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初軍馬

初めての軍馬は高い位置から見える景色に感動していられるほど悠長な移動とはならなかった。

地を蹴る蹄の音と、地面から伝わってくる振動。乗馬経験があるから慣れていると思って、いつも通りの感覚でいたら、考えが甘かったことを痛感させられた。

軍馬はスピードも違う。

帝都を出るまでは歩いてくれていたのに、結界を出た途端一気に加速してその勢いに一瞬息が止まった。

顔に迫る風に体が後ろに押される感覚。カイル様が後ろにいてくれなければ簡単に落馬していたかもしれない。これを予想していたのかどうかはわからないけれど、カイル様は私がバランスを崩しても簡単に受け止めて、馬を止めることなく前へと進んだ。

態勢を立て直して少し前屈みになる。そこでやっとまともな呼吸ができた。

ほっとしていると、耳元で声が響く。

「セシリア、大丈夫か?」

耳元で名前を呼ばれたことで、鼓動が跳ねるのを感じた。2人で馬に乗っているのだから距離が近いのは仕方がないことだけど、安心したところに優しく名前を呼ばれると心臓に悪い。

振り返ろうと思って、すぐにやめた。

きっとバランスを崩して余計な迷惑をかけてしまうし、やはり顔の近さに動揺してしまいそうだった。

ふと聖女の宿舎に併設されている食堂を思い出した。

食事をしながら周りの会話を聞くことが多い。時々聖女達の会話でカイル様のことを話していることがあった。

彼は精悍な顔立ちをしていてかっこいいと楽しそうに話していた聖女達。そして、皇太子殿下のもう1人を護衛騎士は綺麗な顔立ちなのだとも言っていた。どちらの騎士様がお気に入りだとか盛り上がっていたことを思い出す。リリス様がカイル様を気に入って護衛騎士にした手前、彼女の間では話せない内容だ。そのためリリス様が絶対にいない食堂でどちらがいいのかと華を咲かせていたのだろう。

確かにカイル様は精悍な顔立ちだとは思ったけれど、ここまで近いことは今までなかった。改めてカイル様の人気の意味を知った気がする。

「セシリア?」

返事をしないことを疑問に思ったようで、カイル様がもう一度声を掛けてくれた。カイル様の顔のことを考えていたとは言えない。体を倒したままとりあえず返事をしておいた。

「大丈夫です」

風の勢いに負けないように声を張ってみたけれど、カイル様から反応がなかった。

大丈夫だとは思わなかったのかもしれない。

視線だけを動かして他の人たちを確認してみることにした。

ベン様と一緒にザックさんが乗っているはずだけど、彼は大丈夫なのか確かめたかった。私と同じように耐えているかもしれない。

余裕で乗っていたら、私だけ情けない姿をしていることになる。

そう考えると乗馬ができると言った手前、悔しい気持ちになってしまう。ただ風の勢いと隣をベン様の軍馬が走っていなかったことで確認ができなかった。

何とか態勢を整えて普通に乗りたいと考えていると、不意に迫ってくる風が和らいだのを感じた。

「え?」

馬のスピードが落ちたのかと思って顔を上げると、最初と変わらない速度で走っていることに気が付く。

「最初からこうしておけばよかったな」

後ろからの声に振り返ることなく私はわずかに首を傾げた。

軍馬を包み込むように神聖力を感じる。探ってみると軍馬の額に取り付けられた小さな神聖石が力を発揮しているのがわかった。

移動のための馬には必ず神聖石の欠片で作られた聖物が取り付けられる。馬を使うのは魔物が徘徊する土地を移動するときがほとんどだ。魔物に襲われないために聖物を取り付けるのは義務になっていた。

「軍馬は通常の馬より速い。体への負担が大きくなることを考えて、風よけの機能もある」

私の心を読んだかのようにカイル様が説明してくれた。

軍馬には初めて乗ったけれど、取り付けられている聖物も特殊な物だったらしい。

魔物避けとしては常に神聖力を放っている聖物だけど、風よけは切り替えができる。そのためには神聖力を持っていないといけない。

カイル様は神聖力を持った聖騎士なので、聖物の扱いも簡単にできていた。

治療できるほどの強い力は持っていなくても、神殿の神官たちくらいの力があれば騎士ではなくて、聖騎士を名乗ることができる。とはいえ、聖騎士は王族を護ることが多いため剣の腕も重要になると聞いたことがあった。

「最初から発動してもらえるとありがたかったです」

風よけ機能は知らなかった。乗馬ができるからと安心していたのかもしれない。

「これを使うと神聖石に少し負担が出る。早く壊れる可能性もあるからできるだけ使わないようにしていたんだ」

神聖石の欠片は神聖力を閉じ込めた石だ。ずっと使い続ければ神聖力を失って壊れてしまう。魔物避けとしての機能だけでなく風除けまでしてしまうと消耗が激しくて壊れる確率が上がってしまうということのようだ。神聖石の欠片だけでなく都市や村を護る神聖石も同じで、力を使いすぎると壊れてしまう。そのため神聖石を長く保つため聖女や聖人という存在が必要になる。

神聖力を使える者たちが神聖石に力を注ぐことで石が壊れることを防ぎ、閉じ込めている神聖力が枯渇しないようにするのだ。

「それなら、私が定期的に石の保護をします」

人の怪我を治すために使う神聖力は治療と呼ばれるけれど、神聖石に注ぐときは保護と呼ぶ。

「旅は始まったばかりだぞ。第3都市で力を使えないことになっては意味がないだろう」

カイル様では力を発動させることはできても、神聖石の欠片を保護することはできない。私が保護しながら旅を続ければ第3都市まで持たせることはできる。そう提案すると、私の力を使いすぎて第3都市に到着したときに役に立たなくなるのではという心配をされてしまった。

欠片の保護を1つするだけで、音を上げるような力しかないと思われていることに少しムッとなってしまう。そんなに私の力は弱くないのに、どれほどの力を持っているのかカイル様に見せたこともない。

自慢するために力を見せるような性格でもないので、とりあえず肩を竦めておいた。

「そんなに弱い力ではありません」

ちょっと拗ねた言い方をしながら、風除けをしてくれたことで姿勢を伸ばした。すぐ後ろにカイル様の気配を感じる。

「・・・そうだな。今回の依頼を受けるくらいだから、余計な心配をしたようだ」

カイル様がフッと笑ったのがわかった。

決して私を見下しているわけではない、優しい雰囲気にこちらまで自然と笑みを零してしまう。

「このまま進むぞ」

「はい」

呼吸も楽になって安定したところでさらに馬がスピードを上げる。

後ろから追いかけてくる2頭の軍馬も遅れることはない。

これから次の休める場所までひたすらに走り続けることになった。


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