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皇太子殿下

「以上が今日の予定となります」

その日の予定をつらつらと話していく皇太子専属の補佐官ティース=センテル。締めくくりの言葉に黙って聞いていた皇太子ユリウス=レスト=ユートリアはこめかみをトントンと指で叩いてから口を開いた。

「帝都の近くに発生している魔物の調査が今日の会議の中心議題になりそうだな」

誰かに話しかけているわけではなく独り言のようだったので俺は静かに立ったまま無言を通した。言葉にすることで自分の考えをまとめているのだ。邪魔をしてはいけない。

その皇太子を挟んで隣にはもう1人の専属護衛騎士ライズ=アルネストが立っているが、彼も何も反応することなくまるで空気であるかのように静かにしていた。

「だけど、僕としては第3都市の報告が気になる」

そう言ってユリウス殿下はティースに資料を見せてほしいと手を伸ばした。

殿下が気にしている第3都市の報告書を手渡す。

「第3都市の結界に違和感があるという報告です。はっきりとしたことがわからないようですが、第3都市の神殿にいる力の強い聖女や聖人たちが違和感を覚えて報告してきました。他の気づいていない者たちに話してしまうと不安を煽ることになるため、今はごく一部の神殿の者だけが知っている状況です」

先ほど報告していた内容をもう一度話していく。

「こちらに報告してきたのはより強い神聖力を持った者を派遣してもらい、結界と第3都市の神聖石の詳しい調査をお願いしたいということです」

「そうなると大聖女か大聖人が出向かないといけないだろうな」

ただ違和感があるという報告であるが、それ以上の原因がわからないため帝都に依頼してきたようだ。それに、原因がわからないままだと万が一の対応が遅くなってしまう。原因を突き止め、可能なら違和感を払拭してほしいというのが第3都市の神殿の願いになる。

都市を形成できるほどの神聖石となると大きなものとなり、そこから放たれている力も強い。一般の聖女や聖人では手に負えないため、大聖女か大聖人が来ることを期待しているのだろう。

「大聖人様は老体のため都市間の移動は負担が大きすぎます。ここは大聖女様に出向いてもらうのが一番だと思います」

日々神殿に通っている俺が口を開くと、ユリウスもわかっているように頷いた。だがその表情は険しい。

俺も同じ表所をしたくなる気持ちだが、無表情を保った。

「はたして、大聖女が第3都市まで移動してくれるか、それが問題だな」

あの我が儘大聖女が違和感というだけの依頼で行くとは思えない。

それに、彼女の実力がどこまでなのか、1年見てきたが怪しいと思えることがある。

「今まで一度も聖女巡礼に行かなかった大聖女が、都市だからと言って第3都市まで移動するとは思えない」

俺と同じ考えのようで、殿下も諦めたような声を出している。

「第3都市までは早馬でも3日はかかるでしょう。馬車だと5日と考えたほうがいいですね」

色々と理由を付けて、第1都市から外に出たことのない大聖女が第3都市の異変に自ら出向くとは思えない。たとえ皇太子の命令だとしても言い訳を並べる可能性は十分にある。

「結界の違和感程度では動かない可能性が高いと思います」

それが俺の意見だった。

「本来の仕事を全うしない者を大聖女と呼んでいいのか、疑問しかないな」

1年前に気に入ったという理由で皇太子の護衛騎士をしていた俺を引き抜こうとした。当然皇太子の側近でもある騎士が大聖女の依頼だからという理由で護衛騎士を自ら買って出たりしない。

依頼が来た時は頭がおかしいのではないかと憤慨したのを覚えている。だが、怒りを納められない俺とは対照的にユリウス殿下は冷静に判断していた。

一度断りを入れた後、もう一度リリスが頼み込んでくると、今度はあっさり護衛騎士に差し出したのだ。

驚きに言葉を失ったことも覚えているが、その後殿下の考えを説明され、納得したうえで皇太子命令として皇太子と大聖女の掛け持ちの護衛騎士となったのだ。

「大聖人が動けて大聖女を押さえてくれればよかったのだが、ほとんど寝たきりでは対応もろくにできていないのだろう」

殿下はリリスが大聖女になってから、彼女の仕事ぶりの報告を聞いてずっと本当に大聖女に相応しいのかと疑問を抱いていたのだ。

カイル=アズリクフを護衛騎士にしたいという申し出が来た時はチャンスだと思ったようで、彼の側近をリリスの近くにおいておければより詳しいことがわかる。大聖女としての力の程度も把握させることが目的だった。

神聖力の強さは、治療などの力を発揮してくれれば一番わかりやすい。だが、仕事をしないリリスを見ていると、それほど力がないのではないかと疑っている。

もっと強い神聖力を持っている者ならリリスの神聖力を詳しく確かめることができると聞くが、そのためには大聖人に頼むしかない状況だ。だが、体調を崩して動けない大聖人にそんな依頼をすることもできないため、俺が自分の目で確かめるという方法になっていた。

そもそもリリスがどうして大聖女になったのか、そこも気になっているのだが、そこはもう1人の護衛騎士であるライズと補佐官のティースが慎重に調べてくれていた。下手に調べていることを知られると皇族が大聖女に不信感を抱いていると噂され、皇族と神殿に亀裂が生じる可能性がある。

それにリリスの背後には富豪のトールス伯爵がいる。下手に刺激して今後の取引に影響が出るのも避けたい。

すべては我慢強く調べていく根気強さが必要だ。

「とりあえず打診はしておこう。どんな反応をするのか確かめてみようか」

それ以降大聖女の話は終わり、その後もティースから報告された内容に1つずつ対応していくユリウス殿下。皇太子の執務室はいつも通りの作業で流れていっていたが、俺はその間も打診すると言っていた第3都市の違和感のことを考えていた。

大聖女はきっと動かない。その代わり別の聖女に押し付けて第3都市に向かわせる可能性がある。

大聖女が動かなければいけない事案となると、それなりに強い神聖力を持った聖女か聖人を指名するだろう。

そう考えた時、ふと1か月前に自分の怪我を治してくれた聖女セシリアのことを思い出した。

誰にも気づかれることなく隠して他の怪我人を優先していたのに、すれ違っただけで彼女は俺の怪我を見抜いた。

しかも、治療もあっという間に終わらせてしまい、その後他の怪我人の治療のため何事もなかったかのように混乱する神殿内に姿を消してしまった。

あの後顔を合わせることができたので、怪我を隠していたことを謝罪した。セシリアは仕事だからと言いながら今後は怪我をしたらすぐに治療してもらうようにと釘を刺してまたすぐにどこかに行ってしまった。

まだ治療してくれたお礼は言えていない。街で美味しいと噂されていたお菓子を持って行ったが、彼女は出かけていて彼女の友人に預けた。

そっと怪我をした左腕に右手を当てた。

あの時のことを思い出すと、彼女が派遣されたならきっと大丈夫だと思えた。セシリアの実力を知っているわけではないが、不思議とそう思えるのだ。

「では私は失礼します」

考え事をしている間に話が終わったようでティースが挨拶をすると部屋を出て行った。

今日の日程が決まったことで、俺の今日の動きも決まった。この後神殿に向かってリリスに第3都市のことを打診することになる。今回も巡礼の時と一緒の対応だと想像はつくが、伝えなければいけない。護衛騎士という立場にはなっているが、都市から出ないリリスに護衛騎士が必要なのか疑問である。

俺を気に入ってそばに置きたいという欲求だけだということもわかっているが、それを利用させてもらっていることも事実だ。

とはいえ、顔を合わせるといつもお茶に誘われて断るという流れだ。殿下の命で動いているとはいえ、やはり憂鬱は気持ちになってしまった。

「憂鬱そうだな」

言葉にしていなかったが雰囲気で察したのか、ライズが窺うように言ってきた。

「この後大聖女に会うことを考えると・・・」

「はは、気に入られたのがカイルなのだから、そこは諦めてもらうしかないね」

話を聞いていた殿下が気の毒そうな表情をしながらも、どこか楽しそうに言う。

「神殿には大聖女以外にも、女性神官や聖女がいるだろう。新しい出会いを求めてみるのもいいかもしれないぞ」

「神殿には仕事で行っているのですが」

特に出会いを求めて神殿に行っているわけではない。殿下もわかっている。おそらく俺の気を紛らわせるための話題を提供してくれているのだろう。

ありがたいと思うべきなのだろうが、神殿へ行くという現実にため息が漏れてしまった。

「何か楽しみがあれば、神殿に行く足取りも軽くなるんじゃないか?」

黙って会話を聞いていたライズが口を挟んできた。

そう言われると、もう一度セシリアのことを思い出す。

彼女に会いたいと思っているのは間違いない。淡々と仕事をこなしていくセシリアは俺に興味がないように思えた。遠巻きに黄色い声を出していたり、言い寄ってくるような女性とは明らかに違う。それを好ましく思うが、恋愛感情とまではいかないだろう。

それでもセシリアが神殿にいるのだと考えれば、少しは憂鬱な気持ちも晴れる気がした。

「ライズの提案はいいかもしれない」

「神殿で何かいいことでもあったか?」

考え事をしていると2人の声が重なって聞こえた。はっとして顔をあげればどこか優しい眼差しを向けられている。なぜか俺の考えていることを2人がわかっているような気がして恥ずかしくなってくる。

「・・・神殿に行ってきます」

それだけ言って、とりあえずこの場を逃げることにした。

「あ、逃げた」

背中に殿下の声が聞こえてきたが、振り返ることなく部屋を出たのだった。


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