帝都に帰ってきた
強行的な日程とは違い、ゆっくり帝都へ向かって帰ることにあったとはいえ、やっぱり軍馬に乗りっぱなしは体に堪える部分があった。
今日泊まる場所に辿り着くと、歩くくらいのことはできても、やっぱり休まないと私の体力はいつも限界だった。
ザックさんがすぐに治療をしてくれるおかげで動けなくなることはなかったのが幸いだったけれど。
それに神聖力の消耗はほとんどないから、到着した村や町の神聖石を見せてもらうことはできていた。
必要に応じて保護をしていく。
その中で第3都市の管轄内は問題なかったけれど、帝都の管轄になる村や町に入ると、そこの神聖石は必ず保護が必要になっていた。ひどい物はなかったけれど、このまま放置しておくこともできない状況だったのだ。
定期的な巡礼が行われていればこんなことにはならないはずなのに、それがおろそかになっているのは明らかだ。
「僕もほとんど巡礼に行ったことがないから、他の人たちが行っていると思っていたけど、違ったのかな?」
一緒に神聖石の保護をしていたザックさんは首を傾げていた。
今までの巡礼は大聖人か大聖女が行っていたと聞いていた。ただ、大聖人様は体調不良で帝都から出られず、大聖女であるリリス様は自ら進んで巡礼をする素振りがない。
そのため他の聖人や聖女が動いていると思っていたけれど、保護の仕方が弱いのか、巡礼自体の回数が減っている可能性がある。
最初に保護をした村では申請もしていなかったため保護を受けていなかった。要請されて巡礼のコースに入れるのが普通なので、まずは要請がないと行かないこともある。他の村や町ではちゃんと派遣要請をしていたようなのに、何故か保護しておかないといけない状況になっていた。
そのことに少しだけ違和感があったけれど、私たちは予定通り5日間の旅で帝都へと帰ってきた。
帝都を囲む壁が見えた時は帰ってきたのだと安心感が一気に体を巡った感覚があった。
結界の中に入らないとまだ危険だとわかっていても、自分が生活している場所を見ただけで気が抜けてしまうのはどうしようもない。
それに、魔物がいても私は戦えない。護衛騎士であるカイル様達の仕事なので、私は護られているだけになる。
帝都に帰ってきたのは昼過ぎになったので帝都に入るための門は開けられていた。夜になると閉められてしまうので、誰であろうと外から入ることはできなくなる。門が開いていても結界はちゃんと存在しているから、魔物は入ることができない。
「やっと帰ってきた」
結界を潜るとザックさんがため息をつくように呟いた。
すぐに馬を降りてイスカ様が門番と話し始めた。中に入るための許可を取っている。
その間に私たちは馬から降りて、私はザックさんと神殿に向かう前の話し合いをしておくことにした。
「僕は大聖人様に報告することになるけれど、セシリアさんは大聖女様への報告になるね」
その報告でザックさんは私のことを伝えるつもりでいる。そして、私がどんな答えを出したのか聞きたいと言いたげな視線を向けてきていた。
帝都までの5日間。私は大聖女になるという宣言をすることはなかった。ずっと考えていたけれど、まだ答えが完全に出ているわけではなかった。このままリリス様が大聖女で、私が補佐聖女でも問題さえなければいいのではないかと思う気持ちも未だにあるから。
確かにリリス様は私と比べると神聖力は弱い。依頼も相手を選んでやっているし、リリス様が大聖女として相応しいかと調べている人たちもいる。それでも、私が全面的に前に出て大聖女を名乗るべきかと考えると、リリス様の我が儘はあるけれど補佐として動いていた方が動きやすくていい面もある。
大聖女になれば今までの生活はできなくなるけれど、大聖女だからこそできることもきっとある。
その狭間を未だに気持ちが揺れ動いていた。決定的なものが今はないというしかない。周りが私に大聖女を求めても、気持ちがまだついてこない。
それが私の今の答え。
だから私はザックさんに何も言えなかった。
まだ私の中に迷いがあることを汲み取ったのか、ザックさんは苦笑いをして追及してくることはなかった。
「カイルは城に戻って皇太子殿下に報告だよね」
すぐ近くにいたカイル様に声を掛けることで話題を変えてくれた。
「いや、俺は2人を神殿に送り届けてから城に向かう。先にベンとイスカが戻ることになるが、殿下への報告は俺が後からすることになるだろう」
カイル様も皇太子殿下へ私のことを報告することになる。
大聖人様と皇太子殿下がどんな反応するのか、私は黙って待つしかない。
「そんな不安そうな顔をしなくていい。無理やり何かをさせようなんて思っていないから」
少し不安を持っていた私は顔に出ていたらしい。両手で頬を押さえると、カイル様とザックさんが顔を見合わせて苦笑していた。
「何もしなくても、俺たちは大聖女の動向を監視していく。相応しくないという証拠が揃えば、君がどういう立場でも大聖女リリスを引きずりおろすことになる」
こんなところで物騒な発言をしていて大丈夫なのだろうか。
「私もリリス様の補佐聖女ですけど」
私が今の話をリリス様に言わないことをわかって発言しているけれど、私の立場を考えたら言わないでほしいと思ってしまう。
リリス様に告げ口したら、どこかで私の後継者の話も知られることになるだろう。そうなればリリス様やトールス伯爵家から狙われる可能性もあるので、私は口を閉ざして知らないふりをするしかない。
こうやって考えると、私の立ち位置は微妙なところにあるのだと改めて思い知らされるだけだった。
ため息をつきたいのを飲み込んで、頬に触れていた手で軽く頬を叩いた。気合を入れ直した方がいいだろう。
「第3都市の神聖石の報告はリリス様にもします。それ以外のことは特に伝えるつもりはありません」
「それがいいだろうね」
ザックさんが頷くと、カイル様も同意していた。
「何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ。動ける範囲で君の助けになれるように動くつもりでいる」
大聖女ソフィアの後継者だとわかったことで、私を重要人物として認識した2人は今後なにかあれば協力してくれるはずだ。
心強い協力者と思いつつも、大聖女になってほしいという圧力は消えない。
なんだか板挟みになっている気がする。
「許可が下りました」
検問が終わったようでイスカ様が戻ってきて声を掛けてくれた。
「我々は城に戻ります」
イスカ様がカイル様の軍馬を引き連れてベン様と一緒に城へと向かう。
「お世話になりました」
私が挨拶をすると、2人は笑顔を向けてくれる。
「また護衛が必要な時は我々を指名してください」
「一緒に旅ができて良かったです」
イスカ様が次の指名を口にすると、ベン様も同じ気持ちなのか笑いながら頷いていた。
2人と別れて私たちも神殿へと向かうことになる。
私は神殿までの道のりを、リリス様にどう報告するべきかを考えながら歩いていた。第3都市の神聖石の保護が無事に終ったことを報告するけれど、あまり詳しいことは言えない。神聖石の深部に触れたとか、それが大聖女にしかできないことだとかは言うわけにはいかない。そんなことをすると私が大聖女と同等に力と技術を持っていることがばれる。すべてをぼんやりと大雑把に報告する言葉を探す必要がある。
そんなことを考えながら歩いていたからか、気が付けば神殿が目の前にあった。
「俺はここまでだ」
カイル様は神殿の前で立ち止まった。
「殿下への報告をすることになるが、後日詳しいことを聞きたいと言われた時は2人には城に来てもらうことになるだろう」
皇太子殿下も第3都市の異変を気にしていたから、依頼を受けた私たちの話を聞きたいと言うかもしれない。
「大聖人様にも報告するから、セシリアさんの話を聞きたいと思うかもしれないね」
2人の視線が私へと向けられる。当然私の事情を話すことが前提で私から話を聞きたいと言われることを予想している。
「・・・2人とも、私の答えを優先してくれるんですよね」
無理やり大聖女に据えるつもりはないし、大聖女にならなくても味方でいてくれるようなことを言っていたけれど、なんだかここで大聖女になる宣言を求められているような気がした。
「僕は話を聞くことになるって言っているだけだよ」
「俺も強要はしていない」
そう言うけれど、視線が一瞬外れたことは気づかなかったことにしておこう。
期待しているけれど強要はしない。もどかしい気持ちがあるのも理解してあげるべきなのだろう。
「とりあえず私はリリス様に報告にしてきます」
苦笑して話を打ち切ると、カイル様は背を向けて城の方向へと歩いて行った。
「さて、僕たちも行こうか」
ザックさんに促されて私たちは神殿に入っていった。




