昔話
「この大陸は400年前までは人々が自由に外を出歩くことのできる平穏な大陸でした。小さないざこざや、3つの国が存在していたので、国同士の駆け引きなどはあったようですが、それでも大きな戦争が起こるわけでもなく、誰もが今の生活を続けていけるものだと信じていました」
家庭教師の話を聞きながら、私セシリア=ローズネルは窓の外に視線を向けた。
「その生活が崩れたのが、魔物の大量発生ですよね。どうしてそんなことになってしまったんですか?」
窓の外には人々が暮らす家が点々と建っていて、人口は少ないけれど皆穏やかな生活をしている。だけど、結界の中だからこその平和なのだ。外に出てしまうと途端に魔物に襲われてしまう。
「原因は400年経った今でも解明されていません。ただ、大量発生していた魔物ですが、ここ100年は数が落ち着いているという調査結果もあります。とはいえ信用できるかはわかりません」
調査というのがどの程度のものなのかわからないからだ。数が増えていないようだという肌での感覚では安心できる材料にならない。それに増えていないようだが、減っているわけでもない。
「続きを進めますよ」
質問したことで話が逸れてしまった。家庭教師に視線を向けると続きを話していく。
「魔物の大量発生によって、それまで平和に生きていた人々は助けを求めて逃げまどいました。自分達の住んでいた土地が奪われ、安心して生きていた時間が、いつ魔物に襲われるかわからない恐怖へと変わってしまいました」
今は大陸の歴史の授業をしている。小さい頃から大人たちに聞かされてきた話なので、家庭教師が最初から話をしなくても大体は覚えている。それでも順を追って話すことで再度歴史について学ぶことができ、不満はない。
「ですが、ある時魔物がまったく襲ってこない地域があることを知った人々がいました。その空間だけは魔物が寄り付かず、もし襲ってきたとしても弱ってしまって追い払うことができたのです」
「それが神聖石の発見ですよね」
「そうです。魔物を弱らせて寄せ付けない不思議な力を放っている石の存在に気が付いた人々は、その石を中心に街を形成しました。それが現在大陸に存在する12の都市になります。それ以外にも小さな神聖石が発見されると、そこには村が作られ、人々は重要な神聖石を護り、神聖石の力に護られて生きることになりました」
もちろん不思議な力を放っている石の研究も行われ、魔物を寄せ付けないだけではなく、結界を張ることが可能となって、魔物の侵入を完全に防ぐことに成功した。
「この村も神聖石の力によって30年ほど前に作られた村ですが、結界があるおかげで魔物被害はありません」
結界がなければ魔物の侵入は許してしまう。弱っている魔物を追い払うことはできるが、結界は完全に魔物の侵入を拒んでくれる。この発見をした人はすごいなと思う。
「400年続いている魔物のいる生活ですが、人々は神聖石を利用しながら、少しずつ生活を豊かにしていき、結界の中にさえいれば安全であるということから、魔物に怯える生活を忘れてしまいそうになります。ですが、結界の外に出てしまうと、そこは魔物の宝庫ともいえます。そのことを絶対に忘れてはいけませんよ」
「はい」
家庭教師の話に、改めて結界の中は安全であり安心できる空間だとわかる。そして、外は魔物が多く危険な世界だということを再認識させられた。
「この村は男爵領にあるので男爵様の村ということになります。そして、セシリア様は男爵令嬢です。しっかりと歴史を認識して領主の娘として立派にならなくてはいけませんよ」
「でも、将来は弟が継ぐでしょう」
「それはそれです。男爵令嬢としてしっかり教養を学ぶ必要があります」
私はローズネル男爵令嬢ではあるけれど、爵位と領地を継ぐのは弟だ。当然この村は弟が引き継ぐ。一般的な貴族令嬢は別の村か、都市に住んでいる貴族と結婚すると聞いたことがあった。家庭教師は結婚した時に貴族令嬢としての教養がないと笑い者にされないため、しっかりと教育してくれるつもりでいる。
でも、私は貴族との結婚だけが自分の未来でないことを知っている。
「私は将来神殿で聖女になりたいと思っているけれど、それでも勉強は必要?」
「当然です」
何を言い出すのかと言いたげな視線を浴びることになった。
「神殿は貴族も平民も関係なく神聖力を持っているかどうかが重要になると言われています。しかし、身分による偏見はどこにでもあると考えておいてください。貴族令嬢であるセシリアお嬢様が無教養だと知られたら、それこそ貴族だけではなく平民にさえ馬鹿にされてしまいます」
私が将来どんな道を歩みたいのか目の前の家庭教師は理解している。両親もわかったうえで私に家庭教師を当ててくれている。みんなが理解したうえで貴族令嬢としての教育を施してくれていた。
それは感謝することなんだけど、今の私の発言は余計だったかもしれない。家庭教師の口調に熱が入ってきたのがわかってしまった。
「貴族令嬢として、しっかり教養を身に着けたうえでどこに出しても大丈夫だと言えるくらい立派なお嬢様にすることが私の役目であり、誇りになることでしょう。そのためには基礎からしっかり覚えなくてはいけません。もちろん勉強だけではなくマナーも身に着けますよ」
家庭教師としての誇りをかけて立派な男爵令嬢にするつもりだと宣言している。
私には神聖力という神聖石と同じ力が備わっている。その力を放てば魔物を寄せ付けないし、それ以外にも神聖力によって傷を癒すこともできた。
『治療』と総称され人々から羨望の的になる存在『聖女』となる資格を持てるのだ。
私の神聖力は強いようなので、都市にある神殿へ行き聖女になれる可能性が高い。そのため幼い頃から将来は聖女になるつもりで生きてきた。
家庭教師が付けられた時に、お父様はそのことをちゃんと話してくれていた。花嫁修業ではなく聖女として生きていくにしても教養はあった方がいい。
勉強は今後の糧になる。
「話がだいぶ逸れてしまいました。続きに戻りましょう」
「はい」
再び歴史の授業へと戻る。
家庭教師の話を聞きながら、私は将来聖女になる夢を頭の片隅思い描いていた。




