笑う者がいた
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――。
――――。
美紀がやって来た。
入れ替わるようにして七瀬と瑠香がやって来ては出ていった。
その度に笑う者がいた。
世界で活躍する朱音である。
「チェックメイトって言った所かしら」
何かを確信したように、お酒を片手に部屋で一人喜ぶ。
朱音は今以上に嬉しい気持ちになれた瞬間はなかった。
三人の覚悟、それがここに来てさらに強固な物となったからだ。
まず美紀。
さっきの戦いを見てなにを思ったのか自分で今の自分に足りない武器に気づいた。
その事実はあまりにも大きい。
自分で気づき自分で考え武器を手に入れる。
それがこの先どれ程大きな力となるか朱音はその身を持って知っている。
それを幼馴染から教えて貰った美紀の表情は輝いていた。
なにより――。
「あーあ、ついに美紀ちゃんが覚醒しちゃったわね~。まさか未来予知に目を向けるとはね~」
強敵が身近にできたことで喜ぶ戦闘狂がそこにいた。
まだ卵から羽化したばかりの雛ではあるが、強者の羽化は朱音の胸を刺激する。
「まさか……」
今から将来が楽しみで仕方がない。
朱音は美紀のソレは『神々の挑戦』には間に合うだろうと踏んでいる。
既に美紀の頭の中で成功のビジョンが明確に見えている以上、それは必然とも言えた。美紀の運動能力はずば抜けて高いのだ、なにも問題ないだろう。本人はまだ気付いていないようだが、既に基本的な戦闘技術は叩き込んである。朱音クラスのプロ以外なら確実にいい勝負ができるぐらいに。ある日をきっかけに前向きになった美紀の片鱗。その成長の要と呼べる最後のピースがようやく揃った。
「それにしても七瀬と瑠香は相変わらずまだダーリンに依存してたのね」
ため息混じりの声がでた。
でも――。
「予想外なのは、馬鹿みたいに一途だってこと。まぁ、あれだけハッキリ言われたら娘の幸せを願って嫌とは言えないわよね」
夢より恋を優先したいという二人の気持ちを朱音は受け入れた。
未来のことはその時に考えればよい。
それを二人揃って選ぶと言うなら止めるのはエゴだろう。
「だけど二人の考えは美紀ちゃんと比べれば甘い。その差は確実にこの後出てくるはず、その時に後悔しなきゃいいんだけど……まぁ、その辺は多分大丈夫かしらね」
恋とはある意味制御不可能な力。
好きな人の為に頑張る一途な女が発揮する力は時に――信じられない力を発揮する。
「そもそも私の勘がさっきから疼いてワクワクしてるのよね。近いうちにダーリンが私の前に立ちはだかる、そんな気がして。な~んてね、うふふっ♪」
朱音が持つセンサーが反応したのだ。
嫌な予感がする、みたいな感覚程度ではあるがそれが現実になる気しかしないと朱音は微笑むのであった。それはつまり――七瀬と瑠香の願いが叶う瞬間となるかもしれないということ。その時二人は蓮見を前にしてどう化けるのか……今から楽しみだらけの朱音。
スマートフォンの画面をチラッと見ては。
「まぁ、碧ちゃんも流石にダーリンのようなタイプには弱いみたいね。久しぶりに面白い試合が見れただけでなく、まさかこっちの板でもダーリンの話題が上がるなんて今日は最高の一日ね。とりあえず『ダーリンが望むなら私は全てを貢ぐわよ♪ 愛も身体もお金もなんでもね』 ってコメントしておこうかしら」
好きと言う気持ちを一切隠さない朱音は蓮見のいる世界(ゲーム世界)と同期している朱音が普段いる世界(ゲーム世界)の板にそう書き込むのであった。
そう――朱音は変幻自在かつ進化し続ける最恐が最終形態になるのをずっと待っているのである。
なにより――。
「ダーリン貴方の知名度は既に私が介入した時点でそこら辺のプロより名が世界に知れているのよ。ゲーム世界に存在する間はもう何処にも逃げ場はないし、勝ち逃げは絶対に許されないわ。一対一ならあの『ア・ビアント』はもう攻略できる自信もある。だけど私は誰よりも貴方を信じているわ。その神災はまだ《《仮の姿》》だってね。後は――」
朱音は【神災の神災者】の異名を持つ蓮見が”最恐の強敵”として現れるのを待っていた。
しばらくして最強は三人の修行時間に合わせて立ち上がる。
そして三人の未来のために今日も演じるのであった――鬼を。
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「連絡が来た。どうやら計画は順調に進んでいるらしい」
「そうですか」
「でもなんでわかったんだ?」
「なにがです?」
「彼がこうなることを」
中年の男は丸いテーブルを挟んで珈琲を口にする日本からアメリカに留学している女子大生に尋ねる。長い髪を束ねた女子大生は微笑む。
「好きだからです」
当たり前に答えるエリカ。
「…………」
それに対して言葉が出てこない責任者。
う~ん、と頭を悩ませるが理解がいまいちできないでいた。
「それより今はcowの運営責任者として頑張っているようですが、日本での噂は嘘だったのですか?」
「あー、実はその話しにはからくりがあってだな」
「からくり?」
責任者は首を傾けるエリカには一部の者しか知らない秘密を打ち明けることにした。なぜなら責任者は【神災の神災者】の異名で有名な蓮見が娘を通して思い通りに動いてくれている事にとても感謝しているのだ。娘もなんだかんだいって乗り気で最近は楽しそうと、責任者にとってはプライベートと共に仕事も円満と今は気分がとても良い。それに娘とももうじき会えると思うと、嬉しい気持ちになっていた。
「俺はあの日全責任を負い解雇されたと言うのはあれは表向きの話だ。実際は親会社のプロジェクトマネージャーとして着任し今度の大会を成功させるのが俺に与えられた本当の仕事であり、今回の責任のツケというわけだ」
軽く頷き「なるほど」と呟くエリカ。
蓮見の言語ですら理解可能な彼女にとって責任者の話はとても分かりやすい。
エリカは知っている。
責任者以上に今回の一件の適任者はそういないだろうと。
二つの世界をコントロールしつつ、ユーザーと会社の両方の期待に応えれる人物を。
だから有能な上の者たちが回りくどい方法を取ってまで彼をここでも責任者に選んだのだと考える。
ならば、なぜそうしなければならなかったのか? と次の疑問が生まれる。
「要は仕事のミスは仕事で取り返せと社長から言われ、表向きに出来ない理由があったから、適当な理由を付けた解雇に見せかけた出向をしたと?」
「そうだ?」
「裏の理由を聞いても?」
薄々わかった疑問を口にするエリカ。
「君ならもうわかると思うぞ。なぜ俺が君に協力を頼んだのか」
対して、諦め半分で答える責任者。
「あぁ~、そう言うことですね。ならサプライズゲストの噂はそう言うわけですね?」
「あぁ。口外はしないでくれよ?」
「当然です。でないと私の損失が大きいですから」
(もうすぐ蓮見君に会える。だけど……再会は恐らく時期的にも美紀たちとの再会も意味する。最後まで油断できないのは百も承知。今度こそ蓮見君と付き合っ……ええい、めんどくさい、潔く結婚するわよ、私!)
「……そ、そうだな」
(な、なんだ……この無言の圧は……ゴクリ)
エリカの損失が何を示しているのかそれがわかってしまう責任者は頭が痛くなってしまった。
娘が急にゲームにログインしたいからアカウントを今すぐ用意しろと言って来たかと思えば、エリカからは蓮見を用意しろと言われ、俺は一体なにをしているんだとつい思ってしまう責任者。
もっと言えば前者も後者も願いを叶えられなかった時は、ニコッと満面の笑みを見せる辺りとても似ているし怖いと感じたのは責任者だけの秘密。
彼は責任者であって、アカウント屋でもなければ人材紹介屋でもない。
ただゲームを運営する責任者ってだけだ。
責任者がエリカに頼んだことは――予測不能なアレをどうやって持ってくるかということだ。
どんなに考えても結局気分屋のアレを制御する方法を思い至らなかった責任者なのだが、エリカにとってはそれくらい朝飯だったらしくなんなく大きなプロジェクトは裏で進行していくのであった。
二人のリーダーはまだ退場していなかった。
世間的にはそう見えただけで――。




