『神々の挑戦』開会式 後半
「君を思って切ない日々を送った~遠く離れたから寂しい雨が降り始めた」
会場はさらに困惑する。
紅が歌い出したからだ。
だけど誰もそれを止めない。
ホログラムの司会者もディスプレイに写った責任者も。
全ては計画通りにことが進んでいるからだ。
「俺と君が歩く道は違うから分かり合えない部分はあった~わかり合えないからもどかしくて辛くて切ない気持ちになった」
熱唱する紅。
だけど一曲まるまる歌う時間は流石にもらえなかったため、限られた時間に全てのパワーをつぎ込んでいく。
「君に会うために俺は覚悟を決める。君と同じ道を歩けないなら君がいる道に向かって歩いていくと~」
歌はサビに入る。
そうこの世界での紅が見つけ出した新戦法の公開。
それは自分を不利にすると一見思われるが、実はそうじゃない。
紅は考えたのだ。
敢えて追い込まれることで『神々の挑戦』中に誰にも負けないぐらい強くなって美紀(里美)たちを自分のやり方で鼓舞するのだと。
その覚悟がこれだ。
「世界の鼓動が早くなる時心臓の鼓動が早くなって…………………」
会場が静かになる。
紅が作り出す独特の緊張感。
ドドドドドドドドドン!!!
会場全体で小規模な爆発が連続して起こる。
大きな炎が紅を包み込むと、
「音を超え光を超えた先の未来に俺様が手を伸ばした 俺を見ろ 俺を見ろ 俺を見ろ 俺はここにいる 俺が愛した君!」
新しい神災を手に入れた紅がそこにいた。
空を支配する、鳳凰と神災竜。
地上を支配する、神災狐と俺様戦隊。
爆発の一瞬で生み出された海を支配する、二体のメール。
歌が終わると、レッド(本体)が神災狐の頭上、ブルーとイエローがそれぞれ鳳凰と神災竜の頭上に飛び乗る。
「生まれ変わった俺様は空、地上、海から同時攻撃ができますし、今の所最大で十か所同時に俺様裏全力シリーズを使うことができます」
世界の支配者? それとも責任者が言ったラスボス?
そんな言葉が似あう風格で言葉を紡ぐ男。
「今まで見たく一ヶ所からの攻撃だと相手が待ってくれないで通じない。それは俺でもわかります。だって俺はそこに限界を感じたから。ってことで、手数が十倍になれば少しは皆さんに通用すると思ったので、後で対戦ヨロピコだぜ!」
最後はふざけた言葉を残してマジシャンのように姿を暗ました紅。
紅のオープニングセレモニーはこれで終わり。
だけどふざけた言葉以上に紅が言った手数十倍かつ同時使用が可能。
紅の戦闘スタイルを知っている者からすればこの言葉がなにを意味するのかは最早考えるまでもない。
責任者はその前にこう言った。
何があっても壊れない世界を用意した、と。
つまり事実上紅がなにをしても世界はそれを再現し処理する、と。
想像しただけでも十か所で同時に俺様全力シリーズを超える俺様裏全力シリーズが発動するとなれば相手は嫌でも警戒しなければならない。
「紅……」
里美は嬉しさ半分、嫉妬半分で言葉を漏らした。
幾ら調整でスキルを貰ったりステータス込みで強化されたと言えど、簡単に戦力を十倍にする奇策大好き人間の発想力を羨ましく思ったのだ。
「…………」
「ん? お母さ……」
違和感を感じたルナが隣に立つ朱音を見て言葉を詰まらせた。
今まで見たことないぐらいに殺気立つ母親が隣に立っていたからだ。
朱音は去年優勝したプレイヤーに負けた。
その時でもここまで殺気立つことはなかった。
信じられない速度で進化する紅と言う存在が朱音の開かずの扉を今こじ開けるきっかけを作ってしまったのだ。
ギギギと油が切れた重音を鳴らしゆっくりと空く扉。
「……始めて見た」
ミズナは見ただけで朱音の気持ちがすぐにわかった。
自分と同じく紅の底(限界)がまた見えなくなったからだと。
なによりここにいる誰よりも対戦するなら未知なる存在となるべき相手は紅を置いて他にいない、と。
「流石ね、紅君。完全に参加選手全員に実力不足だって文句を言わせないどころか良い刺激を与えるとは」
特別観客席でエリカは嬉しそうに言う。
「言っておきますけど、まだ会うのは禁止ですよ? ちゃんと夜会わせてあげますからもう少し待ってくださいね?」
「わかってるわ。そんなに心配しなくても約束は護るわよ」
エリカは隣に立つ小百合に返事をした。
その後責任者からバトンを受け継いだホログラムの美少女司会者が大会の流れと注意事項などを話して無事に開会式が終わりを告げた。
結局のところ、海パン一丁の意味。
これが理解できたか出来ていないかが、後に大きな命運を分けることとなることをこの時誰しもがわかっていなかった。




