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神聖石の奥

コンコンと扉をノックする音が聞こえて、私は本に向けていた視線を扉へと向けた。

「はい」

「セシリアさん。そろそろ時間だよ」

扉が開くことはなく、廊下からザックさんの声が聞こえてきた。

旅の疲れをとるため、一晩ゆっくり休んで体調は万全だ。朝食も完食して神聖石を見るための準備が出来るまで部屋で待機することになっていた。その間にカバンに入れていた本を読んでいたけれど、没頭してしまっていたのか呼ばれる時間になっていたらしい。

「今行きます」

本をカバンに戻して、急いで部屋を出る。

するとザックさんが廊下で待ってくれていた。その隣にはカイル様もいる。

神聖石の確認をするのは私とザックさんの役目で、カイル様は護衛が任務のはずだからここに一緒にいることに首を傾げてしまった。

「俺は君たちの護衛以外に、皇太子殿下から今回の第3都市の結界の原因を確かめてくるようにと指示を受けている」

私の考えがわかったのか、カイル様が口を開いた。

今回に任務では、第3都市の結界の異変は帝都の神殿に依頼されていたけれど、皇太子殿下にも情報は届いていた。都市の問題ということで皇太子殿下も気にして、カイル様を通して大聖女に依頼を受けるようにと言ってきたくらいだ。

何が原因なのかカイル様もその目で確認して、殿下に報告する義務があるらしい。

その話は聞いていなかったけれど、私たちの仕事を見守るだけのようだ。

「代表たちにも許可は取ってある。決して邪魔はしないから、君たちは自分の仕事を全うしてくれればいい」

そう言って、廊下を先に歩き出した。

「空気だと思って放っておいていいよ」

気さくなザックさんは気にしていないように言うけれど、聖騎士様にその言い方はいいのだろうか?

「とりあえず神聖石の部屋まで一緒に行こう。まずは確認をしてみないと何も始まらないだろう」

「そうですね」

カイル様のことを気にしていても仕方がない。今は神聖石を確認することが最優先だ。

「一晩泊まったけど、何か気になることはあった?」

休むようにと言われて部屋に案内されてから外に出ることはなかった。ザックさんも同じはずだけれど、その間に何か異変はなかったかと聞きたいようだった。

「僕は特に気になることはなかったな。それに、ぐっすり寝てしまったから、気が付けなかった部分はあると思う」

少し恥ずかしそうにしながらも、隠すことなく言ってくれるのはありがたいと思う。神殿の代表が気付けなかったことを一晩だけでザックさんが気が付いていたら、第3都市の人たちだけで解決できてしまうだろうと思う。

「特に大きな変化はなかったと思います。私もゆっくり休ませてもらいましたから、寝ている間のことはわかりません」

私も特に気になることはなかったので同意を示すと、ザックさんは肩を竦めた。

「そんな簡単に原因がわかったら、僕たちは呼ばれていないだろうしね」

それも同じ意見だ。だけど、気になっていることはある。それをここで話すべきか迷う。

口にするにはまだ曖昧で、もっと詳しく調べるために神聖石に触れる許可を取ったことを考えると、まだ言うべきではないと判断した。

とにかくすべてはこの都市の神聖石の確認が先だろう。

廊下を歩いた先は、昨日話をした部屋だった。そこにはベリル様とラニア様が先に待っていて、先を歩いていたカイル様が一緒に行くことをもう一度話していた。

「部屋の入り口にいてもらうことになります。神聖石にはあまり近づかないように」

ベリル様から忠告を受けて、素直にカイル様が頷くと、今度は私達に鋭い視線を向けてきた。昨日と変わらない態度に呆れるべきなのか感心するべきなのか反応に迷っていると、ラニア様が微笑みながら話しかけてきた。

「よく休めましたか?」

「はい。おかげさまで」

「よかったです。これから神聖石の部屋へと案内します」

いよいよだと気持ちを引き締めていると、痛いと思えるくらいの視線を感じる。あまり見たくないけれど、一応確認するように向けて見たら、やっぱりベリル様の視線だった。ここで反応すると何を言われるかわからない。とりあえず見なかったことにしてラニア様の後ろをすぐについて行った。

「この神殿の神聖石は大広間の真下にあります。ですが、大広間から地下に行くことはできません。まったく別の場所から地下通路で行くことになります」

大広間の下に神聖石があることは神殿で働く者たちの中でもごくわずかの聖女と聖人だけが知っていることで、地下への道は代表だけが知ることになっている。それ以外の人間は許可を得て行けるけれど、入り組んだ地下になっているため、一度案内されただけではわからないようになっているらしい。

はぐれると地上にも出られない可能性もあるため、代表を見失ってはいけない。

それだけ都市の神聖石は重要であり、護らなければいけない存在だということになる。

その大事な神聖石の異変に原因を突き止められないことで焦りが出るのは仕方がないことだろう。ベリル様の態度もそこから来ているのだから、今は気にしないことが一番だ。

案内されたのは言っていた通り大広間ではなく、狭い部屋だった。窓がなくて暗い。

ラニア様が神聖石の欠片で作られたランプに明かりを灯すと、荷物が雑然と置かれた部屋の様子がわかった。ここが神聖石の部屋へと続く入り口だとは誰も思わない空間だ。

部屋の奥に入っていくと、数冊の本が入った棚を横に押す。するとその後ろから屈まないと通れない小さな扉が現れた。

「こちらです」

小さな扉を開けるとすぐ階段になっていて、ラニア様が先に降りて行った。

その後を続くように降りて行くと、まっすぐに伸びた地下通路になっていた。先ほどの説明では入り組んでいて道を覚えられないと言っていたのに、まっすぐ通路が続いているようにしか見えない。

「あら、今日は素直な道のようですね」

「え?」

「いつもはあちこち曲がらないといけないのに、今日は一本道なの。こんな不思議な時があるのね」

どういう構造になっているのかラニア様も知らないらしく、道は毎回変わるらしい。それは神聖石の欠片の力を使っているとか。いつも違う道では代表者たちも困りそうだと思う。でも、代表者には道を示してくれる神聖石の欠片が与えられているから、それを道標に進むことができるそうだ。

それが、今回はまっすぐな道だけだと言って、とても珍しい現象らしい。

「僕たちのことを神聖石が歓迎してくれているのかもしれませんね」

後ろにいるザックさんが嬉しそうに言うと、ラニア様はくすっと笑った。

「そうかもしれませんね。もしかすると、あなたたちならなんとかできると神聖石が判断しているのかもしれないわ」

神聖石が意志を持っているかのような言い方に、私は頷いておいた。確かに言われるとそんな気がしてしまう。

「そんな、まさか・・・」

最後を歩いているベリル様が信じられないと言いたげな呟きを漏らしていた。カイル様は無言でついてくるだけだ。

そのまままっすぐな道を進んでいくと、薄暗い通路の先に光が見えてきた。

「神聖石の部屋です」

急に広がった空間に、壁に等間隔で配置されている神聖石の欠片が明かりを生み出している。そして部屋の中央に楕円形の人がすっぽり入りそうな大きさの神聖石が台座の上に置かれていた。

村で見た手のひらサイズとは明らかに違う。これだけの大きさがあるからこそ、都市として認定できるほどの結界を張ることができているのだ。

初めて見る大きさに言葉が出なかった。

帝都の神殿にいても、帝都の神聖石を見たことはない。神聖石は大聖女と大聖人が管理することになっていて、補佐でも許可なく部屋に入ることはできない。私はまだリリス様から許可をもらったことがないので、目にする機会がなかった。

きっと同じくらいの大きさの神聖石が帝都にもあるのだろう。

そんなことを考えていると、隣に立ったザックさんも始めて見た神聖石に驚いているようだった。

「思っていたよりも大きいな」

楕円形の丸みを帯びた神聖石は、部屋の明かりを反射して淡い黄色の光を放っているように見えた。

透明感があるので向こう側の壁も見通せる。

部屋に入った瞬間から全体を包み込むような神聖力を感じていた。村や町にある神聖石ではここまでの力を感じることはない。これほどまでの大きさと神聖力を持っているからこそといえる。

神聖石が常に漏れて空間を満たしているくらいでないと、都市を築けるだけの結界は作れないという証拠だろう。

「どうぞ、調べてみてください」

ラニア様が神聖石に触れてもいいと言うように手で示すと、私はザックさんと一緒に巨大な神聖石に近づいた。

後ろを振り返ると、ラニア様とベリル様は入り口に立っていて、2人の後ろにカイル様が腕を組んで様子を見ていた。見ているだけで決して何もしないという約束を守っている。

「こんな大きさの神聖石に触れるのは初めてだよ」

台座の前に立つと、ザックさんが緊張した声で言う。今まで見てきた物とは比べ物にならない大きさと力に圧倒されているようだ。

私も呼吸を整えるように深呼吸をしてみた。

それほど緊張しているつもりはなかったけれど、吐きだす息が震えているような気がする。気が付かないうちに緊張していたのかもしれない。

目を閉じて肩の力を抜く。

心の中で大丈夫だと呟いてから目を開くと、不意に耳の奥に懐かしい声が聞こえた。

『あなたなら大丈夫』

優しい声に自然と口元に笑みが浮かんだ。

「はじめます」

そう言ってから、そっと両手を神聖石に触れて、自分の神聖力を流した。

途端に石の中を満たしている力が私の力に反応するように流れ込んでくるのを感じた。

こちらが力を確認するのではなく、神聖石の力が私を確かめるように絡んでくるのを感じた。まるで意志を持っているかのような反応に、息が詰まる。

隣に立つザックさんに視線を向けると、彼は何も感じていないのか静かに神聖石に手を触れてじっとまっすぐ前を向いていた。その様子に落ち着かなければと思ってできるだけゆっくりと呼吸を繰り返した。

大丈夫。神聖力が私の力と絡んできただけで、攻撃されたわけではない。それを示すように体に異変はない。

ゆっくりと息を吐きだしてから、もう一度神聖力を流して目の前の神聖石の状況を把握することにする。

大きな力の流れを感じる。その中を漂うように神聖力を流すと、自分の力がどれほどちっぽけなのかを実感させられる気がした。

力の流れに逆らうことなく神聖石の中を確かめていくと、大きな流れの中に一瞬淀みのようなものを感じた。それは一瞬ですぐに何の異常もない流れへと戻っている。

もっと奥深くを調べなければいけないと思った。

さらに力を流して探っていくと、ふと別の方向から力が加わるのを感じた。それは私の力に絡まって引き寄せるように方向転換をしてくる。

振り回されるような感覚に体までひっくり返るのではないかと思い、咄嗟に神聖石から手を離してしまった。それと同時に体が大きくふらついて気が付いた時には床に倒れこんでしまっていた。

「セシリアさん!」

すぐ近くでザックさんの声が聞こえるのに、上手く顔を上げられない。

目が回って瞼を閉じていないと酔ってしまいそうだった。

「セシリア」

別の声が聞こえた。聞き覚えのある声にうっすらと瞼を上げてみると、カイル様がぼんやり見える。その顔がすぐ近くにあることに気が付いて驚くよりも先に、眩暈で体のバランスを崩してしまう。

今自分が立っているのか横になっているのかよくわからない。ただ、背中を誰かが力強く支えてくれているのがわかった。それがなんだか心地よくて、このまま眠りたいと思ってしまう。

「セシリアさん」

女性の声が聞こえてもう一度瞼を上げてみた。すると今度はラニア様の顔が間近にあった。

「ラニア、様」

「大丈夫ですか?いったん部屋に戻って休みましょう」

「一介の聖女が神聖石に触れるからだろう」

厳しい言葉はベリル様の声だ。姿が視界に入らなかったので、少し離れて様子を見ているのかもしれない。今はベリル様に言い返せる気力がない。

「今はそんなことを言っている場合ではありませんよ」

私が何も言わないでいるとラニア様が怒った声でベリル様に言い返していた。ラニア様も怒る時があるんだなとのんびりそんなことを考えていると、急に体が浮く感覚があった。

「部屋まで運びます」

カイル様の声に、私は彼に抱っこされているんだと理解した。それを恥ずかしいと思うよりも今は目を閉じて休みたいと思った。神聖力を吸い取られてしまったのかなんだか眠気を感じてきた。

だけど、眠る前に伝えなければいけないことがある。

「ラニア様・・・神聖石の奥に何かあります」

「え?神聖石の奥」

それだけ言うのが精一杯だった。ラニア様が不思議そうな声を出したのを最後に、私は意識が途切れた。


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