004神の拳
「我々には見守る義務がある」
「そういって邪魔する気でしょ」
「でも、正直興味がある」
「というか興味しかない」
「むしろ、どこまで介入するかを決めないか?」
4月29日木曜日の放課後、クラスの意見は真っ二つに分かれていた。
何についてかというと、比良坂駿河18歳と菊理那美18歳の初デートについてである。
どう分かれていたかというと、邪魔をするか、見守るかの二択である。尾行するところまでは満場一致でクラス全員の合意が取れていた。
グリーン
・手をつなぐ
・いやらしい顔をする
イエロー (誘導係が阻止する、拷問係が罰を与える)
・キスをする
・胸を揉む
レッド (全員で取り押さえる)
・ホテルに連れ込もうとする
黒板には様々なアクションが書かれ、それらは三つに分けられていた。括弧で括られているのはそのときの対応だろうか、若干殺伐としている。
「手をつなぐはイエローだと思います」
手をピーンと伸ばし発言したのは、皇裕太17歳童貞。
彼は駿河の親友であり、味方でもある。
彼の座右の銘は『ワンフォーオール』である。
「いやらしい顔は一発アウトだと思う」
続いて低い声で意見を述べたのは、田中愛梨17歳処女。
彼女は那美の親友で、味方でもある。
彼女の座右の銘は『サスケ×ナルト』である。
「いや、どう考えてもセーフでしょ」
否定したのは、この会議の司会進行でもある新卒で担任となった吉田海王星24歳一浪。大学時代から付き合っている彼女とゴールインが近いからか彼は大人の余裕を見せていた。
「じゃあ、次の議題ね。拷問係は誰がやるかだけど……」
続く吉田海王星24歳一浪の言葉が最後まで発される前に、全男子が手を挙げていた。女子も田中愛梨17歳をはじめ、数人がちらほらと挙げている。
次の議題も紛糾しそうだと、吉田海王星24歳一浪はため息をついた。
※※ ※
5月1日の土曜日8時48分、サイレントヒル駅前は殺意のオーラであふれていた。
原因は、比良坂駿河18歳である。
時間より12分ほど早く現れたことは問題なかった。
30分前に集合していたクラスメイトはいつ来るのかとやきもきしていたが。
問題は駿河の服装であった。
彼はは菊理那美18歳との初デートに、黒字に白で『百歩神拳』とデカデカと書かれたTシャツを着てきたのである。彼の姿を視界に入れるや、クラスメイトの女子らは、髪が浮き上がりそうなほどの負のオーラを放った。
「ゴーメンナサイヨ」
おかしなイントネーションの謝罪と共に頭を下げているのは、一見するとベトナム人とみられるアジア系の掘りの深い顔の少年。
彼の右手にはケチャップの瓶が握られており、その容器の口から飛び出したケチャップは駿河のTシャツを赤く染めていた。
「代ワーリにコレ着テクサイ」
続けて渡されたのは清潔そうなポロシャツだった。
彼は何度も頭を下げながらその場をあとにした。
「バンバッタヨー」
「よし、よくやった」
「流石だぜ」
柱の陰でクラスメイトから賞賛されているベトナム人風の少年こと、木下グエン17歳。彼はベトナム人の父とベトナム人の母をもつ自称ハーフの駿河達のクラスメイトである。彼は文化の違いから生じるクラスメイトとの軋轢をより取り払いたいと考え、誘導係に立候補していたのであった。
ちなみに木下グエン17歳の働きの甲斐なく、比良坂駿河18歳は受け取ったポロシャツでTシャツの汚れをふき取り、汚れたポロシャツ5800円をゴミ箱へと捨てた。
それを目の当たりにしたポロシャツを急遽購入してきたクラスの財政担当でもある住菱財閥の御曹司、住菱もち男17歳は思わず驚愕の声を上げそうになるのは余談である。
その後もクラスメイト達は一致団結し、再三にわたりTシャツを排除しようと試みた。
しかし、彼らの検討虚しく、デカデカと書かれた文字は駿河の胸で存在を主張し続けることとなった。
5月1日土曜日快晴。
このなんでもない日、『百歩神拳』という言葉が一部のクラスメイトの脳裏にトラウマとして刻みこまれた。