暗躍聖女
せっかくのお休み。快晴で本当に良かった。
だけど少し暑い。街の中を風が吹き抜けていくけれど太陽の光が降り注ぐ熱を取り払ってくれるほどでもない。
「でもジメジメしてない分、動きやすいから良しとしましょう」
乾いた風がせめてもの救いだと思うことにして、私は軽い足取りで空を見上げて納得していた。
忙しい仕事の合間にやっと取れた休みだ。今日は朝から街に繰り出してやるべきことをすべてやるつもりなのだから文句なんて言っていられない。
「午前中の用事はほとんどできたから、残りもサクッと終わらせて、カリナにお土産でも買っていかないとね」
親友のカリナと休みが重なって本当なら一緒に出掛けて休日を楽しめたらよかった。でも、やらなければいけないことがあったので、カリナと遊びに行くのは我慢した。
カリナも最初一緒に出掛けないかと誘ってくれたけど、私が断ると今日は部屋でゆっくり過ごすことにしたようで宿舎にいる。
別の用事とはいえ、街に出てきたのだから、お土産くらい買って帰らないときっと拗ねてしまうだろう。甘いものが好きだからクッキーや飴がいいかもしれない。
そんなことを考えながら王都の東側へとやって来た。
帝都を囲う高い城壁は人の背をはるかに超えて、その先を見通すことはできない。城を中心に街が広がっていて、さらに周囲を畑が囲っている。その畑も囲うように壁が建造されているけれど、その先は決して出てはいけない世界が広がっている。
城壁より先は魔物がうようよと存在している地帯になるからだ。
「今日も城壁内は平和ね」
私の独り言を聞いている人はいない。今はちょうどお昼。畑仕事をしていた人がいても、食事休憩をしているのか誰も見えなかった。
「人がいない方が好都合でいいわね」
周囲を見回して遠くにも人が見えなことを確認してから、再び城壁に視線を向けた。
視線を上に向けていくと、城壁が途切れて青空が見える。だけど空を見ているわけではない。神聖力を持っていない者には空しか見えないだろうが、私は神聖力を持っている。城壁の上に薄い膜のような結界が張られているのが見えていた。
第1都市とも呼ばれる帝都を護る神聖石の力によって生み出された結界だ。
結界が保たれているからこそ、城壁内に魔物が侵入してこられない。
400年以上前はこの大陸も魔物の数はそれほどなく、人々が普通に外を出歩いていた。その頃は神聖石もなかったので結界もなかった。
そんな平和な大陸に突如魔物の大量発生が起きた。私は生まれてもいないから歴史としての認識だけど、人々は逃げまどい魔物の領域が一気に増えていった。
そんな時、神聖石の発見により魔物の恐怖に怯えることのない生活を見つけた人々は、神聖石を中心に都市を築いた。これも歴史の授業で習った。
私が今いる帝都もその1つだ。
他にも大陸には12の都市が存在しているが、どこも神聖な力によって護られている。
すべて家庭教師から教わったことで、なんだか懐かしい。
「あ、小さな亀裂を発見」
城壁に沿って結界が張られているが、その一部に歪みのような亀裂が見えた。魔物を阻んでくれている結界ではあるけれど、年月とともに結界も弱まってくる箇所が出てくるらしい。それを修復して強化するためにここへ来ていた。
「普段は結界の補強なんてできないから、せっかくの休みを有効利用しないとね」
今日の休みはそのために動くと決めていた。
普段の仕事に結界の補強は含まれていない。それができるのはもっと上の立場で力が強い者たちが担当することになっている。なっているんだけど、最近その補強が上手くいっていないのか、街を歩いていると違和感があった。調べてみると結界に綻びがあったり、小さな亀裂を見つけるようになっていた。
私も神聖力は強い方だ。実は結界の補強くらいならできる。だけどそれほど力が強いことを周りには伏せていた。
あまり力が強いと頼られすぎて手が回らなくなる可能性があるからだ。今でも忙しいと思う日があるのだから、適度な力がある聖女だと認識してもらっていた方が都合がいいと思っている。
だけど、補強したい時に動ける立場ではないのが時々歯痒く感じることもあったりする。そこは我慢するしかない。
目の前の結界の亀裂は1ヶ月ほど前に気が付いた。すぐに直したかったけど、仕事が立て込んでいて休みが取れなかったこともあり今日になってしまったのだ。
特に亀裂が大きくなっている雰囲気もない。大きくなっていて補強に時間がかかったらと心配していたけれど、そこは安心できてほっとする。
他の同僚や上司に報告すれば済むのかもしれないが、そうなるとどうして亀裂に気が付けたのかいろいろ詮索される可能性が大きい。そうなって実は力が強いですとばれるとさらに面倒なことになるので、こっそり自分で修復することが多かった。誰かが先に気が付いてくれればそれでもいいと思っていたけれど、結局私以外に誰も気がつく者はいなかったようだ。
もう一度周りを見渡して人がいないことを確認する。
「よし、今のうちに」
畑の境界線は細いが道になっている。四角く各畑が区分けにされているのでまっすぐな道になっているのはありがたかった。そこを走り抜けて城壁までたどり着くと、そっと壁に手を当てた。城壁と結界は1つになっているので、壁に触ると結界にも触れていることになる。
深呼吸をして意識を集中させてみると、結界が不安定になっているのがわかった。ここから外は見えないけれど、魔物の攻撃を何度か受けたのかもしれない。外側から確かめられればいいのに、結界の外に出ることになるので魔物の餌になりますと宣言していることになる。それは嫌なので、このまま結界の修復を始めることにした。
両手を壁に押し当てて力を注ぎながら、結界の亀裂に力を流すイメージを作る。ゆっくりと力が亀裂の周辺に流れ込んでいって壊れた部分を力が覆っていく。ゆっくりと亀裂が薄らいでいって見えなくなると修復終了だ。
壁から手を離して結界を見上げると、亀裂が綺麗になくなっていた。
「今日の予定は終了」
午前中も気になっていた亀裂の修復をしていた。すべて小さいものばかりで、気づける者しか気づけない程度ではあった。そのまま放っておいてもしも亀裂が大きくなるようなことがあったら大変なので、見つけたものはすべて修復しておいた。これで今日の予定は達成できた。
魔物が先に気が付いたりすると、その場所を攻撃されて壊されてしまう可能性もある。そこから侵入されてしまうと、被害がでてしまうだろう。
幸い、帝都の中は神聖石の結界内ということで、動きは鈍くなるからすぐに警備隊や騎士団の騎士が倒してくれる。だけど、侵入されたという恐怖は人々の心に残ってしまう。強固な帝都というイメージが崩壊して、皇帝への不信感に繋がるのは避けなければいけない。
もう一度結界のチェックをしてから街の中に戻ることにした。
「さて、カリナのお土産を買って帰りましょう」
次の休みがいつになるのかわからない。その間に新しい結界の亀裂を見つけておくことになるだろう。
せっかくの休みなんだし、残った時間は楽しまなくては。
「もう少し休みを増やしてほしいな。でも、申請したところで逆に休みがなくなりそうな気がするのよね」
独り言に反応してくれる人は誰もいない。
私が働いている神殿には同じ神聖力を持った聖女や聖人が集まっているけれど、それほど多いとは言えない。そのため1人の仕事量が多くなってしまうのが悩みではあった。
とはいえ人を増やすにも神聖力を持っていることが神殿で働ける条件になる。その中でより強い神聖力を持っている人が聖女や聖人になれる。力は持っていてもあまり強くない人たちは神官という役職になる。
私は強い神聖力を持っているから聖女になれた。そして聖女や聖人に選ばれた人たちは怪我の治療をすることができる。そういう力を持っている。
訓練によっては神官になった日とも神聖力を高めて聖女や聖人になれることもあるけれど、ほとんどがそこまでには至らない。そのため、私たちは人手不足が常なのだ。
「今すぐ増やせるわけでもないから、休みを増やす希望は現実にはならないわね」
自分で言い出しておきながら結局諦めるしかない。
「とはいっても、申請だけはしてみようかしら」
結果はわかっている。それに下手をすると文句を言うなと休みを余計に減らされる可能性まである。それは嫌だな。
「休みがなくなると、こうやって暗躍することもできなくなるから、やっぱりやめておこう」
暗躍の意味が違い事を理解しながらも、言っていてちょっと面白いなと思いながら私は買い物をするため街へと足を向けた。




