衰弱した神聖石
「では、ご案内します」
ザックさんと一緒に神聖石が置かれている部屋へと案内してもらうことになった。神聖石は村長の仕事部屋の隣らしく、仕事部屋を経由して隣の部屋へと移動しなければいけないようになっていた。
地下へ降りる部屋は何もない空間で、地下に降りるためだけに存在していた。急な階段を降りて行くと、そこは屋敷全体の広さがありそうな空間になっていて、所々太い柱で屋敷を支えているため見通しがそれほど良くない。ちょうど屋敷の真ん中辺りに台座があって、その上に手のひらサイズの赤い球体が置かれている。
球体はそれ自体がほのかに輝きを放っている。とはいえ、球体の光だけでは地下室を照らすことができない。テル村長は地下室へ降りる前に手持ちのランプを持ってきていたので、明かりを灯してくれた。神聖石の欠片で作られたランプなので火を気にすることなく辺りを一定の光で満たしてくれる。
「村を護るくらいの結界なら、これくらいの大きさは妥当だね」
先に神聖石に近づいたザックさんがまずは観察をして感想を漏らす。
神聖石は大きさと、その中に宿っている神聖力の強さによって結界を張れる規模が決まってくる。
手のひらサイズの神聖石なら、村くらいの集落を形成するのがやっとだ。都市ほどの大きさになれば、人よりも大きな神聖石が必要になる。
この大陸には12の都市があるので、12個大きな神聖石が存在していることになる。それはとても貴重であり、各都市にある神殿が丁重に扱って守っていかなければいけない物でもある。
「直接触れて確認してもいいですか?」
「ぜひお願いします」
神聖石は村を護る大切なものだ。むやみに触ってはいけない。そのため村長の許可をもらってから手を伸ばした。
そっと包み込むように神聖石に触れた瞬間、私は自然と息を大きく吸い込んでいた。
表現としては軽いと思った。それは石の重さではなく、神聖石の中にあるはずの神聖力があまり残っていなかったことへの表現になる。
「テル村長。この神聖石はいつ保護を受けましたか?」
先ほど1年以上神殿から人が来ていないと言っていたけれど、改めて確認をしてみた。
「神聖石の保護なら、1年以上していません。特に問題が起こっていないので、こちらから神殿に頼むこともしていませんでした」
不思議そうにしながらテル村長が言うので、私は隣で神聖石を眺めていたザックさんを見ると、彼も私と同様に驚いた顔で私を見てきた。きっと同じことを考えている。
1年以上神聖石は放置されていた。保護を受けることがなく、神聖力を注がれる機会がなかった。このまま神聖力を使い続けてしまえば、この先どうなるのか簡単に想像がついてしまう。
「僕も触っていいだろうか」
ザックさんが信じられないと言いたげに手を差し出してきたので、そっと手のひらに載せてあげた。すると、ザックさが眉間に皺を寄せる。
「これは危なかったね」
ポツリと零した言葉に頷くしかない。
「何か問題でも?」
テル村長は何が起きているのかわからないようで首を傾げていた。
「神聖石は年に1度は神聖力を注いで力を満たしておくことが常識なんですよ。放っておけば、石の神聖力が失われて結界を張る力がなくなって神聖石自体が壊れてしまいます」
説明すると、テル村長は初めて聞いた話だったのか、何度も瞬きをしていた。
「そんな話は聞いていません・・・・前任の村長は父でしたが、急に倒れて亡くなったため、1年前に急遽私が村長になりました。伯爵様からも神聖石に関する話はされましたが、その話はしていませんでした」
父親が急に倒れたことで村の長としての責務が急に息子のテル村長に来たらしい。その際に父親からの引継ぎはできず、領主である伯爵から簡単な説明を受けた程度だったらしい。
その時に神聖石の保護の話はされなかったようだ。
伯爵にとっては当たり前のことで話をしなかったのかもしれない。それにテル村長は定期的に神殿から人が派遣されて神聖石の保護をしてくれるものと思っていたようだ。そのため、こちらから申請しなくても大丈夫なのだと思い込み、人が来ないのは問題ないからだと考えていたらしい。
「このまま放っておけば、確実に結界が失われていましたよ」
私の言葉にどんどんテル村長の顔色が悪くなっていくのがわかった。
「もしかして、もう手遅れですか?」
恐る恐る尋ねてくる彼に、私はザックさんと顔を見合わせてから笑顔を向けた。
「まだ間に合います。今から神聖石の保護をしますので、1年は無事に過ごせますよ」
「ただし、1年後にはまた神聖力を注ぐ必要がありますから、必ず神殿に申請してください」
ザックさんの言葉にテル村長は頷いた。前村長である父親が今まで申請をしていたため、定期的に神殿から人が派遣されていた。それを当たり前だと思い込んでいたため、テル村長はそのうち神殿から誰かが派遣されると思っていた。
テル村長が失念していたとしても、ここは伯爵領だ。領主が村と連絡を定期的に行っていれば、村長の勘違いも気が付けたように思う。そうなると、領主が村を放置しているのではないかという疑問が生まれる。
今回は大事にならなかったとはいえ、このまま放っておけばいつか村の結界が消えて村がなくなってしまう可能性があった。神殿に戻ったら報告しなければいけない。貴族に関しては国の管轄だ。神殿で働くただの聖女がどうこうできることではないけれど。
「とりあえず、今は神聖石の保護をしようか」
考え事をしていると、ザックさんが目の前に神聖石を掲げてきた。
「僕がやってもいいけど、先に神聖石を確認したいと言ったのはセシリアさんだから、セシリアさんがやるかい?」
ザックさんでも小さな神聖石の保護はできる。それを譲ってくれるのは、先に神聖石の確認をしたいと言い出した私への配慮のようだった。
「わかりました。やります」
神聖石を受け取ると、本当に力が空っぽに近いことがわかる。あと数か月もすれば力を失って壊れていただろう。
意識を神聖石に集中させて、神聖力を流していく。あまり力が残っていなかった神聖石の中に力が溜まっていくのがわかった。その力がゆっくりと中で動き、村全体を覆っている結界へと流れていくのを感じる。結界自体に綻びや歪みはない。異変がなかったからこそ村長も大丈夫だと思ってしまったのだろう。
力を注ぎ続けて神聖石が放つ光がわずかに変わったのを見届けて保護は完了だ。
「完了しました」
念のためザックさんに確認してもらう。
彼の手のひらに神聖石を置くと、ザックさんはすぐに頷いて台座に戻した。
「これでしばらくは大丈夫ですよ。これからはちゃんと申請してください」
様子を窺うように少し離れていたテル村長に言うと、心から安堵したように彼が息を漏らした。
まったく異常がなかったため、神聖石の力が弱っていることに気が付かず村を危険に晒していた事実を知って動揺していたようだ。もう大丈夫だとわかって心から安堵したようだ。
「さて、そろそろ昼食の準備もできたんじゃないかな?戻って食事にしよう」
ザックさんは何事もなかったように指で上を指した。いつまでもここに居てもしょうがない。それに私たちには第3都市へ向かうという大事な任務がある。そのための護衛騎士たちもいるのに、彼らに何も言わずにここに来てしまった。いないと知って慌てていたら大変だ。
「そうですね。次の移動もありますし、ゆっくりしていられませんね」
私も頷いて神聖石の危機がなかったかのように地下室を出て行くことになった。




