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バラの都市

今日はどんな仕事をすることになるか考えながら、大聖女の部屋へと歩いていく。

今朝は朝食の時にカリナと顔を合わせることができたので、会話をしながら食事をすることができた。たったそれだけだったけれど、気分がいいことに気が付いていた。

私って単純だなと思うが、そこで自分にがっかりすることもない。

食堂は会話を楽しむというより情報収集の場になっている。盗み聞きと言われてしまうとそうなのだけど、聞こえてくる会話を何気なく聞いてしまうことを責められるのなら、その場でそんな会話をしている相手にも責任はあったと思ってしまう。とはいえ、今まで一度も指摘をされていないので大人しく周りの会話を聞かせてもらっているというのが現実だ。

そんな日々の中で時々カリナと会って会話をすると精神的に癒しになるようだ。

「今日は仕事もはかどりそうな予感」

気分が上がっているためそう感じているのだろう。いつもと変わりない仕事でも、今日は楽しく感じるかもしれない。

そう思いながら大聖女の部屋へとたどり着いて扉をノックしようと手を上げた時、中から聞こえてきた声に手が止まってしまった。

「どうして、わたくしが」

明らかにリリス様の不機嫌な声。それも鋭く突き放すような言い方で、何かあったのは明らかだ。すぐに扉を叩いて返事を待たずに開けた。

「おはようございます」

いつもより小さな声になってしまったのは、開けた瞬間に感じた張り詰めた空気に気圧されたからだ。

ソファに座るリリス様の不機嫌を隠すことのない態度に、その向かいに座っている護衛騎士のカイル=アズリクフ様を睨んでいるという光景。全く想像もしていなかった状況に困惑するしかなかった。久しぶりに顔を見たカイル様は私が入ってきたことに気が付いていないのか、じっとリリス様に視線を向けたままだ。それも無表情でリリス様の不機嫌な態度もどうでもいいように感じられる。

リリス様は苛立ちを隠すことなくわずかに頬をぴくぴくと動かしていた。

部屋に入ったものの、誰も私に視線を向けない。入ってきたことに気が付かなかったのかと思ったけれど、それよりも今の部屋の重苦しい雰囲気に、対応する余裕がないような気がした。

とりあえず今は状況を把握するため黙って様子を窺うことにする。

「これは大聖女様か大聖人様がやるべきことです。現在大聖人様は体調不良で神殿を出ることができません。そのため大聖女様が動くのが妥当と考えています」

「結界の違和感というだけで、どうしてわたくしが出向かなければいけないの?まずは調査をして、はっきりしてから、誰を派遣するべきか考えるべきでしょう」

2人の会話でカイル様が依頼を持ってきたのはわかった。それをリリス様が理由を付けて突っぱねている。

でも、まだ詳しいことがわからない。

「調査はすでに向こうの神殿で行っています。はっきりとしたことがわからないため、より力の強い大聖女様を派遣してほしいというのが相手方の要望です」

「原因がわからないなど、第3都市の神殿は随分と貧弱な者たちが集まっているようね」

第3都市からの要請があったらしい。しかも、結界の違和感の調査を大聖女に依頼してきているようだ。とりあえず大まかな話の内容は理解できた。

「そういうのでしたら、大聖女様が赴いて原因の究明をお願いします」

淡々と言うカイル様に、リリス様は頬をひきつらせた。顔が嫌だと訴えている。大聖女がそんな顔をしてはいけないだろうと思ったけれど、今は静観することに決めた。

「原因がわからないなら、たいした理由ではないかもしれないでしょう。そのためにわざわざわたくしが行くなんて時間の無駄ですわ」

原因究明のために大聖女を要請しているのだから、それなりに重要視するべき事案だと思う。心の中でそう言いながら、余計なことを言って場を混乱させるのは嫌だし、下手に口を挟めばリリス様の怒りがこちらに向いてしまう。とばっちりはごめんだったので思ったことは胸の奥に仕舞っておくことにした。

「とにかく、これは皇太子殿下からの要請でもあります。断るというのならそれ相応の理由を述べてください。もしも、行かないというのであれば代わりとなる案も出してください」

第3都市の異変は私の耳には入っていなかった。神殿に直接依頼してないのか、先に皇太子殿下の耳に入ったらしい。事態を知った殿下が直接リリス様に依頼をしてということだろう。

ただ、リリス様の様子から第3都市に出向くつもりがないのは明らかだ。

第3都市なら馬車で5日はかかる。そんな長旅にリリス様が耐えられるのかそんな疑問が出てしまう。彼女は仕事を選んで、残りの仕事を補佐にすべて押し付けている。神殿と伯爵邸を行き来するばかりで帝都を出た経験がないし、聖女として仕事をしていた時も外での仕事をほとんどすることがなかったはずだ。

カイル様の前では猫を被ったようにお淑やかなご令嬢を演じていたリリス様なのに、今回の要請では猫を被っている余裕がなかったらしい。苛立ちを隠すことなく不機嫌な態度をとっていた。

「帝都の神殿なら、他にも力の強い聖女や聖人もいるでしょう。まずはその人たちを派遣すればいいのよ」

苦し紛れとしか言いようがない言葉に、まだ抵抗するのかと呆れてしまいそうだ。口に出しそうになって、思わず指先で口元を押さえた。

「第3都市は大聖人様か大聖女様を指名しているというのに、なぜ他の聖人や聖女を送り出そうとするのですか?ご自身が行って、原因をすぐに究明すればすぐに戻ってくることも可能でしょう」

異動の時間を考えるとすぐ行って帰ってくる距離ではないと思う。そんなことを心の中で突っ込みながら、私はすぐ隣に立っていた1人の補佐聖女に小さな声で尋ねた。

「第3都市の結界に何かあったんですか?」

隣にいたのはユリア=アルタモレ嬢という私より4つ年上の補佐聖女だ。長い金髪に緑の瞳が睨むように見てきた。年上で聖女としての経験も彼女の方が長いけれど、同じ補佐聖女として口調は少しだけ砕けた感じにしていた。他の補佐聖女もそのことには特に文句を言わないけれど、明らかに私のことを見下した態度は取る。

余計な口を挟むなと言いたいようだけれど、より詳しい状況を知りたかったのでじっとユリア嬢を見つめてみた。すると根負けしたように、ユリア嬢がめんどうそうにしながらも口を開いた。

「第3都市の結界に違和感があるという報告があったのよ。第3都市の神殿で調査しても詳しいことがわからなくて困っているから、より力の強い聖人か聖女に来てほしいと要請されたの。そこで皇太子殿下がリリス様に行くようにカイル様から伝えにきたのよ」

どんな違和感なのか詳しいことはわからないようだ。それでも大聖女に助けを求めてくるのだから、それなりに危険を感じているのだろう。皇太子殿下は動けない大聖人ではなく、大聖女に向かうように言ってきたということらしい。

「わたくしは、大聖人様が動けない分、この神殿を護るという役目があります。神殿を空けてしまうと他の者たちに迷惑をかけてしまいますわ」

大聖人の代わりに仕事を請け負わなければいけないから神殿を離れられないと、もっともな理由を言っているけれど、自分に都合のいい仕事だけをこなしているリリス様が抜けたところで、神殿で困る人間はそれほどいないように思えた。

むしろ我が儘を言われないだけ、楽な日々を過ごせそうだなと思ってしまったが決して口にはしない。

「では、他に誰が行けばいいのですか?ふさわしい相手がいるというのなら教えてください」

「それは・・・」

カイル様の強気な姿勢にさすがにリリス様も困惑している。今回ばかりは大聖女として仕事を全うしてもらおうと考えているのかもしれない。だけど、リリス様が行ったところでどれだけの調査ができるのか、そこを気にする必要があるだろう。

リリス様も神聖力は持っている。聖女になれるだけの力はあるけれど、それほど強くないことも実は見抜いている。神聖力だけで考えれば大聖女として活躍するには心もとない。一部の神殿の人間はそのことに気がついているはずだけど、それを指摘する者はいない。リリス様はトールス伯爵家の令嬢ということが一番言い出せない理由だ。

トールス伯爵家は神聖石を所有していない領地を持っているため、帝都で商売をして生計を立てている。その商売が非常に人気で、今では大きな商会を持つほどになり、帝都の経済を支えているといっても過言ではないほど大きくなっていた。

リリス様に対して批判的なことを言えば、後ろにいるトールス伯爵をも敵に回すことになる。皆それを恐れているためリリス様が我が儘を言っても諫められないでいた。

でも、今回は諫めるよりも大聖女としての力を発揮してもらわないといけない事案になっている。そのためカイル様も強気に出ているのだろう。

いつまでも黙っているリリス様に対して、カイル様は仕方がないと言わんばかりに息をついてから立ち上がった。

「大聖女様が動いてくれるのであれば問題ありませんが、それ以外の方法があるのならそのための準備も必要でしょう。後ほど返答を聞きにもう一度来ますので、よく考えておいてください」

そう言い残してカイル様が部屋を出ようとする。

扉の前にいた私はすぐに体を横にずらして彼が出られるようにした。

カイル様が扉のノブに手を伸ばした時、一瞬こちらに視線を向けてきた。視線がしっかりと合ったけれど何も言わずに出て行く。何か言いたそうな気もしたけれど、この場で会話ができるとは2人とも思わなかったので無言を貫くことになった。

扉が閉まり完全にカイル様が部屋から出たことを確認すると、突然部屋の中に大声が響いた。

「皇太子殿下の騎士だからって思い上がるものじゃないわ」

ドンと大きな音も聞こえてきて振り返ると、リリス様が怒りを爆発させたのか、目の前の机に両手を叩きつけている。

「ちょっと顔がいいからってわたくしの護衛騎士にしてあげたというのに、何なのかしらあの態度は」

リリス様の我が儘で護衛騎士に無理やり引き抜かれたはずだと心の中で反論しておいた。口に出せばこっちにとばっちりが来るのは今の雰囲気でわかる。

他の補佐聖女も余計なことを言うべきではないと思っているようで、戸惑うように視線を交わしているけれど、誰も口を開かなかった。

「第3都市の異変くらい、そこの神殿の者たちでどうにかできるでしょう。大聖女が動くほどの事でもないのに、皇太子も余計なことをするわ」

不敬になりそうな内容は聞かなかったことにしようと決めた。

「朝からイライラさせるわね」

そう言って顔を上げたリリス様は急に私に視線を向けると睨むようにしながら怒鳴ってきた。

「ちょっと、いつまでそこに突っ立っているつもりなの。早く仕事をしなさいよ。いつまで経ってものろまなんだから」

完全なとばっちりを受けてしまった。とりあえず反論することなく軽く頭を下げた。

「本日の仕事内容をもらっていなかったので取りに来ました」

「さっさと持って行きなさい。治療することしか能がないのだから」

それが聖女の役目であるはずなのだけど。

今は刺激しない方がいいだろうと考えて、机の上に積まれている書類をすぐに抱えると、無言で部屋を出た。

今日も患者の要請が複数あるのを廊下で確認してから、患者が待っている部屋へと移動する。

「第3都市の異変か・・・」

廊下を歩きながら先ほどの話を思い出していた。大聖女の要請をするほどなのだから、きっと悪い方向に何かが進んでいる気がする。皇太子殿下も気にかけている。

「大聖女が動くとは思えないな」

先ほどの態度を見ているとリリス様はきっと動かない。そうなると別の人物を大聖女の代理として向かわせるだろう。

そう考えて足を止める。

「代わりが必要なら、行ってみたいわね」

異変の内容が詳しくわからなかったので、直接自分の目で確かめてみたいと思った。

「どうせ、他の補佐聖女も行かないだろうし、チャンスかも」

帝都でするべきこともあるけれど、それよりも先に第3都市の結界を何とかするべきだろう。そう考えてから来た道を戻ることにした。

仕事もしなければいけないけれど、まずは第3都市へ行く許可をリリス様からもぎ取るべきだと考えたのだ。

「しばらく忙しくなるかもしれないわね」

そう呟きながらも、自然と口元に笑みを浮かべていたことに気が付くことはなかった。


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