第3都市
帝都から第3都市への移動は、予定通り3日間の旅で到着することができた。
途中魔物との遭遇ももう一度あったけれど、それも聖騎士たちの活躍で問題になるようなことは何も起こらずに予定通りの道を進むことができた。
「あそこに見えるのが第3都市だ。帝都と同じように壁で囲われていて中を見ることはできないが、あの都市は近くの山から流れ込む水が豊富で作物も他の都市と比べると毎年豊作だと聞いたことがある」
私が帝都以外の都市に行ったことがないことを知ったカイル様が、見えてきた第3都市の説明をしてくれる。とはいえ、カイル様も実は第3都市には行ったことがないので、聞いた話を私に伝えているだけではあるけれど。
「バラの都市だと聞いたことがあります。聖女達の間でもバラの香水が人気になっていました」
作物以外にも花の栽培が盛んなようで、特にバラに力を入れている。花自体も人気だが香水などの特産品も他の都市に販売を広げているそうだ。
「香水に関しては最近だろう。それ以前は貴族の間で庭に植えるバラの品種を第3都市から取り寄せることが多かったはずだ」
色々なかけ合わせで病気に強かったり、花を長持ちさせたり、咲く色も多種多様になっている。そのほとんどが第3都市で開発されていた。
「花には詳しくないが、俺の実家も一時バラの買い付けに力を入れていた時があったな」
カイル様は伯爵家の出身だったはず。お兄様が爵位を継ぐためカイル様は騎士の道を目指したのだろう。伯爵家でも庭に美しいバラを咲かせようと他の貴族と競うように植えていたようだ。
「水が豊富なことで作物全体の品質もいい。料理は帝都よりも美味いという噂を聞いたことがある」
噂で聞いただけの話なので実際に食べてみれば違いはすぐにわかるだろう。私が聖女達の話を聞いた程度より、カイル様の方が情報を持っているようで勉強になる。
「料理がおいしいのなら、人気のお店に行ってみたいですね」
そんなこと仕事で来ているため無理なのは承知だ。ちょっとした夢を口にしただけである。
「神殿でも、きっと料理は美味いだろう。そこは期待してもいいと思う」
「そうだといいですね」
第3都市全体で美味しい料理ばかりなら、神殿の食事もきっとおいしいのだろう。そこに期待することにした。
話をしている間に第3都市の壁がどんどんその存在を主張するように大きくなっていき、見上げるほどの位置に近づいた。
やはり帝都と同じように魔物の侵入を物理的に防ぐための壁が大きく高い。
その壁に合わせるように結界が張られていることも確認できた。
任務としては結界の違和感を突き止めて解消すること。
今見ているだけでは違和感と言われている感覚はなかった。
「とりあえず検問所を通って中に入ろうか」
隣に並んだザックさんも壁を見上げていたけれど、彼も特に気がかりことはないようだ。
「そうですね。まずは神殿に行って詳しい事情を聞いた方がいいでしょう」
帝都の神殿には第3都市の結界に違和感があるという報告だけだった。調べてみたが原因がわからず大聖女か大聖人に確認してほしいということだった。
直接話を聞けばより詳しいことを聞けるはずだ。
第3都市は3つの検問所があり、東側は山から流れてくる川がある。川は都市の淵を流れているため、東側は川と水を引き込む水路があるため出入口がない。
私たちは帝都を南下して第3都市に来たので、一番近い北側の検問所から入ることにした。
検問所に向かいながら壁際の結界を見上げていると、不意に結界が一部歪んだように見えた。
「え?」
首を傾げた時には何の異常もない結界に戻っていた。それが奇妙でさらに首を傾げると、カイル様が後ろから声をかけてきた。
「どうした?」
「いま、結界が歪んだように見えたんですけど・・・」
そう言ってザックさんに視線を向けてみるけれど、彼は結界を見ていなかったのか、特に何かに気が付いた素振りを見せなかった。私も一瞬の事だったので、はっきりおかしいとは言えなかった。
「・・・検問所を通る前に、壁に沿って歩いてもらうことは可能ですか?」
気のせいだと思うには何かが心の奥に引っ掛かった。
「それは可能だが、何かわかるのか?」
カイル様は私の言葉に疑問しかないようだ。
私自身結界を見て何かがわかるとは言えない。ただ、自分の目で確かめておきたいという気持ちだけで頼んでいる。
「念のためです」
それしか言えなくて、説得できるだけの理由がないことにカイル様は怒るかと思った。
「わかった。ここは聖女である君の判断に従う」
我が儘を言っている自覚はあったのに、カイル様は聖女としての私に従うと決めてくれた。
「ザックは先に神殿に向かってくれ。到着したことを報告しておいた方がいいだろう。イスカは俺と一緒に来てくれ」
検問所を目の前に、ザックさんとベン様は先に第3都市に入ることになった。
結界の外は魔物に遭遇する可能性が高いため、イスカ様も一緒に都市を一周することになる。私の我が儘に付き合うことになって嫌な顔をされるかと思ったけれど、イスカ様は黙って頷くだけだった。
「それじゃ、先に神殿に行っているよ」
私の我が儘にザックさんは疑問を持たなかったのか、さっさと検問所へと行ってしまった。結界の歪みに気が付かなかったからか、気にしていないようである。それとも私の発言に疑問を持ちながらも敢えて何も聞かずに先に行ったのかもしれない。
「壁際を歩くだけでいいのかい?」
ザックさんとベン様が検問所に消えるとイスカ様が質問してきた。
「それで十分です」
私が答えると、イスカ様は私たちの後ろを付いてくるように後方へ移動した。
カイル様がゆっくりと馬を歩かせていく。私はただ壁を見上げて結界を見つめるだけとなった。
今のところ綻びや歪みがあるのは見えない。帝都では所々に発見していたけれど、第3都市は神殿の者たちがしっかりと日々点検しているのか、立派な結界を保っているようだ。
リリス様がしっかりと大聖女として結界の維持に尽力してくれていれば、帝都の結界も綺麗なはずなのだけれど、そこは私が動くことで保っているから、今のところ文句を言うつもりはない。それに、時々大聖人様も帝都の神聖石を保護しているのか、結界が綺麗になる時があった。
体調を崩してほとんど仕事が出来ていない大聖人様も、帝都の結界だけは護らなければと考えているのだろう。そうでなければ帝都の結界が崩壊して、そこに住む人々が魔物の脅威に晒されることになる。
皇帝やその親族も暮らしている大陸で一番重要な場所でもある。
「何かわかったか?」
しばらく結界を見上げながら馬が進んでいくと、後ろからカイル様の声が聞こえてきた。イラついていることもない、ただの確認だとわかるほど穏やかで落ち着いた声だった。
「そうですね・・・」
今のところ異常がないと言おうとして、視界の端に違和感を覚えた。
そちらに視線を向けると、綺麗な結界が見えるだけ。
何かがおかしい。でもその原因がわからない。第3都市の神殿が依頼してきた気持ちがなんとなくわかるような気がした。
「降りてもいいですか?」
ただ見ているだけでは駄目なのかもしれない。そう思って馬から降りることを提案した。
「危険なことを了承することはできない」
ここは結界の外だ。いつ魔物と遭遇するかわからない場所でもある。たとえ護衛の聖騎士がいてもカイル様は私を降ろすことはできないと判断したようだ。
「それなら、壁に触れられる位置まで移動してください」
馬から降りたかったのは結界に触れたかったからだ。都市を囲う壁は結界と一体化している。壁に触れれば結界に触れているのと同じことになる。
「わかった」
すぐに馬を壁まで寄せてくれた。
手を伸ばせば触れられる位置で馬が止まる。
呼吸を整えてそっと壁に触れると、意識を集中させるために目を閉じてゆっくりと神聖力を流した。
壁に触れている感触と結界を作っている神聖力を感じながら、自分の力を結界の神聖力に合わせてゆっくりと結界の様子を確認していった。
特に異常のない結界。神聖力に乱れがあるようにも感じられないことから、さっき見た結界の歪みは見間違いだったのではないかと思う。
原因を究明しなければいけないという使命感が、錯覚を生み出してしまったのなら聖女として失態だなと思っていると、不意に神聖力にわずかな乱れを感じ取った。
はっとして乱れを感じ取った場所を探ってみる。
すると、わずかに神聖力に乱れを感じる場所がある。これが先ほどの歪みの原因だろうかと思った瞬間、そこにあったはずの神聖力の乱れが正常に戻っていた。
驚いて瞼を開いて壁を見つめる。
確かに乱れた神聖力を感じ取って、それを確認することもできた。それなのに、一瞬にして元に戻ってしまった。
もう一度意識を集中させてみても、今度は神聖力の歪みすら感じられなかった。
はっきりとしたことがわからないけれど、結界に違和感があるという神殿からの報告はこれが原因ではないかと思えた。
「何かわかったのか?」
私がただ壁に手をついているだけにしか見えないので、カイル様は何が起こっているのかわからない。窺うように声を掛けられたけれど、私は説明できなかった。
もっと詳しいことを調査しないとはっきりとしたことは何も言えない。
「神殿に行きましょう。代表と話をした方が良さそうです」
何が起こっているのか説明することができず、とりあえず第3都市に入ることを提案すると、カイル様は無言で検問所へと向かった。納得できないはずだけど、結界に関しては聖女である私の意見を聞くしかない。
馬に揺られながら、私は今回の違和感の正体を突き止めて解決するのは、少し大変かもしれないと思っていた。




