結界の異変
「まずは私たちが感じている結界の違和感について説明しましょう」
応接室のソファにザックさんと並んで座ると、向かいにラニア様とベリル様が座った。後ろから感じていた視線が正面から向けられて、じっと私たちを見つめる視線が痛いのでそっちを向くことができない。私もザックさんもまっすぐラニア様を見つめることにした。
「最初に違和感があったのはひと月ほど前です。その時は気のせいかと思ったのですが、その後も何度か結界の違和感がありました。何か神聖石に問題が起こっているのかもしれないと思い、ベリル様と一緒に調べもしましたが、どういう訳か、調べても異常が見つかりません。そんなことが何度も続いて、私達の手には負えないと判断して今回帝都の神殿に調査依頼をしました」
調査依頼をしてきた理由を一息に言うラニア様は、本当に困ったようにため息をついた。どれだけ違和感の理由を探しても見つからず、焦りと困惑が募っていったことが窺える。
それは隣に座るベリル様も同じだったのだろう。そのイライラが私たちに向けられてしまっているのはどうかと思うけれど、心情はわかるので強く反論しようとは思わない。
「正直に言うと、大聖人様が来てくれることを期待していました」
ラニア様の言葉に私は内心驚いた。
今、大聖人様が来てくれることを期待したと言った。大聖女様はどこへ行ってしまったのだろう。
どちらかが来てくれることを期待していていいはずなのに、ラニア様は大聖人様だけを望んでいたように聞こえる。
隣に視線を向けるとザックさんも気が付いたようで、少し困惑した表情になった。
ラニア様に視線を戻して、今の発言を聞き返すべきか悩んでいると、ラニア様がフッと表情を崩した。
「大聖人様に期待して、大聖女様がどうでもいいように聞こえて困惑しているようですね」
まったくその通りである。大聖女リリスの補佐聖女をしている私としては怒るべきなのかもしれないけれど、リリス様の実力も大体わかっているのでどう返すべきか困ってしまう。それに、ラニア様もリリス様の実力を知っているような雰囲気が感じられた。
もしかして第3都市にまで大聖女リリスの神聖力について情報が伝わっているのだろうか。
「あの方が大聖女になれたのは権力とお金の力だと知っていますから」
大胆な発言にさすがに私はザックさんと顔を見合わせた。
帝都の神殿にいる一部の者たちは、前任の大聖女が亡くなって新しい大聖女を決める際に、トールス伯爵が手を回して娘のリリス様を大聖女にしたという噂を知っている。それに、リリス様の実力を見極めている者たちは、大聖女として相応しいとは思っていない者もいる。ただ、声を上げてリリス様を否定すると、後ろのトールス伯爵から圧力や脅しを恐れて何も言えないというのが実情なのだ。
「ラニア様は大聖女リリスに会ったことがあるのですか?」
ザックさんの質問に、ラニア様は静かに頷いた。
「私は前任の大聖女様の補佐を務めていましたから」
衝撃的な事実に驚くしかなかった。
「補佐聖女をされていたんですか?」
私が前のめりに質問すると、ラニア様は懐かしむように目を細めて頷いた。
「前任の大聖女ソフィア様は、平民出身ではありましたが、強い神聖力を持っていて、帝都を護る大きな貢献をしていたと思っています。体が少し弱いことが気がかりでしたが、それでも一生懸命大聖女として働いていたと思っています」
大聖女ソフィア。
懐かしい名前に私も思い出してしまった。
藍色の真っすぐな髪に同じ色の瞳が印象的で、物静かで落ち着いた雰囲気の大聖女だった。体が弱いながらも、強い神聖力で帝都を護り、怪我人たちの治療をしていた。
ただ、平民出身ということが貴族たちから見下される要因となってしまっていた。本来大聖女は身分に関係なく帝都を護る大切な存在として敬意を払われるべきなのだ。それをどう勘違いしたのか、貴族たちは大聖女ソフィアを見下して、様々は要求をしてきた。治療するなら大聖女にさせろと言わんばかりに押しかけてきたり、自分の領地に神聖石の保護を速やかに行えと言ってきたりと、大聖女を敬う精神などどこにもないような態度があったと聞いたことがある。その要求にこたえていたため、もともと体の弱かった大聖女ソフィアは体調を崩して倒れてしまい、回復することができずに亡くなってしまった。
私はその頃領地の村にいたから、すべて後から聞いた話ではある。
その後大聖女が亡くなると皇帝陛下の耳にその事実が伝わり、貴族たちは陛下の怒りを買ったとか。
そんなことがあったため、次の大聖女からは無理な要求をしてはいけないという陛下の命が下されていた。
リリス様は伯爵令嬢であり、トールス家も力があるので、無理難題を吹っ掛けてくる貴族は見たことがない。皇帝の命では何も言えないだけではなく貴族出身の大聖女ということが今は効果を発揮しているのだろう。
「ソフィア様に仕えていた私としては、今の大聖女リリスはソフィア様の足元にも及ばないと思っています」
はっきりここまで宣言して、リリス様の耳に入ったら大変なことになりそうだ。
とりあえず、私とザックさんが帝都に戻っても何も言わなければラニア様が罰せられることはないと信じたい。
「話が逸れてしまいましたね。結界の違和感に関しての話に戻りましょう」
何事もなかったようにラニア様が大聖女から結界についての話に戻した。
どう反応したらいいのかわからなかったけれど、とりあえず今は結界の違和感を追求することが重要だと気持ちを切り替えることにした。
「今日までいろいろと調査はしてきました。でも、どこに原因があるのかわからず、違和感は未だに消えません」
違和感に気が付いて結界を確認したり神聖石の保護もしてみたらしいけど、結果は変わらなかった。
そこまで話を聞いて、私は軽く手を上げて発言した。
「私たちにも第3都市の神聖石を見せてもらうことはできますか?」
大聖女の代わりではあるけれど、都市の神聖石はその都市の代表か大聖人と大聖女だけが触れることを許されているのが基本だ。一介の聖女が触れるには代表の許可が必要になる。
「せっかく来てくれたのですし、許可は出しても構いませんが」
「ただの聖女に何ができるというんだ」
それまで黙っていたベリル様が吐き捨てるように言ってくる。私たちでは何もできないと決めつけていることに怒りよりも残念な気持ちになってしまう。
「それは、神聖石を見てからでも遅くはないと思います」
何もできないかどうかはやってみなければわからない。最初から諦めていることが私には残念にしか思えなかった。
ベリル様は言葉にしなかったけれど、物凄く睨んできた。
余計なことを口にしてしまったと思った時、ザックさんが口を開いた。
「まずは僕たちにも調査をさせてください。せっかくここまで来たのですから、何もしないで帰るわけにはいきません」
大聖女の代わりとして派遣されたのだから、きっちり仕事はしないといけない。それに、帝都を出る前にリリス様にも私が行くと啖呵を切ったのだから、成果は出さないと帰った時に何を言われるか想像しただけで嫌になる。
明らかな舌打ちの音が聞こえたけれど、それは気づかないふりをして私はラニア様に視線を向けた。
「結界の様子は都市に入る前に確認しました。あとは神聖石の確認をさせてもらったうえで、原因と対策を考えたいと思います」
結界に触れたことでわかったことがある。ただより詳しい調査をするためには結界を作り出している神聖石の調査が必要不可欠になる。
「わかりました。ただ、今日は旅の疲れもあるでしょう。ゆっくり休んでから、明日にでも調査をしてください。私たちも立ち会いますから、神聖石に触れることは許可します」
「ありがとうございます」
何とか許可してもらったことで、神聖石に直接触れることが可能になった。これで詳しい状況を把握することができるはず。
ほっとしながらザックさんと顔を見合わせた。私たちに何ができるのかはっきりとしたことはまだわからないけれど、できる限りのことをしようと言葉にはしなかったけれど視線だけでお互いに会話をしていた。




