村にて
昼過ぎまで何もない草原を走り続けて、魔物避けの聖物のおかげで魔物を見ることさえなく順調な旅となっていた。
私も軍馬に慣れて景色を見る余裕が出来てほっとしたけれど、ずっとひたすら馬に乗り続けていたら、さすがに疲れが出てきていた。
どこがというより全身に重たい感覚がある。
それがはっきり自分で自覚できたのは、ようやく見えてきた建物にほっとしながら村の結界に入った時だった。一瞬体がふらつくのを感じた。
あっと思った瞬間には体が傾いてしまっていたけれど、それを支えてくれたのはカイル様だった。
お礼を言う前に馬が止まってカイル様が先に降りる。
両手を広げてこちらを見上げて来たので私もカイル様の手を借りて降りると、地面に両足が付いたところで膝に力が入らず崩れるように倒れそうになった。
それもカイル様が支えてくれたので立っていられた。
「朝からずっと乗りっぱなしだったからな。こればかりは仕方ない」
カイル様は私が立てなくなることを予想していたようだ。
初めての軍馬に長距離移動。体力面でも劣ることはわかっていたのだろう。
乗馬経験があるからと私自身そこまで考えが至らなかった事が少し恥ずかしい。
周りを見ると、ベン様とイスカ様は平気そうにしている。ザックさんも馬から降りてその場に立っていたけれど、少し疲れが見える顔をしていた。
それでも自分の足で立っていることがすごい。
「すみません。少し休めば動けるようになると思います」
まだカイル様の腕に支えてもらわないと立っていられない気がする。どこかで休ませてもらおうと思っていると、カイル様が近くにいたイスカ様に声を掛けた。
「馬を頼む。俺は先に村長のところへ行って彼女を休ませる」
「了解」
「僕も休めるように手配してくれると助かるな」
ザックさんが片手を上げて言うと、カイル様は頷いてから突然私の体を引き寄せた。
それは一瞬のことで、何が起きたのか理解するよりも先にカイル様が軽々と私の体を持ち上げてしまった。
「え・・・え?」
「このまま村長のところまで行く。暴れると落ちるから大人しくしているように」
返事も待たずに歩き出してしまい、言われたとおり暴れると本当に落ちそうな気がして固まってしまった。自分で歩けると抗議すればよかったのだけど、立っていられなくて支えてもらっていたので、抗議しても意味がないこともわかってしまっていた。
軍馬で村に入ってきたことで周囲の人々の目が完全にこちらに向けられていることに気が付いて、恥ずかしい気持ちはあるけれど、どうすることもできなくて目を閉じて周りを気にしないことにした。
私はただの荷物だと念じるしかない。
「これは、聖騎士様に聖女様。訪問されるご予定はなかったはずですが」
明らかに戸惑いの声が聞こえてきて、目を開くと他の家よりも少しだけ大きな家の前にいた。
その家の扉の前に慌てたような若い男性が立っている。両手がふらふらと左右に動いて今の状況を必死に整理しようとしているのが窺えた。
「突然の訪問ですまない。第3都市まで聖女と聖人を護衛している聖騎士カイル=アズリクフだ。移動休憩のためこの村に立ち寄ることになった」
カイル様は村へ来た経緯を説明すると、男性は何度も頷きながら話を聞いている。
「疲れの見えている聖女を先に休ませたい。部屋を用意してもらえないだろうか」
「わかりました。すぐにご用意します。私はこの村の代表をしていますテル=グニルといいます。この村はドレスター伯爵様の領地になりますが、伯爵様は帝都にお住まいですので、代表である私が対応させていただきます」
この村の村長さんだったようだ。随分と若いなと思う。
貴族は大きさは違っても必ず領地を与えられている。そのほとんどが魔物に支配された土地のため、どこかの都市に住むことが基本だ。その中で自分の領地で結界を張れるほどの神聖石が発見されると、自分の領地に村や町を作ることになる。ドレスター伯爵領で発見された神聖石は小さいながらも村を作ることができたらしい。そうなると、伯爵が村の領主となり、村人は領民となる。領主として村に住むことができるけれど、伯爵は代理で村長を置くことにしたようだ。
村や町ができると、そこから国に治める税金を捻出することが可能になる。私の領地の村もお父様が村に住んで毎年税金を納めている。だけど、作物の収穫量や、場所によっては鉱物を収入源としているところもあるけれど、安定的に取れないという難点がある。国に治める税金を捻出することができない村があることも知っている。そういう貴族は村に代表を置いて、自分達は近くの都市に移住してそこで商売などをすることでお金を稼ぐことになる。
私が住んでいた村とは違い、ここは収入源に乏しい村のようだ。ドレスター伯爵は帝都で暮らして収入を得ているらしい。
テル村長はすぐに家の中に私たちを入れてくれて、奥にある部屋へと案内してくれた。
「この村には宿泊施設はありませんので、巡礼で訪れる神殿の方が休めるようにこの家には部屋が多くあります」
商人など都市間を移動する際に立ち寄るような村や町だと宿泊するための宿屋はある。でも、この村はそう言った人々が立ち寄る場所にないため外から来た人を受け入れるのは村長の役目のようだった。
私がいた村もローズネル男爵の屋敷が他の家よりも大きく。多くの部屋を用意していた。ローズネル領も商人が通行する場所から外れていたので、部屋を使うのは巡礼に訪れた神殿の者たちくらいだったことを覚えている。
なんだか懐かしさを感じていると、部屋に通されてベッドに座らされた。結局最後までカイル様に運んでもらってしまった。
「村長と話をしてくるから、君はしばらくここで休んでいなさい」
「ありがとうございます」
「後でザックも来るだろう。食事も用意してもらうから、それまでゆっくりしていてくれ」
昼食後はまた移動となる。ここでしっかり休んで体力を回復させる必要があるだろう。
カイル様はすぐにテル村長と部屋を出て行ってしまい、扉が閉まると話声さえ聞こえない静寂に包まれた。
途端に緊張の糸が切れたのか、ベッドに倒れこんでしまう。
靴を脱がなきゃと思いながらも深く息を吐きだすと、気力が抜けて疲れがのしかかってくるのを感じた。
乗馬に慣れていると言っておきながら、軍馬のスピードに体力を奪われてしまうなんて情けない。
「久しぶりだったからは言い訳にならないわよね」
帝都に来てから乗馬はしていない。毎日神殿で聖女としての仕事に追われ、やっと取れた休日も結界の修復に当てていた。馬に触れたこと自体久しぶりだったのだ。
「疲れたな」
小さな呟きがさらに体を重くしたように感じた。このまま今日は休めるのならいいのにと思ってしまうけれど、食事をしたら先に進まなければいけない。他の人たちに迷惑をかけるわけにもいかないため、気力を振り絞らなければ。
そう思うけれど、身体は正直だ。ベッドから起き上がることができずに、逆に目を閉じてしまった。
このまま深い眠りの世界に引き込まれることになるだろうなと頭ではわかっていても、閉じた瞼を持ち上げる気力がない。
「セシリアさん。大丈夫かい?」
眠れそうだとぼんやり思っていると扉をノックすると音が聞こえ、ザックさんの尋ねる声がした。
「ザックさん」
人が来たことで一気に半身を起こした。目も開いて元気だとアピールするようにベッドに腰掛ける形になって、返事をする前に体が疲れていることを思い出すように疲れがのしかかってくる。
扉を開けるべきなのはわかっていても立ち上がるまで体力はまだ回復していなかった。
「セシリアさん?」
返事がないことでザックさんが心配して扉を開けて部屋を覗き込んできた。
「大丈夫、ではなさそうだね」
目が合うと苦笑するザックさんだったけれど、彼の顔色もあまり良くない。
「ザックさんも休んだ方が良さそうですよ」
部屋にはベッドが2つある。彼も一緒に休むのだと思って、隣のベッドを示すとザックさんはすぐに首を横に振った。
「僕の部屋は別にあるから。同じ神殿の人間とはいえ、女性と一緒の部屋はまずいだろう」
少し休むだけだからと気にしなかったのに、部屋はちゃんと男女で別に用意されていたようだ。
「それよりも、体力の回復をしておいた方がいいだろうね」
「私の治療に来てくれたんですか?」
「僕の治療もしてくれるとありがたいと思ってはいるんだけど」
そう言って、ザックさんは近づいてくると両手を私の肩に置いた。
すると彼の神聖力が流れ込んでくるのがわかった。ゆっくりと包み込むように温かい力が流れ込んできて、体にのしかかっていた疲労が和らぐのを感じた。
神聖力での治療は、相手の怪我や疲労を回復することに長けているのに、自分自身の治療には不向きだ。力が体の中を循環してしまい、治療に時間がかかる。そのため聖女や聖人たちは自分の回復をしたい時は他の人に治療を頼む。
ザックさんが私の治療をしてくれたことで、体力の回復ができた。今度は私がザックさんの治療をする。
ザックさんの手が肩から離れると、その手を両手で包み込むように握った。
「今度は私がやります」
すぐに神聖力をザックさんに流して、彼の体力の回復をする。それと同時に、腹部の辺りに違和感があることに気がついた。
「ザックさん、お腹の辺りを痛めていませんか?」
「あ、気が付かれたか。乗馬は久しぶりで余計な力が入ったみたい。少しお腹が痛くなったなと思っていたんだよ」
悪戯がばれたかのように笑うザックさんはそれほど気にしているようではなかった。それでもこの後の旅を考えると今治療しておいた方がいい。
何も言わずに腹部の痛みを治しておいた。
「セシリアさんの治療は的確で力が安定しているように思うよ」
「他の聖女とそんなに変わりませんよ」
治療が終わって手を離すと、ザックさんは腹部を擦っている。痛みが取れたことに感心しているような言い方をするけれど、これくらいは普通だと思う。
「なんて言ったらいいのかな。他の人が治療した場合は体全体の治療をしたり、痛みのある場所を中心に大きく神聖力を流すことで治療するんだよ。でも、セシリアさんは治療しなければいけない箇所に的確に神聖力を流してピンポイントで治療しているのがわかるんだ」
「そうですか?」
そんなこと初めて言われた。今までに他の聖女や聖人を治療したことはあったけれど、的確な治療をしていると言われたことがない。他の人と変わりない治療をしているつもりだったのに、私の治療は違いがあったらしい。
「治療したい所だけを治療したほうが、神聖力も効率よく使えて良いと思います」
体全体に神聖力を流したり広範囲の治療になるとその分神聖力を使ってしまう。治療したい所だけを治療したほうがいいと思うのだが。
「それができたらみんなそうしているよ。神聖力のコントロールがセシリアさんは異常に優れているんだろうね。だから他の人より的確に治療ができるし、神聖力の消耗も少ないと思う」
他の聖女や聖人と神聖力の強さを比べることはあっても、治療方法などはお互いに同じ作業をしているから同じだと思っていた。どうやら個人で違いがあるらしい。
初めての指摘に戸惑ってしまう。
「他にはいないでしょうか?」
私だけが特別だとは思えない。他にも似たような力の使い方をする聖人や聖女がいてもおかしくない。
「どうだろうね。神殿にいる全員と治療を試したことがないからはっきりわからないけど、僕が経験した中では、セシリアさんが一番安定していて上手い神聖力の使い方をしていると思うよ」
そう言えば、カリナにも治療をしたことがあった。その時に治療が上手いとは言われたことがあったけれど、ここまで深く神聖力の使い方を指摘してきたのはザックさんが初めてだ。
もしかすると今まで私が治療に携わってきた人の中で、神聖力を感じ取れる人は私の力の違いに気が付いていたのかもしれない。ただ何も言われなかったことで他の人と変わりないと勝手に思っていただけのような気がする。
「オルトロ様が気にした理由がわかった気がする」
「え?」
「なんでもない。こっちの話」
ザックさんは手を振ると、昼食準備が出来るまで休むようにと言って部屋を出て行った。
彼のおかげで体力が回復したので、再びベッドに倒れこむことはない。それでも精神面の休息は必要だろう。落馬しないように体が緊張していたけれど、神経も削っていたのは間違いない。
「昼食の後はすぐに出発よね」
気分転換を出来たらいいのにと思い、窓から村の様子を見てみた。
結界に護られた小さな村。数軒の家が間隔をあけて点在している。その横には必ず小さいながらも畑があって、野菜などを収穫して生活しているのがよくわかる光景だ。
他にも村を囲むように畑があったのを結界に入った時に見た。あれらは別の村や町に売られる物だろう。村の大事な収入源だ。
「これくらいの規模なら、生きていくのがやっとかしら」
私がいた村はもう少し広い土地があった。小さい町くらいの面積があったはずだけど、大半が畑で作物を作っていた。男爵である父も国に治める税を賄えるくらいには収入があったはずだ。そのおかげで私も村育ちでありながら貴族令嬢としてのマナーを家庭教師から学ぶことができた。弟も将来の男爵として教育をしっかりと受けさせてもらっていた。
「この村の神聖石はどうなっているのかしら」
ふとそんなことを思った。
村を護る結界は神聖石によって作られている。
神聖石で結界を発動させることができるのは神聖力を持った人間だけだ。その後も、定期的に聖人や聖女が巡礼という形で神聖石が安定しているか確認をして、神聖力を注ぐことになっている。
村の位置からして、帝都の神殿から派遣されているはずだ。
「この村の話は聞いたことがないわね」
大聖女リリスに神聖石の確認をしてほしいという依頼が来ることはあるけれど、どれも他の聖女に行かせるなどして、リリス様本人が動いたことはない。その中でこの村が依頼をしてきた記憶がなかった。
私が補佐聖女になってから半年しか経っていないので、その前に依頼されていたら記憶にないのも頷ける。
「確認してみようかしら」
昼食までまだ時間はありそうだ。その間に村長に聞いてみることにしよう。
ベッドから立ち上がって少し歩いてみる。さっきは立つことさえできなかったけれど、ザックさんのおかげで動くことができるようになった。カイル様に運んでもらう前に治療してもらえばよかったと今さら思ってしまう。
部屋を出て廊下を歩いていると、テル村長と年の変わらない女性がいた。
「あの」
「まぁ、聖女様。まだ食事の準備が出来ていません。もうしばらくお休みになっていてください」
私の姿を見て、女性は慌てたように言ってきたけれど、すぐにテル村長に話があるのだと説明した。すると、女性はテル村長の妻だったようですぐに案内してくれることになった。
村長が仕事で使う執務室に案内されると、村長の妻はすぐに部屋を出て行ってしまう。
小さな村の代表をしているだけで、村長の家は他の家より大きいけれど使用人がいるわけではないようだ。そのため客人が来ると家族で準備をして迎え入れている。食事の準備も彼女がしていたのですぐに台所へと戻ってしまった。廊下で会えたのはたまたまだったらしい。
「テル村長。もしよろしければこの村の神聖石を見せていただくことはできませんか?」
「神聖石ですか?」
不思議そうにするテル村長は何かを思い出したように手を打った。
「そういえば、しばらく神殿から人が来なかったので、神聖石を見てもらうことがありませんでした。私は毎日確認していましたが、特に問題はありませんでした」
テル村長の話し方に違和感を覚える。
その違和感がなんなのかすぐにはわからなかったので、とりあえず神聖石を見せてもらうことを優先することにした。昼食が終わればすぐに第3都市に向けて出発することになるだろう。今手の空いている時に神聖石を見ておかないと機会を逃してしまう。
「神聖石は屋敷の地下にあります」
村など小さな集落では神聖石を護るため隠すように保管されることが多い。この村では地下に安置しているようだ。
「あれ?セシリアさん、まだ休んでいた方がいいんじゃないの」
テル村長に案内してもらおうとしたところで、ザックさんが廊下の奥から姿を見せた。彼も部屋で休んでいたはずだけど、何か用事があったのだろうか。
「昼食まで時間があるようなので、その間にこの村の神聖石を見せてもらおうと思って頼んでいたところです」
せっかく来たのだから、聖女としての役目も果たしておこうと思った。
「考えていることは一緒だったみたいだね」
説明するとザックさんは笑って、自分も神聖石を見せてもらおうと思っていたと言ってきた。
彼もやはり聖人として仕事を果たそうとしている。お互いに顔を見合わせて笑ってしまった。
同じ考えを持っていたことを知って、ザックさんと一緒に神聖石を見ることとなった。




