007決別
皇裕太は悩んでいた。
今年に入って彼の親友は、彼の想い人と、付き合うことになった。
親友とは初めて出会ったときから気が合い、小学校からの悪友でもあり、彼と一緒にいるとても面白くて友人として大好きだった。
想い人は明るく優しく、何気ない挨拶だけでも彼女と話をすると、裕太は心が躍るようにドキドキと跳ね上がる気分だった。
だからこそ、黒い感情に押しつぶされる。
彼女が彼に向ける笑顔が許せなかった。
自分には向けられたことがない笑顔が。
彼が彼女に合わせているのが許せなかった。
縛られない自由なところが彼の魅力だったから。
しかし、裕太は基本的に善人であった。
彼は二人を祝福したいと思っていた。
けれど、それは素のままには受け入れがたく、
負の感情と決別するために
彼は一つの嫌がらせをすることにする。
※※ ※
比良坂 駿河18歳は5月14日、朝からツキに見放されていた
ニュース番組で報じられた運勢はどの番組も大凶。
通学路では植木鉢が落ちてくる。
看板も落ちてくる。
工事現場付近では金槌と一緒に青龍刀も降ってきた。
持前の運動神経で間一髪躱せなければあの世逝きであっただろう。
電車を待っていたら、後ろの人に押されてホームに落ちそうになる。
青信号を渡れば車が突っ込んでくる。
右見て左見て、右から車が突っ込んでくる。
トラックも突っ込んでくる。
パトカーも救急車も駿河目掛けて突っ込んできた。
繰り返すが、持前の運動神経で間一髪躱せなければあの世逝きであっただろう。
「うぉおぉ! 止まらねえ!」
校門前では親友である皇裕太も自転車で突っ込んできた。
ちょっと怪我でもさせてやろう。
そう思った裕太の自爆特攻である。
駿河は裕太もひらりと躱す。
躱した瞬間、駿河は裕太に視線を向ける。
その先には先ほどの暴走トラック。
速度はおおよそ80km/h。
ぶつかれば無事では済まない。
反射的に手を伸ばす駿河。
伸ばされた右手は裕太の制服を掴み、
右足で踏ん張り、
力任せに逆方向に力を加える。
持ち上がる裕太の体。
それは宙に弧を描く。
引き換えに崩れた駿河の体勢。
そこに向かってくる巨大な金属の塊。
―――5月14日、天気は曇りときどき晴れ。
新城学園高等学校の校門前は、
トラックが激突した壁から生じる灰色の粉塵と、
赤く染まったアスファルトで彩られ、
奏でられた悲鳴で周囲の音は埋め尽くされた。
雑踏の中、一人、皇裕太だけが地面に座り込んでいた。
絶望に染まった光ない瞳で、
呆然と視線の先が定まらないまま。
※※ ※
「わりい」
場所はサイレントヒル総合病院。
全身包帯姿で右足をギプスで固めた比良坂駿河に対しての皇裕太からの第一声である。
思わず折れた足で蹴とばした駿河を誰が責められようか。
早朝の事故時、不幸中の幸いと言っていいのかどうなのかわからないが、目の前に救急車とパトカーは足りていた。
結果、駿河は即応急手当を受け、最寄りでない大病院に搬送される。裕太は連絡先などを伝えるため、駿河と一緒に救急車に乗ることとなった。
足のつま先から頭の天辺までいくつもの検査が行われ、ようやく治療室から出てきた松葉杖をついた駿河を迎えたのは裕太であった。
「これ見舞い」
謝罪の言葉に続いて見舞いの品を渡そうとする裕太。ビニル袋に無造作に詰め込まれていたのは、ナースもののエロ漫画と盗撮用小型カメラ、それに一冊の文庫本。
駿河は笑顔で受け取り、無言で全て窓から投げ捨てた。




