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張り子面の海  作者: 壺天
16/20

そして流れ込む嵐の海に、①

 今年は生り物がよく育つらしい。

 

 キュウリにトマトに、ナス、スイカ。

 実を連ねる野菜たちにホースで水やりをしながら、理歩はぼんやりと暑さをやり過ごしていた。

 夏も盛りに入り、日差しも強い。

 草木がずんずんと葉を茂らせる日和である。




「理歩、最近は砂乃子ちゃんのところに行かないのねぇ」


 陣ちゃんも顔を見せないし。

 後ろの縁側でお茶菓子を用意しながら、祖母がしみじみ言う。

 夏休み前の、最後の休日。

 理歩は畑仕事で出た汗を拭って、苦笑した。


「うん、今はちょっとね」


 あれから一週間。

 この家で、一緒に星の海を見たあの日。

 陣吉と砂乃子は、そろって砂乃子の家に帰って行った。

 多分、すれ違っていた月日を埋めようと、そばに居ることにしたのだ。

 そっと寄り添った二人を見送り、理歩はそのまま祖母の家に残った。

 遠ざかっていく二人が残した波は、穏やかだった。

 鏡面のように澄んだ海が二人の間にはあって、だからそれを見届けた理歩は、何も言わずに二人を見送ることにした。

 そうすることが正しいのだろうと、確信を持っていたから。


「喧嘩ではないんだね?」


 探りを入れてくる祖母に「違うよ」と返して、縁側に腰かける。

 砂乃子の家にも、あれから顔を見せていない。

 ちょっとばかり恋しさもあるけれど、


「色々あってさ…………それで多分、今は二人の時間が要ると期間、みたいなかんじで。だから今は、私は待機なんだ」


 見上げる夏空のように爽快な気持ちで、強がってみせる。

 あの二人がもう一歩先に一緒に進めるなら、ここで待つことぐらい、どうってことない。

 最後に見た穏やかな海を思い返せば、やきもきするような心配もわいてこないし。

 そんな落ち着いた様子の理歩に安心したのだろう。

 祖母も最後には「そうなの」と納得してくれたようだった。


「また、前みたいに砂乃子ちゃんたちと遊べるようになるといいねぇ」


「陣はおまけみたいな感じだけどね」


 意地悪っぽくにやつくと、祖母もあらあらと笑ってくれる。

 やっぱり、早く会いたいな。 また、笑ってるのを見てたいな。

 二人のいる空間を懐かしんで、理歩は内側の受信機をそっと撫でた。


「ホント、早く顔みせて欲しいよ。私だって、砂乃子さんに会いたいんだからさ」


「そりゃ、悪かったな」


 そのふてぶてしい声は、いつだって唐突だ。


「陣!?」


「陣ちゃん?」


 理歩と祖母は、はじかれたように玄関からの通り路へ顔を向けた。

 ざっざという足音と、ビニール袋のゆれる音。

 そこには果たして、不本意そうに顔をしかめた陣吉がいた。


「あらぁ、久しぶりねぇ、陣ちゃん」


「御無沙汰してたな、ばあさん。相変わらずか?」


「変わらず変わらず。元気なもんよぅ」


「そりゃよかった。ほい、手土産」


「まぁ、いつもありがとう」


「いいって、気にすんな」


 陣ちゃんのお茶もと祖母が用意しに行って、理歩は横に座った陣吉に顔を向けた。


「久しぶり……は、いいけど、なんでそんなに不機嫌?」


 あれからどうなったのかを聞きたかったのだが、妙にへそを曲げたような顔つきに、理歩は首を傾げた。

 背中を丸めた陣吉が、ジト目で見返してくる。


「え、ほんと何?」


 まるでお前が悪いとでも言いたそうな目線だ。

 訳分かんないと身を引くと、陣吉ははぁと荒っぽくため息をして、頬杖をついた。


「……砂乃子がお前のことばっかり気にすんだよ」


「え?」


 私? ぱちりとまばたきする理歩に、重々しくうなづいてみせる。


「『最近、理歩ちゃんに会ってないね』『どうしてるかな、理歩ちゃん』『理歩ちゃんに会いたいな』『理歩ちゃんが、理歩ちゃんは、』…………泣けばいいのか? 俺は」


 俺が目の前にいるってのに。

 すねた様子で口をとがらせる横顔に、理歩はきょとりと口をつぐんだ。

 ええっと。

 つまり陣吉はやきもちを焼いている、ということなのだろうか。

 波を分析するに、砂乃子さんが理歩の事を気にするのも面白くないが、理歩に嫉妬する自分にももやもやしている…………と。 なるほど。


「っ、ふふふ」


 なんだか、くすぐったい。

 さわさわと体の線を撫でるような波が寄って来て、理歩は体をゆすった。


「……笑うんじゃねーよ」


 しかめっ面で陣吉が言うのもこそばゆくて、たまらず縁側へ転がる。

 陽気な日の猫みたいに、体をくねらせる。

 陣吉は、初めこそ不本意そうにしていたが、終いには同じように笑って、理歩の頭をくしゃくしゃに撫でた。


「あ、じゃあさ、もう砂乃子さんに会いに行っていいの?」


 お互い、十分話し合うことはできたのだろうか。

 体を丸めたまま聞くと、


「ああ、もう十分だ。――――さんきゅーな」


 さらっと笑いながら首を振って、陣吉は目を細めた。


「陣ちゃん、理歩」


 グラスを持ってきた祖母が、廊下から顔を出す。

 理歩はひじをついて顔を上げた。


「なあに? おばあちゃん」


「いやね。もしこの後砂乃子ちゃんのところへ行くんなら、その後、砂乃子ちゃんを誘っておいでと言おうと思って。折角だから、うちで一緒にお昼御飯を食べましょう」


「え、賛成!」


「いいのかよ、ばあさん」


 遠慮する陣吉の服をひらめかせて、理歩は「いいじゃん」とねだる。


「一緒に食べよう? ねぇねぇ、いいでしょー?」


 引っ張んなとあしらわれても、繰り返しじゃれつく。

 ついには陣吉もうんうんとうなづく祖母を見て、「分かったよ」とスマホを取り出した。


「どうせ家にいるだろうし、電話で呼ぶわ。世話んなるな、ばあさん」


 やったぁと大の字になる理歩と、嬉しそうに「いいのよ」と首を振る祖母。

 それに苦笑して、陣吉はスマホへ耳を押し当てた。

 電話からしばらく後。

 電子音の呼び鈴が鳴り、砂乃子がお面姿でやって来た。


「砂乃子さん!」


 上がり框で待っていた理歩が立ち上がると、砂乃子はほわっと柔らかな波を発してお面を外した。


「理歩ちゃん、久しぶり。会いたかったぁ」


「私も! 来てくれて嬉しい」


「ふふ、私も」


「だから、お前等は俺を置いてくなって」


 奥から顔を出した陣吉に二人で目を寄せ合い、一緒に台所の方へ向かう。

 祖母が昼食を用意するのを三人で手伝って、そろって食卓に着いて食事に箸を伸ばした。


「陣、陣! 新作! 見て見て」


 食事の最中、二人に会わない間に作っていたお面を引き寄せて押し付けると、「こぼすぞ、味噌汁」と皿を置いた陣吉があきれ顔をする。


「あー、烏天狗ってやつか?」


「あら、本当。とっても上手ね! 迫力があって、いいと思う」


「でしょう? 今んとこ、一番の自信作なんだよ」


「色塗りも、味があって好きだなぁ」


「そう? えへへ」


「……お前ら、これに関してはほんと、相変わらずなのな」


 しげしげとお面を観賞してくれる陣吉ににまにますると、祖母が、


「砂乃子ちゃんと理歩の、仲良しの印みたいなもんだもんねぇ」


と合いの手を入れてくれる。


「そうそう、おばあちゃん、いい事言う!」


「これ無しで、私たちは語れないもんねぇー」


「ねぇー」


 くふふふふ。

 いたずらっぽく砂乃子と笑い合う理歩に、陣吉も、


「仲良しねぇ……」


と半眼で二人をじとりと見る。


 そんなにうらやましがっても、このポジションは譲れないぞ。

 理歩はちょっぴり優越感で砂乃子の肩にもたれかかった。

 すると好戦的な顔をした陣吉が手を伸ばしてきて、理歩を捕まえようとする。

 理歩はキャーキャー言いながら身をよじって、砂乃子にすり寄った。


「見せつけてんなよ、このドチビ!」


「見せつけてないもーん。陣こそ心狭い! けーち、けーち!」


「上等だ、おら!」


「もう、二人共、食事中! ストップ!」


 ぴしっと制する砂乃子に取り成されて、「はーい」「へいへい」と休戦する。

 さすがに騒ぎ過ぎたかと反省するが、箸を取りながら横目で陣吉を見ると、あちらもきらりと光る目で視線を返してきた。

 なんとなく、悪友みたいだ。

 そんな風に思って、理歩はくすぐったい。

 砂乃子ともつながっている。

 でも、それとはまた違ったつながりが、自分と陣吉の間にもある。

 そう思えて、ほわほわと心が浮き上がるみたいだった。

 そのまま、いそいそと食事を再開しかけ、


「あ、そうだ」


 不意に声を発して、理歩は砂乃子に顔を向けた。

 砂乃子はきょとんと箸を止め、首を傾げている。

 理歩は砂乃子の方を見たまま、茶碗を置いてくるりと体を巡らせた。


「あのね、砂乃子さん」


「ん? うん」


「もうすぐ私、夏休みなんだけどね? そのぅ、夏休みになったら、おばあちゃん家にたくさん泊まりに来るんだ。そしたらさ」


「うん」


 まばたきする砂乃子へさっと目をやって、理歩は手を握りしめた。迷惑かな? 困るかな? でも、聞いてみたいな。

 一瞬葛藤して、ぎゅっと目をつぶった。


「砂乃子さんの家に、泊まりに行ってもいい?」


「もちろん!」


 耳に飛び込んできた朗らかな答えに、ぱっと目を開けた。


「え、本当? 迷惑とかじゃ、ない?」


 それならそうと、言ってくれていいんだよ? 食い下がる理歩だが、砂乃子は相変わらずの笑顔で理歩の手を取った。


「全然。むしろ来てくれるの、とっても嬉しいよ。あ、でもね?」


 祖母の方をうかがうように見た砂乃子は、真面目な顔で付け足した。


「やっぱり、仲が良くても他所の家だからね。こればっかりは親御さんにちゃんと確認してからね?」


「えー……お母さんに?」


 ぎゅ。

 理歩はつい顔にしわを寄せて言葉をにごした。

 喜びから一転、難題に直面である。


「おばあちゃんがいいって言うんじゃダメ?」


「なんだ、反抗期か?」


「そう言うんじゃないし」


 陣吉の横槍をむぅとかわして、祖母に手助けの目線を送る。


「おばーちゃーん……」


「おばあちゃんは、いいわよぉ。でも、一言くらい言っとかないと、お母さんも気にするだろうから。一応言っておきなさいな」


 そんな。


 祖母の追い打ちもあって、理歩は打ちひしがれる。

 あの気難しい母相手に、砂乃子宅での宿泊許可がもぎ取れるだろうか。

 かなり厳しい見通しだ。 理歩は頭を抱えてうなり声を上げた。

 あんまり期待していないが、最後の頼みと陣吉に視線を送れば、


「お前の年で保護者の許可は必須だ。砂乃子のためにも、そういうのはちゃんとしとけ」


と、砂乃子を引き合いに出され、撃沈した。


 代案無し、大手。 理歩はあきらめて肩を落とした。


「……分かった、聞いてからにする」


「いいよって言われたら、もちろん泊まりに来ていいから。約束ね?」


 なだめてくれる砂乃子にうんと返し、理歩は箸を手に取った。

 夏休みまで、あと少し。

 強敵・母の首をいかに縦に振らせるか。

 難問を前に、しかし、砂乃子たちとの楽しい食卓に笑顔を取り戻していた理歩は、この時知らなかった。

 穏やかな海に満ちた、理歩の大切な世界。

 そこに避けようもない雷雲の嵐が、ゆっくりと迫っていることを。

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