面会
第3都市は結界に異変があるということが間違いではないかと思う程活気のある場所だった。
一般の人たちは結界の違和感なんて知らないのだから当たり前なのだけど、帝都とは違う賑わいを感じた。
「なんとなく華があるというか、品のある賑やかさがありますね」
検問所からは馬で都市内を歩くわけにいかないため、馬を預けて徒歩で神殿まで向かう。
その途中に市場を通っていると、帝都の力強い活気とは違う、どこか淑やかさを感じながらも明るくにぎやかな雰囲気を感じていた。
「バラの都市といわれているから、花の栽培に力を入れているのが帝都との違いかな。水が豊富なのも、この都市の賑やかさの違いかもしれないね」
隣を歩くザックさんも帝都とは違う賑わいを確かめるように辺りを見渡しながら楽しそうに言ってきた。
神殿に先に行っていると思っていたけれど、検問所を過ぎたところで待ってくれていた。一緒に行った方がいいだろうという判断だったらしい。
「神殿は都市の中心に建てられているから、このまままっすぐ進めばいいはずです」
先頭を歩くベン様がまっすぐ前を示すと、白くて高い建物が見えた。
帝都は皇帝が住んでいる城を中心に都市が広がっているため、神殿は少しずれた位置にあった。それでも城から違い都市の中心には建てられている。第3都市は城がないため神殿を中心に構成されている。他の都市も似たような構造になっていると聞いたことがある。
神殿には神聖石が安置されていて、神聖石を中心に結界が張られていることが多いため、中心に神殿がある。
神殿は帝都と変わりないくらいの大きさをしていた。
白で統一されていて、建物の構造も似ているので中も帝都の神殿とそう変わらないだろう。
ただ、神殿の入り口にある白い柱がバラの蔓が巻き付いているような彫刻になっていて、バラの都市として力を入れていることを十分すぎるほどアピールしていた。
入り口には都市の警備兵が立っていて、ザックさんが許可を取るために話しかけた。
私は初めて来た第3都市の神殿を見上げて帝都の神殿との違いや同じところを探して待つことにした。
ザックさんから話を聞いた警備兵が1人神殿の中へと消えていく。
結界の違和感を調査して原因を突き止めてほしいという神殿からの依頼で来たけれど、この依頼をしてきたのは神殿での上位に位置する者のはずだ。大聖女や大聖人は帝都にしかいない。すべての神殿の聖女と聖人の代表として位置するため、各都市には神殿の代表としての聖女と聖人が1人ずついる。
まずはどちらかの代表と会って、現状をより詳しく聞くことになるだろう。
神殿の前に広がる庭が花で埋め尽くされている。バラの都市と言われているけれど、それ以外の花の栽培にも力を入れているのがよくわかる光景だ。
季節によって植え替えもしているのだろう。常に花に囲まれた神殿だと思うと、なんだか和やか気持ちにさせられた。
「一体どういうことですか?」
穏やかな気持ちで庭を眺めていると、急に怒鳴るような声が入り口から聞こえてきた。
驚いて振り返ると、先ほど神殿の中に消えた警備兵とザックさんに加えて、もう1人白いローブに身を包んだ聖人だとわかる50代くらいに見える男性が、明らかに不満を表した顔でザックさんを睨んでいた。
茶色の髪に白髪が混ざっている。同じ茶色の瞳がザックさんを睨んでいたかと思うと、急に私へと視線を向けてきた。その視線も明らかな怒りを含んでいる。
まだ挨拶もしていないのに、会ったことのない聖人にいきなり睨まれても困惑するしかない。
どうしたらいいだろうと思っていると、隣に立っていたカイル様が何も言わずに私の前に立った。それは睨んできている聖人から私を庇うような動きだった。
「我々が大聖女様か大聖人様が来てくれるようにと依頼したはずです。それが、一介の聖女と聖人が来るなんて、我々のことを見捨てているとしか思えないでしょう」
カイル様に隠れる形になってしまったので、声しか聞こえない。それでもわかるくらいに今度は明らかな落胆の声に変わっていた。さっきの怒りは大聖女か大聖人が来てくれると期待していたのに、別の人間が来たことへの怒りだったようだ。そして今は諦めが含まれている。
「決して見捨てたわけではありません。大聖人様は体調を崩されているため長距離の移動ができなかったため、代わりとして僕が来ることになりました」
「大聖人様が来られなくても、大聖女様がいるでしょう」
カイル様の後ろから顔を出すように様子を見ると、ザックさんの説明に相手の聖人が額に手を当ててため息をついていた。
「大聖女様は、帝都の神殿を護れるのは自分しかいないからという理由で私を代わりにしました」
大聖人様が体調不良でほとんど仕事ができない今、大聖女様が神殿の空けられないという一応筋が通りそうな理由は作っていて良かった。
とはいえ、大聖女リリス様が一時的に神殿を離れても神聖石さえ安定していれば問題ないので帝都から出ても良いということを知っている。リリス様が行くことを拒んだのと、私が第3都市に行ってみたかった利害の一致で私がここに来たのは言うことはできない。
「我々で解決できないから、より強い力を持っている2人を要請したというのに、どちらも来ないというだけで第3都市を見捨てたと判断されても仕方がないということを理解していないようですね」
私の説明に額に手を当てていた聖人が、再び私を睨んできた。怒りが戻ってきてしまったらしい。余計なことを言ってしまったかもしれない。私はカイル様が動かないことを利用して彼の後ろに再び隠れた。
彼の言っていることはわかる。どちらかが来てくれることを期待していたこともあり、落胆が愚痴となって私たちに向けられている。
「とりあえず、詳しい話を聞きたいのですけど」
もう一度様子を見るようにカイル様の後ろから顔を出して言ってみる。
ここで私たちが来たことを嘆かれてもどうしてあげることもできない。それよりも何ができるかわからないけど、来たからには状況を把握するために話をしたかった。
すると聖人が再び私を睨んできた。
お前でどうにかできるわけがないと言っているような視線に、私はカイル様の体を壁にまた隠れた。
「ここで揉めていても仕方ないと思います。まずは中で話をしたいのですが」
「そうですよ、ベリル様。ここで揉めていても何の解決にもなりません。まずは長旅で疲れている彼らを迎え入れることが先でしょう」
ザックさんが落ち着かせるように声を掛けると、それに反応したのは別の女性の声だった。
とても落ちついていて、私たちの到着を労ってくれていることがわかる優しい声。
再びカイル様から顔を覗かせると、神殿の中から40歳くらいに見える聖女が出てきていた。
焦げ茶色の髪をしっかりとまとめ上げて、きりっとした顔立ちはできる女を連想させてくれる。それでいて目元がとても穏やかなのが、初めてあった人でも好印象を与えてくれる。
緑の瞳が私に向けられて、視線が合うと穏やかに微笑まれた。
この人なら怒りをぶつけてくることはないだろう。そっとカイル様から離れるように隣に立つことにした。
「ようこそ第3都市の神殿に来てくださいました。私はこの神殿で聖女代表を務めておりますラニア=テフォードといいます。こちらは聖人代表のベリル=テスロです」
聖女代表であるラニア様が名乗ると、隣にいる未だに怒りと落胆を混ぜた複雑な表情をしている聖人べリス様も紹介してくれた。
「初めまして。帝都の神殿から来ましたセシリア=ローズネルです。大聖女リリス様の代わりとして派遣されました」
私が名乗るとラニア様は穏やかな表情で頷いた。
「僕はザック=ツル―です。大聖人様が来られない代わりであり、セシリアさんのサポートとして派遣されています」
ザックさんの説明に私は瞬きをした。
大聖人様が来られないからという理由でザックさんが派遣されたと思っていたら、何故か私のサポートという立場になっている。その話は聞いたことがなかった。
ザックさんを見ると、彼はなぜか片目をつぶってきた。
「本来は大聖女様が来るはずでしたが、来られないためにセシリアさんが代わりになりました。しかし、聖女1人では荷が重い依頼だろうという大聖人様の判断で、僕が大聖人様の代わりでありセシリアさんのサポートという形になっています」
初めて聞く話だった。確かに私が先に第3都市へ行くことを決めて、ザックさんは後から決まった。
聖人の補佐をしているロンデル様が指示をしたと聞いていたけれど、大聖人様の許可も取っていたらしい。
私だけでは心配だという配慮に納得しつつ、大聖人様に心配をかけてしまったことが申し訳ない気もする。本来なら私を心配するのはリリス様の役目のはずなのに、私が行くことを告げてから特に会話らしい会話をしなかった。
勝手にしろという態度だったので心配されているはずがない。
きっと大聖人様はそのことに気が付いているのだろう。
「長旅で疲れているでしょう。まずはゆっくり休めるように部屋を用意させます」
神殿の中に入るように促してくるラニア様に感謝しかない。隣に立っているベリル様はまだ言いたいことがあるような表情をしているけれど、何も言わずにいる。ただ突き刺さるような視線は健在だ。
その視線をとりあえず無視してラニア様に案内される形で神殿の中に入ることになった。
すぐ後ろをカイル様が付いてくる。ベリル様の態度を警戒しているようだ。ザックさんの隣にもベン様がしっかりと付き添っている。イスカ様はみんなが神殿に入ると一番最後を歩いてきていた。
護衛騎士は第3都市まで無事に私たちを連れて行くことが任務のはずだけれど、歓迎されていないことを警戒してここでも護衛をしてくれているようだった。
リリス様が来ないことに怒りを露わにしているだけで、ベリル様が何かをしてくるとは思っていないので、そこまで警戒する必要はないのにと思ってしまうけど、今は会話ができる雰囲気ではなかった。
「夕食の準備が整うまでは休んでいてください。話は夕食後ということで」
第3都市に到着する時、日は西へと傾いていた。夕方というにはまだ早い時間だったけれど、休む時間を考えると話をするのは夕食後が良いと判断したようだ。
でも、私はなるべく早く話がしたかった。
「あの、できることならすぐにでも話をしたいのですが」
先ほど触れた結界の違和感も伝えたかったし、報告にあった違和感の詳しい話も聞きたい。休むことも必要だと思うけれど、まずは話ができないかと思った。
「話はできますが、疲れているでしょう。まずは休んだ方が」
「結界の異変を調査するために来たのだから、すぐにでも話をしてもいいと思いますよ。我々で解決できなかったことを、帝都の聖女や聖人だからといって解決できるとは思えませんが」
心配するラリア様の言葉を遮るようにベリル様が明らかに棘のある言い方をしてきた。
「ベリル様。せっかく来てくださった帝都の神殿の方たちですよ」
「我々よりも神聖力が強いからこそここに来たのでしょう。成果を出してもらわなければ意味がありません」
ラリア様が眉根を寄せて困ったと言いたげな顔をする。それを気にすることなくベリル様は私やザックさんを見下すように見てきた。
一介の聖女が来たところで解決できないのに、丁寧な対応をする必要がどこにあるのだと言いたげだ。
こんな態度を取られては、せっかく来たのにやる気にならないのが普通だろう。それでも私は結界に触れたことで気が付いてしまったことがあったので、このまま放っておくことはできない。
「すぐにお話を聞きたいです。私も少しお話したいことがありますので」
ラニア様がどうしたもとかと首を傾げて悩んでいたので、私は休むよりも先に話をしたいと強く強調した。ザックさんの許可を取らなかったけれど、彼に視線を向けると穏やかな表情で頷いてくれる。彼も不快な思いをしているはずなのに、気にすることなく私の意見に従ってくれている。
「わかりました。では応接室へ行きましょう。荷物があれば先に部屋に運べるように手配します」
そう言ってラリア様は護衛騎士たちを見た。話は神殿に関わること。彼らは聖騎士で神殿に所属しているわけではない。結界の異変に関して知っていても、これ以上の話にはできれば参加させたくないという第3都市の神殿側の思惑のようだ。
それを察知したのか、カイル様が荷物を持ってベン様とイスカ様に指示を出した。
「俺たちは先に部屋に行く。話が終わったら教えてくれ」
「わかりました」
護衛騎士がいなくなると、4人だけになってなんだか寂しい気持ちになってしまった。たった3日とはいえ、ずっと一緒に旅をしてきた仲間意識があったようだ。
「では応接室の方へ」
ラニア様が再び歩き出して、私はザックさんと並んでついて行った。その後ろをベリル様が付いてきていたけれど、やっぱり視線が痛い気がした。




