには補佐聖女が4人もいるのに、セシリアさんが不在の間の仕事も引き継げなかったということかな?」

明らかに部屋にいる補佐聖女全員に向けての言葉だった。それを聞いた4人が一斉にザックさんを睨むような視線を向けた。

それでもザックさんは怯むことなく声を上げ続けた。

「おかしいな。僕たち聖人はお互いに仕事を振り分けて不在の聖人の仕事をすることはあるのに、聖女はそういうことをしないんだ。驚いたなぁ。補佐聖女は大聖女様に指名されてなるけど、他の聖女より実力があることも条件になっているはずだよ。セシリアさんの仕事を4人で補うくらい出来ると思うけど」

すました顔で言い切った。

そして、補佐聖女4人は誰も反論してこなかった。

仕事を選んで残りを私に丸投げしていたことがばれてしまっている自覚があるのだろう。

「補佐聖女を選んだのはわたくしです。補佐聖女を侮辱するということは、わたくしへの侮辱と捉えることもできますよ」

静かになった部屋にリリス様の声が響いた。

明らかに不機嫌な声と態度は、ザックさんを標的にしている。大聖女が後ろ盾になったことがわかった4人は急に勝ち誇ったような顔になった。

このままではザックさんの立場が危うくなるのではと思った瞬間、ゆっくりと部屋の扉が開いて男性の声が聞こえてきた。

「彼が言ったことに間違いはないと思いますよ。他の補佐聖女が不在の補佐聖女の仕事を補うのは当たり前。それは他の聖女達でも同じこと。それが出来ていないということは補佐聖女の上司である大聖女様の責任にもなる可能性があります」

入ってきたのは補佐聖人のロンデル様だった。こんな場所に用事はないと思うけれど、一体どうしたのだろう。でも、ロンデル様が入ってきたことでザックさんの立場が回復しそうだ。

ここは大人しく見守るしかない。

「最近大聖女様へ依頼をしても解決してもらえないため、大聖人様への依頼が増えていることを知っていますか?」

私が机の上に積まれた書類を見てもわかる。不在の間にリリス様と補佐聖女でやり遂げた仕事はそう多くない。そのため体調の悪い大聖人様への仕事の負担が増えたようだ。

「何が原因かくらい誰もが想像できていますよ」

ロンデル様がちらりと私に視線を向けてきた。私の不在が原因だと大聖人様も気が付いていると伝えているようだった。

最初は私のことを毛嫌いするような態度だったとはずなのに、今は私の味方であるようなロンデル様に違和感を持った。

はっとしてザックさんを見たけれど、彼は黙って今の状況を見守っているようで私の視線に気が付かなかった。

もしかするとザックさんが大聖人様に私のことを報告して、補佐聖人であるロンデル様も聞いてしまったのかもしれない。そうなると大聖女にしたいと思ったロンデル様が私の味方になろうとしているのではないだろうか。

まだはっきりと答えを出していないのに、あきらかに私を護ろうとする素振りを見せられると、リリス様にいろいろと疑われるのでやめてほしい。

とはいえ、ここで口出しをするとより複雑な状況を生み出しそうで、私は開きかけた口を閉じるしかなかった。

「わたくしは自分の仕事をしているだけです。他の仕事が滞っているのは補佐達が仕事を円滑にできていなかっただけでしょう。今後は気を付けるように言っておきますわ」

結局リリス様は自分は悪くなくて補佐聖女達がしっかり仕事をしていなかったという結論にしてしまった。

リリス様の言葉に補佐聖女4人は一瞬驚いた顔をしたけれど、誰もリリス様を責めることができずに苦虫を嚙みつぶしたような顔をして黙っていた。

「ところであなたは何をしにここへ来たのかしら?」

ノックもなしにいきなり入ってきたので、聖人であるザックさんを助けようとしたのはわかるけれど、そもそも大聖女の執務室に補佐聖人が来ることは珍しい。わざわざ来たはずだから、何か用事があるはず。

「大聖人様がセシリアから第3都市の報告を直接聞きたいということで、ザックを行かせましたが、やはり大聖女様から許可を得て借りるため、大聖人様の代わりですが、補佐である私が来るべきだと思って来たまでです」

ザックさんが来てしまったけれど、補佐聖人であるロンデル様がリリス様の許可を得た方がいいと後から判断して追ってきたようだった。

「第3都市の結界の異変は大聖人様も気にしていました。解決したということですが、その詳しい内容を派遣された本人から聞きたいそうです」

リリス様に向かって言っていたけれど、一瞬私にも視線を向けてきた。その視線が意味ありげに見えて、私は緊張を隠すように表情を変えないことに意識を集中させた。

「セシリアを借りたいのですが、よろしいですか?」

「大聖人様の要望なら仕方ありませんね。連れて行きなさい」

「ありがとうございます」

丁寧に礼を言ってからロンデル様が私を見た。

「話は今言った通りだ。急いで大聖人様の執務室に来てもらう」

体調が悪い大聖人様は長い時間の仕事ができない。そのため私の説明を聞きたいと言っているのなら、できるだけ早く会って説明する必要があるということらしい。

「わかりました」

リリス様の許可が出たので、ザックさんと一緒に部屋を出ようとした。

すると最後に部屋を出ようとしたロンデル様が補佐聖女達を見回して口を開いた。

「使えない補佐聖女だと思われる前に、しっかり仕事をこなすことをすすめる」

端的にそれだけ言うと、一緒に部屋を出る。

同じ補佐という立場ではあるけれど、ロンデル様は大聖人様の補佐になって長い。経験も豊富で彼の言葉は重みがあった。

堂々としている彼を見ていると、私が戻って来た時に机の上の書類が減っていたらいいけれど、最悪増えることはないような気がした。


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