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出発します

「あっ・・・」

荷物はできるだけ少なくして小さなカバンに詰め込んだのを抱えて集合場所に行くと、出発の準備をしていた騎士たちがいた。

馬は普通の馬ではなく、長時間走れる体力のある軍馬が用意されている。普通の馬より一回り大きな体躯は迫力がある。

艶光りした3頭の黒馬の調子を確認している騎士の姿が目に留まって私は思わず声を上げてしまった。

肩よりも長い金髪をうなじでまとめて、精悍な顔立ちは女性に人気がある。優しく馬を見つめる緑の瞳が声を出したことでこちらに向けられた。

聖騎士カイル=アズリクフ様も私を見て一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐに何事もなかったように馬へと視線を戻した。

私はすぐに荷物を抱えて彼の近くまで歩いた。

「おはようございます。第3都市へ向かうことになりましたセシリア=ローズネルです」

最終確認をしていたようで、馬の様子と荷物のチェックをしてから振り返ったカイル様はどこかすっきりとした表情をしているように見えた。

「やはり大聖女はこなかったな」

大聖女リリスの派遣を打診していたカイル様ではあったけれど、リリス様が来ないことを見越していたようだ。落胆しているというより、予想通りでどこかほっとしているようにも感じられた。

あの時のリリス様の憤りを彼は見ていないけれど、性格を考えて来ないと思っていたようだ。それを責めるような素振りは見せない。もしかすると私に仕事を押し付けて悠々と神殿に留まっていると考えているかもしれない。

第3都市へ行くことは、私からリリス様に提案したことなので、同情される必要はないのだ。とはいえ、普段の様子を知っている彼はきっと今回もリリス様の我が儘に振り回されているのだと思っているだろう。とりあえず聞かれないので黙っていることにした。

カイル様が乗る予定の軍馬が目の前にいるが、それ以外にも2頭の軍馬が準備されている。それぞれ騎士が荷物のチェックをしていた。

私がカイル様と話していると他の騎士も近づいてくる。

「初めましてでしょうね。今回の第3都市の移動警護を担当する聖騎士イスカ=ミレットです」

「同じくベン=リートンです」

2人とも20代半ばに見える。イスカ様は茶色の髪と瞳をしていて人懐っこい印象を受けた。ベン様は黒髪に青い瞳で静かな印象がある。

「セシリア=ローズネルです。もう1人聖人が同行しますが、まだ合流していないようですね」

今回の第3都市への派遣には私以外に聖人が1人同行することになっていた。大聖女への派遣が要請されていたけれど、それを拒んでいたことは神殿内で噂になっていたのか、どこからか聞きつけた大聖人の補佐をしているオルトロ様が優秀な聖人を1人派遣すると提案してきたのだ。私が行くという提案をリリス様にして許可を得た後にオルトロ様が聖人の派遣を決めたようだった。不安視されているのだとわかるけれど、私としては力の強い聖人が増えるのは歓迎すべき事なので特に何も言うことなく受け入れていた。

オルトロ様は私のことを嫌っているから、もしかすると能力の高い聖人を同行させて実力の差を示すという牽制が含まれているのかもしれない。どんな考えがあるのかわからないけれど、私は私の仕事をするしかないと思っていた。

出発時間も迫ってきているのでもうそろそろ合流してもいいはずだ。

「乗馬の経験は?」

カイル様が手を差し出してきて荷物を寄こせと言っているのだとわかるとすぐに手渡した。それを軍馬に括りつけながら彼が質問してくる。

今回の任務は急ぐため馬車を使わない。そのため馬移動だと聞いていた。まさか軍馬が使われるとは思っていなかった。

「馬には乗れます。村育ちだったので、馬に乗れるように訓練は受けました。ただ、軍馬は経験がないので、1人で乗るのは自信がありません」

私が生まれた男爵領には神聖石で護られた小さな村がある。成人するまでそこで育ってきた。村で生まれた子供たちは基本馬に乗れるように訓練を受けるのだ。

神聖石によって護られているとはいえ、周囲は魔物が徘徊している土地だ。いつ何が起きて結界が壊れるかわからない。そんな時に走って逃げるのでは魔物に襲われる可能性が大きい。そのため馬に乗れるようになりいざという時に逃げられる訓練として乗馬は必須だった。

「聖女が軍馬に悠然と乗っていたら、それこそこちらが驚くだろうな」

カイル様の納得しているような呆れているような、よくわからない感想をもらってしまった。

戦いの時は速さも必要だが力も必要になる。通常の馬よりも一回り大きな軍馬は気性も荒い部分がある。軍馬を乗りこなしていたら、聖女ではなくどこかの騎士出身だと疑われることになるだろう。

「君ともう1人の聖人は騎士との2人乗りになる。あまり休憩もできないから体力も必要になるだろう」

軍馬が3頭に騎士が3人。会話をしながら私が乗る馬がいないなと思っているとカイル様が説明してくれた。

神聖石で守られていない場所で休憩することはできない。魔物に襲ってくださいと言っているようなものだから。そのため必ず村や町を経由して走ることになる。今回は急ぐためできるだけ寄り道をしないで第3都市に向かうことになっていた。

当然軍馬の経験がないと考えて同乗するようにしてくれていたのは助かることだった。乗馬ができるとはいえ長時間の乗馬で騎士たちについて行くのは私には無理だと思えた。それに帝都に来てから乗馬をしていないので不安はあった。

「できるだけ頑張ります」

体力勝負の強行移動になる。もしもリリス様が同行することになった場合、軍馬の移動に耐えられなかっただろう。

私が行くと言ったことが結果的に良かったのだと思う。

第3都市への派遣要請をリリス様の代わりに行くと言った時は、リリス様も驚いた顔をしていたのを覚えている。その後お前で務まるのかと見下されるような視線を受けたけれど、大聖女が行かないのなら補佐が行くのは自然なことだと主張しておいた。それに、他に代わりとなれる聖女がいるのかと尋ねると、近くにいた他の補佐聖女達は全員視線を別へ向けて私と目を合わせようとしなかった。リリス様も悔しそうな表情をしたけれど、言い返すことが出来なかったようで、その後は大人しく私が行くことを許可してくれた。

第3都市からの依頼ではあったけれど、皇太子殿下の指示でもある。

なにも報告しないとカイル様がもう一度訪ねてくる予定になっていたので先に連絡しておいた。カイル様はリリス様以外が来ることはわかっていたけれど、もしかしたらと思う気持ちもあったから、さっき私が姿を見せた時やっぱりと思ったのだろう。

ただカイル様はリリス様を明らかに嫌悪している。私が行くことになってほっとしていたのもわかった。

皇太子殿下からはすぐに返事が戻ってきて、出発は2日後だと聞かされた。馬車を使わないことも、急いでいることを伝えられて第3都市の危険度を予測してしまう。不安はあるけれど行ってみなければ何もわからない。

リリス様からの大量の仕事を何とかさばいて、時間を見つけて準備はしておいた。

「無理だけはしないように。体調を崩されても対応できるかどうかわからない。第3都市についても役に立てなければ意味がないからな」

少し冷たい言い方に聞こえるけれど、帝都を出てしまうと村や町に辿り着くまで休むことはできない。それが今の常識なので釘を刺されるのは仕方がない。

しっかり頷いて、大丈夫だと表現するとカイル様は少しほっとしたように表情を崩した。

途中で我が儘でも言われると心配していたのだろうか。

「村育ちですから、体力には自信があります。ご迷惑にならないようにしますね」

貴族出身でも小さな結界に護られた村で生まれ育った私は、村人たちが領民であり、彼らの子供たちと一緒に育った。貴族として家庭教師を付けられていたけれど、それ以外は村の中で遊んだり平民と変わりなかった。そのため淑やかな貴族令嬢という時代を過ごしていない。

か弱い令嬢ではないと主張したつもりだったけれど、カイル様に上手く伝わったか少し疑問に思った。

すると、彼が口元を緩めて穏やかな口調で言ってきた。

「我慢だけはしないでくれ。休む場所はなくても配慮はするつもりだ」

体力があるからと豪語して我慢をされては意味がない。

精悍な顔立ちをしているカイル様は冷たい印象があるけれど、時として穏やかで優しい表情で心配してくるとその差にドキッとしてしまう。

きっと男に慣れていないからだろう。落ち着くように自分に言い聞かせておく。

「それから、前に怪我を治してくれたこと。直接礼を言えていなかった。あの時はありがとう」

「あれは聖女として怪我人の治療をするのは当たり前ですから、そんなに気にしないでください」

補佐聖女になって半年。カイル=アズリクフという大聖女の護衛騎士がいるということは知っていても、直接言葉を交わしたり接触する機会がなかった。魔物討伐で怪我をした時に初めて彼と直接言葉を交わし治療をしたのだ。

あの時のことをカイル様は今でも気に留めていた。その証拠に数日前にお菓子を届けてくれたのだ。

カリナと一緒に食べて、美味しかったことを思い出す。

「お菓子をありがとうございます。あそこまでする必要はないと思いますよ」

「俺なりの謝罪と感謝を表したんだ」

お菓子を届ける必要はなかったと思うけれど、美味しく頂かせてもらった。

カリナが代わりに受け取っていたので、その時も顔を合わせることはなかった。ここで会話ができて良かったと思う。

「遅くなりました」

時間はまだあるからと会話を続けようとしたところで、元気な声が背後から聞こえてきた。

振り返ると、聖人が着ている白のローブに身を包んだ男性が片手を軽く振りながらにこやかな表情でこちらに歩いてきていた。

知った顔だったのですぐに挨拶をする。

「おはようございます。ザックさん」

「やぁ、おはようセシリア。君が大聖女の身代わりになったんだね」

身代わりという言い方に、ザックさんなりの大聖女に対する皮肉が含まれているのがわかる。彼がリリス様をどう思っているのかが今の一言に集約されているような気がした。

指摘するべきなのか、流すべきなのかちょっと迷って苦笑してしまったけれど、ザックさんは何も気にすることなく話を続けた。

「でも、セシリアが来てくれたなら僕としては少し安心だよ」

気さくな性格の彼は神殿内で働く者たちにも同じような態度をとる。何度か一緒に仕事をしたこともあったので話しやすい相手が来てくれたのは良かったと思った。それに、彼も聖人の中で神聖力が強い方だ。オルトロ様が神聖力の強い聖人を派遣すると言っていたことを思い出す。

「大聖女様の代わりとして来ましたが、聖人も1人同行してくれると聞いていたので、ザックさんが来てくれたのは心強いです」

素直に告げるとザックさんも嬉しそうだ。

「僕の派遣を決めたのはオルトロ様だったからね」

自分から申し出たわけではなくオルトロ様がザックさんを選んだようだ。

聖人を派遣とすると言って来た時、私がリリス様の代わりに派遣されることはオルトロ様も知っていた。神聖石の欠片を選別したときに顔を合わせて、嫌われていると思ったけれど、あの時のオルトロ様はどこか柔らかい雰囲気を持っているように感じた。なんとなく私に対しての態度が軟化しているような気がしたのだ。それを確かめることはしなかったけれど、ザックさんの派遣は、私では不安だということなのか、本当に私の手助けのためにザックさんを選んだのかは本人に聞かないとわからないだろう。

どちらにしてもザックさんが来てくれたことは大歓迎だった。

「しばらくお世話になります。よろしくお願いします」

「こちらこそ」

挨拶をするとカイル様が口を挟んできた。

「荷物を積んだら出発だ。ザックはベンと一緒の馬に乗ってもらう」

「了解」

ザックさんとカイル様の親しげな雰囲気に、2人は随分前からの知り合いのように思えた。大聖女を嫌うカイル様だけど、聖人達との関係は悪くないのかもしれない。

「私は?」

ザックさんがベン様のところへ向かうと、私は誰と一緒に馬に乗るのか尋ねてみた。

尋ねてから、きっとミレット様と一緒だと気が付く。目の前のカイル様は大聖女を嫌っている。そしてその補佐である聖女のことも良く思っていないはずだ。

先ほどの会話で私自身を強く嫌っているとは思わなかったけれど、それでも補佐聖女である私が同乗するのは避けたいと思うだろう。

ミレット様だと言われる前に離れようとしたら、それよりも先にカイル様は目の前にいる馬を示して口を開いた。

「君は俺と一緒の馬になる」

「え?」

意外な返答に驚いた声を出してしまった。

「俺では不満か?振り落とすようなことはしないから安心していい」

私の反応にカイル様は乱暴な馬乗りをするのではと心配したと思ったようだった。カイル様と一緒ということに驚いただけなのに。

「いえ、聖騎士なら乗馬もしっかり訓練されているはずですから心配していません。まさかカイル様と一緒だとは思わなかったので、驚いただけです」

驚きが引かなかったようで素直に言ってしまうと、カイル様はきょとんとした顔をした。こんな表情をするのだなと思う。

「あの大聖女と一緒なら断っただろうな。だが、セシリアなら特に問題ないだろう」

あからさまに大聖女を嫌っていることを明言している。私はその大聖女の補佐なのに告げ口しないという確信が彼にはあるのかもしれない。とりあえず私も告げ口をするつもりはない。それに、カイル様と同じ馬に乗ったと知られると、それだけで後々非難されそうな予感がして寒気を感じてしまった。

「準備が出来たぞ」

会話が途切れたところでザックさんの声が響いた。荷物を運んでいつでも出発できるようだ。

「それじゃ、行こうか」

「はい」

普通の馬よりも大きく艶光している軍馬に乗ろうとしたところで、その大きさに圧倒されてしまった。

馬車を使わないことは伝えられていたので乗馬でも問題ないパンツスタイルで来ていた。普段の聖女の制服はスカートに白のローブが基本だけど、場面に合わせて行動できるようにパンツも支給されていた。

スカートよりも動きやすいのはありがたい。

先にカイル様が馬に乗ると、上から手を伸ばしてきた。軍馬に乗るのは初めてなので緊張する。

カイル様の手を借りて馬の背へと乗る。途端に見えてくる景色が変わった。大きな馬の背は高く、目線が一気に上がって世界が変わったかのように思えた。

高さの恐怖よりも景色の変わりように感動してしまう。幼い頃に乗馬の訓練をした時は普通の馬だったし、私も背が低かったからこの高さは初めてだった。

声には出さなかったけれど、私が感動していることは雰囲気で伝わったのか、カイル様が背後で笑いを零したのがわかった。

振り返るとすぐ目の前に端正な顔があって驚いてすぐに前を向く。

心臓に悪い近さだ。

「乗馬は経験があると言っていたが、随分と感動しているようだな」

「久しぶりだったのと、普通の馬より視線が高かったので、想像と違いました」

言い訳じみた気もしたけれど、ドキドキしているせいで本心を言ってしまっていた。

なんとなく恥ずかしくなってくる。カイル様は気にしていないようで、淡々と話をしてきた。

「とにかく走れるところまで走ることになる。長時間の乗馬になるが、何か体調に問題が起こったらいつでも言ってくれ。とはいえ、魔物のいる場所で止まれないから近くの村か町に行くことになる」

「はい」

初めての軍馬に無理をさせてはいけないという配慮だろう。

カイル様の優しさに感謝しながらも、少しくらいなら神聖力でカバーしようと思っていた。

「全員準備が出来たな。第3都市に向けて出発するぞ」

他の騎士たちも馬に乗り、ザックさんもベン様と一緒に乗っている。

帝都の結界を出ればそこからは魔物に遭遇してもおかしくない土地になる。気を引き締めて第3都市への出発となった。


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