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同行者

「まったく行く気がないうえに、代替案も出してこない。第3都市の異変などどうでもいいという考えなのでしょう。あれで大聖女など本当によく名乗っていられるなと心底思います」

「はは、随分とご立腹だね」

皇太子の執務室に戻って来た俺は、リリスが皇太子命令を無視するように第3都市行きを拒絶していたことを思い出して、報告しながら悪態をついてしまった。

「申し訳ありません。あまりにも相手の態度が悪かったので、つい愚痴るような言い方になってしまいました」

「気にしなくていいよ。もともと彼女の様子を探るために我が儘を聞いたふりをして君を大聖女に近づけさせたんだ。嫌な思いをすることはわかっていた。ここで発散できるものならしておいた方がいい」

寛大な態度に感謝しかない。

大聖女リリスが俺を気に入って専属の護衛騎士にしたいと言い出した時は、頭がおかしいのではないかと思った。俺は皇太子殿下の護衛騎士だ。それをわかったうえで自分に付けてほしいという神経を疑うしかない。

だが、ユリウス殿下はそれを逆手にとった。もともとリリスの大聖女としての言動に疑問を持っていた殿下は、俺を大聖女の護衛騎士として兼任させることで彼女が本当に大聖女として相応しいのか探らせている。

1年間リリスと接触してきて、ユリウス殿下の疑念は当たっていると言っていい。

すぐにでも大聖女として相応しくないと指摘して、引きずりおろしたいところだが、大聖女は神殿の管轄になりたとえ皇族といえども、簡単に否定することはできない。

大聖女に対して批判すれば、それを選んだ神殿にも責任が及び、神殿と皇族間に大きな溝を生じさせる可能性がある。

それに大聖女リリスの背後にはトールス伯爵家が付いている。下手に動くと大商人となった富豪のトールス家とも亀裂ができるだろう。

できるだけ穏便にリリスを大聖女から退いてもらうのが理想だ。そのためにリリスがどれほど大聖女として相応しくないかを証明する必要がある。証拠を突き付けることでリリスが自ら大聖女の職を辞していくれれば、周囲への被害は最小限になるだろう。

時間はかかるが俺はリリスの側にいることで証拠を集めるという大事な任務を受けているのだ。

今回の第3都市への派遣を拒むことも大聖女として不適合であるという証拠の1つにできるだろう。

「後ほどもう一度大聖女に会って、第3都市への調査を打診します。行かないということであれば、誰か力の強い聖女か聖人を派遣するしかないでしょう」

大聖女のことはとりあえず置いておいて、第3都市のことを進めなければいけない。

「第3都市にも強い力の聖女や聖人はいるはずだ。その者たちでも違和感の原因がわからなかったというのに、こちらから派遣した者でわかると思うのか?」

黙って話を聞いていたライズが口を挟んできた。

彼の言う通り大聖女か大聖人の派遣を相手は要請してきている。どちらかを行かせるべきなのだが、大聖人は体のことを考えると帝都から出ることはできない。大聖女であるリリスを行かせるべきだが、彼女が大聖女としての力をどこまで発揮できるのは疑問もある。

「どちらも派遣されないとなると、帝都の神殿の信用が落ちていくことになるだろうな」

神聖力を使って人々の治療をしている神殿は、帝都に住む人々の心の拠り所でもある。その神殿が他の都市を見捨てたとなれば、不信感が募るのは当たり前だ。

「推察通りなら、大聖女リリスもたいした力はないと思った方がいいでしょう。大聖女を派遣しても何も現状が変わらなければ、それこそ神殿というより大聖女の信頼が危うくなるでしょう」

神殿全体の信頼が落ちるのは避けたい。だが、大聖女の信頼が落ちるのはむしろ好都合だと思ってしまう。ただ、やはり大聖女の信頼が落ちれば神殿の信頼も落ちてしまうだろう。切り離したいが、人々はそう考えないだろう。

「大聖女だけの信頼が落ちればいいけれど、そうなると、背後にいる伯爵が黙っていない可能性があるな。周囲は下手なことが言えないだろうね」

ユリウス殿下は天井を見上げてため息をついた。どうしてもトールス伯爵家の動向が気になってしまう。神殿の信頼も失墜するのは殿下もしたくないようだ。

「そもそも大聖女に選ばれたこと自体が不思議だよ」

「やはり、伯爵が後ろで動いていたと考えるのが妥当でしょう。もともと候補に挙がっていなかったはずです。それが突然大聖女に抜擢されたのですからおかしな話です」

ライズも納得できないと言いたげな顔をしている。

前任の大聖女が体調を崩して亡くなったのは2年半前だった。

その後半年の会議を経て、神殿が新しい大聖女を発表したのが2年前。その時皇族には大聖女候補の情報は入っていたが、リリスが大聖女になった時、彼女の名は候補の中になかった。

俺が護衛騎士に選ばれたことでユリウス殿下は大聖女リリスの調査を本格化させたと言っていい。

1年間の護衛の間に彼女の力を見てきたが、いつも高位貴族の治療を優先して、下位貴族への治療は補佐や他の聖女に押し付けている。それ以外にも帝都から外に一切出ようとしなかった。

色々理由を付けては依頼をかいくぐってきている態度から、力を温存しているというより、力が弱いのを隠しているように思えた。本当に強い力が必要な事案が来た場合、リリスを頼ってもどうすることもできない可能性が高く、下手をすると帝都に大きな打撃を与えるかもしれないと俺は漠然とした不安を抱えていた。

「どうにかして彼女の力の強さを証明できれば、大聖女から引きずり下ろすこともできるかもしれないのですが」

「何の障害もなく穏便に大聖女の座を降りてくれたら助かるんだけどね」

俺の言葉にユリウス殿下は同意してくれるが眉を寄せて困った表情になった。

「神殿は帝都を護る結界の神聖石を管理している機関だ。そこにそっぽを向かれると、こちらも痛い目を見ることになる。それに実家のトールス伯爵家に睨まれた時の対策もしなくてはいけないだろう」

神殿側だけではなくリリスの実家も要注意なのだ。

「皇族が板挟みになるとは、実に情けない話だな」

殿下が渇いた笑い声を漏らすが、心底楽しいわけではないことはわかっている。

「とにかく、今は第3都市に代わりの者を行かせることになるだろう。それに備えた対応をこちらもするべきだろうね」

「第3都市までの移動には護衛として騎士団へ要請が来るはずです。神殿からの要請ですので、聖騎士を派遣することになるでしょう」

神殿は聖女や聖人が集まった組織だ。ただ、帝都を出て他の場所に移動するためには必ず護衛が必要になる。護衛には騎士団に要請が入る。

「大聖女への依頼だから、こちらも聖騎士で準備をしておくべきだろう」

普通なら騎士団に所属している騎士が護衛につくのだが、今回は大聖女が動く可能性を考えて聖騎士を派遣することになるだろう。

騎士と聖騎士の違いは神聖力を持っているかの違いだ。聖騎士となれる者は少なからず神聖力を持っていなければいけない。聖女や聖人のように治療ができるほどの力はなくても、聖物を使って戦う時には自分の神聖力をさらに注ぐことでより強い武器や防具で戦うことができる。

俺とライズはもちろん神聖力を使うことができる聖騎士だ。皇族を護る護衛騎士は基本聖騎士で構成されている。

「あとは、誰が派遣されるのかわからないけれど、違和感の正体がわからなかった場合、最悪のことも考えて準備をしておいた方がいいかもしれない」

ユリウス殿下の言葉に場の空気に緊張が奔った。

殿下が言いたいのは第3都市の結界が消えるかもしれないということだ。違和感だけの報告だが、結界に影響が出た場合、魔物から護られている都市が無防備に晒される可能性がある。

そうなると一気に魔物が押し寄せてきて、壊滅的な被害が出るだろう。

どれくらい持つかはわからないが、数日できっと第3都市は地図上から消えてしまうことになるだろう。

「そうならないための対策をこちらでもしておいた方がいいだろうな」

「聖騎士の人数を増やしておきましょうか?」

「あまり大人数で行くと、相手が勘繰るだろう。まだ結界が消えると決まったわけでもない。とりあえずは必要人数だけに留めよう」

俺の言葉に殿下はすぐに否定した。

神聖力を持っている者はその力で魔物を寄せ付けないが、完全ではない。より強い魔物になれば神聖力など無視して攻撃してくることもある。第3都市に帝都の聖騎士をそこまで割くこともできないと考えているのかもしれない。貴重な神聖力を持つ者を失うのは痛手だ。

人数を増やせないのなら、第3都市の危険性を考えてより強い護衛騎士を派遣することも考えたほうがいいかもしれない。

「聖騎士団の中からより強い者を選ぶべきだな」

俺の考えを見抜くように殿下がぽつりと言って、俺はあることを思いついた。

「それでしたら、俺が護衛を務めたいと思います」

その申し出に一瞬ユリウス殿下が固まって数回瞬きをした。

「カイルが行くのか?」

「大聖女リリスが行くことになれば、当然俺を指名するでしょう。もし違う者が行くことになっても、大聖女への要請だったので俺が最初から護衛になる予定だったと言い訳することができます。それに、第3都市の異変を自分の目で確かめたいと思いました」

ユリウス殿下が最悪のことも考えているのなら、より強い騎士が必要になる。俺は皇太子の護衛騎士でもあるが、リリスの護衛騎士でもある。言った通りの理由で第3都市へ行くことはできるはずだ。

「何が起こるかわからない以上、万全の体制を整えるべきかと」

「下手をすると壊滅するかもしれない都市に身を投げることになるぞ」

「まだ何も決まっていません。最悪のことは考えるべきでしょうが、そうならない可能性もあるはずです」

俺が行くことで少しは戦力になるだろう。それに、違和感の正体が掴めて、何事もなく終わる可能性も否定できない。

「第3都市は戦場になったわけではありません。この目で確かめてくることも重要だと思います。それに、俺がいなくてもライズが殿下の護衛を務めます。大きな問題にはならないでしょう」

ライズがいるからこそ、俺はリリスの護衛騎士も出来ている。しばらく帝都を離れてもきっと大丈夫だ。

「そうだな。とりあえず準備をしておこう。誰が向かうことになるかはわからないが、カイルを行かせた方がいいのかもしれない」

先に折れたのはユリウス殿下だった。

「誰が派遣されても第3都市までの道のりも危険であることには変わりない。しっかりと準備をして向かってくれ」

「はい」

返事をしてからライズに視線を向ける。

「俺がいない間ユリウス殿下のことを頼む」

「任せておけ。お前は自分の任務のことだけ考えればいい」

ライズなら心配ない。同じ皇太子殿下の護衛騎士だ。彼の実力も知っている。

「すぐに準備に取り掛かります」

「大聖女にはカイルが護衛をすることは伏せておこう。いろいろと文句を言われる可能性があるから、出発した後に伝えることにしよう」

良いことを思いついたと言いたげにユリウス殿下がニコニコしながら言っている。日ごろリリスに頭を悩まされている仕返しのつもりなのだろう。

それを否定することは一切思いつかなかった俺は静かに頷くことにした。


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