006警察
「また、お嬢様のところのクラスですか……」
「さっさと皆を解放しなさいな」
サイレントヒル署の取調室。日々、カツ丼が食べられているこの一室で、通常とは立場が異なるやり取りが行われていた。
笑顔で圧力をかけているのは小泉強子17歳。比良坂駿河18歳のクラスメイトの一人であり、とある派閥の政治家の祖父と父を持つ才女でもあった。
困ったことに彼女は今のクラスが大好きで、さらに困ったことにクラスメイトが行う無理無茶無謀を揉み消すためにこれまでも全力で権力を振るっていた。
圧力をかけられているのはハの字に眉を下げる宮川ノブ28歳。今年の春に巡査長に昇進し、来年結婚を控えた幸せな青年である。時に見て見ぬふりをするようなフレキシブルな対応ができる警察官でもあった。
困ったことに宮川ノブ28歳は今回も小泉強子17歳の無茶な要望を聞き届けなくてはならなく、さらに困ったことに今回は駿河の母である比良坂静香37歳の勤めている研究所からも圧力をかけられていた。
「お嬢様、今回は調書作らないとダメなんです」
「おじい様に連絡してもよろしいのですが」
「ここだけの話ですが、比良坂さんは国家機密のプロジェクトにメインメンバーとして参画しているらしいんです。だから、ここだけの話ですが、比良坂家のセキュリティも国家が対応しており……ここだけの話ですが、そのセキュリティを突破されるとは何事だーっと上の方が……」
「あらあらあら」
本来、調書は毎回作らないとダメだと思われるが、宮川ノブ28歳は今回だけだからと、ここだけの話だからと強調する。
「電子ロック、静脈センサ、光彩認証。
高校生に解除できるわけがない。
小泉家のエージェントの仕業ですか?
そうですよね?」
宮川ノブ28歳は小泉家のエージェント?によるセキュリティの突破を疑っていた。しかし、それは大きな間違えである。そもそもエージェントなるものはいたとしても、強子は見たことも聞いたこともなかった。彼女が知っているのは警護を担当するSPくらいである。
疲れ切った顔の宮川ノブ28歳を横目に、強子は夕方の出来事を振り返る。
※※ ※
比良坂駿河18歳のクラスには、『3年1組犯罪三銃士』と呼ばれている三人組が存在している。
彼らによって持ち込まれた工具、PCや端末、配線ケーブルが比良坂家の前に広げられていた。
「監視カメラダミー映像に切り替えできました」
「電子錠のロック解除」
「静脈センサに偽の解除アルゴリズムを登録しました」
「光彩パターンを写真から抽出完了。いつでも行けます」
カメラの城島時男17歳。アイコラからパネマジまで彼の写真の加工技術は多岐に渡る。光彩認証や静脈、指紋のコピーまでお手のものであった。
USBのワン・フー16歳。飛び級進学で、交換留学生でもある彼は、ハッキングやクラッキングを得意とし、最近では個人所有のPCから無修正のエロ写真をかき集めてはUSBメモリに記録しクラスの男子に配っている。電子錠など彼にとってはないに等しい。
そして、山城銀次18歳一留。ピッキングからスリ、車上荒らしとその器用さを生かした技術は大人顔負けである。しかし、比良坂家のドアは電子錠のため、今回その見せ場はなかった。
「作戦開始だ! Go!」
学生気分が抜けきっていない吉田海王星24歳の号令で、全クラスメイトが雪崩れ込む。お揃いの黒色の軍服擬きを着た40人弱がである。
籠城していた駿河は多少暴れはしたものの御用となり、若干その気になっていた那美は無事保護されることとなる。
現場を目撃した隣人、角之上キヨ92歳は驚きのあまりギックリ腰となり、彼女を老々介護していた角之上佳乃71歳によりこの突入撃は警察に通報される。
「あ、アメリカじゃ。アメリカが攻めてきおったー」
角之上キヨ92歳。戦争の記憶を事細かに覚えていた彼女の叫びは、電話口からも漏れて聞こえた。お陰で宮川ノブ28歳ら四人の警察官は拳銃に弾を込め、決死の思いで謎の軍服の集団を包囲する事態となった。
※※ ※
「ぷっ……勘違いしていましたわ。その……エージェント?の仕業です」
小泉強子17歳。彼女は夕方の出来事を思い出し、笑いをこらえるのに必死であった。
取調室から一人、出てくる小泉強子17歳。その所作は扉一つ開けただけなのに優雅さを醸し出していた。
「もう帰って良いそうです」
彼女は祭りの終わりを告げる。
「ありがとう」
「流石!」
「ありがとう、きょんきょん!」
「……誰ですか、今の発言は?」
迫力のある笑顔を浮かべる小泉強子17歳。最も嫌いなことは『きょんきょん』と呼ばれることであった。