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はじめまして

作者: あーくん

この作品を読んで楽しんでいただけたら幸いです。


10時に会おうね


 今日は10時から待ち合わせ。楽しみすぎて夜も眠れなかった。

しかし長い。まだ朝の8時。

こんなに長いと時計をいじりたくなるよ。いじったとしても意味ないけど。


 10分前に来た。彼女はまだいない。

ゲームでもするかと思って画面に目を向けると、自分の顔が映った。その後ろから僕の彼女が顔を出してくれたらなと思ったけど、そんなにうまくはいかないよね。

僕は諦めてゲームをして待つことにした。


 あと5分、3分、1分、そして一時間が過ぎた。

……。一時間が過ぎた!? よく俺そんな待ってたな。

見上げると空は暗かった。

ぽつぽつ。雨が切なさを演出する。

……。寂しかった。


 なんで彼女は来なかったのか、その答えを探すために夕方までぐるぐると考えていた。

答えは出せなかった。

だから気分転換にコーヒーでも飲もうとした。その時だった。

電話が入った。

「元気にしとるかの」

じいちゃんからだった。

「おう」と言って電話を切った。

気を取り直してコーヒーを飲んでいると、ある考えが浮かんだ。

もしかしたら10時っていうのは夜の10時のことで、夜になったら彼女と会えるんじゃないか。

もしそうだったら、ブラックな気持ちに甘さが浸み込んでくる。

うきうき。


 10時。寒かった。

もう雨は上がっていた。

ふと電話が入る。緊張が胸の中を走る。

「元気にしとるかの」

またじいちゃんだった。

「なんだよ急に」

「なんかの、お前の彼女さんから電話が入っての、風邪を引いたそうじゃ」

「え」

「明日なら会えるそうじゃ」

まあ、明日ならいいかと思った。



愛してるって言わないでよ


 私は初対面の人と会う時、匂いを感じる。

この人と初めて会った時は、裏切りの匂いを感じた。

つまり、第一印象は最悪だった。

しかし今、恋人として仲良くしているから、人生って不思議なものだと思う。


 「おはよう」

「おはよう、サリナ。今日も愛してる」

そう言ってキスをくれた。

これは日課だ。キスから私たちの一日は始まる。

「今日、俺、めっちゃ楽しみなんよね」

「私も楽しみ」

「あのレストラン行こうな」

「うん!」

二人はデートを前にして、気持ちが高ぶっていた。


 いつの間にか日が暮れた。

私たちはたくさん遊んでくたくただ。

「サリナ、愛してるぞ」

「ありがとう」

何度、愛の言葉をもらっても嬉しい。

「あれ?あれ、ユキじゃね?」

「ん?」

彼の目線の先には一人の女の子の後ろ姿があった。

赤いショルダーバッグを肩にかけている。

「前の彼女?」

「うん。話しかけてこよっかな?」

え?なんで?

「ほっといたほうが良いんじゃない?ほら、過去に縛られるとよくない、って言うじゃん?」

何とか彼を止めようとする。

「俺、我慢できない。行ってくる」

そう言って走り出した。

彼の暴走を止められなかった。


 怒りで立ち尽くす。

本当に好きじゃないなら、「愛してる」とか軽々しく言わないでよ。

しばらくして、彼は帰ってきた。

「人違いだった」

無視して背を向ける。すると、彼は慌てた。

「おい、待てって」

「許さないから」

「え?ごめん、許して!お願い」

「嫌」

「何でもするから!」

その言葉がなぜか私の足を止めた。

「本当に?じゃあ、皿洗いと洗濯お願いしてもいい?あとトイレ掃除も全部」

「はい、やります」

この日から彼は、私に逆らえなくなった。



飲んだくれの休日


 〈飲み会に参加できますか〉

グループLINEでアンケートが送られてきた。高校時代の旧友のグループLINEだ。

不参加にする理由がなかったし、久しぶりに友達と会ってみたかった。

だから〇をつけた。


数日後。

「本当にお前はよく飲むなぁ」

「そうかなぁ~」

夕食を作りながら家内は酒を飲んでいた。お酒にはめっぽう強い。

私、飲むのが仕事なのよと聞いたときはびっくりした。

「今度の飲み会は頼むよ?」

「え~、頑張ってみるぅ~」

彼女には送り迎えを依頼していた。だからその時はお酒を我慢してもらわないといけない。

本当に我慢できるのか? 心配だ。


 飲み会があと3日後に迫っている時、びっくりした。

全然飲まなかったからだ。

ほい、と焼酎瓶をやっても頑なに拒否する。

「飲まないの?」

「私、本番が3日後に控えてるから。今のうちに練習しとく」

いい心がけだ。彼女も珍しく休みを取り入れたというわけだ。


 飲み会が終わった。こんなに楽しいとは。

久しぶりに会う友人は相変わらず面白いし、俺の話も聞いてくれる。

おかげでたくさん酒が飲めた。

家内に電話をかけた。

「今から迎え来れる?」

待ってましたとばかりに返事が来る。

「いいわよ~ん。げふっ」

飲んでるなこいつ。


 しばらくして家内はやって来た。

「はーい、お待たせぇ~ん」

「あんた、飲んだでしょ」

「飲んでないわよーん。うふ~ん」

完全に飲んでるし。

「ダメだこりゃ。仕方ない、俺が運転して帰る…って、俺も飲んでたよ!」

仕方がないので、代行で帰ることにした。



欠点人間


 職場にはいろんな人がいる。その中でも尊敬できる先輩が僕にはいた。

T先輩だ。

彼は明るくて、仕事が出来て優しくてなんでも出来て。

そんな先輩を見ていると、きっと欠点なんかないと思う。


 「何してるんだ!」

仕事でミスをしてAさんに叱られた。

こんな怖い顔初めて見た。

「すみません」

僕は謝った。

「すみませんって、ただ謝ればいいって思ってるでしょ」

「はい」

「はいってw」

彼は苦笑した。

「まあいいよ。次は気をつけて」

「いいえ」

「いいえ!?」

やばい、返答が逆になってる。


 Aさんは配達に行くということで、残った3人で仕事に取りかかった。

「何浮かない顔してんだよ」

T先輩が茶化すように言った。

「だって僕、仕事でミスして欠点ばかりで」

「そうか」

彼は一つ間を置いて。

「俺も欠点だらけだよ」

え?

耳を疑った。T先輩が? と思った。

「だって俺、弱虫だし臆病だし」

嘘。

「しかも、妻には口で負ける」

「……」

「この前なんか本気で泣かされた。愛の言葉をもらってさ」

「それ嬉し泣きじゃないですか」

「ぶはははは」

彼は爆笑した。

「何? 欠点の話してんの?」

残っていたRさんが会話に入ってきた。


 彼女の欠点は歯がないことだった。

それもそのはず、小学生の時以来歯を磨いたことが一度もなかったからだ。

汚いと思った。

「なんか俺たち似てるな」

「そうですね」

こうして仕事終わりに3人で「ダメ―ず」というライングループを作るのだった。



上京するとか嘘つくなよ


 「歌詞がいいからだよ!」

「いや、メロディーがいいからだろ!」

俺たちは歌手のあーりんが売れた理由について揉めていた。

「もういい。そんなに頑固なりゃあんたが出べそだってこと、みんなに言ってやるから!」

「今噛んだよな」

「……。覚えといてよ!」

噛んだことには触れられたくないようだった。


 〈上京します〉

夜になると今日喧嘩したサキタロウからラインが来ていた。

あっ、サキタロウって言うのは彼女のあだ名だ。

しかし、上京するとは。

……。

嘘だよな、と思ってケータイを降ろすと電話が入った。

サキタロウからだった。


 「私、上京するから。ラインで言ったと思うけど」

「あー、そうなん。で、いつ上京するん?」

嘘だよな、と思いながら一応聞いてみた。

「明日」

「急だな」

「とにかく明日上京するから、明日の始発来て」

「分かった」と言って電話を切った。


 始発の駅にはサキタロウが待っていた。

スーツ姿だった。どこかの面接に行くのだろうか。

「嘘だろ?東京行くの」

一応確認のためにそう聞いたが、どうやら嘘ではないようだった。

彼女は切符を見せてきた。しっかりと東京行きと書いてある。

唖然とした。まさか本当に東京に行くなんて。

「クソナギくん」

俺のあだ名はクソナギだった。

「今まであり…」

「あっ、そういえばさー、俺の母ちゃんも出べそなんだよねー」

「?」

「でさー、俺の父ちゃんも出べそでさー」

俺は急に喋りまくった。

なぜなら、彼女の「さよなら」が聞きたくなかったから。


 疲れた。もう、かれこれ十分ぐらい喋ったと思う。

「ナギくん」

今度は本名で呼ばれた。

「私、行かないよ」

「え?」

「私、東京に行かない」

意味が分からず呆然としていると、彼女は切符を破り捨てた。

「帰ろう」

彼女は俺の手を引き、外に向かって歩き出した。

後で聞いたことだが、実は喧嘩で負けたことが悔しかったから上京すると嘘を付いたらしい。



神木の本気


 10年前、神木プロデュースでヒット曲を連発した過去がある。

しかし、それ以降はまったくヒットが出ていない。

完全に落ち目だ。

当時、私にはライバルがいた。

宮野香音(みやのかのん)ちゃんだ。

顔がかわいくて、作詞も出来るすごい歌手だ。

そんな彼女は去年ヒット曲を出した。


 「まさか、いっちーに飲みに誘われるとは思わなかったなー。今夜うちに泊まりに来ない?」

「嫌です」

もう、本当に女関係にはだらしがない。噂では4人彼女がいるらしい。

そろそろ、今日誘った目的を果たさないと。

「神木さん、最近ヒット曲なくないですか?」

「あれ?そうだっけー?」

「はい。ちなみに香音ちゃんは去年再ブレイクしましたが、どうお感じですか?」

「僕は別にどうも思わないな」

イラッときた。拳で思いっきりテーブルを叩いた。

ガチャン、と皿の鳴る音がする。

「何でそんなに無関心なんですか?悔しくないんですか?ただの変態になっちゃったんですか?見損ないました。もういいです。あなたの元から離れます」

すると、さすがの彼も慌てた。

「待ってくれ。分かった。次は売れるような曲作るから。それまで待っててくれないか?」

そう来なくっちゃ。


 「結構良い曲だと思う。聴いてくれ」

家で発声練習をしていると、神木さんがやって来た。

かなり自信ありげな表情だ。あれから1年かけて本気で良い曲を追求したのだろう。

聴いてみる。

楽しげなイントロ。そして、彼の希望に満ちた仮歌の声。

聴き終えて感想を述べた。

「良かったです。この11年で一番良かった」

「まじ?よかったー」

彼は安堵の表情を浮かべている。

これで終われば良かったのに、テンションが上がっていた私はこう続けた。

「本当、今までのは味気なかったけど、今回のは良い曲でした」

「今まで味気なかった?」

あ、口滑ったな。

「いや、今までのはダサかったです」

「それは、すまんかったな」

なんか違うな。

「いや、今までのはこの世のモノとは思えないぐらいひどかったです」

「もういい、帰る!」

彼はデモテープを持って帰った。バタンッとドアの閉まる音がした。


 一ヶ月後、元ライバルの香音ちゃんはまたヒット曲を出した。

その曲は本来なら私の曲になるはずのものだった。

YouTubeで聴くたびに胸をよぎる。

あんなこと言わなきゃ良かったという後悔が。



生きてほしい


 この病室で彼女を見ていると、明日が来るのか不安になる。

僕だって明日も必ず生きているっていう保証はないのに、どうしてか自分は明日もその次の日も、そのまた次の日も生きているんだろうと思ってしまう。

それが希望なのかもしれない。


 神社でお祈りをした。

彼女が死にませんようにって。

その願いが効果があるのか分からなかったが、とりあえずやれることはやっておきたかった。

「その願い、叶えてやろう」

声のした方を見ると、天使の輪っかをつけたおじさんがそこにはいた。

宙に浮かんで座っている。

「あなたは…」

「救いの神じゃ」

「救いの神?」

「そうじゃ。なんでも願い事を叶える神じゃ。お前の願い事は彼女を助けることじゃったな?」

「はい」

僕の願い事は、重い病気になった彼女を助けることだった。

「しかし、条件がある。今回のミッションは難しい」

「……」

「彼女の代わりに彼女の一番大事な人が亡くなる。それが条件だ。あっ、家族は除いてじゃぞ?」

「……。はい、分かりました」

僕は決心した。

「願いを叶えてください」


その後、神様が落としていった飴を握りしめながら、彼女がいる病室に向かった。

もちろんその飴は包み紙に入っている。直に触ってないよ。

彼女の元へ来た。

彼女は痩せこけている。そして眠っている。

僕は意を決してその飴を彼女の口に入れた。


 「ねえ、最悪。ゲンくん死んじゃったんだけど」

生き返った彼女はなぜか怒っていた。

「誰? ゲンくんって」

「ん? 私の浮気相手。一年前、私が元気になったら絶対結婚しようねって言ってたの」

「へー、そうなんだ…って! 浮気してたんか!」

どうやら、彼女の大切な人というのは浮気相手だったらしい。



早く帰らせてよ


 彼女のことは大好きだ。苦手な部分もあるが、トータルで見れば好きだ。

しかし、俺には彼女以上に好きなものがあった。


 日が暮れた頃。

「そろそろ帰るか」

俺が言うと彼女は不満そうだった。

「なんで? まだ5時だよ」

彼女の言いたいことは分かる。だって、いつも別れるのは7時だから。

でも今日は楽しみにしていることがあった。

夕方5時半に放送される「変態仮面」だ。それが楽しみで仕方ないのだ。

「えっとなー…」

どう言おうか迷った。


 もちろん正直に言ったこともある。すると答えはいつもこうだった。

「変態仮面と私、どっちが大事なの?」

もちろん変態仮面だけど、そう言うと彼女が可愛そうだから言えない。

じゃあ、どうするか? 俺はこう言った。

「プリンがあるんだよ。俺、大好きなんだよねプリン」

「へー、後でいいじゃん」

「いや、今じゃなきゃだめなんだよ。逃げるんだよ、俺のプリン」

「嘘つくな!」

怒られた。


「お願い帰らせてくれ」

必死にお願いした。

「なんで?」と彼女は言う。

「プリンがあるから」

「じゃあ、私も食べる」

なんでそうなるのさ!

「一個しかないんだよ、俺のプリン」

「じゃあ私がその一個食べる」

「やめてくれよ」


 と言ったのに彼女は付いてきた。

すぐそばに俺ん家がある。もちろんプリンなんてない。

「この家にプリンがあるんだね」

彼女は嬉しそうに笑う。

俺はどうしようか迷った。このままじゃ変態仮面を見れずに終わってしまう。

もうこうなったら…。

「帰ってよ。俺は変態仮面を見たいんだからさ。プリンなんてねーよ! さよなら!」

彼女は泣き出した。

「なんでそんなこと言うの…」

ああ、めんどくさい!

結局俺は、変態仮面を捨ててプリンを買いに行くことにした。

しょうがないよ。俺は女の子の涙には弱いんだから。



誰よりもそばにいてほしい


 あの人も僕のことが好きだったらいいのにな。

ふと、今飲んでいるお酒のアルコール度数が気になって、缶をよく見る。

3%。あの人と付き合える確率を示されているようだった。


 「俺、メイに告ったぞ」

「え?」

次の授業の準備をしていると、コウジが僕のところに来て衝撃の事実を告げた。

「で、どうなった?」

「フラれた」

「まじか」

「俺が告ったんだから、お前も告れ」

そうだな、告らないわけにはいかないよな。こいつが告ったのに僕が告らなくてどうする。

当たって砕けようと決めた。


 今、手紙を書いている真っ最中。

やっぱり、どういう言葉が相手の心に響くのか考えてしまう。

『永遠に続く道を二人で歩いてみませんか』とか、『僕の恋が片想いなのか、両想いなのか知りたいです』とか、色んな言葉を考えてみた。

だけど、どれが一番良いのか分からない。

よし、こうなったら明日の自分に委ねるとするか。


 さんざん悩んだあげく、「好きです。でも、諦めます」と書いた。

これの決め手は、僕じゃ彼女を幸せにできる自信がないからだった。

幸せに出来ないんだったら、付き合わないほうがいい。

だから恋を諦める。それでよかった。


 とは思うものの、簡単に恋の炎が消えるわけではなかった。

どんなに諦めても、あの人と付き合いたい、っていう気持ちは変わらなかった。

まだ恋の炎はメラメラと燃えている。

「ケンジくん!」

駅のホームで帰りの電車を待っていると、後ろから声がした。

そこには僕が一度諦めた女性、ミドリさんが立っていた。

走ってきたのだろうか、肩で息をしている。

「手紙読んだよ。嬉しかった。夢かと思うくらい嬉しかった」

どういうこと?諦められたのが嬉しかったの?

え?どういうこと?

意味が分からなすぎて思考回路がショートしかけた。

後から聞いたところによると、実は間違って「今度から君の宿題、全部僕がやる」という手紙の方を送っていたらしい。

なんでそんな手紙書いたんだろう、と不思議に思った。



燃えろヒーロー


 ゲームショップに行った帰り道、ある会社を横切った。

友達の会社。いつもここを通る度にここに勤めてるんだっけ、と思い出す。

頑張ってるかなぁ。まあ、俺が言えたことでもないけど。


 家に帰ると、たくさんのフィギュアが俺を待っていた。

このフィギュアは全部ヒーロー系のやつ。別々の話のヒーローがそこら中に立っている。

中には悪党もいるけど、全部俺の好きなキャラだ。

こうして見てみると、頑張って集めてよかったなぁと思う。

突然、部屋のドアが開いた。

「こら、ヒロシ、遊んでないでどっか仕事に行きなさい!」

また出た。俺の敵。

母ちゃんにこう反論した。

「いいんだよ俺は。ヒーローになる夢があるんだから」

「はぁ」

彼女は呆れた顔をして去って行った。


 「おい、ヒロシ、元気か?」

また別の日、友達のピロシが遊びに来た。

「おお、また増えてんじゃん! かっけー!」

彼は一体のフィギュアを手にして言った。

「これどこで買ったの?」

「イスラエル」

「面白くねえよ」

小突かれた。


 ジュースを飲みながら彼は切り出した。

「実は話があってさー」

「何? 相談なら乗るよ」

「俺の会社入ってくんない?」

「嫌です」

速攻で拒否した。俺は働くのが大嫌いなのだ。

「そこをなんとか」

「嫌です」

「人手が足りなくて…」

「ダメです」

「くそぉ」

彼は項垂(うなだ)れた。

何度言っても俺は聞く気がない。俺はそんなに軽い男じゃない。

だって、軽い男じゃヒーローは務まらないから。

彼はふーとため息をついて。

「俺、お前のことヒーローだと思ってたのに…」

「ヒーロー?」

聞き捨てならない。

「ああ、お前はヒーローだ。そこのフィギュアと同じ正義のヒーローだ」

「……」

「俺達を助けてくれ! その正義の力で」

ドクン。その瞬間、心が燃えた。

こう言われちゃ敵わない。わかった、俺、助けに行く。

俺はおもちゃの変身ベルトを持って職場に駆けつけた。

そしたら職場の人に「後日面接に来てもらいますが、その変身ベルトは置いてきてくださいね」と言われた。



半月夜


 僕の人生は決して満月とは言えない。

だって、色々な障壁があるから。

今日もそうだった。

「もう大人なんだからさ…」

「責任持てよ」

会社の先輩がそう言うたびに僕の明るさが欠けていく。

だんだん新月に近づいていく。


 家族とも喧嘩していたから家には帰りたくなかった。

知らないところまで行ってやろうと思ってたけど、僕は小心者だったので、迷子になったらどうしようという思いが僕の心を占め、ある程度のところで帰ることにした。

もう辺りは暗くなっていた。時計を見れば7時だ。

好きな女の子の家の前を通った。

そういえば7時になったらお風呂に入るっていうのが彼女のルーティンだったよな。

じゃあ今ごろ風呂入ってんのかな。ほほーん。


 少し過ぎると風呂にいるはずの彼女が道端にいた。

なんで? と思った。彼女はよい子のはずなのに。

「よお」と声を掛けた。

「わっ」と彼女は驚いた。

どうやら家族と喧嘩をして家出をしたらしい。

「乗るか?」

「え、でも…」

彼女は二人乗りをためらった。


 「なんか、いけないことしてるみたい」

彼女は嬉しそうに言う。実際、いけないことなのだけど。

遠い空を見る。半月だった。

自転車を半分こしている僕らにはぴったりの月だった。

「ねえ、どこまでいくの?」

「秘密」

僕は毎週木曜日に行われているあの会に出席しようと思っていた。

どんな会なのかはまだ秘密。


 「おせえよぉ」

「おっす、番長」

コンビニに着くと、みんなが温かく迎え入れてくれた。

「では、俺から言いまーす」

出っ歯が音頭を取った。

「どうぞ~」

「屁が出そうでぇす。ブブブブ」

「おえ~」

この会は通称「言おう会」。みんなが口々に言いたいことを言って不満やストレスを吐き出すための会だ。

「じゃあ次、伊藤」

僕が指名された。僕は日頃のストレスをぶちまけた。

「『大人なんだから』とか『責任』とかくそくらえだ!」

「お~」

なかなかの好反応だった。

「じゃあ次、そこのお嬢ちゃん言ってみる?」

まるまるが指名した。

「言っていい?」

彼女は僕に訊いてきた。

言っていいに決まってる。なんで訊くんだ?

僕は頷いた。

「私は……。私は本当は9時にお風呂に入ってます。だけど本当の時間を言うのは恥ずかしいので、伊藤くんには7時に入ってるって嘘ついてまーす」

意外な事実だった。



未完成好きの女


 ブロロロロ。僕らは車に乗っている。

誘ったのは彼女だ。青井さん。僕の好きな人。

でも、まだ付き合っていない。もしかしたら、両想い?っていう気はするが、確信が持てるまではアタックできないのが僕の性格だ。

「見えてきたね~」

僕らを待っていたのはお花畑だった。


 「え、咲いてないじゃん」

「え、それがいいんじゃん」

僕らを待っていたお花畑。全然満開じゃなかった。残念!

「なんで咲きかけの蕾がいいのさ」

僕が不満げに言うと。

「私、咲きかけ好きなんだよね~」

彼女はしみじみと言う。

仕方がないのでそこにあったベンチでぼーっと眺めることにした。


 「バナナいる?」

しばらくして彼女は言った。

「うん」

ガサゴソとバッグをあさる音。

「はい」

やっぱり彼女は青いものを渡してきた。

「なんで青いの?」

「未熟だからじゃない?」

「いや、そうじゃなくて、なんで未完成なものを渡すの?」

「……」

彼女は少し考えた後、

「うーん、私が未完成なものが好きだからかな。楽しい未来があるって感じがして」

「そうなんだ」

そんな人もいるんだなぁ。


そして、ふと気づいた。

未完成(未熟)が好きって事はもしかして、僕のことも好きなんじゃないか。

僕も青いバナナや咲きかけの蕾みたいでまだまだ若い。

そして足りないところがいっぱいある。

よし、決めた。僕は彼女、青井さんに告白する! って、ドワ~!

彼女は僕の方を向いて目を閉じていた。

これはもしや、僕からキスしろということなんじゃないか。ドワ~!

僕は顔を寄せる。ぐんぐん寄せる。彼女は目を開いた。

「好き」

僕が唇を寄せている途中でそう言ったのだった。

両想いが確定したのです。

「じゃあ…」

「じゃあ?」

「僕と付き合う?」

「お断りします」

彼女はさらっと言った。理解が追いつかなかった。好きって言ったのに、何故?

「私、恋にも未完成を求めてるんだ」

「ええええええええええ」

まじかよ~。



夏と冬


「今日は暑いね」

「うん」

僕は、冬華とデートに来ている。

「そういえば、この前の数学の宿題終わった?あの平方完成のやつ」

「いや、まだ」

うーん、なんかそっけないな。

「はっ!」

急に驚いた表情をされた。

え?なに?


「数学のノート返してなかった。ごめん」

なんだ、そういうことか。

「あ、いいよ全然」

「あ!」

また叫んだ。

何だよ。

今度は何だよ。

僕の胸がドキドキしてきた。

「国語のノート返してなかった」

「あ、いいよ全然」

ふぅー

僕は心の中でため息をついた。

「実は今持ってる」

いや、もってるんかい。


「はい、どうぞ」

丁寧に両手で渡された。

僕も丁寧に両手で受け取る。

パって中を開いてみる。

え?

そこには驚くべき光景が記されていた。

鉛筆で描かれた死神のキャラクター。

それだけじゃない!

茶色いシミも描かれていた。

「何これ?」

僕は、開いたページを見せて問いかける。

「ああ、それ?それはねー、コーヒーのシミ!コーヒーこぼしちゃった」

笑顔で言われ、思わず困惑してしまう。


「そうだ、新作できたよ」

僕は気を取り直してそう言った。

「ほんと?」

冬華もこれには食いついてくる。

「見せて」

「じゃーん。こんな感じぃ」

一通り目を通すと、口を開いた。

「ああ、こんな感じか。なんかつまんないね」

ス、ストレート…傷つく…

「もっと良いのかけよ」

「はい」

「わたしの見る?」

「あ、うん」

僕は、ケータイを受け取った。

「つまんないって言ったら殺すね」

ええぇ。

僕は困惑した。


ああ、実際つまらない。

でも、言ったら殺される。

ここはこう言うしかない。

「あ、おもしろいね」

「嘘ついたから殺す」

何でだよ。


「ねーねー、小説書くときに大事なことって何?」

冬華に聞かれた。

うーん、大事なことかー。

僕は考えを巡らせた。

「やっぱり、書いてて楽しいって気持ちかな。やっぱり、おもしろいと思われたいって思って書いただけじゃだめだよ。やっぱり情熱がなきゃ」

僕はめずらしく熱く語った。

さあ、冬華の反応は…?

「あっそ」

冷たっ。

なんだこの温度差。

まるで夏と冬みたいじゃないか。

「ねーねー、つまんないからわたし帰るね」

え?

バシャンッ!!

冷たっ。

僕はオレンジジュースをかけられ、誓った。

こいつともう付き合わない。

2人の関係はこれにて崩れたのであった。



Light


 この川に身を投げれば、悩みも憂鬱もすべてどこかに流れるだろうか。

橋の柵に足をかける。

ガシッ。

誰かが僕のお腹に手を回し、それを引き止めた。


 気が付いたらそばのベンチに腰を掛けていた。

見知らぬ彼女と二人で。

「ねえ」

彼女は声をかける。

「なんで死のうと思ったの?」

そりゃ聞くよね…。

「うーん、人生に疲れたからかな」

「なんで?」

「いや、彼女もいないし、友達もいない。それに、世知辛い日常に疲れたから」

「ふーん」

彼女は少し考えた後、

「ジャンケンしようよ」

こんなことを言い出した。


 「勝ったら罰ゲームね」

「うん」

「最初はグー…」

ジャンケンは僕が勝った。

「じゃあ、君が勝ったから私に変顔みせて」

「いいよ」

思いっきり変顔した。

「おお、すごい顔」

彼女はケラケラ笑った。

「……。なんかさ」

「うん」

「いなくならないで欲しいな」

「……え」

「あっ、次違うのやろっか」

彼女はやけに明るい声で言った。


 少し時間が過ぎて。

「あっ、そろそろ帰らなきゃ」

「うん、暗くなってきたね」

「私、楽しかった。君に出会えて良かった」

「……」

彼女の顔の表情に息をのんだと同時に、消えかけていた命の灯火がふっと明るくなるのを感じた。

こんな美しい笑顔初めて見た。

「そうだ、LINE交換しよう」

これを言ったのは僕だった。

まさか僕が人に、しかも初めて会った女の子にこんなことを言うなんて。

彼女は「もちろんいいよ」と言ってくれた。

僕は少し上を見る。

それは物理的にどこかを見たのではなく、近い未来を見たのだった。



「君に出会えて良かった」


 遠い日のこと。小学生時代。

いつも遠くからA子さんの姿を見ていた。

綺麗だし、言葉遣いも大人びている。

恋の矢印はいつだって、A子さんを指していた。


 この後は、小学校行って、その後にリカと飲み会か。

楽しみだな。

とりあえず、この成人式の会場を後にしようとすると、ふと、一組のカップルが視界に映った。

あれって…A子さん?

じっと見る。

うん、やっぱり、A子さんだ。

前よりも格段に綺麗になったなぁ。

そして、隣にいるのは…。A男()くんじゃないか。なんで、A男くんがA子さんと?

いつの間に結ばれたんだ?

おめでとう、幸せになってね、と言えるほど、僕は大人じゃなかった。もう、20歳なのに。

祝えない、悔しい、ジェラシー感じる。

だって、A男くん、僕の小・中学生時代の親友だもん。

あんなにずっと僕のそばにいた人に、好きだった人(いや、今でも好きだ)を取られるなんて。

ショックにも程がある。

人が少なくなった会場が、余計に悲しく感じさせた。


 「ちょいちょい、あーくん。割らないの?」

「当たり前だよ。こんな時に割ってられるか」

とにかく酔いたかった。酔って、悔しさを、全てを忘れたかった。

「ゴクゴク…。ぷはぁー…。ふぅー…。お前どっか行け」

「こらこら、あーくん。私、悲しくなるよ、そんなこと言われちゃあ」

リカはこれしきのことでは怒らない。やっぱり、優しいなぁ。本当に良い友達だと思う。


 飲んでも食べても、悔しさは消えなかった。

そんな僕に、リカは言った。

「あーくんさ、なんか、悲しそう」

「別に、悲しくないよ」

「嘘だ。心が泣いてるの、見えるもん。もしかしてさ、昔好きだった人と結ばれた相手が自分と仲良かった人じゃないよね?」

「……」

「やっぱり」

何で分かるんだよ。なんか、悔しいわ。

「あーくん、今回は駄目だったけど、そのうち、運命の人に出会えるよ。そんなに焦らなくてもいいと思うよ?いい行いをしていれば、きっといつか恋愛の神様は降りてくる。…ヒック」

最後にしゃっくりが出たらしい。リカもたくさん飲んだのかな?

てか、今の良い言葉だった気がする。

運命の人に出会える…か。信じてみようかな。

リカ、君に出会えて良かったよ。だって、僕のことをすごく大切に思ってくれるじゃん。

そんな言葉は、なんだか照れくさくて言えないから、心の中にとどめておく夜だった。



ゲームの強キャラより君が欲しい


 せっかく隣の人と仲良くなったのに席替えなんて。

誰と一緒になるんだろう。ちょっと不安だ。

移動場所がすぐそこだったので、すぐ移動して待っていると、隣の人が来た。

「あ、隣青木くんなんだ。よろしくね」

そう言って微笑んでくれたのは、クラスのマドンナ、佐々木さんだった。


 「へー、ゲームが趣味なんだ。どんなゲームが好きなの?」

佐々木さんは陰キャの僕に心を開いてくれた。

「シルバークエストってやつ」

「それ、聞いたことある。どんなゲームなのか詳しく教えてよ。私、知りたい」

「えっとねー…」

自分の趣味の話になると、会話下手な僕でも楽しく喋れてしまう。

彼女は興味ありげに僕の話を聞いてくれた。

こううまく会話が弾むと、僕たち相性良いんじゃないか、って思ってしまった。


 家では勉強もろくにせずに、ゲームに夢中だ。

一つ敵を倒すと、ギィィと部屋のドアの開く音がした。

「おっ、楽しそうなのやってんね」

兄だった。


 「ねえ、兄ちゃん下手すぎ」

兄と二人で対戦すると、簡単にやっつけてしまった。

「待て待て、ちょっと慣れてないだけだって。次は勝つ」

そう言った後、五回連続で僕が勝った。

何度やっても兄は下手くそだった。

「お前強いな」

「まあね」

しばらく沈黙が続く。

その沈黙を打ち消すように、僕の口からこんな言葉が出た。

「僕にも魔法が使えたらな」

「どうした急に」

「いや、魔法で好きな人の心を射止められたらな、って思って」

すると、兄は自分の考えを述べた。

「魔法とかいらねーだろ。普通に告れば良いんだよ。それでダメだったら、その人は運命の人じゃなかった。それだけのことだろ」

「あ、確かに」

そういう考えがあるのか、と妙に納得した。

さっきまでかっこ悪かった兄が、勇者みたいにかっこよく思えた。


 「花、綺麗」

ちょっと付いてきてくれないか、と体育館の裏の花壇の前に佐々木さんを連れてきた。

彼女の言うとおり、花壇にはいろんな色の花があって綺麗だった。

「あの、ちょっと大事な話があってさ」

本題に入る。

「大事な話?」

「僕、佐々木さんのこと、好きなんだ。よかったら、付き合って欲しい」

すると、彼女は目を丸くした。

「え?私のこと好きだったの?」

「うん」

それから、一拍おいて。

「ごめん。私、他に好きな人がいるんだ。ごめんね」

うっ…。

強い衝撃波を受けた。

でも、耐えた。踏ん張れた。

『その人は運命の人じゃなかった。それだけのことだろ』

失恋のダメージをもろに受けなかったのは、兄の言葉が盾となって僕を守ってくれたからだと思う。

ありがとう、兄ちゃん。告白して良かったよ。

勝ち負けがはっきりしたからさ。



さよならなんて嫌だ


 満員の映画館を出た後、僕たちは黄昏(たそがれ)の帰り道で語り合った。

「映画おもしろかったね。あのキスシーン最高だった」

「え?そんなシーンあった?」

「あったじゃん!(ひろし)くんはどこが良かった?」

「僕?僕はねー、キスシーンで流れる音楽が良かった」

「うん!確かに良かったよね!……ってか、キスシーン覚えてんじゃん!」

「ば、ばれたか」

僕は思いっきりふざける。彼女は「もう!またふざけてる」と、頬を膨らませる。

ずっとこんな日が続くと思っていた。


 どこを探しても彼女の姿はなかった。

台所にも、庭にも、冷蔵庫の中にも。

時間は7時。まだ早い。仕事じゃないよな。

コンビニにでも行ったのか?

しかし、一時間、二時間、三時間待っても帰ってこなかった。

もしかして、逃げられたのか?

僕、なんかしたっけ?

孤独感が僕を痛めつけた。


 「いい湯だなー」

先輩が隣で伸びをする。それに「いい湯ですね」と相づちを打つ。

昼飯を食う前、電話で「昼から行くぞ」と言われて、今ここにいる。

僕たち二人以外に埋める者のいないこの空間が、僕には気楽だった。

しかし、不思議だ。落ち込んでいるとき、いつも先輩から温泉に誘われる。タイミングが良すぎる。

この理由を聞いてみたくなった。

「先輩、もしかして、どんな時でも離れているときでも、僕の心が読めますか?」

すると、先輩は笑った。

「分かるか、アホ!」

「ですよねー」

「なんだ。お前、俺が誘うときいつも同じ気持ちなのか」

「はい、いつも落ち込んでいるときに」

「そうか。……。はっきり言う。これは偶然だ。俺は超能力者じゃねえ。普通の人間だ」

「ですよね」

「まあ、今回お前に何があったのかは知らねえが、生きていれば辛いこともある。だけど、逆に、生きていて良かったと思える日も来る。だから、その日が来るのを信じて待てばいい。……。あくびすな」

「すいま…ふわーあ」

眠くて仕方がなかった。

おかしいなぁ、昨日よく寝たはずなのに。


 家に帰ると、彼女の車があった。

「おお、お帰りー。どこ行ってたの?」

彼女は、洗濯物をたたんでいる最中だった。

「温泉。君こそどこ行ってたの?」

すると、彼女はムッとした顔をした。

「前から言ってたじゃん。今日は舞台の本番で、朝早く家を出ないといけないって」

そうだった。完全に忘れてた。

でも、彼女が帰ってきて本当に良かった。今回彼女がいなくなって、彼女がいるありがたみを心で感じた。

誓うよ、(ふかみ)。これからも大切にすると。

君とずっと一緒にいたいから。



もう会えないかもしれない


 「いつの日からか思う 会いたいと」

そんな歌詞がある曲を、僕は最近鬼リピしている。


 ムムッ。あれは!

いや、違うかな。

ある日、スーパーに行くと、知ってる人にめちゃくちゃ似てる人を見つけた。

髪型も学生時代と同じだ。顔も似ている。

でも、あの頃から何ヶ月も経っていたのと、自分の記憶力不足で同じ人なのか自信がなかった。

話しかけよう、話しかけない。

そんな迷いが生まれたが、結局話しかけられなかった。


 やっぱりあの人だった気がする。後になってそう思った。

だったら、話しかければよかった。そう後悔して何時間も過ぎた。

「会いたいと思う 君だけだよ」

あの一番の歌詞が妙にクセになる。

次こそは話しかけよう。もし違う人だったとしても。

関係が進展しなくてもいい。「久しぶり」それだけでいい。

あの人と言葉を交わしたい。

それだけなんだ。


 それから三週間が経ったがそこに彼女は現れなかった。

もう会えないのかな、そう思って店を出ようとすると、ある人が現れた。

「久しぶり」

そう言ったのは、彼女の友達、キイちゃんだった。

キイちゃんには悪いが、がっかりしてしまった。


 「ええ!? 引っ越した?」

「そう」

彼女は頷く。

彼女によると、僕の想い続けてた人は最近、遠くに引っ越したらしい。

それも結婚するという理由で。

また会える、そう信じていた僕はバカだった。

雨の高速


 あの日は雨が降っていた。入学式の後だった。

天気予報は快晴だったにも関わらず、外は雨が降っていた。

みんなこのことを知っていたかのように、傘を持って歩いていた。

私だけ一人傘がない。なんで!?

「入れよ」

その時、誰かが私を入れてくれた。


 それからずっとその人のことが気になっている。

クラスは同じ。でも、遠くで眺めているだけ。

その日、また事件は起こった。そう、雨なのに傘がないという例のあれ。

天気予報はちゃんと雨が降るって言ってたのに、何を考えたのか、幼稚園の妹の傘を持って来てたのだ。

小っちゃいよぉ。

もう、降りしきる雨を見ながら呆然と立ち尽くすだけだった。

「入れよ」

顔を上げる。入学式の時の彼がそこにいた。


 これはチャンスだと思った。何がチャンスかって?

ふふふ、教えなーい。

速く動く心臓の音。それに圧倒されながら私は聞いた。

「何か趣味はあるの?」

彼は答えた。

「寝ること」

「あ、そう」

答えにつまった。

「嘘だよ。マンガ読むのが趣味」

「へぇ~、そうなんだ。いいね、マンガ。私も読んでるよ」

「何読んでるの?」

「少女漫画」

「おお! 女の子らしい!」

「でしょ?」

彼との時間はあっという間だった。


 雨が上がったのも相まっていい気分で家に着いた。

さっそく読もおっと。

私は彼にお勧めのマンガを借りたのだ。

すぐに読んでみた。

ヒーロー系の物語だった。主人公が困っている人を放っておけない話。

そのヒーローが彼と重なった。雨から私を守ってくれた彼と。



鬼だらけ


 世の中には鬼がいっぱいいる。

ここで言う鬼は、僕に危害を加える人のことだ。

鬼なんていなければ楽しく生きていけるのに、といつも思う。


 彼女は自分の犯した罪を述べた。

「私、他の男と寝た。最低だよね」

「別にいい。僕を好きでいてくれればそれでいい。何なら2番目でもいい」

ショックを受けながらも、なんとか絞り出した。

不倫を許したのは、里奈(りな)のことが好きで好きでしょうがなかったからだと思う。

里奈を失いたくなかった。

「ごめん、空河(くうが)くんのことはもう好きじゃないの」

うっ…。

その言葉は鋭利な刃物のように深く心に刺さった。

彼女は鬼だった。


 「おはよう、って、あれ?そんな浮かない顔してどうしたよ?」

(くれない)に染まった心で会社に行くと、同僚に話しかけられた。

「うん、ちょっと昨日、嫌なことがあってさ」

「そっか。まあ、気にするな。それより、聞いてよ。昨日さー…」

出た。他人の話には耳を傾けず、自分の話ばかりするやつ。

はー、(つら)っ。こいつの話、いつも長いんだよな。

うん、こいつも鬼だわ。


 会社を出ると、雨が降り出した。

最悪だ。傘持ってきてないのに。空も鬼かよ。

もう、この世の全てが鬼である気がした。

「あれ?大林(おおばやし)じゃないか。傘持ってきてないのか?」

雨、()まないかな、って思っていると、課長に話しかけられた。

「はい、天気予報見てなくて」

正直、課長は好きじゃなかった。だって、コワモテだからだ。

コワモテな上に口数が少ないから、勝手に鬼だと決めつけていた。

「まじか。たぶん、雨、止まないと思うぞ。俺の傘ん中入れよ」

「え?いいんですか?」

「当たり前だろ。困ってる部下を(ほう)っておけるか」

涙が出るほど嬉しかった。

世の中には仏もいるらしい。



君の白髪は一本だけだ


 入学式が終わり、僕はとあるショッピングモールに来た。

のはいいのだが、気まずいことに同じ高校の女子生徒とエレベーターで二人っきりになった。

なんという偶然!

「あのー」

彼女が話しかける。

「こう言っちゃ失礼なんですけど…」

「はい」

「臭いです」

失礼だな!

これが最初の出会いだった。


 エレベーターが開き、僕は外に出る。

しかし、彼女は付いてくる。

「あのさー、君なんで臭いの?」

知るか!

「まあ、こっち来なって」

彼女は僕の手を引くと、横の方にそれた。

本当になんなんだ、この人は。


 彼女は一通り買い物を終えると、深々とおじぎをした。

「今日はどうもありがとう」

そう言われると、悪い気はしなくなってくる。

彼女の頭には白髪が一本だけある。

今、気づいた。

「ねえ、名前は?」

聞かれて答える。

星野小五郎(せいのこごろう)だけど」

すると彼女は間髪入れずにこう言った。

「いい名前だね」

その笑顔はとても素敵だった。

ああ、好きだ。

不意にそう思ってしまった。

その白髪のように彼女にとって特別な存在になりたい。

そう強く思った。


 数十年経って2人とも年を取った。

僕は彼女に話しかける。

「黒髪、一本だけだね」

「うん、そうなの」

そう、彼女の髪は白髪の代わりに黒髪が一本だけになっていた。

僕が彼女にとってその黒髪みたいな存在だというおこがましいことは言えないが、彼女が僕にとってその黒髪みたいな存在なのは間違いない。



結婚の一歩手前


 もう私も35歳。

そろそろ結婚しないとやばい、という焦りがある。

もうここまで追い込まれたら、さすがに妥協するよね。

僅かな希望を胸に、お見合い列車に乗り込んだ。


 最初の人は知的な印象。

「へー、ゲームが好きなんですね」

「はい、大好きです」

その時、男の人のメガネがキラリと光った。

「そのゲームの面白いポイントを説明せよ」

なんで試験風?まあいいや。

んー。改めてゲームの面白いところを説明するとなると、難しいなぁ。

言葉の積み木を組み立てたり外したりしていると、続けてこう言われた。

「21字以内で説明してほしい」

ガラガラッ!

積み木がびっくりしたように音を立てて崩れた。

こんなの無理だよ、と思った私は、このまま答えられずに時間が過ぎた。

この人とは無理だった。


 ついに最後の一人になった。

まだいい人が見つからない。くじけそう。

最後の相手が自己紹介を始めた。

「僕の名前は神戸等こうべひとしです。よろしくお願いします」

真面目そうだ。こういう人となら幸せになれるかもしれない。

だけど、そう思ったのもつかの間だった。

ブッ!!

目の前から大きな音が鳴った。

彼は何事もなかったかのような顔をして続ける。

「僕の趣味はですねー…」

時間差で臭ってくる。

この人とも無理だった。


 電車から出る。

その先には今回の目的地である「ラブラブ遊園地」が。

ああ、また一人か。こんなところでぼっちなんて、遊園地が笑うよ。

周りを見る。

手を繋ぎ合っている男女がちらほら。

うらやましい。

「らららさんですよね?」

そばで声がした。振り向く。

さっきのおならの人だった。名前はおならじゃなくて……何だっけ?


 「このバッグ、あなたのですよね」

彼が差し出した白いバッグを見る。

間違いなく私のものだった。クマのキーホルダーが付いている。

「座席に置いたままでした」

私、忘れてたんだ、あの電車の中に。

それを届けてくれたのが彼だった。

これは運命かもしれない。そう感じずにはいられなかった。

あのことなんてどうでもいい。この人がいい。この人に付いていく。

この人しか見えない!

「あの、私あなたがいいです」

「え?」

「あなたの優しさに惚れました。私と結婚してくれますか?」

彼は驚きの表情。そして覚悟を決めた表情に変わり、

「はい、お願いします」

こうして二人の時間が始まった。



元気づけたい


 私は人気(ひとけ)のない川岸で遊んでいた。

側にはプリンターとパソコン。これで何をしているかと言うと、まあ見てて。

〈必死、真夏、川、向こう側、女〉とパソコンにキーワードを打ち込む。

エンターを押すと、プリンターから紙が出てきた。

その紙には「女の子が川を一生懸命泳いでいる絵」。

そう、これはパソコンでキーワードをいくつか打ち込むと、そのキーワードから連想される絵をプリンターで出すっていうものだ。

機械は「炎天下の中で、上手に泳げるようになっている向こう側の自分を夢見て、必死に練習に励んでいる女の子」という私の思惑通りのものを作ってくれたのだった。


 そこにある男性が通りかかった。

ボロボロの作業着を着ていて、顔には覇気がなく、背中は曲がっている。

そして彼は流れの速い川の前で立ち止まった。

何かを考えている。まさか!

「待って!」

私は声をあげた。

彼は振り向く。

私は彼のところへ走っていって、彼の手を引いた。


 私の考えはこうだ。

彼に希望のある絵を見せて元気を取り戻させる。

〈明るい、勝負、近い未来……〉

「名前聞いてもいいですか?」

丸裸湯郎(まるはだかおふろう)です」

近い未来に加えて「丸裸湯郎」を打ち込んだ。

そしてエンターを押す。

ガッガッ。プリンターが頑張っている音。

ここで言っておくが、出来上がる絵は紙でしか見れない。

そこが何とも不便なところであり、わくわくするところでもある。

そして紙が出てきた。私と彼は紙を見る。

「明るいパチンコ店で負けている彼の姿」があった。

え、未来これ? と思っているところで、口を開いたのは彼。

「これさっきの俺やん」

え?なんで? 私が打ったのは「近い未来」のはずなのに。

画面を見る。しっかりと「近い過去」とあった。

私の打ち間違いだった。てへっ。


 それから10回ぐらいやるが、ことごとく失敗することになる。

2回は私の打ち間違い。8回はパソコンの変な解釈。

おい、どうしたよ。パソコン。

彼はちらちらと川の方を見ていた。その度に私は焦る。

「もう一回やる」

私が言うと、彼は「え?」と言った。

「どうしてそこまで…」

「負けたくないから」

パソコンに向かう。紙が出る。

「犬に追いかけられている男の絵」

なんで!

「もういいです、俺がやります」

怒らせてしまった。努力が空回りしている自分を俯瞰して見る。

つむじしか見えなかった。

紙が出てきた。

え!? と思った。その紙には女性が男性を誘導している絵があった。光を目指している。

まさか…。

「君が俺を元気づけようとしているのは十分わかった。ありがとう」

彼はにっこりと微笑んだ。まさに私が求めていた絵がそこにあった。



好きとか言えるわけない


 「夜の公園ってなんか良いよな」

どうでもいい事を書いた手紙を、今からあの人に渡す。

本当は好きだって事を伝えたい。でも、伝えられない。

だって、フラれたくないから。だから、胸の内に想いを温める。

でも、有村さんと遊びたい。だから、手紙を書いた。

「あのさ、プレゼントあげる」

「ん?」

彼女は振り向く。そして驚く。

「え?何これ」

「手紙」

「嬉しい」

めちゃくちゃ嬉しそうだった。

良かった。


 日付が変わると、彼女は不機嫌だった。

「あのさ、何あれ」

「あれって?」

「手紙」

あー、昨日渡したあれか。

「もっとマシなの書けないの?」

「マシってどんなの?」

「……。知らない」

彼女の表情は、なんだか寂しそうだった。

彼女の気持ちがうまくつかめなかった。不器用すぎた。


 廊下通るときって、人とすれ違うよね。

今回は片想いの有村さんとすれ違った。

彼女は緊張した面持ちでこっちに向かってくる。

そして、すれ違う。その時、そばで声がした。

「好き」

ほうほう。ん?……。え?

彼女は何事もなかったように遠ざかる。

今、「好き」って言ったよね。これって、夢じゃないよね。

でも、現実だとしても、冗談だよね。

だって、僕があの人に好かれるはずないし。

たぶん。


 それから何日も経たないうちに、呼び出された。公園に。

それも、夜の公園。

こういう、夜を照らしているところに来ると、ワクワクする。

これって、僕だけかな。

やがて彼女は来た。華奢で、風が吹いたらどこか遠くに飛んでいきそうだと思った。

守りたいと思った。

彼女は切り出した。

「単刀直入に言うね。私、村下くんのこと、好きなんだ。ちゃんと伝えたいと思って、呼び出した。ごめんね、呼び出して」

「いや、全然。とりあえず、座らない?」

せっかくベンチがあるんだから、座らないとベンチがかわいそうだと思った。


 彼女は僕の方を見ないで、芝生(しばふ)を見て言った。

「あのさ、村下くんは私のこと、どう思ってるの?」

もちろん、好きだ。でも、その言葉を言うのが恥ずかしい。

代わりに、質問した。

「どうして僕を選ぶの?僕、子どもっぽいし、かっこよくないし…」

「私ね、そこが好きなんだ」

彼女は振り向き、力強く言った。

「欠点がある人の方が、私、一緒にいて楽なんだと思う」

その言葉が空気を揺らして、僕の心までも揺らした。

まさか、僕の欠点を「良い」って言ってくれる人がいるなんて。

初めて自分の欠点に感謝した。

「僕も好き」

あれ?

想いが口からポロッと(こぼ)れた。

想いが温まりすぎて、心が「熱い」って叫んだのかもしれない。

「良かった」

横で声がした。彼女は星空を見上げていた。まるで、涙がこぼれ落ちないように。

僕も星空を見上げる。

ハートマークの星座が一瞬見えたような気がした。


今夜は照れないで


 もうすぐ成人式。

今日も友達とカラオケを歌っている。

僕は友達の前では普通に歌えるが、親の前では歌えない。

照れくさいからだ。


 成人式が終わった直後、僕ら旧友は会場の外でしゃべり合った。

思い出話もしたが、こんな話もした。

「なんか成人を機に親にプレゼントとかする?」

僕はまだそんな予定は無かったので代わりに訊ねた。

「君はなんかするの?」

すると彼は真顔で答えた。

「一発ギャグ」

「おお、いいねえ」

別に名案だとは思わなかったがそう言った。


 プレゼントは帰り道に決めた。

今夜は照れないで贈ろうと思う。

「お父さん、お母さん、僕をここまで育ててくれてありがとうございます」

「なんだ改まって」

父が不審そうに言う。

「では、歌います。『もう二十歳(はたち)』」


 二人は驚いた表情をした。

当然だ。小さい頃以来親の前で歌ったことがなかったから。

歌い終わると、父が感想を述べた。

征一(せいいち)

「……」

「お前、こんなに歌下手だったのか」

がっくり。

なんでそんなこと言うんだ。

でも彼は続けて、

「歌の内容がどうであれ、お前の歌を聴けて嬉しかった。ありがとな」

はっとした。

嬉しかった。

歌うときも結構照れたけど、この言葉も結構照れる。



罪悪感


 ピンポーン♪

家でごろごろと昼寝をしていると、誰かが来た。

絵理乃えりのだった。

「何?」

「ご飯作りに来た。まだ食べてないでしょ」

「もう食べた。さよなら」

「ちょっと!まだ帰りたくない!じゃあ、晩ご飯の分でいいでしょ?作ってあげる」

そう言ってキッチンへ向かった。

いつも申し訳ないなぁ。僕は何も出来ないのに、してもらってばっかりで。

ブーッ、ブーッ。

絵理乃のスマホが鳴った。


 「結婚する気はあるのか?」

彼女の父に言われた。(いか)つい顔で。

実はあの時の電話は彼女の父からで、今度僕を連れてこい、というものだった。

まさか、結婚について聞かれるなんて。

「……」

そこにいるみんなが、僕の答えを待っている。

そして僕は答えを出す。

「ないです。僕の彼女、絵理乃さんと結婚する気はありません」

しばらく沈黙が流れる。

「そうか、それは残念だ」

隣からすすり泣く声が聞こえた。

結婚を否定された絵理乃が泣いていた。

ごめん、絵理乃。悪いのは君じゃないんだ。

そう伝えたかった。


 一人、帰りの新幹線を待つ。

もう、ここに来ることはないんだろうな。

そう思うと、なんだか寂しさが込み上げてくる。

その時、足音が聞こえた。コツッ、コツッと。

そして呼ばれる。

「ハルくん!」

聞きなじみのある声。振り向く。絵理乃だった。

「絵理乃…」

「ハルくんにどうしても渡したいものがあったの。これ…」

金色のペンダントだった。ずっと欲しかったやつ。

「じゃあね」

彼女は震える声でさよならを告げると、背を向けて来た道を戻った。

「待って!」

彼女は立ち止まる。

「ありがとう」

振り絞った声でそう言うと、彼女は振り向き、ニコッと笑った。

その目には涙が浮かんでいた。


 帰りの新幹線で思う。

君はこれから先、僕のことを思い出すだろうか。

もしかしたら、思い出すかもしれない。だけど、忘れてほしい。

こんな男と付き合ってたなんて、君の汚点だ。

なあ、絵理乃えりの、幸せになれよ。誰かいい男見つけてさ。

さよなら。

僅かに温もりの感じるペンダントをぎゅっと握り締めた。

ぎゅっと。



就職活動がうまくいかない


 「カズヤ!!」

部屋でゲームをしていると、父ちゃんに怒鳴られた。

「いつまで家でだらだらしてるんだ。早く就職決めろ」

「はいはい」

いつものように適当に返事した。

だってしょうがないじゃないか。就職活動しても就職が決まらないんだから。


 俺は52回目の面接に来た。

これまで何度も面接を受けてきたが、たぶん面接態度と服装の問題で全部落ちた。

しかし、(しょう)懲りもなく今日も私服で来た。

「えー、志望動機は何ですか?」

怪訝な表情で訊かれる。

「ここでは俺様の力が発揮できるからです。以上」

「そうですか。次の質問に移ります」

このようにして何分か質疑応答が繰り返された。


 落ちた。やっぱり落ちた。

こうなることは分かっていた。だって俺は自由奔放で自分をそのまま出してしまうからだ。

自覚はしている。でも変えられないのだ。

強い風に吹かれて夕暮れの町を歩いていると、一人のおじさんが路肩でしょげ返っていた。

なんかテレビで観たことあるような…。誰だっけ。

そのまま通り過ぎようとすると、腕をつかまれた。

「君、ちょっと待ってくれないか」


 「この二つのうちどっちがいいか選んでくれ」

俺がこのおじさんに頼まれたのは、二つの曲を聴いてより良い方を選べというものだった。

聴いてみる。

「聴きました。Aがいいと思います」

「何故だ」

「Aの方が個性があって面白みがあるからです。それに比べてBはみんなに媚びてるような感じでした」

するとおじさんは膝を打ったような表情をした。

「そうか!なるほど!ありがとう!!

実は部下に聴かせても、どっちも良いですと言うばかりで困ってたんだよ。まあ、俺の実績が凄まじいのと、部下に八方美人が多いのが原因だと思うがな。

決めた。俺の部下になってくれ!」

こうして就職が決まった。

やっぱり俺の性格も少しは役に立つんだなと思った。



女神 in 会社


 ああ、分からない!

僕はコピーのやり方が分からず、会社の事務所で焦っていた。

マンガだったら汗マークがそばについていただろう。

もう6時なのにどうしよう。帰る時間から30分が過ぎている。

ちなみに何をコピーするかというと……ああ、説明するのが面倒くさい!

ガチャ、とドアの開く音。


 女神だった。

その女神は僕にコピーのやり方を教えてくれた。

とにかくフレンドリーに接してくれて、その女神っていうのは会社の先輩で、とにかくいい人で心が温かくなった。(あ、おならでそう。ぷぅ)


 次の日、会社で女神とすれ違った。

「昨日はありがとうございました」

挨拶の後、僕は彼女にそう言った。

しかし、思ってたのとは違う反応だった。

「何のこと?」

彼女の返答がそれだったのだ。

僕は答える。

「あの昨日のコピーの件…」

「私、そんなことしたっけ?」

この人、忘れたふりしてる?

だけど、爽やかな人だと思った。


 結婚するらしい。

そういう噂を聞いたのが、三ヶ月後のある日だった。

なんで相手が僕じゃないんだよ、と密かに思った。

まあ、幸せになってほしいのは事実だったので、彼女にささやかなプレゼントを贈ることにした。

それがクッキーだった。ただのクッキー。

にもかかわらず、「超高級クッキーでぇーす。よかったらどうぞぉー」と彼女にそう言ってプレゼントした。

ほんとはこんな元気よく言ってないが、そう言ったことにしてください。

緊張して声が震えたとか、誰にも言いたくないです。

彼女は元気よく「ありがとう」と言ってくれたので、よかった。


 しばらくして、次の年の正月、年賀状が来た。

親父のばっかりで僕の来ねぇじゃんと思ってるところに、僕あての郵便物があった。

それが彼女からだった。女神からの。

裏を見る。

〈あのクッキー、ちょーおいしかった。ありがとう。

ちなみに、旦那とは仲良くやってます〉

感謝がかかれていた。

なんかほっこりした。



進級したい


 私は悩んでいた。

時間を限りに使っても、教科書をいくら見ても、試験内容が理解できない。

困ったなぁ。これじゃあ、進級できないかも…。

不安を残したまま今日が終わった。


 私たちのクラスでは試験前になると、勉強会がある。

その時間はいつも、数少ない友達の運子(うんこ)ちゃんと勉強している。

この時間もそうだった。

あっ、運子ちゃんっていうのは、あだ名でも悪口でもない。

本当にそういう名前。親が、運が味方してくれる女の子に育ちますようにという願いを込めて付けたらしい。

由来を聞いたら、良い名前だなって思った。

「試験、自信ある?」

運子ちゃんに聞かれて、ノーと答えた。ノートに文字を書きながら。

「だよねー、あたしも自信ない」

そう、私たち二人は落ちこぼれなのだ。だから、気が合ったのかもしれない。

出来る人たちはどうしてるんだろう、と周りを見てみた。

ほとんどが真面目な顔で教え合っていたが、一人で黙々とペンを動かしている人がいた。

寡黙で勉強が出来る高山くんだった。

あの人に教えてもらえば不合格を免れるだろうか。

そう考えた私は席を離れた。

合格したいという想いと、仲良くなりたいという下心を持って。


 「これはね、これとこれを使えば解けるよ」

「あっ、理解(わか)った!ありがとう!」

高山くんは教えるのが上手かった。

そのおかげで私はかなり理解が進んだ。

高山くんが私を見つめる。

たまらなくなった私は聞いた。

「何?何か顔に付いてた?」

「いや、お前って本当に嬉しそうな顔するよなって思って。まじで笑顔が魅力的だなって思う」

何それ。嬉しい。私ってそんな魅力あったんだ…。

「ありがとう」

「ど、ど、ど、どういたして」

めっちゃ緊張してるじゃん。

私は必死に笑いを(こら)えた。


 全科目合格。

それを知った私はまず高山くんに感謝した。

本当に私だけの力じゃ無理だったと思う。

学実(まなみ)!」

名を呼ばれて振り返ると、高山くんがいた。

「映画のチケット2枚取ったから一緒に行こうぜ」

「私でいいの?」

「俺はお前とがいい」

もうっ、そんなこと言われると、好きになっちゃうじゃん。

「バカ」

こんな良いことがずっと続けばいいな、と思った。



青い気持ち


 帰り道、いつものように音楽を聴きながら電車に揺られる。

聴いている音楽は「青」が特徴的な歌だ。クールで青春って感じ。

この曲を聴いていつも思う。こんな歌作れたら絶対モテるだろうなと。

「ここ座って良いですか」

音楽に入り浸っていると同い年くらいの少女が僕に声を掛けてきた。

どこか懐かしさを感じる。

「どうぞ」と答えた。


 広い車輌の中二人きり。何を話していいのか分からない。

そもそも話しかけていいのか?

そんなことを考えていると、彼女が寒いですねぇと声を掛けてきた。

「そうですねぇ」とおやじみたいな会話をした。

窓の外には鳥がのんきに空を飛んでいた。

「あの…」語りかける声。

「何ですか」僕は身構える。

「明日の朝には曲が出来そうです」

彼女はなんと電話で誰かと話していたのだ。うーん、恥ずかしい。

「……」

「あ、すみませんねぇ」

彼女は謝った。

「いいえぇ」

「ところでお住まいはどちらなんですか?」

「お住まいですか」

僕が窓に目をやると一駅乗り過ごしていた。

これ、切ないね。


 次の日も彼女と会った。

彼女と会う時間が楽しかったので、また会えて嬉しかった。

そこで訊いてみた。

「あの、もしかして曲作ってます?」

昨日のことがどうしても頭から離れなくて思い切って訊いてみた。

彼女は無言で携帯を差し出した。黙って受け取る。

画面には曲のリストがいっぱいあった。

こっそりと僕の好きな曲が隠れていた。

衝撃だった。この人が曲を作っていたなんて。

モテるのかな。

「モテるんですか?」とはなんとなく訊けない。


 またある時は恋愛の話になった。

「君って彼女いるの?」

「いないよ」

そう答えると、彼女はぱあっと笑顔になった。

「じゃあ、ゲップしていい?」

「何でだよ」

「グエエ」

「えぇぇ」


 それから何日か経って。

そういえば名前聞いてなかったな。誰なんだろ。あの人。

こっそりスマホで「青い気持ちになりました」の作曲者を調べてみた。

「鼻くそ」と書かれてあった。全く知らない名前だった。

「ここ座っていいですか」

鼻くそが喋った。

「あの、『鼻くそ』って君の名前?」

「そうだよ。正確には芸名だけどね」

知ってる。

「本名はなんなの?」

赤月明香(あかつきあきらか)

知ってる名前だった。幼稚園の時のクラスメイト。

「君の名は?」

下北沢小次郎(しもきたざわこじろう)

「あっ、あの時の!」

そう、僕らは知り合いだった。

「大人になったら結婚しようね」って言い合っていたあの頃の知り合いだったのだ。



夫婦仲


 僕たち夫婦は仲が良い。

まだ日が浅いせいか、ケンカはほとんどしたことがない。

しかし、ある日のこと。事件が起こった。


 「食器ちゃんと洗ってよ!」

怒られてしまった。急いでやったのが裏目に出たのか?

「ごめん」

「ずっと黙ってたけど、いつもじゃん」

「え?」

「え? じゃないよ」

「じゃあ、お言葉ですが…」

ずっと黙ってるのも嫌だったので、反論することにした。

「食器洗剤が悪いんじゃないですか?」

「もういい!」

仲がこじれた。


 数日、無言の日々が続いた。

僕はこの日、友達とバドミントンをしに来ていた。

「あっ」

彼が声を漏らした。

「どうした?」

「ガット切れた」

ラケットの網が切れたらしい。

「大丈夫か?」

でも彼はすぐに落ちついた声になり、

「綻びが出たら直せばいいんだよ。大丈夫」

「ポジティブだな」

とりあえずこれでお開きになった。


 さすがにずっと無言も嫌だったので、シュークリームを買って帰ることにした。

彼女が好きなのだ。

『あのときはごめん』そう手紙に書いてシュークリームに添えて寝たら、次の日彼女に起こされた。

「あのさぁ」

次の言葉を待つ。

「私の機嫌をシュークリームで取ろうとしたってダメだよ?」

そう言った彼女の口元にはシュークリームがついていた。

シュークリームに対する執念がにじみ出ていた。


 「やれば出来るじゃん」

ちゃんと洗ったら褒められた。

なんか照れくさかったので、

「食器洗剤変えた?」と聞くと「変えてない」と言われた。

「じゃあ、君の見る目が変わった?」

「そういうことでいいよ」

めんどくさそうに彼女は言った。

『綻びが出たら直せばいい』

そんな言葉を今になって思い出したりした。



理想の形


 美術。それは私が特に苦手とするもの。

私はいつにも増してどんよりとしていた。なぜなら、今日は絵描きだからだ。

小学生時代に友達に下手くそと言われてから、絵を描くことが嫌いになったのだ。

顔を上げると、靴箱の前で靴を履き替えている子がいた。

(えがく)くんだった。彼はなんだか嬉しそうに見えた。


 描けない。自分の理想を絵になんてできるわけがない。

私はスケッチブックの前で打ちのめされていた。

ただでさえその場にあるものを描くのに苦労するのに、頭の中のものを描くなんてレベルが高すぎる。

はぁ。イメージは魅力的に描けるのになぁ。

理想とは程遠いボロボロの絵しか描けなかった。


 転機は訪れた。

「途中まででいいので、隣の人と見せ合いっこしてください」

その先生の声かけが風向きを変えた。

(えがく)くんの絵は上手かった。

もう終盤に差し掛かっていて、しかも繊細なタッチで描かれていた。

絵の中には二人の男女がいて、星空の下で口づけを交わしていた。

「うまいね」

思わず声に出した。

「ありがとう。俺、好きな子と海辺でキスするのが夢なんだ」

そこで気付いた。彼の絵が私のイメージと同じであることに。

なんで今さら気付いたんだろう。今気付くなんて相当疲れてるな、私。

運命に気付き遅れるなんて。


 「波の音、好きなんだよね」

「私も」

「君のことも好きだ」

「こっちこそ」

あれから数か月後、私たちは明るい海辺を歩いた。

絵の中の二人と重なった。


恋の色は濃い


 寒さこらえて自転車をこいだ。

うー、寒っ。

今日は伊織(いおり)くんとデート。気合い入れて口紅の色、少し濃くしてみた。伊織くんは気づいてくれるかな?


 私の方が先に来たみたい。

5分くらい待っていると、伊織くんは来た。

「待ったか?」

「ううん、全然。それより、何か気づかない?」

「ん?」

「私の顔見て」

「……。分からん」

そっか。気づいてくれないのか。


 ゲームセンターでの彼ははしゃいでいた。

「見たか?鬼、フルコンボだぞ?すごくね?」

「うん、すごいと思う」

本気ですごいと思った。太鼓の達人で、「鬼」をフルコンボ出来る人って多くないと思う。私は出来ない。

「何だよ。もっと褒めろよ。なんか、つまんなさそうにしやがってよ」

伊織くんは小突いた。

「ごめんごめん」

私は苦笑する。

伊織くん、楽しいけどさみしいよ。気づいてもらえないのが。

私はずっと落ち込んでいた。


 ランチをおごってもらったり、かわいい服を買えたけど、どこか物足りなかった。

はぁ、なんか気合い入れたのに空回りしたなぁ。

なんとなくいつもの(くせ)でLINEを確認すると、誰かから来ていた。

伊織くんだった。

美桜(みお)、今日は楽しかった。あのさ、本当は気づいてた。口紅の色、濃くしたこと〉

え?気づいてたの?

〈それって、いつから?〉

〈最初から。だけど、気づかないふりしてた。気合い入れてくれてたんだろ?ありがとな〉

〈なんか、感謝されるの照れる(笑)〉

もうっ、気づいてたんだったら、言ってよー。でも、LINEで伝えてくれたからいっか。終わりよければすべてよし、だよね。

前向きに考える私だった。



ショウウィンドウの未来


学校から帰るときに気分転換に道順を変えて帰ると、新しくできた店を発見した。

その店のショウウィンドウには3つの未来が飾られていた。

「こんにちは」

店の入り口付近にいた、ひょろながい男性が声をかけてきた。

「こんにちは」

僕も素直に挨拶を返す。

すると、未来を観てみないかと勧めてきた。

聞いたところによると、1回2000円するらしい。

最近バイトで得たお小遣いが貯まっていたので、その誘いに乗ることにした。


「まずは〈ゴールド未来〉で」

左側に飾られていた未来を選択した。

「かしこまりました」

店員さんはボタンを押した。

そのショウウィンドウいっぱいに僕の未来の映像が映し出された。

その未来は凄かった。

豪邸でふっかふかのソファに座ってワインを飲んでいる、太った未来の自分がいた。

「今日も曲が当たったか。ま、僕に曲を作らせればヒットするのは当然だけどね」

未来の僕が喋った。

どうやら、敏腕音楽プロデューサーになったらしい。

なんかうざくなってる。

しかも太ってるし。

こんな未来嫌だ!


 「次は〈ブラック未来〉で」

右側に飾られていた未来を選択した。

この未来は「ブラック」というからには、きっと悲惨な未来なのだろう。

でも、観てみたかった。

僕は観たいという気持ちを抑えられなかった。

店員さんが違うボタンを押した。

やっぱり悲惨な未来だった。

痩せ細った未来の自分が、公園の水道でかがみ込むようにして頭を洗っていた。

どうやら、水道代がないらしい。

こんな未来嫌だ!


 「次は〈ホンモノ未来〉で」

真ん中に飾られていた未来を選択した。

本物の未来だ。

どんな未来だろう。

少しドキドキする。

店員さんはまた違うボタンを押した。

パッ。

本物の未来がショウウィンドウに映し出された。

そこには、未来の妻であろう女性と二人並んでテレビを観ている自分がいた。

幸せやん!

観終わると、僕の心に希望が灯った。

僕は幸せになれる!

その未来のおかげで、また明日頑張ろうという気になれた。

ありがとう、ショウウィンドウの未来。



使い古した筆箱


 今日は記念日。

彼女と付き合ってから、ちょうど一年が経つ。

記念日プレゼントはもちろん持ってきている。

喜ぶかな。

登校中、彼女の喜ぶ顔を思い浮かべると、気が弾んだ。

学校に着くと、靴箱には一枚の白い紙があった。


 『別れたい』

紙のど真ん中に、ひかえめな短い文字が綴られていた。

なにこれ。

ふられたん?

ショックだった。

さっきまでのうきうき気分から、どんより気分に急降下した。

この落差よ。

まるでジェットコースターに乗ったみたいだった。


 元カノはいい人だった。

ものをとても大切にする人。

彼女が使ってる筆箱なんかは使い古して色あせていた。

僕も彼女をその筆箱みたいに大事にしてたつもりなんやけどな。

なにがあかんかったんやろう。


 午前の授業は、朝のショックでずっとぼーっとしていた。

全く内容が頭に入ってこない。

耳が受け付けない。

昼休みになったとき、おもいきって、教室で女子とつるんでいた元カノをつかまえた。

「ちょっといい?」

僕は、階段の踊り場に連れ出した。


「なんでふったん?嫌いになったん?」

すると、彼女はうつむいた。

「付き合ってるうちに好きっていう感情がだんだん薄れてきて、こんな中途半端な気持ちなら別れた方が良いって思った」

「そうか…。わかった。だけどせめてこれは受け取ってくれ。ほら、新品の筆箱やで。今日、記念日やろ?」

せめてもの思いで差し出した。

しかし。

「いらない。今の使い古した筆箱が一番いい。なによりも、あなたよりも今の筆箱が好き」

とどめをさされた。

ふられるわ、拒否されるわ。

こんな最悪な日は一生忘れないだろう。

あばよ元カノ。



幸せすぎ


 世の中には、星占いを信じる人とそうでない人がいるだろう。

俺は前者だった。

だから、上位に入ると嬉しくなる。


 「俺、1位だった」

大学に着いてすぐ、友人の野沢に自慢した。

「まじ?良いことあるんじゃね?」

「お前もそう思う?」

「うん。もしかしたら、徳永さんに告られたりしてな」

野沢は嬉しいことを言ってくれる。

まさか、いくらなんでも、そんな夢みたいなこと起こるわけないと思うけど。


 大学にいる間、特に何も起こらなかった。

もしかして、星占いって当てにならないのか?

「ねえ、栄二(えいじ)くん」

諦めて帰ろうとした時、女性の声に呼び止められた。

クラスのアイドル的存在、徳永さんだった。

「何?」

「今日、家に遊びに来てもいい?」

「……。別にいいけど何で?」

「なんとなく行きたいと思ったから。ダメ?」

つぶらな(ひとみ)で言ってくる。これには俺、弱いんだ。

「いいよ」

もちろん、断る理由はない。


 徳永さんが来るのは初めてだ。

彼女が来るのに備えて、一生懸命部屋を掃除して待った。

こんなに掃除に真剣になったのは初めてだった。

でも、一つ心配事があった。

彼女は俺の家を知らないはず。そして、教えていない。

来れるのか?

ピンポーン♪

来れたようだ。


 「ごめん、遅くなった」

「大丈夫だよ。待ってないから」

これは嘘だ。本当は待ちくたびれるほど待った。

「俺の部屋、ちょっと暗めだけどいいかな?」

部屋の明かりは俺の好みで、ちょっとオレンジっぽい感じにしている。

「うん。むしろ、オシャレで良い感じだと思う」

彼女はにっこり微笑んだ。その表情にキュンときた。

彼女がなんで家の場所が分かったのかなんて、どうでもいいことのように思えた。


 晩ご飯は彼女が作ってくれるらしい。

コンコンという、食材を切る音が心地よく部屋に響く。

こうして、女性が料理をしている姿を見ると、なんだか本物の彼女を手に入れたような気分になる。

「もしかしたら、徳永さんに告られたりしてな」

野沢の言葉を思い出す。

ワンチャンあるかもしれない。


 「おいしい?」

彼女は心配そうに聞いた。

「もちろん、最高だよ」

本当においしかった。

すごいな。顔も良いのに料理も出来るなんて。尊敬する。

「ねえ、知ってる?」

「何が?」と聞くと、テーブルの上で湯気を立てている、みそ汁についての歴史を教えてくれた。

「みそは確認できる資料では平安時代に出てきて、みそ汁は鎌倉時代から食べられるようになったんだって」

「へえ、知らなかった。良く知ってるね」

「私、料理好きだから、料理の歴史とか調べたりするの」

偉いなあ、と思った。


 全部残さず食べた。

「本当においしかった。作ってくれてありがとう」

「いいえ。喜んでもらえると嬉しい。あの人も私の料理好きなのよね…」

「あの人?」

え?誰?あの人って。めっちゃ嫌な予感するんだけど。

「直ぐに分かるわ」

彼女は不気味な笑みを浮かべた。

その時、家のベルが鳴った。

誰か来たらしい。


 「迎えに来たぜ」

そう言ったのは、まさかの野沢だった。

なんで野沢がここに?

「おお、栄二久しぶり」

彼は同じ日でも、次の日でも「久しぶり」と言う。

「何で来たの?」

彼が来たのが不思議で仕方なかった。

「だって、こいつ、俺の彼女だもん」

「え?」

「え?って、知らなかったのかよ」

そんなの知るわけない。だって、知らされてないから。

「帰るぞ」

彼の一言で二人は帰っていった。

玄関のドアの向こうで、「あいつ、つまんなかった」という女性の声がしたのは気のせいだっただろうか。

0時を過ぎていた時計は、落胆する俺を静かに見つめていた。



「コンビニ」


 (昨日近くにできた新しいコンビニ知ってる?あのコンビニ変わってるらしいよ)

朝起きるとリカからLINEがきていた。

(まじ?例えばどんな風に変わってるの?)

変わったコンビニがどんなものか気になったので、すぐに返信した。

リカの返事もすぐに返ってきた。

(うーんとね。ドアはカードキーがないとダメで、そのカードキーは店員さんしか持ってないらしいよ)

これは嘘だなと思った。

だって、そうだとしたらお客さんが入れないじゃないか。

(それはさすがに嘘だよね?)

(まあ、とりあえず行ってごらんよ。行ったらわかるから)

僕は半信半疑だったが、とりあえず行ってみることにした。


 コンビニにはすんなり入れた。

なんだやっぱり嘘だったじゃないか。

中の風景も普通のコンビニと同じだった。

僕は期待を裏切られ、少し残念な気持ちでジュースコーナーに向かった。

おっ!変わってる!

ジュースコーナーには、ヨーグリーナがずらりと並んでいた。

コーラもお茶もファンタもない。

これはテンション上がるわ。

僕は上機嫌でヨーグリーナを手にとった。


 次に向かったのは弁当コーナー。

カレーライス弁当やチキン南蛮弁当など、いろんな弁当が並んでいた。

こっちは普通か。

僕はなんとなくカレーを選んで、レジに向かった。

「温めますか?」

コンビニでは、弁当を買うとき温めるかどうかをよく聞かれる。

「はい、お願いします」

すると突然、店員さんが弁当を抱きしめた。

え?体温で温めるん?

さすがにこれには驚いた。

体温で温まるわけないのになにやってんだこの人。

「はい、あたため完了です」

僕は家でチンすることに決めた。


 やっぱりリカの言うとおりこのコンビニは変わっていた。

このことをリカに報告しようと決め、出口に向かった。

あれ?

なぜか自動ドアが開かなかった。

不思議に思って、店員さんのほうを見ると、あわてた顔でこっちに向かって来た。

「ごめんねぇ。このコンビニ出るとき、カードキーが必要なのよ」

え?リカが言ってたことってこういうこと?

今日はとても驚いた一日であった。



アットホーム? な職場


 今日も仕事。周りの人と同じように部屋の中で作業をする。

「前田くーん」

呼びかけられた。

「今日、誕生日だっけ?」

「はい、そうです」

「おめでとー。21だよね」

「ですー」

そう、今日は誕生日。今年で21になる。

「21と言えば、山口百恵さんって知ってるかな? あの人21歳で芸能界引退したらしいよ」

「へぇ、早いっすね」

「ねえ! 私も人生引退しようかな」

「さらっと怖いこと言わないでくださいよ」

「いや、泥棒を引退しないとな」

「何してんすか」

この通り、職場の人は温かく話しかけてくれる。

でも、僕はこの人たちのことを決して信用しているわけではなかった。


 そして誕生日の人は会社内にある食堂でケーキを食べることが出来る。

食堂のおばちゃんが作ってくれるのだ。

「はい、ケーキだよ」

「美味しそうですね」と言っていちごの乗ったケーキを受け取る。

「じゃあ、後でよろしくね」

「わかってます」

僕は半音声を落としてそう答えた。


 この会社では職場の人は温かく話してくれるし、誕生日にはケーキを食べることが出来る。それでも、心から喜ぶことが出来ない。

仕事場に近づくと声が聞こえてきた。

「ねえ! あいつ21になってまだ責任感ないよ」

「まじでそれ。早く〇ねばいいのに」

辞めろならともかく、〇ねとはいかがなものか。

僕が仕事場に戻ると、気配を察してかさっきの声は止んでしまった。

代わりに「お帰りー」と黄色い声が届く。

「た、ただいまぁ!」


 そして夕方、仕事が終わると2階の事務所に向かう。

行くのは仕事のためではない。ある責務を全うするためだ。

こんこんとドアをノックする。

中の人が出てきた。

「持ってきた?」

「はい、持ってきました」

封筒を差し出す。彼女は中を確認する。

「はい、ちゃんと入ってる。お疲れ様。帰っていいよ」

そう、今渡したのはケーキ代。それも定価の倍の値段。

この浮いたお金がどこに行くかと言えば、社長の懐に行くのだ。

一見アットホームに見えるこの会社だが、実はそのアットホームには裏があった。

闇とも呼べるほどの裏が。



ごはん運び機


 僕はカラオケが好きだ。しかし。しかしだ。

カラオケでご飯を頼むと、歌ってる最中に人が来る。

それが気まずい。

だから何とかならないかと友人にお願いした。


 最高の機械が出来たらしい。

それを聞いてすぐカラオケに行った。

歌う曲はさまざま。80年代の曲から現在の曲まで幅広く歌う。

少し歌ってお腹が空いたので、カツ丼を頼むことにした。


 コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

しばらく待ったら「あっ、いないんですね」と聞こえたので、慌てて「います」と答えても何も応答がなかったからドアを開くと、「あ、いたんや」という顔をされた。

彼は人間らしい顔をしていた。ロボットだった。

「ご注文はカツ丼でお決まりですね」と言われたので、「はい、そうです」と答えると、「また一時間後に来ます」と言われた。

何しに来たんや、と思った。


 またコンコンとドアをノックする音がした。

今度はちゃんとカツ丼を持ってきていた。

「ありがとう」と言うと、彼は「どういたしまして」と答えた。

その時、なぜか「カツ丼とか頼みやがって」とか「変な曲歌うなよ」とか前後から聞こえたような気がしたが、まあいいやと思った。


 彼が帰ってからすぐコンコンとノックする人がいた。

店長の友人だった。

「どうよ?」と言われた。

それは何に対して聞いているのかすぐに分かったので、「人目を気にしなくていいし、最高だよ」と答えた。

友人は不気味な笑みを浮かべた後、「そう、良かったじゃん」と言って去って行った。

何だろうと不思議に思った。


 すぐに事が発覚した。

画面に知らない人の顔が映し出されたのだ。

どうやらその人は僕と同じカツ丼を頼んだようだった。

え? これって、カツ丼を頼んだ人がテレビに映し出されるやつ?

その時、店内放送が聞こえた。

「えー、現在二名の方が『ごはん運び機』の目に搭載されたテレビカメラによって姿を晒されています。有名になりたい方はぜひ、カツ丼をお頼みください」

あいつふざけやがったな! と思った。



あーん、いい男~


 「絶対失敗するなよ」

そう言ったのはリュウキくん。僕に彼女を紹介してくれた人。

もう失敗できない理由。それは、彼にはもう紹介する人がいないから。

実は今回で四人目。絶対失敗できない。

しばらくすると、後ろから「かっこいい~」という声が聞こえてきた。

彼女らは窓の外を見ている。見ると、道の向こう側にイケメンがいた。

我慢できない。

「あーん、かっこいい~」

言ってしまった。リュウキくんが本当に大丈夫か?という目で見ている。

これが今までの恋愛で失敗した理由だった。


 翌日、僕は昨日友達と下見したカフェで初デートした。

彼女はパンケーキを頬張り、口許を手で押さえながら聞く。

「うちのどこが好き?」

「かわいいところだよ」

「うっそー、そう言われたの初めて。ありがとう、コウくん」

「どういたしまして」

僕と彼女の関係は良好だ。


 しばらくして、彼女は窓の外を見た。

これがピンチの始まりだった。

「ねえ!あの人かっこ良くない?」

「ん?どれどれ? まあ!かっこいい~」

昨日と同じ人がそこにいた。

彼女が驚きの表情で僕を見る。その瞬間、しまった…と思った。

「ちょっとトイレ行ってくるね」

彼女は恥ずかしそうにそう言い、席を立った。そしてトイレではない出口の方に向かっていった。

まじで失敗した、そう思った。


 「そっかー、ダメだったか~」

「うん、見事にフラれた」

僕はすぐにリュウキくんに事の結末を電話で話した。

「まあ、いいさ。いつかいい人に出会えるだろう。今夜飲みに行こうぜ。失恋パーティーだ」

彼の前向きな言葉に勇気づけられていると、前の椅子に誰かが座った。

さっき出て行った彼女だった。


 「え!?家のトイレ使ったの?」

「うん、すぐそばだったから」

どうやら、彼女はこの近くに家があるらしく、そこのトイレを使ったらしい。

「落ちつくんだよね、うちのトイレ」

「そうなんだ…」

「なんでそんなに脱力してるのw」

「だって…」

「うちにフラれた!? 何言ってんの。まあ、少しは驚いたけど、そんぐらいのことで嫌いになったりしないよ。

好きだよ、コウくん」

「……」

あーん、いい女~と思った。



これで短編小説は以上です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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