懐かれている?
「ただいまカリナ。変わったことはなかった」
「おかえり。特になかったよ、って言いたいところだけど、お客さんが1人来たわよ」
せっかくの休みに街に出たのだからあちこち見て回っていたら、すっかり夕方になってしまった。
部屋に戻ると我が物顔でカリナが部屋にいた。まぁ、部屋が隣ということでお互いに行き来することも多いからいることを怒ることもない。それに、私がいない間に誰か尋ねてきたら対応もしてくれる。
神殿の所属している聖女は申し込みさえすれば専用の宿舎に部屋をもらうことができる。私は貴族出身ではあるけれど、地方に家があって帝都に男爵邸がない。そのため宿舎に部屋をもらっていた。
基本的に宿舎は神殿に所属している聖女や女性神官のなかでも平民出身者がほとんどだ。帝都に屋敷を持っている貴族出身者はここを使わない。
その中でもカリナは帝都に屋敷を持っている子爵家の令嬢なのに、独り立ちしたいという強い要望で親を説得して宿舎に入っている変わり者でもある。
「大事な用事だったかしら。名乗ってくれた?」
「名乗らなくても知っている顔だったわよ。大聖女の護衛騎士、カイル=アズリクフ様でした」
「え・・・あの人また来たの?」
「いやぁ、セシリアすっかり懐かれているわね。それとも愛情表現かしら」
とてつもない勘違いをされている気がする。
「特に懐かれることは何もしていないけど」
名前を聞いて知っている人物ではあったけれど、なぜ訪ねて来たのかが謎。いや、なんとなく見当がつかないわけではない。
「あれを置いていったわよ」
そう言ってカリナがテーブルの上を示した。
そこには可愛い花柄のいかにもお菓子が詰まってそうな箱が置かれていた。持ってきた相手とは明らかに似つかわしくない箱である。
「1か月前のお礼だって。謝罪はしたけど、助けてもらったお礼をしていなかったからってことらしいわ。律儀な人よね」
「お礼をされる程の事はしていないと思うけど」
「彼からするとそうではなかったってことよ」
「むしろ嫌われてもおかしくない状況だったと思うのは、私の記憶違いかしら」
1か月前と言われてやっぱりと思った。あの時のことを思い出すとお礼をされる程の状況ではなかったような気がする。
「あはは、セシリアにがっつり怒られていたもんね。でも、それが逆に良かったってことでしょう」
「・・・聖女に怒られる護衛騎士って、どうなの?」
ため息を漏らしながら過去を振り返る。
大陸にある12の都市はそれぞれ番号が与えられている。帝都であるここは第1都市と呼ばれ、都市の中で一番結界の範囲が広い。皇帝が住んでいる城もあり、人口も一番多いため活気ある都市と言えるだろう。
結界の中は神聖石に護られて平和ではあるが、結界の外には魔物が蔓延っている地帯となる。
年に数度、その魔物がいる地帯に集中的に魔物が群がることがあり、都市に向かって攻撃を仕掛けてくることもあった。それを察知した城の騎士団が動いて魔物の一掃作戦が行われたけれど、それが1か月前にも行われていた。
魔物との戦いでは必ず負傷者が出る。当然神殿の聖女や聖人たち負傷者の治療に駆り出された。
その時怪我を隠して神殿にやって来た1人の護衛騎士がカイル=アズリクフ様だった。自分よりも他の騎士の治療を優先させていたことに気が付いた私は、こっそり彼を捕まえて使っていない部屋に連れ込むと、怪我を隠していることを叱責してから治療をしてあげたのだ。
怪我をしていることを周りに知られたくないのだろうという配慮で部屋に入れたけれど、その時はものすごく不快そうな視線を私に向けていたことを覚えている。
でも、私はそんな彼の態度より、怪我を隠していたことの方に怒りを覚えていた。治療をするために奔走している仲間たちがいるにもかかわらず、誰にも怪我のことを言わずに他の負傷者を優先して怪我が悪化でもしたらどうするんだと注意したのだ。
不信感をあらわにしていいたカイル様だったけれど、私の言葉を聞いて驚いた顔をしていた。
まさか聖女から叱責を受けるとは思っていなかったのだろう。
自分の怪我の管理もしっかりできないでどうするんだと言いながら、私はカイル様の治療をして怪我が治ったことを確認すると、すぐに部屋を出てしまった。カイル様を残して。
他の怪我人の治療をすることで忙しかったから、話をすることもなかったけれど、後日カイル様と会った時に彼は怪我を隠していたことを謝ってきた。
だけど、それ以降カイル様と顔を合わせる機会がなかった。
私は神殿にいるけれど、いつも仕事であちこち動いているのが原因なのもわかっている。
カイル様は謝罪だけでは気持ちが落ち着かなかったのだろう。わざわざお礼を届けに来てくれたらしい。
ちょっと真面目過ぎる気もする。
可愛らしい花柄の箱を開けて中身を確認すると、予想した通りクッキーが詰め込まれていた。可愛らしい動物の形が数種類入っていて、これを男性がお店に行って選んで買って来たのかと思うと、相当勇気が必要だったのではないかと思ってしまう。
「うわ。可愛らしいクッキーね」
横から覗き込んだカリナが目を輝かせたのがわかった。女性受けすること間違いなしのお菓子である。
「あの時はカリナの協力もあったから、これは2人へのお礼だと思ってもいいでしょう。お茶を淹れるから一緒に食べましょうか」
カイル様を部屋に誘導する時、カリナにも手伝ってもらっていた。カリナも食べる権利はあると判断できる。
喜ぶ親友に、自分が買ってきたお菓子は後で渡すことに決めた。
もう一度箱の中身を見てから、お茶の用意を始めた。
真面目にお礼を持ってきてくれたカイル様。今度顔を合わせる機会があればお菓子のお礼を言った方がいいだろう。ただ、会えるかどうかはわからないが。
カイル=アズリクフ様は現在の大聖女リリス=トールス様の護衛騎士をしている。私も大聖女の補佐という立場にあるけれど、会えるかどうかわからないし、会えてもゆっくり話をしている暇はないかもしれない。それでもお礼を言うくらいの時間はあるはずだ。
「気長に待ちましょう」
のんびり考えることにして、今はもらったクッキーを食べながら親友とお茶を楽しむことにした。
「明日からまた大聖女の身代わり仕事に戻るのよね」
「カリナ、言い方」
テーブルを挟んで向かい合って座ると、カリナがクッキーを頬張りながら言う。その言葉に苦笑すると、彼女は呆れたように口を開いた。
「みんな思っているわよ。普段あまり仕事をしない大聖女。大きな仕事が入っても補佐役にほとんど押し付けて、成功するとまるで自分の力だけで上手くいったかのように振舞う。セシリアは大聖女の身代わりじゃないかって」
「それは神殿の全員が言っているわけではないでしょう」
「知っている人たちは知っているのよ。大聖女の現状を。セシリアの働きぶりも理解している人たちは大聖女の身代わりだって口にしなくても思っているわよ」
「神殿の大聖女は肝心な時に動ければいいのよ。仕事配分を考えないと無理をして倒れても困るわ」
「いや、無理して倒れるのはセシリアかもしれないわよ。あんたが倒れたらそれこそ大聖女の仕事が回らなくなるでしょう」
カリナの言っていることは正しいと思う。仕事はリリス様からどんどん与えられている。それを私がこなしているから大聖女の仕事は今のところ滞っていないことも事実だ。
私が倒れたらどうなるのか、想像できてしまうことを考えるとリリス様がどれだけ好き勝手しているのかよくわかるなと思う。
でも、リリス様に大量の仕事をしろとは言えない。
リリス様の前任の大聖女は自ら進んで動く人であったと聞いていた。私が聖女として神殿に所属する前に亡くなってしまったので、話で聞くことしかできなかったけれど、積極的に動く大聖女様出会ったようで、前任を知っている聖女達の間ではいまの大聖女が怠けているという判断をしているようだ。
まぁ、時々我が儘を言われるのに困ったなと思うことはあるのは確かだけれど、とりあえず神聖力はちゃんとあるし、治療も人を選んでいるとはいえやっている。今は現状のままでもいいのではないないかと私は思っていた。
「本当に大事な時に大聖女として前に立ってくれれば、都市の人達は納得してくれるでしょう」
「そう上手くいくかしら?それに、大聖女が駄目なら大聖人様を頼りにしたいところだけど、体調が悪いから補佐にまかせっきりだって聞いているわ」
神聖力を持っている女性を聖女と呼ぶ。男性は聖人と呼ばれている。そして、大聖女と対になる大聖人という聖人たちを取りまとめる存在がいる。だけど、大聖人様は高齢で今は体調が良くない。あまり出歩くこともできず、ベッドにいる時間の方が長いと聞いていた。もうそろそろ世代交代ではないかという噂を出ているほどだ。
大聖人様に頼みたい仕事は補佐役が代わりをしているらしく、補佐では手に負えない場合大聖女に仕事が回ってくることもある。はっきり言ってリリス様はそこまで神聖力が強くない。
大聖女に回ってきた仕事は私が請け負うことが多くて、それを成功させると、リリス様の手柄のように振舞うのだ。事情を知っている聖女や聖人は私が生贄になっていると考えている者もいるらしい。
でも、私は代わりに全面的に表立ってくれるリリスを逆に利用しているとも言えた。目立たず仕事をこなしている方が色々と動けて楽なのだ。
一種の利害の一致があるので、周りが色々と噂をしていてもそれに乗っかることはしない。
「気にすることないのよ。みんなそれぞれできる仕事をすればそれでいいの」
「でも、正当な評価はあってもいいと思うけど」
「私は目立ちたくないし、大聖女に恨まれるのも嫌よ」
活躍しすぎは注目の的だ。
裏で動いている方が楽なのだ。そのことをカリナもわかってくれているから、ここで文句を言うことはあっても言いふらすようなことはしない。
「セシリアがそれでいいなら、私から言えることは何もないわね」
「ありがとう」
「それよりも、最近街で流行り始めているファッションがあるらしくてね」
少しだけしんみりした雰囲気になってしまったので、話題を切り替えてくれた。内心カリナに感謝にしながら、その後は全く関係のない話しが続いていって、2人でその日の残りの休暇を楽しむことになった。