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生命の危機を感じる男


 ■■■


 最初の戦いを勝ち星で終えることができた蓮見はログアウトした。

 皆の試合を見て早く感想を言いたくて会いに行こうと一瞬考えたものの夜までは会わないのを条件に今夜皆とこちらの世界で会えるように手引きしてくれた橘との約束を思い出して踏みとどまったわけだ。


 蓮見は――相手が最強でも満面の笑みを浮かべて挑戦する。

 例え高度な戦術や高度な知識を持つ世界の女王アイリスが敵であっても臆することは一切ない。

 それが蓮見であり最恐。

 そう――どんな相手でも蓮見はビビらず相手に立ち向かうことができる鋼の意志を持っている。

 ただしそれは――ゲームの世界でのお話であって現実世界のお話ではない。


「なんだ……ログアウトしただけでこの異様な手汗は……」


 ログアウトしたばかりの手はまるで命の危険を感じ取ったときのように手汗が沢山出ていた。

 室内は空調管理がしっかりされており、熱くも寒くもない。

 よってゲームをしている間に汗をかくような原因にはならない。

 それに外からの光を遮断するため、遮光用カーテンも閉めていて窓を通して直射日光を受けて体温が暖かくなったとも考えにくい。


「俺は……なにか重大なことを見落としていた……とか言うオチ……ナイ……ヨ、ナ?」


 自分では全く思い当たる節はない。

 だけど身体が無意識に感じ取ったこの感覚は一体……。

 デバイスを通して身体に刺激を与える機能は蓮見の知る限りない。

 もしかしたら俺が知らないだけで……とも考える。

 仮にそうだとしても俺は何一つフラグになるようなことはない、蓮見の自問自答は続く。


「ならなんだ……この異常な寒気は……」


 むくり、と動いて少し遅れて橘ゆかりがログアウトしてきた。


 蓮見は橘を見た。

 だけど橘からは今感じている異常な何か……言葉に出来ない何かは感じない、ならば一体どこから……蓮見はそれが気のせいではない、と判断する。


 後考えらえる可能性はただ一つ。


「なぁ、このホテル幽霊とかいる?」


「はぁ?」


 ログアウトして早々に真顔で心霊現象の類を聞いて来た蓮見に意味が分からないと答える橘。


「いるわけないでしょ?」


「でも……」


 手を見て真剣に考える蓮見に橘が言う。


「てかどうしたのその汗?」


「わからん。急に出てきた」


 その言葉に思う節があるのか「あぁ~もしかして」と声を漏らす。


 蓮見は知らない。

 橘は知っている。


 その差から生まれた言葉は橘が今の状況を正しく理解したことを意味していた。


「まぁ、とりあえず夕食食べてお風呂入って、それから美紀たちがここに来るまでゆっくりしましょ」


 そんな言葉でまとめた橘は蓮見をチラッと見て「世界線超えるとかこわっ……」と小さく呟いてから夕食までの時間一人静かに読書を始めた。


 そして蓮見は「橘は向こうだと巫女だし除霊効果がありそうだな」と小さく呟いてから橘が座る椅子の隣に別の椅子を持ってきて隣同士で座ることで、少しでも心の気休めとするのだった。


「た、た、たちばな……」


「……」


「ゆ、ゆかり?」


「なに?」


「ぉお、おねがい……ゆゆゆゆゆうれりぃとかぁちんぢてないけどおててにぎってもいいよね?」


 呼吸が不規則になるどころか全身から異常な汗を流してびくびくと震える蓮見に橘は少し気まずそうな顔を見せて本に視線を戻す。

 ただし視線は本に戻るも左手は小刻みに震える蓮見の右手を優しく包み込む。

 そこから感じる人の温もりに蓮見は少しばかりの安心感を覚えるのであった。


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