神災に影響を受けた姉妹たち
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「相変わらず頭一つぶっ飛んでたね……お姉ちゃん」
「うん……久しぶりに見たけどなんて言うか……ヤバい」
語彙力が低下した瑠香に同じく語彙力が低下した七瀬が答える。
大好きな姉の部屋にやって来てはスマートフォンで蓮見と碧のライブ中継を見ていた二人。
この時、二人は中断された後どうなったかなんとなくわかってしまった。
「たぶんだけど……蓮見さん……か、勝ったよね?」
「うん」
蓮見が歌っていた歌。
その歌詞とその時のテンションから神災の脅威が最大レベルに上がっていたと見てわかった二人は知っている。その時の神災は実の母親である朱音ですら恐れる変幻自在の悪魔のようだと。
世界で活躍する者ですら、警戒するアレを初見で防げるならそれはある意味奇跡としか言いようがない。
となれば、恐らくライブ中継が途切れた理由は神災が暴走しカメラを壊すほどの規模で何かが起こったと考えれば辻褄があう。
そして……その時点で相手の負けが濃厚となっているのだろう。。。
そう考えた二人。
本当の結果はわからない。
だけど二人は同じ映像を見て偶然同じ考えに至った。
そこに違和感がないのはきっと……。
「相手はプロ。それなのにいつも通り戦ってたね蓮見」
「うん。それにいつも通り楽しそうだった」
「だね」
「いつも思うけど蓮見さんって相手が強ければ強いほどその場で信じられないぐらい強くなるよね」
「わかる。今ならお母さんが認めた理由も」
「あれだっけ……ダーリンほど恐ろしい存在を見た事がないってやつ?」
「それ。あれだけ数多くの必殺技持ってたらそりゃ誰だって警戒するよ」
七瀬の言葉に「あぁ~」と納得の瑠香。
姉妹仲良く並んで座ったベッドの端で今の戦いを見て過去を振り返る二人。
気付けばお互いの手を握り合い力が入っているのは。
「お姉ちゃん……」
「どうしたの?」
「……蓮見さんに会いたくなっちゃった」
突然泣き始めた瑠香。
ずっと我慢していた気持ちがついに溢れ始めた妹の姿に七瀬の胸が痛みを覚える。
気付かないようにしていた気持ちが揺れ動されてしまった。
恋を諦めようと本心に嘘を付いていた瑠香だったが本当はまだ未練だらけ。
だってさようならの言葉ですらちゃんと言えてないのだ。
本当は直接会って言いたかった。
だけど会えば決心が鈍るのとたぶん夢を捨てて日本に残っていた、と今でも思う瑠香の心の中はもうぐちゃぐちゃになっていた。
だって……蓮見が竹林の森イベントであんな無茶をしてまで頑張っていた本当の理由を知っていたから……その気持ちを無駄にしたくないって……思ったから最後の一歩を踏み出せただけ。
無理と我慢をして頑張ったのに結果は冴えないし、今の試合を見てやっぱり一緒に居れば良かったと強い後悔で押し潰れた瑠香は七瀬の胸に顔を埋めて泣く。
「瑠香……」
「…………」
七瀬には瑠香の気持ちが痛いほど伝わってきた。
だって瑠香が感じている感情は正に七瀬にも当てはまっていたからだ。
暖かさを持った涙から伝わる様々な感覚が七瀬の気持ちを揺れ動かす。
素直になりたい心と将来を考えての判断との狭間に悩む自分が生まれた。
「自分の心に素直になっても蓮見は強かったね」
「…………」
胸の中でコクン、と首を縦に動かして頷く瑠香。
七瀬は優しく瑠香を抱きしめて思う。
蓮見を好きになった理由は簡単で、惹かれる物があったからだと。
その惹かれる物を久しぶりに見て再び揺れ動き始めた感情にどう対応するが正解なのか? と考える。
少し前に決断したはずの物は正解だったはず。
そう思う自分が心の中に居る。
なのに微熱混じりのため息が教えてくれる。
「私……後悔してるのかな……」
ふとっ、無意識にでた言葉が七瀬の本心だった。
ボロボロに傷ついた心はあの少年にしか癒すことができない傷となって確かにそこに存在した。腕の中にある温もりの塊も似たような傷を負っているような気がするとなにも聞かなくてもわかるのはどうしてだろうか……。
もしかしたら魂のレベルでそれを求め共存反応を示しているからだろうか……。
答えは出てこない。
違う。
それをもし……認めたら……自分は……更なる後悔をすると……怯えているのだ。
だから苦しみ、そして更なる苦しみを受け入れ、最後には滅びる……そんな運命に薄々気づいていながら渋々心のどこかで受け入れている自分がいる……と気づいてしまった。
その時だった――。
「……この傷とこの先ずっと向き合っていく勇気なんかないよ」
共に過ごした時間は嘘ではなかったはずだ。
ならこの想いに嘘はないはずだ。
望まない失恋に心が悲鳴をあげた。
頬に流れる涙にも嘘はないはずだ。
天井を見上げるとそこにいたのは蓮見だった。
いないはずの人間の姿がそこにあった。
幻だとわかっていても、自然と零れた笑みは簡単には消えない。
やっぱりまだ好きなんだな~、と思った恋心も簡単には消えない。
上手くいかないのが人生だとするなら、蓮見と二人でならどんな困難でも乗り越えていけるかもしれないと心が思ってしまったのなら、もう本心に嘘は付けない。
「ねぇ、瑠香?」
「なに?」
「お母さんの所に今から行かない?」
「……ん?」
「私決めた」
「なにを?」
「私の居場所は此処じゃないと思うの。私の居場所はきっと……」
少し間を開けて、顔を上げる瑠香に笑顔を見せて言う。
「蓮見の隣なんだって。だからこれが終わったら私日本に戻る。それで蓮見の隣にいることに決めた」
その言葉が瑠香の本心へ静かに響く。
それは水面に広がる波紋のようにゆっくりと何度も何度も。
「わかった。なら私もそうする!」
無意識にでた笑顔。
それが瑠香の本心だった。
夢と恋の両立は今以上に大変なのかもしれない。
それでも今以上に頑張れると思った二人にこれ以上考える余地などなく、声にしていうでもなく二人は揃って立ち上がると自然と動き始めた足に身を任せて朱音の部屋に向かい始めたのだった。




