進撃の神災者が遂に本格始動
そんな蓮見に現実と救いが突きつけられる。
やれやれ、と小さく呟いてから少し間を開ける橘。
「無理よ。そもそも私異性を好きって感情を知らないから」
「えっ!?」
てっきり良い返事を貰えると思っていただけに唖然とする蓮見。
ようやく俺にも春が訪れると思っていた心の中はまだまだ雪景色のままとなった。
天気も曇りと先も全然明るくないどんよりとした心。
「そんなぁ~」
身体全部を使って落ち込んだ態度を見せる蓮見。
これは演技などではなく、テンションを上げるだけあげさせて落とされる、いわゆるいつものパターンだったと知ってのショックもあってのこと。
蓮見はつくづく思う。
俺の周りはなんでこう皆意地悪なんだ、と。
だけど落ち込む蓮見に朗報もある。
橘もただ嫌がらせをしたいわけじゃないからだ。
「念の為言っておくけど良い返事ってのは私が彼女になるって話じゃないわよ?」
「……?」
「その前に一つだけ約束して」
「なに?」
「今日は絶対にこの部屋から出ないって」
鋭い視線と一緒に橘の目に見えない圧が蓮見の行動を抑制する。
「……お、おう」
勢いに負けた蓮見が頷くと、橘の表情に僅かな変化が訪れる。
「ならいいわ。私のお父さんが美紀たちが明日出場する大会の責任者を今回することになった」
「……ん?」
「そこで私からアンタの告白に対する返事。デートもお付き合いも無理。でも一緒に美紀を応援することは喜んで引き受ける。そこで私からのプレゼントよ」
「プレゼント? 橘がお嫁さんになってくれるのか?」
「なんでそうなるのよ! 今の話からそれは絶対にないでしょ!」
「…………」
「まぁいいわ。その話は今度で。それより美紀を応援する気持ちに嘘はないのよね?」
「おう! 当たり前だろ!」
「なら明日美紀だけじゃない朱音さんを始めとしたプロやプロを目指す人たちと同じ舞台に立てって言ったら立てる? 美紀は待っているわよ、アンタが同じ舞台に来ることを」
橘は自分のスマートフォンを操作してある画面を見せる。
それはLINEの会話。
橘と美紀の。
蓮見はすぐにわかった。
これは橘の演技などではなく、本当の会話履歴だと。
『今ってゲーム楽しい?』
『うん……楽しいよ』
『なら、もしこのままプロになったら学校辞めるの?』
『わからない。でもね私蓮見と一緒にゲームしててね、一回も本気の蓮見と戦ったことないから一回は戦いたいって思ってるの。蓮見は凄いんだよ! あの朱音さんが認めるぐらいに変幻自在の戦闘スタイルを持っているの! でも私がプロになったらもうプレイ環境が違うからそれができないと思う。だから私がプロになる前の最後の相手は蓮見って決めてるんだ』
蓮見の表情が無になった。
既に色々な感情が生まれどう反応していいかわからない。
そんな蓮見に橘は声をかける。
「アンタのお母さんは望んだわよ。アンタが世界で活躍するその瞬間を。アンタのお母さんは私のお父さんにこう言ったらしいわ。『死んだお父さんに息子はこんなに立派になったって言える日が来ると思えると嬉しいです。息子のことよろしくお願いします』ってね。まだわからないかな……」
橘は隠すことを止めた。
「紅さん? 私がなぜ紅さんにこの世界の戦闘技術を教えたと思いますか?」
その言葉に蓮見の口からあっ、と言葉がでた。
蓮見はすぐにわかってしまった。
完璧すぎるその言葉遣いと声。
聞き間違いじゃないとわかってしまった。
「さゆりさん?」
「はい。多くの人は紅さんのことを【進撃の神災者】と呼んでいます。もうここまで言えばわかりますね。多くのプレイヤーが紅さんのことを意識していると。紅さんには多くの人を魅了する力があります。最初で最後のチャンス。紅さんは里美さんと同じ挑戦者として世界に挑戦する覚悟はありますか? 私は俺様究極全力シリーズ『ア・ビアント』に隠された本当の意味と力をあの日知りました。と言っても記憶を受け継いでですが。それでも私は紅さんに期待しています。今度は世界相手に挑戦しませんか?」
小百合だった。
見間違えるはずはない。
目の前にいる女の子は間違いなく橘ゆかり。
なのに現実世界に居るはずの蓮見の眼には小百合の姿が見えていた。
「負けた時は私の胸かしてあげるし振られたらその時も好きなだけ泣いていい」
「…………」
「それでどうする? 明日はただの応援者? それとも挑戦者?」
「そ、そんなの……――――」
蓮見の返事を聞いた橘はクスッと笑ってから言う。
「うん、だと思った。頑張れ蓮見」
優しい口調と優しい微笑みは橘ゆかりが人生で初めて男子に見せた乙女の一面。
心理学を元に考えるとこの声と笑みに隠された意味。
そしてこのような展開をわざわざ用意した橘の意図。
それらの行動原理が少しは理解できるはずなのだが、蓮見は「おっ! お前めっちゃ可愛いじゃん!」と率直な感想だけを述べて橘の言動の意味を深く考えることはしなかった。
「はぁ!?」
急展開に耳まで真っ赤になる橘の顔はリンゴのように赤く、炎のように熱を帯びている。突然のことにあたふたするだけでなく心拍数急上昇の橘がとても新鮮でもしや? と思った蓮見は悪いことを考える。
「照れるなって!」
そんな橘に真顔でストレートに言葉を吐く蓮見。
「て、て、照れてなんかないもん! それと私だけ名前は嫌。だからお前じゃなくてゆかり」
「ゆかり? 小百合さんじゃなくて?」
「それはゲームの世界でしょ! 今はゆかりいい?」
「は、はい、ゆかりさん……」
「呼び捨てでいい……わよ」
――。
――――。
たわいもない話が盛り上がったことで、二人の仲が一気に縮まる。
端的に言えば蓮見がからかい、橘がからかわれる展開である。
その後、二人の楽しい夜が終わりを迎え、大事な日の朝が訪れた。