乱れた神聖力
目を閉じて深く息を吸い込むと、ゆっくり時間をかけて吐き出す。
自分の中にある迷いもすべて吐き出してしまうような感覚で肺を空っぽにしてから、瞼を持ち上げてまっすぐに目の前の神聖石を見つめた。
カイル様にエスコートしてもらって地下へと続く部屋まで行くと、ラニア様と出くわした。
私が倒れて部屋に運んだあと、すぐに地下に戻って神聖石に異常がないか確認したらしい。ザックさんもベリル様は一緒に確認して異常を感じられなかったので、ラニア様だけ先に戻って来たところだった。
私の様子も気にしていたようで部屋に行こうとしていたところで、私が戻って来たことに驚いていた。
目を覚ましたことと、もう一度神聖石のところに行きたいことを伝えると、明らかに困惑した表情を見せた。
「何が原因かはわかりませんが、先ほど倒れたのですよ。また行くのは危険だと判断します」
どうして私が倒れたのか、神聖石は問題ため、原因がわからないにも関わらず私をもう一度地下に行かせることに難色を示した。
「大丈夫です。さっきは神聖石の力に振り回されてしまっただけです。ちゃんと対応すれば問題ありません」
「力に振り回された?」
カイル様の前で口が滑った時と同じようにラニア様も首を傾げた。私の表現がよくわからないようだ。私としてはその表現が一番正しいと思えるけれど、聖女であるラニア様も不思議そうにしている。
「大きな力に飲まれたというか、力の流れに対応が出来ていなかった感じです」
別の表現にしてみると、ラニア様は理解できたのか何度か頷いてくれた。
「確かに都市を護れるだけの神聖石です。神聖力が強いのは当たり前ですし、初めて触れたことで神聖石の力に戸惑ったのでしょうね」
この言い方だと、私の神聖力が弱いように聞こえる。実際倒れているのでそう評価されても仕方がないのはわかっている。でも私が倒れたのはより深い力の流れを探ろうとして神聖石の中にある力の流れを読み切れなかったことが原因だ。
「まだ、ベリル様とザックさんが調査をしています。石に触れるのはやめておいた方がいいでしょうが、見学だけなら構いません」
やっぱり力が弱くて倒れたと判断されてしまった。
次こそは対応して神聖石をより深く調べようと思っているのに、これでは何もできないのと一緒だ。
それでも、とりあえず神聖石の部屋までは行けそうなので、その先のことは神聖石を目の前にして考えることにしよう。
再び階段を降りると、まっすぐな道を進んでいく。
開けた空間に出ると、先ほどと変わらない部屋の様子にちょっとほっとしてしまった。
台座の上にある神聖石も変わりない。
「あれ、セシリアさん。もう大丈夫なの?」
ザックさんが私に気が付いて駆け寄ってきた。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「無理をしては駄目だよ」
隣でいきなり倒れたから、ザックさんは相当心配してくれていたようだ。申し訳ないなと思いながら、まっすぐに神聖石を見つめた。
「何も異常はなかったですか?」
「君が倒れる前もその後も変わりはないよ。どうして倒れたのか聞かせてほしいな」
ザックさんは何ともなかったのに、私だけが急に倒れたことで何が起こったのか気にしていたようだ。
「神聖石の奥にある力を調べてみようと思って、探っていたんです。そんな時に急に私の力に石の力が絡まってきて振り回されるような感覚になりました」
正直にあの時の状況を説明していく。
「突然だったので、うまくコントロールができなくて力と一緒に体もバランスを崩したようです。それに、私の神聖力も少し奪っていきました」
私が調べるために放っていた力を振り回しただけではなく奪っていった感覚があった。そのおかげで、急激な力の低下に貧血のような症状が出てしまった。そこに眩暈も重なって倒れてしまったのだ。
「僕はそんな感覚はなかったけど」
ザックさんが首を傾げる。それもそうだ。彼は神聖石の深部に触れるようなことはしていない。
深部を探るという感覚をどうやって説明するべきか、言葉を探して視線も彷徨っていると、隣に立っていたラニア様がすごく驚いた顔を向けてきていることに気が付いた。
「どうかしましたか?」
驚きながらじっと私を見つめてくるので、声を掛けてみる。すると、ラニア様は何度か瞬きをしてから小さな声を発した。
「どうして神聖石の深部を探る方法を知っているの」
それは私に対しての質問というより、独り言に近い呟きに聞こえた。
さっきの説明では、神聖石の深部に触れたことは言わなかった。深部を探っていたことを話した途端にラニア様は驚いて戸惑っているのがわかった。
どうしてと聞かれても、私は本に書いてあったことを実践しているだけ。
「本で読んだことがありましたから」
そう答えると、ラニア様はさらに驚いたように目を見開いた。何か変なことを言っただろうか。
「その本というのは?」
「ある方からお借りした本です。成人したら聖女として神殿で働くためにもしっかり勉強しておくようにと渡された本です」
私の神聖力が強いことを見抜いたのは、村を訪れた近くの神殿の聖人だった。定期的に村の神聖石を保護してくれていた彼は、領主の家に泊まっていた。そのため男爵令嬢である私も何度か顔を合わせていた。
その聖人が私の神聖力を見抜いてから、私は将来聖女としてどこかの神殿で働くことを夢見ていた。
その後、今度は別の人が私の力を知って、その人が聖女になるならと本を貸してくれたのだ。その本を返すためにも帝都の神殿で聖女になることを決めた。
その経緯は誰にも話したことがない。本のこともあまり口にすることはなかったけれど、今は話した方がいいような気がした。
「その本のおかげで基本は、聖女として神殿に入る前に覚えました。それ以外にも色々と書かれていたのですが、実践したことがないこともあって、神聖石の深部を探るのは今回が初めてです」
なんとなくどうやるべきかはわかっていた。ただ、初めてだったこともあって力の流れについていけなかった。私はそう思っている。
「神聖石の深部とか、僕はそんな本読んだことないな」
私が説明していると、ザックさんが不思議そうに言ってきた。
「神殿に入ってから僕は先輩からいろいろと教わったけど、今セシリアさんが説明してくれたようなことは教わった記憶がないよ」
「え?」
その言葉に私はザックさんを見つめた。彼は私を不思議そうに見つめ返してくる。
「都市の神聖石に触れられるのは大聖女か大聖人。それに各都市の代表。代表から許可をもらわない限り一介の聖女や聖人が触れられる物じゃない。だから、神聖石に関しての情報はほとんど知らされることがないはずだ」
すべての聖女と聖人の代表として大聖女と大聖人が選ばれる。選ばれた者たちは前任の大聖女や大聖人から重要なことを引き継ぐことになり、その中には神聖石に関することも教えられる。それ以外の聖女や聖人はほとんど知ることがないとザックさんが説明してくれた。
それを聞いて、私は混乱するしかなかった。
本を読んで勉強するようにと言われて、私は何も疑うことなく学んでいた。これは神殿にいる聖女や聖人なら学ぶものだと思っていた。ただ、神殿に来てから一度も神聖石の触れ方について誰かと話したことはなかったけれど、そういう機会がなかっただけで、みんなが理解しているのだと思っていた。
ザックさんの話からすると、みんなが話をしなかったのは知らないことだったからだ。
帝都の神殿に来てから2年経過するけれど、今まで気にすることなく過ごしていたため、気が付くことがなかった。
ラニア様を見てみると、さっきの驚いた表情が消えて、今度は真剣に私を見つめてきていた。
「神聖石の管理は代表として行っていますが、神聖石の深部に触れる方法など私は知りません。それができるのは大聖女様か大聖人様だけのはずです。そもそもやり方を教わっていませんから、神聖石をしっかりと探るためにはどちらかの力が必ず必要になります。それを一介の聖女ができるというのは・・・」
心配されていたはずの雰囲気が、一気に変わった。まるで私が大聖女だと言いたそうだ。私は補佐聖女であって大聖女ではない。その訂正をしようとしたところで、少し離れたところで様子を見ていたベリル様が近づいてきて口を開いた。
「ここで論議していても仕方がないでしょう。それよりも、セシリアさんは神聖石にもう一度触れてみたいということで間違いないだろうか?」
変な雰囲気になりかけていたところへ話を元に戻してくれる。今まで敵視するような態度を取っていたベリル様だったけれど、ここでは感謝するしかない。
「もう一度神聖石の調査をさせてください。次は失敗しません」
断言してしまったけれど、神聖石の深部でどんな異変が起きているのかわからない。結界の異変を解決できるかは別の話になるけれど、今度は力に振り回されることがないようにやる自信はあった。
「そうですね。私たちではどうすることもできない状況ですし、何か手がかりが掴めるのでしたら、お願いします。ただし、何か異変が起こった時はすぐに言ってください」
また倒れる心配をしているのだろう。ラニア様も許可してくれたことでもう一度神聖石の前に立てることになった。私の話は全て後回しになった。そのことにほっとするけれど、神聖石の異変が解決したらきっと質問攻めにあうような気がした。
とりあえず今は目の前の神聖石の事だけを考えることにしよう。
神聖石の前に立って呼吸を整える。
楕円形の神聖石は何事もないように静かに台座の上に鎮座していた。私の力を絡めとって振り回したなど言葉で説明しても信じてもらえないほど静かだ。
目を閉じで深呼吸を繰り返す。さっきの感覚を思い出して、今度は神聖力の流れをこちらが掴まなければいけない。
「よし」
真っすぐに神聖石を見つめると、両手でそっと触れた。力を流して神聖石の中を探っていく。
大きなゆったりとした流れを確認すると、さらに奥へと力を流していく。
神聖石の力を確かめるように翻弄されることなく、私は意識をどんどん深くしていった。




